春の訪れを待ち侘びる日々を彩る5曲

春の訪れを待ち侘びる日々を彩る5曲
物価は上がるし、光熱費と税金は高いし、ニュースは悲痛な祈りを取り上げたり無視したりで右往左往するしかないしで、不幸せの一歩手前の不穏なムードが五感に捩じ込まれる毎日。泥混じりの雪解け水、日差しの温かさがカーテンの向こうから感じられる時まで確実に近づいている筈なのに、しっちゃかめっちゃかな天候に心を揺さぶられる日々。それでも空を見上げ、梅の花の綻びに目を細めるだけのゆとりは微かに残っていて、「まだ大丈夫」と自分で自分に言い聞かせながら生き延びている。春はすぐそこにある。“春”は何の比喩? きっと、おまじないのような綺麗事が口先ばかりではなく、本当のことになる瞬間。音楽は魔法ではないけれど、よく似た力がはち切れそうなほどに宿っていると、そう信じられる刹那。
「Marquee Moon」収録アルバム『Marquee Moon』/Television
「タオルケットは穏やかな」収録アルバム『タオルケットは穏やかな』/カネコアヤノ
「PARADISO」収録アルバム『Spirit & Opportunity』/ステレオガール
「スカートになって」収録EP『スカートになって』/細井徳太郎
「YOUTH」収録アルバム『TOKYO VIRUS LOVE STORY』/mizuirono_inu

「Marquee Moon」(’77)/
Television

「Marquee Moon」収録アルバム『Marquee Moon』/Television

「Marquee Moon」収録アルバム『Marquee Moon』/Television

追悼、トム・ヴァーレイン。諦観と悲哀が入り混じったドラッギーなロマンス、重たい肉と骨を現実に残して浮かび上がる自意識と幻想の箱庭の百花繚乱。ひりつく狂気と脆弱な柔らかさを吐き捨てながら、空に恋焦がれる蔦のように伸びていく歌声、音と音の挟間のグラデーションとハレーションが残響の影を追いかける演奏が絡み合う。音楽という名の絵筆に乗って無限に展開されていくなかで、人と楽器との境目は失われ、蜘蛛の巣のごとく繊細で、死神の囁きに似た甘やかで美しい断片が耳と心に刻まれる。誰のものでもなく誰のものでもある夜に、無数の色を重ね、艶やかで鮮やかな闇にした、ニューヨークパンクの宝箱。

「タオルケットは穏やかな」(’23)/
カネコアヤノ

「タオルケットは穏やかな」収録アルバム『タオルケットは穏やかな』/カネコアヤノ

「タオルケットは穏やかな」収録アルバム『タオルケットは穏やかな』/カネコアヤノ

固く閉じられた蕾の中の息吹を掬い上げて宙に放り投げ、目覚めを告げるタフネスと優しさに満ちた楽曲。シューゲイザーさながらの煌びやかな粒子で結ばれた轟音に包まれ、迷いも躊躇いもない凛とした歌が心臓に突き刺さる。絵本の読み聞かせを想起させる際限ない包容力に誘われるままに手を伸ばすと、数えきれないほど通り過ぎてしまった命の脈動と同期したギターの咆哮が肌に爪を立て、タイトなドラムと滑らかなベースが描く幾千ものレイヤーの虜になってしまう。自分の胸の中にそっとしまっておくことも、他の誰かに差し出すためにポケットに隠しておくこともできる、しなやかで無垢なロック。

「PARADISO」(’22)/ステレオガール

「PARADISO」収録アルバム『Spirit & Opportunity』/ステレオガール

「PARADISO」収録アルバム『Spirit & Opportunity』/ステレオガール

奥歯で噛み砕く寸前の小粒のキャンディーに似たキュートネスと絶望を封じ込めて、シェイカーでハードな口当たりのカクテルを作り上げたかのようなオルタナティブ&サイケデリックナンバー。ぼんやり惚ける後ろ頭を打撃するベースとドラムの一打一打の重さと太さ、テールランプのような軽さも摩擦で光る流星のドラマティックな終幕も感じさせるギターのざらついた音塊が心地いい。信じられる確かなものが“今”しかないと吐露するネガティブな溜息を“歌”に変えるボーカリゼーション、キラキラの音の放流のなかにこっそり混ぜられたポジティブな未来を願う本音。メロディーに秘められた表現の豊かさにずっと身を預けていたい。

「スカートになって」(’21)/
細井徳太郎

「スカートになって」収録EP『スカートになって』/細井徳太郎

「スカートになって」収録EP『スカートになって』/細井徳太郎

細井徳太郎(Gu&Vo)の1st EP『スカートになって』から、演奏にマーティ・ホロベック(Ba)、石若駿(Dr、Cho)、高橋佑成(Synth)という最強の布陣を迎えたタイトル曲を。陽だまりのような明るさと温度感のメロディー、ウィスパーヴォイスが散歩のテンポ感のまま紡がれ、寝る前に目を閉じる寸前のほんのわずかな恐怖心もまるごと巻き込んで溶け合っていく。牧歌的な輝度の声とは裏腹に、あちこちに飛び交い、曲がりくねって蠢くギターの音色が、異世界への扉を開かんばかりの魔力を放っている。聴き込んで真実まで辿り着こうと悪戦苦闘すればするほど、無色透明な音の歪みに骨抜きにされてしまう作品。

「YOUTH」(’22)/mizuirono_inu

「YOUTH」収録アルバム『TOKYO VIRUS LOVE STORY』/mizuirono_inu

「YOUTH」収録アルバム『TOKYO VIRUS LOVE STORY』/mizuirono_inu

昨年リリースされたアルバム『TOKYO VIRUS LOVE STORY』の幕開けを飾る、オルタナティブから数十年を経て産み落とされた新しいオルタナティブミュージック。ポエトリーラップやヒップホップというにはあまりに無機質さで傷付いた情念的なメロディーが溢れ出て、エレクトロニックと冠するには枷で暴かれた肌から血が流れるような肉体的錯覚が襲来し、ロックと呼ぶ前にあらゆるジャンルとカテゴリを逸脱して目まぐるしい速度で滑走し続けるその姿を捕まえて名前をつけたくなるが許されない。六畳一間の薄暗い部屋の中でいくつもの闇を解き放つ、激情と劇場の引きこもり型オルタナティブミュージック。

TEXT:町田ノイズ

町田ノイズ プロフィール:VV magazine、ねとらぼ、M-ON!MUSIC、T-SITE等に寄稿し、東高円寺U.F.O.CLUB、新宿LOFT、下北沢THREE等に通い、末廣亭の桟敷席でおにぎりを頬張り、ホラー漫画と「パタリロ!」を読む。サイケデリックロック、ノーウェーブが好き。

OKMusic編集部

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