平林たい子没後50周年の節目に、その
激動と波乱の半生描く〜劇団劇作家『
世界が私を嫌っても』稽古場レポート

2022年12月15日(木)よりTACCS1179にて劇団劇作家の『世界が私を嫌っても』が開幕する(ライブ配信もあり)。劇団劇作家は、2006年に日本劇作家協会の戯曲セミナー卒業生を中心に結成された劇作家による、劇作家のための、相互研鑽とプレゼンテーションを目的としたカンパニー。その名の通り、劇作家のみで構成される劇団であり、戯曲とその行き場を見つめながら、ミュージカル、ストレートプレイ、リーディングなど様々な形式で舞台を上演し続けている。
メンバーである有吉朝子が明治生まれの文学者・平林たい子の激動と波乱に満ちた半生を描いた本戯曲は、「日本の劇」戯曲賞2020において佳作に選出。昨年9月にはその成果発表として南河内万歳一座の内藤裕敬の演出によるリーディング公演が上演された。ホームである劇団劇作家の本公演として本作が上演されるのは今回が初めてであり、その開幕に期待が寄せられている。
キャストは、小石川桃子(文学座)、小泉まき(俳協・中野成樹+フランケンズ)、越塚学(文学座)、近藤隼(TCアルプ)、秦由香里、辻本健太(スターダス・21Neu)、中嶌聡(OVER TONE)、永野和宏(劇団新人会)、西村壮悟、久行敬子(オフィスPAC)、桧山征翔(CEDAR)、森脇由紀(青年座)、山本由奈(東宝芸能)の13名で、演出は西本由香(文学座)が手がける。平林たい子没後50年という節目に、その半生を今一度辿りながら時代やそこに生きる人々の人間模様をつぶさに拾い上げる本作の稽古について、少しのあらすじとともにレポートしたい。
左から西村壮悟、秦由香里、中嶌聡、永野和宏
物語は、たい子(小石川桃子)がまだ小学生の頃に遡る。長野・諏訪の貧しい家庭に生まれたたい子は、ロシア文学との出会いをきっかけに12歳にして文学の道を志していた。しかし、当時は女学校へ進学することも珍しい時代だ。
左から桧山征翔、小石川桃子
それでもたい子の意思は固く、母の反対を押し切る形で、恩師の川上(桧山征翔)や同級生の千代子(小泉まき)やミツ(山本由奈)の激励を胸に文学者への道を進む。エミール・ゾラの『ジェルミナル』に感銘を受けたたい子は、その翻訳を手がけた先生を頼りに上京する。
「文学で世界を変える」
しかし、その道のりは決して平坦なものではなかった。
左から秦由香里、西村壮悟
時は経ち、大正14年、東京の下宿先である。たい子は詩人の芙美子(秦由香里)とともに暮らしていた。そう、あの『放浪記』の作者の林芙美子である。芙美子は絵画を志す緑敏(西村壮悟)とともに酒を呑んでいる。盛り上がる二人に対して、たい子の表情は暗い。原稿が売れず、お金がなかった彼女は半年前に逝去した父の葬式にも出られなかったのだ。
「くだらない、文学なんて」
そう一言吐き捨てるたい子の目には、東京に出てきてからの険しい時間が滲んでいた。セリフでこそ語られていないものの、文学に展望を見出し、意気揚々と故郷を飛び出したたい子がそう吐き捨てるまでの時間がそこにはずっしりと横たわっていたように思う。
飄々と振る舞う芙美子とすっかり滅入ってしまっているたい子。
希望の言葉で夢を語り合った同級生の千代子やミツとは違い、二人は表立って励まし合ったりはしない。明日諏訪に帰るというたい子が「机、あなたにあげる」と言うが、止めるどころか「辞書も欲しい」というのが芙美子なのである。しかし、外からたい子のかつての男である虎三(近藤隼)の怒号が聞こえた瞬間に芙美子の表情は一変する。
左から近藤隼、小石川桃子、秦由香里
「いつも通り、窓を伝って隣から逃げな!」
「原稿忘れないで。探偵小説、最後の〆切でしょう?」
そう叫んで、押し入ってきた虎三に立ち向かう芙美子。力でねじ伏せようとする虎三の荒々しい振る舞いにもまた、一筋縄ではいかなかった生活と時代の色が滲んでいた。芙美子はそっと、しかし強い力でたい子をかばう。文学を志し、都会の荒波でともに情熱を燃やし続けた同志ならではの共鳴と連帯。抱き合いはせずとも心で確かに手を繋ぐそんな二人の姿に、ある種のシスターフッドを感じる一幕であった。
左から小石川桃子、秦由香里
抵抗するたい子を虎三が組み伏せたところで新たな登場人物が現れる。
