話題の「スーパーブラス」について、
ザ・シンフォニーホール取締役ゼネラ
ルマネージャー・音楽監督の喜多弘悦
に聞いた

喜多弘悦がタクトをおろすと、ホールいっぱいに圧巻のブラスサウンドが鳴り響き、少し遅れてプロジェクションマッピングによる壮大なイルミネーションの如き映像が、壁一面に映し出された。リズムに合わせて映像がみるみる変わっていく。このコンサート(The Symphony Hall 年末スペシャルコンサート The Symphony Hall Super Brass✕THE SOULMATICS ゴスペル~cooperate with Osaka Shion Wind Orchestra~)、演出の一部としてプロジェクションマッピングが使われているのではなく、演奏と映像が一つになった、新しいスタイルなのだ。
2022年の師走も押し迫った30日の昼下がり、ザ・シンフォニーホールには家族連れを含む多くの聴衆が集まった。新年の準備の手を束の間休め、音楽と映像に興奮する聴衆の姿を見て、ようやく日常が戻って来たことを確信した。
コンサートの指揮者を務めた、ザ・シンフォニーホール取締役ゼネラルマネージャー・音楽監督の喜多弘悦に話を聞いた。
ザ・シンフォニーホール取締役ゼネラルマネージャー・音楽監督 喜多弘悦   写真提供:ザ・シンフォニーホール

―― ザ・シンフォニーホール スーパーブラス、聴かせていただきました。奏者も聴衆も喜びに溢れた、素晴らしいコンサートでしたね。隣の席の家族連れは、「絶対に次も行こうね!」って(笑)。指揮する喜多さんは、普段ホワイエでお見かけする表情とは全然違っていました。まず、子供の頃の楽器経験からお聞きしてもいいですか。
中学でブラスバンド部に入って始めた打楽器だけです(笑)。それまでピアノを習ったこともありませんが、小学校のころからクラシックは聴いていました。小学校3年の誕生日プレゼントが、ドヴォルザークの「新世界交響曲」のレコードでした。その後も、ベートーヴェンの交響曲全集やヴィヴァルディの「四季」のレコードを聴き、片方では松田聖子中森明菜といった歌謡曲も聴いていました。中1で始めた打楽器でしたが、中2で吹奏楽コンクールに出た時、審査員の一人が「音楽大学を目指したらどうですか」と言ってくださったのです。音楽だけやって、勉強しなくていいならやってみようかな(笑)。それをきっかけに、独学でやっていたのを、先生に就いて教えてもらうようになりました。そのタイミングで、親がマリンバを買ってくれました。その金額を見て子供なりに、これは安易にやめる訳にはいかないなと思いました。家でずっと先生に就いてマリンバを弾いていたので上達も早かったです。中3の時には先生に勧められて、打楽器コンチェルトを演奏しました。

―― 学校でのクラブ活動は続けておられたのですか。

はい、高校に入ってもブラスバンドは続けていました。実家がお寺で広いので、高校に入ったタイミングで、親がティンパニーを買ってくれたのです。そうなると教則本なんかもどんどん進んで、高1の終わりには音楽大学の卒業試験の課題も終わってしまいました。先生と相談して、海外に出た方が良いのではないかということになりました。その頃、ちょうどニューヨークフィルが来日するということで、首席ティンパニストのローランド・コーロフ先生にレッスンを受けたところ、高校卒業後、アメリカに来たらレッスンするよ‼と言われ、めでたくニューヨークのジュリアード音楽院に入学しました。

高校時代、ローランド・コーロフ先生と

高校時代の演奏会から
―― 日本の音大には行かず、いきなりジュリアード音楽院に行かれたのですか。
ジュリアード音楽院に入って驚いたのですが、打楽器科の学生で家に楽器を持っていない子はいませんでした。当たり前ですが、そんな環境です。まあ、ヴァイオリニストが自前のヴァイオリンを持っていない人はいませんからね。ジュリアードでは打楽器だけでなく、指揮や音楽理論も学んで26歳の時に帰国。30歳の年にご縁があって、今の滋慶学園に副校長として入社しました。入社してすぐに、学生と知り合いのプロフェッショナルの奏者を半々のビッグバンドを作りました。その頃から一緒にやっているプロの奏者が、「ザ・シンフォニーホール スーパーブラス」も助けてくれています。人の縁の大切さを痛感しています。
ジュリアード音楽院時代、レナード・バーンスタインと

ジュリアード音楽院時代、ソウル・グッドマンから指導を受けているところ
―― 昨年、ザ・シンフォニーホールは開館40周年を迎えました。そして喜多さんの所属されている滋慶学園に経営が譲渡されて早くも10年が経過しました。

