湯木慧ワンマンライブはたった今咲き
誇る「桜」のように爛漫で刹那な季節
「春」にも似たステージだった

2023.03.011(SAT)湯木慧ワンマンライブ“魚の僕に春”@東京・LOFT HEAVEN
春。今年もこの季節がやってきた。何があろうとも毎年、各地を薄淡い紅色で覆い尽くしながら日本列島を縦断し、あっという間に駆け抜けていってしまう前線とともに。その桜色をした進撃は、終わりと始まりの間を彩る儚くも鮮やかなグラデーションをそのまま具現化したようでもあって、綺麗さっぱり消え去ったあとも人々の心にセンチメントを刻む。そんな爛漫で刹那な季節にも似たステージだった。東京の桜の開花宣言に先立つこと3日前、東京・LOFT HEAVENにて開催された湯木慧の今年初となるワンマンライブ“魚の僕に春”。昨年12月の「魚の僕には」と、3月8日にリリースされたばかりの「春に僕はなくなる」、これら直近2曲の配信シングルを中心にした選りすぐりの楽曲が、この日のためだけのアコースティック編成で奏でられるという実にスペシャルな一夜だ。このライブの模様は視聴プラットフォーム・イープラス Streaming+によるリアルタイム配信で全国のファンにも届けられた。
湯木慧
 控えめに流れるBGMに重なって微かにポコポコと水の中にいるような音も混じる開演前の場内。客席からステージにかけての天井には何列にも連なって白いオーガンジーが吊るされたLOFT HEAVENならではの内装とも相まった不思議な浮遊感が心地よい。まだ無人のステージには「春に僕はなくなる」のMVにも使われている大輪の花のオブジェが4体設えられており、こちらの素材も白のオーガンジーであることから内装とも見事にマッチして、もはやこのライブハウスごと湯木慧のためにある空間としか思えない。なお、今回のライブはフロアの前方の椅子席と後方のスタンディング席に分かれていたが、いずれもチケットはソールドアウト。観客たちのさざめきからは期待の熱がひっきりなしに立ちのぼっている。
湯木慧
 場内が静かに暗転したのは開演時刻を少し回った頃だ。一斉に息を呑むオーディエンスの前に、サポートメンバーのmiri(Pf./レトロリロン)、大谷舞(Vn.)、そして湯木が現れた。無言のまま、スタンドからマイクを手にする湯木。オープニングを飾ったのは「魚の僕には」だった。ステージの光量はギリギリまで絞られていたからその姿もはっきりとは見えないが、彼女の凛として圧倒的な歌声は観る者を惹きつけて離さず、観る者もまた暗闇に目を凝らさずにはいられない。アコースティックという生身の音と、物理的距離の近さがステージとフロアを互いにいっそう肉薄させる。
湯木慧
 のっけからいきなり引きずり込まれたステージとの真剣勝負に、曲が終わるや拍手も忘れて放心するフロア。それを意に介する素振りもなく、マイクをスタンドに戻してはアコースティックギターを抱えた湯木が矢継ぎ早に演奏するのは「Answer」だ。そうして繊細なリフから歌へと突入するが、チューニングが気になったのか、すぐに歌うのをやめてしまう彼女。首を傾げながらやにわに客席側へと身を乗り出してギターを鳴らしてはその音を確認、少々決まりが悪そうにいたずらっぽい笑顔を浮かべる湯木の様子にはさすがのオーディエンスも吹き出すしかないだろう。それまでの緊張感がみるみる解け、途端に場の空気に血が通いだすのも面白い。ライブが生き物と呼ばれる所以を目の当たりにした瞬間だった。
湯木慧
 ただし、演奏が再開されればその迫力には改めて気圧される。“生きること”の美しさにも醜さにも真っ正面から向き合って、がっぷり四つで格闘し続けてきた果ての結実とも呼ぶべき音楽には、ここでどんな言葉を尽くそうともきっと敵わない。心臓の鼓動をいっそう加速させるピアノの音色とたおやかにしてエモーショナルなバイオリンの旋律が、痛みすらも剥きだしで差し出さんとする湯木のプリミティブな衝動に絶妙に寄り添って、ひときわ凄みを増幅させているのも端的に言ってエグい。“音楽”を“ひかり”と読み、“僕はただ、唄う。“僕はただ、生きる。”と自身もオーディエンスをも切実に鼓舞する「一匹狼」、「ハートレス」で愚直に繰り返される“生きて”のフレーズにはなす術もなく胸を突かれた。
湯木慧
 中盤戦に設けられた弾き語りのパートには、これぞアコースティックライブの醍醐味と快哉を叫びたい。湯木と親交の深い演劇作家・日野祥太が手がけた昨年4月上演の舞台『いつかのっとかむ』の劇中歌として彼女が書き下ろした未音源化の楽曲「ねなしぐさ」に滲む柔らかな無力感も、楽器をアコギからピアノに替えて歌われた「狭間」の、発せられるたびに小さな涙のように震える歌詞の一粒一粒に込められた意志も、「初めてグランドピアノを弾いたのはこの曲のレコーディングのときでした」と思い出を語りつつ確かなタッチで力強く歌い上げた「心解く」も、表現者・湯木慧の“歌い手”としての存在感を存分に堪能させるものだったが、なかでも出色だったのは弾き語りパートの2曲目に披露された、セットリストにも載っていなかった未完成の新曲だ。
湯木慧