たい子が働く店を懇意にしている男・小堀(越塚学)と、もう一人は同級生の千代子(小泉まき)であった。小堀によって虎三が屋外へ追い払われ、小堀と芙美子も表へと出る。旧知の仲ではあるが、卒業以来会っていなかった千代子は、たい子に会うためにやってきたのだと言う。
左から小泉まき、越塚学、小石川桃子
「たいちゃん」
千代子は幼い頃から変わらないその呼び名でたい子を呼ぶ。今の暮らしぶりを見られたくなかったのか、顔を伏せがちに話すたい子であるが、その目尻にはわずかに懐かしさも滲んでもいて、再会した二人は徐々に距離を縮めていくように見えた。
たい子はポツリポツリと今日までに起きたあらゆることを千代子に話す。父が死んだこと、アナキストの虎三とともに逮捕されたこと、その後大連に渡った時に妊娠に気づき、娘が産まれたこと。お金がなくてミルクが買えず、母乳を通じて赤子に脚気が感染し、たった2週間で死んでしまったこと。
千代子もまた、たい子にこれまで自分の身に起きた出来事を話す。女子大に入って読書会に参加したこと、マルクスやレーニンを読み、思想についての研究をしたこと。そして、今日きたのは、仲間が作っている雑誌にたい子に寄稿してほしいという思いからだったこと。公正じゃない社会の仕組みに気づいた千代子は、強い眼光を放ちながら、真っ直ぐな言葉を発し続ける。
「文学には社会を変える力がある。そうでしょう?」
「我々のゾラになって」
しかし、その会話はやがて思わぬ方向へと進んでしまう。かつて故郷の諏訪で志をともにした旧友同士に生まれた軋轢。生きている場所や考えの相違とそのもどかしさをぶつけ合う二人の姿は、苦しくも生々しく、この時代に思想や哲学を貫いて生きようとすることの厳しさが身に迫ってくるような体感があった。稽古を見ることがったのはここまでのシーンであったが、ここまで流れた時間がたい子の半生に、そしてこの作品にとっていかに重要な部分であったかは要所要所で細やかに入る西本の演出に抽出されていたように思う。
演出を手がける西本由香(文学座)
「たい子のダメージに追い討ちをかけるように、もう一歩溜め込んでみましょうか」
「言い合いの中にも気遣いはあるはず」
「このセリフには根底にもう少し強い怒りがあってもいい」
今までのシーンはほとんどがいわば「論争」でもあった。その中にある登場人物の感情やその交錯、背景にある人間関係を紐解くような繊細な演出がシーンそのものの解像度と体温を上げていく。
少しの休憩後、西本はある重要な小道具を包む布の色を変えることを提案した。それ一つで、シーンの情景とそこから受け取るものが大きく変わったことに驚く。舞台に存在するもの全てに目を凝らす演出と、それらを取りこぼすまいといくつものアプローチでシーンにうねりを生み出していく俳優陣たちの奔走もまた印象的だった。
左から越塚学、近藤隼、秦由香里
稽古のレポートはここまでだが、戯曲を最後まで読んだ体感についても少し追記しておきたいと思う。有吉朝子が紡いだこの一人の女性の半生についての物語は、決して遠い話ではないように感じる。会話そのものも難解なわけではなく、ごくさりげないもので、だからこそ温度のある手触りで心に落ちてくる、そんな心の機微に溢れていた。
エネルギッシュなたい子やその家族や友人、折々に登場する個性豊かなキャラクターたちはそれぞれがすべからく時代を背負っている。時に切実に、時に残酷に、時には、希望もある。そして、時代こそ異なるが、今の世を生きる者にも通じる社会や文化や思想へのまなざし、それらの混線と継続がそこには在った。
「世界が私を嫌っても」
嫌っても、の後に続く言葉はなんだろうか。そんなことを考える。自分の正義や思想を信じること、貫くこと、そして、世界がそれらを容易には許さぬ険しさ。だけども時代は続き、文学は生まれ、文化は築かれ、私は今こうしてこの物語を受け取った。その演劇はまもなく開幕を迎えようとしている。
女性の権利がまだ獲得されていなかった戦前戦後の世で、社会の不条理と女性としての生き様を逞しい筆致で残した平林たい子。その半生を紡いだ演劇の全貌を通して私たちは現在を、ともすれば未来をも見つめることになるかもしれない。

取材・文・撮影/丘田ミイ子

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