早いですね。あっという間の10年でした。うちの会社の浮舟総長の元にザ・シンフォニーホールの経営をお願いできないかと金融機関から連絡が入ったのは、2012年の1月のことでした。考える時間は2か月弱。3月には返事が欲しいとのことだったのですが、私はその話を聞いた瞬間、これはやるべきではないなと思いました。ザ・シンフォニーホールといえば、カラヤンが絶賛し、関西、いや、日本のクラシック音楽文化を牽引してきた宝物です。安易に引き受けて、何かあれば大変です。意見を求められたので、お断りすべきだと思いますと、総長に申し上げました。
ザ・シンフォニーホール   写真提供:ザ・シンフォニーホール
―― 浮舟総長のお考えは違ったということですか。
話を頂いてすぐに、浮舟総長や田仲社長と一緒に、催し物をやっていないザ・シンフォニーホールを見学に行きました。そこで残響2秒のホールや、ゆったりとしたホワイエやバックヤードなどを改めて見学させて頂いて、その贅沢な作りに唸りました。今時、こんなゆとりあるスペースを持つホールは絶対に作れないだろうと…。総長は、「ホールの経営なんて、果たしてやれるのか?」とは自分に問われなかったそうです。「なんとかしなければ!」と思われたそうです。「ザ・シンフォニーホールというのは日本が世界に誇る文化遺産なので、未来に継承しなければならない。」「名前も用途も変えず、ありのままの音楽の殿堂として継続する」この2点をまず決めて、具体的な経営の話を始めたと聞いています。
ザ・シンフォニーホール1階ホワイエ  写真提供:ザ・シンフォニーホール

―― 滋慶学園がザ・シンフォニーホールの経営を引き継ぐと公式発表が有ったのが、2012年の3月の末だったでしょうか。東日本大震災の翌年ということで覚えています。クラシックファンとしては、なんとかザ・シンフォニーホールがこれからも存続して欲しいという気持ちでいっぱいでした。ホールの名称が「滋慶シンフォニーホール」になることは仕方ないと思っていました(笑)。

おっしゃる通り、名称変更は経営譲渡の既定路線。私もそういう提案を受けたことがありますが、総長からは「ザ・シンフォニーホールは、ザ・シンフォニーホールとしてあるがままに継承していかないといけない。名前を変えるなんて野暮なことは絶対にしない。」と言われました。シンフォニーホールの機関誌「Sinfonia」の0号(2014年1月発刊)に、浮舟総長、田仲社長、わたし、そして朝日放送の堀江アナウンサーの4人による対談記事を掲載しました。それを今読み返してみると本当に興味深いです。映像と光を音楽と融合させたコンサートの実現や、ホール発のビッグバンドや弦楽合奏の立ち上げ、そして子供のためのコンサートの充実など、当時はアイデアとしては面白いねと言われていましたが、今振り返るとどれもが実現しました。
ザ・シンフォニーホールの機関誌「Sinfonia」の0号(2014年1月発刊)フロントページ。 ザ・シンフォニーホールのHPから読むことが出来る
―― 凄いことです。しかし、ここ3年はコロナの影響でコンサートの自粛要請や無観客開催など、ホールとしては大変だったと思います。
音楽を人に聴いても貰えない、自由に演奏できないコロナの時期は、音楽を生業にしている者にとっては本当に大変だったと思います。音楽家の多くがフリーランスで働いています。彼らも吉本の芸人さんと同じで、音楽大学を出てもすぐに舞台に出られる訳ではありません。彼らにとって、年収の全てでなくとも、例え年収の1割だったとしても、音楽をすることで得られる収入が有れば、自分のアイデンティティは音楽家だと胸を張れるのですが、コロナは彼らから全てを奪ってしまった。片方で音楽をやる事の喜びや、音楽の持つパワーは再確認できたとは思いますが、彼らを救うべき国の制度も十分なものではない。ザ・シンフォニーホールは、そんな彼らに仕事を作り、舞台を作り、音楽家として活躍できる場を提供することが、芸術文化の振興に欠かせない重要な役割だと考えてきました。ザ・シンフォニーホール スーパーブラスもその一環のつもりで立ち上げました。
スーパーブラスでは指揮者の喜多弘悦がマイクを持って話すことも多い  写真提供:ザ・シンフォニーホール
―― スーパーブラスは新しいスタイルのコンサートですね。それは、新しい音楽ファンを掘り起こす役割もあるように思います。
「オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ」と「ザ・シンフォニーホール」の共同企画により2022年7月に立ち上げた、関西の第一線で活躍する腕利きを集めて出来たブラスバンドです。私も吹奏楽出身ですので、つい力が入る企画です(笑)。壮大なプロジェクションマッピングと共に繰り広げられる圧巻のブラスサウンドは、皆さまよくご存知のオーケストラサウンドに比べて2割から3割増しで音は大きいはず。通常のコンサートは未就学児童の入場はお断りをしていますが、このコンサートは4歳以上の子供さんからご入場いただけるのも魅力の一つです。
スーパーブラスは、演奏と映像が一つになった、新しいスタイルのコンサート  写真提供:ザ・シンフォニーホール
―― 少し意外だったのが、チケットの価格設定が大人6,600円、小人3,300円と大阪4オーケストラのコンサートなんかに比べるとしっかりした金額設定になっていることです。それでも客席はいっぱいで、すごい盛り上がりでした。
それは大事なポイントです。チケットの値段は商品の価値で決まります。舞台上に100人近くの人間が乗って、迫力ある音楽を奏でている。音楽家の価値をどう見るか。お客様はチケットが安いから来て下さるのではありません。そして、いくら良い音楽をやっていても、バランスシートが悪ければ続けていくのは困難です。自立自営の原則に則って、きちんとした価格設定で、コストパフォーマンスの優れた良質な演奏を提供していくことが大切なのだと思います。
「チケットの値段は商品の価値で決まります」    (c)H.isojima
―― ザ・シンフォニーホール・ビッグ・バンドもすっかり定着したのではないですか。

