田中俊介、武田玲奈らが人間の潜在的
な本質を生々しく描く~PARCO PRODU
CE 2022 『ホームレッスン』 公演レ
ポート

2022年9月24日(土)、東京・紀伊國屋ホールにてPARCO PRODUCE2022『ホームレッスン』が開幕した。作・谷碧仁(劇団時間制作)、演出・シライケイタ(劇団温泉ドラゴン)という話題の劇作家の初タッグに上演前から期待の声が寄せられていた本作。主演は、舞台のみならず映像作品でも折々の活躍を見せる田中俊介が務め、物語の主軸となる三上家の家族4人を武田玲奈、堀夏喜(FANTASTICS from EXILE TRIBE)、宮地雅子、堀部圭亮がそれぞれ演じる。開幕の熱気が冷めやらぬうちにその公演の様子をレポートしたい。
※以下、ネタバレが含まれますのでご注意ください。

『ホームレッスン』と言うタイトル通り、物語の主軸となるのはある四人家族。舞台中央にあるのは、その家のリビングだろうか。だろうか、でとどめているのには訳がある。ここに大きな食卓があること、その上に手の込んだ夕食が所狭しと並んでいることを知るのは、開演後しばらくしてからのことだからだ。
明るい音楽とともに暗転、その後舞台に「こんにちは」「こんばんは」と時の挨拶を迷いながら現れたのは、家族外の唯一の登場人物・伊藤大夢(田中俊介)である。その独白によると、彼は今日初めて結婚の挨拶のために恋人である花蓮の家を訪れたらしい。前述した通り、彼の独白の間は家の内部の様子はわからないようになっている。舞台セットには大きな布幕がかけられており、観客は開演とともにそのベールが剥がされるのを今か今かと待望する。家族の象徴である食卓だが、この三上家においてはこのベールの方がなお象徴的と言っても良い。食卓を覆う布が暗示しているのは、家族の秘密である。チラシやタイトルだけを見ていると、一見和やかなホームドラマを彷彿させるが、物語のあらすじを把握した上で客席に座っている観客にとっては、「不穏」はこの時もうすでに始まっているのだ。
(左から)堀 夏喜、田中俊介、武田玲奈  撮影:加藤幸広
数分後、ベールが剥がされ、舞台袖から娘の花蓮(武田玲奈)とその母・奈津子(宮地雅子)、父・歳三(堀部圭亮)が現れ、食卓の椅子に座る。結婚よりも前に子どもができてしまったこともあり、緊張しながら食卓の椅子に座るも、この家族の会話はどうもおかしいのだ。大夢が発言をする度に「1点」「2点」、「8条」「54条」と何やら「点数」や「条数」を口にする母・奈津子を筆頭に、父・歳三も花蓮も何かに則って会話を進めている。それもそのはずだった。三上家には独自に作られた“100の家訓”があり、それを破ると点数に応じた懲罰を受けなくてはならないため、家族はみなそれを厳格に守って生活していたのである。
その家訓の一例はこうである。
2条 「家訓について決して他言してはならない」
8条 「正しい箸の持ち方以外をしてはならない」
35条 「食後の踊りを疎かにしてはならない」
54条 「相手の言葉をオウム返しにしてはならない」
その奇妙な光景に「なんだ、この変な家族は!」と逃げ出しても良いところだが、大夢がそれを選ばないどころかむしろ能動的に、専心すらして家族の内側に入っていくところがこの物語の最も大きなテーマのひとつでもある。その理由は、家族の食卓の風景にカットインするように続く大夢の独白によって詳らかになっていく。彼が虐待の被害児であり養護施設で育ったこと、中学の頃の恩師の「社会に適合しなさい」という言葉を胸に、郷に入れば郷に従え精神で周囲の価値観に合わせることでここまで生きてきたこと、不幸な生い立ちもあって、家族に強い憧れを持っていたこと。それらが分かったところで、大夢は三上家の一員になるべく同居をはじめることになるのである。
家訓の履修が目的と言ってもいいその同居生活を大夢は楽しく過ごしていく。家族もそんな大夢を受け入れ、とりわけ家訓に最も重きを置く母・奈津子とは徐々にしかし強く絆を深めていく。この二人の絆の背景には、大夢と奈津子のとある過去も影響しているのだが、それがどんな過去であるかについては、物語の、そして演劇の核心に触れることになるので、ここで記すことは避けておきたい。兎にも角にも、大夢は満足していた。「やっと自分の家族ができた」「これが家族なんだ」。これまでに感じたことのなかった幸福感と充足感が大夢の胸に立ち込める。
ある日、大夢は「冬用布団を出すのを手伝って欲しい」と言う歳三の頼みによって、入ったことのなかった物置部屋を訪れる。ドアを開けると同時に、明るかった食卓から一転、舞台上の盆が回転し、たちまち陰気な物置部屋へと姿を変える。恐る恐る中へ入っていく大夢が目にしたのは、鎖に繋がれた状態で異臭を放つ弟・朔太郎(堀夏喜)であった。この弟・朔太郎の登場は、その美術の転換同様、物語における“明暗”を大きく左右する。もう少し踏み込んで書くとするならば、その存在こそがその後家族が辿る“命運”を握っていると言ってもいい。奇妙ではあるもののある種のバランスを保っていた家族が、彼の登場によって大きく揺らいでいくのである。明るく和やかなリビングの裏側で一人異質な暮らしを送る朔太郎は、調和の裏に潜んでいた不協を象徴する。そして、そんな様相を目の前にして初めて大夢の「適合」にも僅かなエラーが点灯する。「これはさすがにおかしい」と花蓮を問い詰めているところに、歳三が現れる。歳三はこの異常な家族生活を終わらせたくて、大夢をこの家に招き入れたのであった。「大夢くんがおかしいと感じてくれてよかった」「これからのことはまた明日話そう」。そう告げる歳三に対して、大夢が口にしたのは意外な一言だった。「懲罰中の人間に手を貸してはいけない」。大夢はすでに、三上家の家訓に信仰心すら抱きはじめていたのである。やっと手に入れた家族を失いたくないという気持ちの強さがそうさせてしまったのだろうか。「子供をこんな家で育てていくつもりなのか」と言う歳三の元を立ち去り、大夢は三上家での生活を継続していく……。