 「作りたてホヤホヤの曲をやりたいと思います」と前置きし、少し長めに楽曲が生まれた経緯を語り始めた湯木。早くも1年が経ってしまったロシアによるウクライナ侵攻、この理不尽な戦争に対して何か曲を作らなくてはと思いながら、けれど所詮、当事者ではない自分など何も言えることがないと書きあぐねていたこと。今年2月に来日したノルウェーのシンガーソングライター・Auroraのライブでミート&グリートが当たり、そこで彼女に「曲が作れないときはどうしているのか」と尋ねたところ「世界に対してどんな歌が必要かを考える」というとても大切な答えをもらったこと。そうして再びいろいろと考えていくなかで見つけたひとつの気づきがこの曲に繋がったこと。その気づきとは、満足することを恐れ、身近にある幸せをも壊してしまう悲しい性を人は持っているのかもしれない、ということ。“戦う理由は誰のため?”“満たされるほどに壊してゆく”と今の自分が書ける精一杯を込めて素朴なアコギのサウンドとともに届けられたその歌に湯木の表現者としての矜持を見る思いがした。
湯木慧
 思うに表現とは、自身が受け取った何かしらに対して、単に言いたいことを言い、思ったことを思うがまま形にすることではけっしてないだろう。自分に直接降りかかったのではない出来事をモチーフにするならば、なおのことだ。おそらくどんなに慮っても、誰かの悲しみは自分のものにはならない。それをわかっていても、どうしても表現に(あるいは創作に)向かって衝き動かされてしまう、そんな業を背負った人間がアーティストと呼ばれるのだろう。そしてアートとは、アーティストが自らのどうしようもない業に焼かれ、七転八倒した挙句、産み落とされるものだけに宿る力のことを指すのではないか。再度、サポートメンバーを呼び込んでスタートした後半戦、パーカッシブなギター使いも印象的な「網状脈」に、CHIKAKO TAKAKI『嘘を飼っていた女の話』の朗読からなだれ込んだ「金魚」、この日が3.11であることと先ほど披露した未完成の新曲に触れつつ「残された人に向けて届けたいメッセージがこの歌にはあるから」と告げて演奏された「バースデイ」と丁寧に積み上げられていく音楽を浴びながら、そうしたことを取り留めもなく思う。
「いろんなところで話してますけど、これは春を思って作った楽曲です。「春」っていうすごく昔から歌ってる楽曲がありまして、ずっと完成してなかったんですよ。それを掘り下げて、メッセージを詰め込んで完成させたのが「春に僕はなくなる」で。いろんな春があるんですよ、この世には。そのなかで私が思う春は、すべてがなくなる季節。心の大掃除は年末年始ではなく、春がしてくれてるんじゃないかなって思うぐらい、人間の心を切り替えてくれているのが春だなって」
湯木慧
 そう語って本編のラストは最新リリース曲「春に僕はなくなる」で締めくくられた。オープニングと同様、ハンドマイクとなった湯木の朗々とした歌が、音源のレコーディングにも参加しているmiri、大谷の豊潤なアンサンブルに乗ってやさしくオーディエンスに手渡されていく。ファンから募集した映像や画像を紡いで作られたこの曲のMVには、湯木が口にしたように人の数だけ“いろんな春がある”ことを教えてくれるが、一方でどの映像や画像にもこの曲はぴったりとハマっているのが興味深い。潔く散る桜吹雪は文字通り雪のごとく、景色とともに人の心をまっさらに漂白してくれるものなのかもしれない。刷新されるということは、そこはかとなく寂しく、けれどこの上なく健やかな希望だろう。そうしてなお消えない大切なものがあることも彼女も私たちも知っている。だからこそ前に進んでいける。思えばこれほどにも清々しい情景を描き、素直に明日を見つめた歌が綴られたのはもしかすると湯木史上、初なのではなかろうか。
 湯木の弾き語りによるアンコールでは配信ライブの視聴者にリクエストを募って「二人の魔法」を披露することに決定。新型コロナウイルス感染症予防対策のガイドラインも緩和され、ライブ会場での発声も認められたことで、ついにオーディエンスの大合唱も実現した。歌い出しでうっかり歌詞を「魔法の言葉」と混同してしまったものの、客席にAメロから歌ってもらうことでなんとか記憶の糸を手繰り寄せ、ことなきを得るという実にライブらしいハプニングがあったことも書き添えておこう。演出や予定調和からは決して生まれない一体感に満たされたLOFT HEAVENはこの瞬間、世界でいちばん幸せな空間と化していたに違いない。オーラスは「魚の僕には」を弾き語りバーションで。最後のサビではマイクを離れ、客席により近いところから生声で伸びやかな歌を聴かせる湯木。そんな彼女にオーディエンスもシンガロングで応えるという粋な一幕も。
「歌ってくれると思わなかったよ〜! 生歌を届けようと思ってみんなの近くに行ったら、まさかの生歌が返ってきて! 最高かよ!」
湯木慧
 終演後、記念撮影の場面でもその光景を思い返しては声をはずませる湯木に、満場の拍手が注ぐ。コロナ禍も少しずつ明けつつある今、湯木慧の音楽人生にも、この日この場所に集ったファン一人ひとりの毎日にも新たな扉が開かれようとしている。すべてをまっさらにする春という季節、爛漫と刹那を共有した今日の先には何が待ち受けているだろう。来たる6月4日には新たにスペシャルワンマンライブが東京・品川Club eXにて開催されることも決まった。次なるステージに立つ湯木慧を楽しみに待ちたい、心から。
湯木慧
取材・文=本間夕子 Photo by桜子

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