こちらはザ・シンフォニーホールの名前を冠した、総勢16名のジャズバンドです。トランペットの名手菊池寿人さんを中心に2016年に結成し、これまでに18回の公演を積み重ねてきました。メンバーは全員自分のオケやバンドを持っているリーダーばかり。毎回テーマを決めて、豪華なゲストを招いて公演してきた結果、コンスタントに1000人ほどの集客が見込めるようになりました。クラシック専用ホールで聴くジャズのビッグバンドってどうなんだろうと思われるかもしれませんが、PAを工夫することで、個々の楽器の特性を捉えていて、迫力あるサウンドをお届け出来ます。奏者もプロなら、ステージスタッフもプロが集まっています。

ザ・シンフォニーホール・ビッグ・バンド のメンバー   写真提供:ザ・シンフォニーホール
―― 新生ザ・シンフォニーホールは、カフェも充実していただけに、コロナの影響は残念というほかありません。
コンサートホールが音楽を楽しむだけではなく、コンサートの余韻も楽しめる場所であるべきと思い、カフェの営業時間を延長したり、メニューにも工夫を重ねました。寒い中、何か体が温まるものをと、私なんかが考えると、おぜんざいはどう?となるのですが、若い人なら抹茶ラテという発想が出てくる(笑)。若いスタッフが自分達で考えて、色々と取り組んできましたが、カフェは3年閉めていますので、コロナの動きを見ながら随時対応していきたいと思っています。
残響2秒を誇る ザ・シンフォニーホール    写真提供:ザ・シンフォニーホール
―― コロナで離れていたお客さんは、ずいぶん戻ってきているように思うのですが。

そうですね。このところ、満員札止めといったコンサートも続いています。これまでのクラシックコンサートの中心層である、60歳、70歳台の方が完全に戻って来られているとは言い難いですが、代わりに若い人たちが随分増えたように思います。在阪のオーケストラも、指揮者やソリスト選びに工夫を図られていて、それが上手くハマっているようにも思います。スーパーブラスの客席の雰囲気などを見ていると、お客様がマスク姿であること以外、以前の盛り上がりが戻って来たように思います。
ザ・シンフォニーホール スーパーブラス、本番の模様  写真提供:ザ・シンフォニーホール
―― そのスーパーブラスの聴きどころ、3月と5月の公演についてお願いします。
3月は『ブラスdeアニメ~ジブリ名曲コンサート』と題して、ジブリ映画の音楽をお届けします。ジブリ映画の音楽というと、「トトロ」や「さんぽ」、「君をのせて」など短い曲を想像される方が多いと思いますが、森田一浩さんが器楽用に素晴らしい編曲をされています。どの曲も交響詩のような構成で10分ほどのサイズになっていて、聴き応えは抜群。まさにスーパーブラスに打って付けの曲です。「千と千尋の神隠し」は以前にも演奏しましたが、お客様にはとても喜ばれました。

5月は『ブラスdeシネマ~ド派手に格好よく!』では、昨年大好評を頂いた映画「スターウォーズ」「ロッキー」「ミッション・インポッシブル」「パイレーツ・オブ・カリビアン」などに加え、新たな映画のレパートリーも織り交ぜてお届けします。スーパーブラスで聴く映画音楽。こちらのコンサートの魅力はイメージしていただけるのではないでしょうか。迫力ある演奏と、壮大なプロジェクションマッピングとの融合は、一度体験していただくと必ずハマルはずです。どうぞご期待ください。
「来年度はスーパーブラスを年に4度、開催予定です」  写真提供:ザ・シンフォニーホール
―― 喜多さん、色々とお話を聞かせてくださいましてありがとうございます。最後に「SPICE」の読者にメッセージをお願いします。
昨年のザ・シンフォニーホール40周年は一つの通過点です。このホールを、この音響を50年、100年とヨーロッパのホールのように残すチャレンジを続けていきたいと思っています。もしも、まだザ・シンフォニーホールを見たことが無いという方は、この機会にスーパーブラスのコンサートを体験しにお越しください。お待ちしています。
ザ・シンフォニーホール スーパーブラスにご期待ください    (c)H.isojima
※喜多弘悦:株式会社ザシンフォニーホール取締役ゼネラルマネージャー・音楽総監督、滋慶学園COMグループ音楽系副校長、一般社団法人日本クラシック音楽事業協会副会長、公益社団法人大阪市音楽団理事
取材・文=磯島浩彰

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