(左から)堀部圭亮、宮地雅子、武田玲奈、田中俊介  撮影:加藤幸広
全ての出来事が家庭内に終始するこの物語に思うのは、奇しくも大夢の座右の銘である「郷に入れば郷に従え」の恐ろしさであった。「適合」することに固執し続けた結果、その「適合」が「不適合=エラー」であることすらわからなくなってしまう大夢の様子は、その不幸な生い立ちを差し引いて考えても、確かに異常なことではあった。しかし、そう書いたそばから、この世界では何が「異常」で、そして「正常」なのか、という今作のもうひとつの主題を突きつけられている気がするのだ。大夢が冒頭で、夕方に発する挨拶は「こんにちは」か「こんばんは」を迷ったように、この世界に定義されていることは、本当は何ひとつとして確かなものなどないのかもしれない。人間の強さも、そして弱さも、正しさも、間違いも、何を以てしてそうなのかと言われれば、容易に答えることなどできない。

『「家族」という最も身近なコミュニティと「家訓」という最も内なるルール。演劇を介してそれらを解体・縫合する本作には、多かれ少なかれ見覚えのある風景も出てくるのではないだろうか』
これは、私が上演に先駆けて寄稿した本作のコラムの一文である。そのコラムに私は度々「想定外」という言葉を使った。想定外の物語、想定外の演出、想定外の演劇。しかし、その全貌を観終えた今、「想定外」という言葉すら果たして適切だったのだろうかと自身に問うている。「想定外」という言葉に敷かれている「想定」という行為は、本作のキーワードである「適合」に近いニュアンスを宿している気がしてならないのだ。これまでの経験や定説、ある種のルールによって予測をすること。しかし、そんなものはいつだって曖昧なのである。
外部の人間を内部に取り込むことによって、何かが変わるかもしれない。この奇妙な生活を終わらせることができるかもしれない。歳三がそう“想定”した展開は、全くその外を歩むことになってしまった。奇しくも大夢が当然の如く、家訓にすすんで「適合」することを試みたことによって。
家族の明暗を分ける出来事が、リビングと物置部屋とのコントラストを以てまざまざと表出されていき、盆が回るたび、右へ左へと少しずつ動くたび、この家族が迎える結末は果たしてそのどちらなのだろうか、と手に汗を握った。5人の俳優の表現力の高さと個性がまた、その危うい家族の状況を鮮烈に彩っていく。主役を務めた田中俊介の声色に潜む、人間の心の融通の効かなさ。みるみる家訓に没入していく身体との連動には痛々しくも幼少期の横顔すら浮かび上がってくるようだった。心の先端の震えを隠しながら強くなりゆく母性を全身に滲ませた武田玲奈。思春期の心の揺れと、それでも正しくありたいと願う切実を一身に背負った堀夏喜。母が守っていたのはルールではなく本当は心だったということが言葉なくして明かされる時の宮地雅子の眼差し。家族を継続するため、愛する者を守るための静かな決心を胸に据えながらも大きく笑う堀部圭亮の笑顔には、舞台上では描かれていない家族の長き日々をもが伝わってきた。
そんな、5人の登場人物の心の深淵を、人間の潜在的な本質をやはり生々しく描き切った谷碧仁の物語とシライケイタの演出。いくつものシーンを見送りながら、人の心の複雑さと脆弱さ、そしてその得体の知れなさは、この世で最も定義ができないものかもしれないとつくづく思う、そんな劇場からの帰路なのであった。

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着