フィールドレコーディングの祖
アラン・ロマックスが発掘した、
ふたりのブルースマンの
“原石”のような記録

(ミシシッピー)
フレッド・マクダウェル、発見される

それから18年後、ロマックスは英国の女性シンガー、シャーリー・コリンズを伴って再び南部を回ってフィールドレコーディングの旅を続けていた。ミシシッピー州のコモという村でロニー・ヤングとエド・ヤングによるファイフ吹きと太鼓のふたり組のブルースを録音していた時のこと。
※ファイフとは日本の篠笛のような短い横笛で、ブルースの発生以前から、村や集会場などで、太鼓と共に、踊りの伴奏などおこなっていたようです。奇跡的にこの時の映像が記録されている。

African-American Fife & Drum Music:
Mississippi & Jamaica

家の前の空地のようなところで録音していると、その向こうの森の中から、ギターを手にしたオーバオールを着た男がふらっと現れた。男はマイクを立て、録音機の側に座っている白人の男女に気がつくと、いつもと違う雰囲気にしばらくたじろぎ、何もせずに離れたところに座っていた。ファイフ演奏が途切れたタイミングで、ロマックスはロニー・ヤングに彼は誰だと訊ねると、「ようフレッド、今日は遅かったな。この御仁らが俺の笛を録音したいっていうんでやってたわけさ。おめえさんも一緒にやるかい?」とヤング。フレッドというその男はロニー・ヤングの隣人で、農場でフルタイムで働いていて、仕事が終わったあとや村のパーティ、それから時折ジュークジョイントで演奏して小銭を稼いでいるということだった。挨拶も交わさないうちに、いきなり始まった演奏に、ロマックスはひっくり返りそうになり、慌てて録音スイッチをオンする。呆気に取られ、こんな演奏をする人間がいることに今まで気が付かなかった自分の調査の浅さに恥じ入る思いだった。男は左手にポケットナイフを持ちそれをフレット上を滑らすようにして、今ではボトルネック/スライド奏法という言い方で知られるスタイルでギターを鳴らしていた(後年、樹脂製のボトルを使うようになる)。右手の親指で低音弦をはじいてリズムを生みながら、時に鋭利に、感傷的なフレーズを弾く。そのコンビネーションが生む独創的なリフ、うねり。まるでふたりで弾いているように聴こえるほど、それは巧みな演奏だった。基本的に同じフレーズを繰り返し、繰り返し弾くというスタイルなのだが、次第に熱を帯び、トランス状態というのか、陶酔していく。いつのまにか彼の妻だという女性たちも混ざり、ギター演奏に合わせて歌い踊る。この時の演奏を記録したのがフレッド・マクダウェルの『ザ・ファースト・レコーディング(原題:First Recording)』(’97)だった。これもCD化されてラウンダーレコードからリリースされた時は大きな話題になったものだ。ベックやGラヴ&スペシャル・ソースがデビューしたり、何度目かのロバート・ジョンソンのコンプリートレコーディングスのCD再発があり、電化以前のカントリーブルースに注目が集まっていた時期でもあった。

(ミシシッピー)フレッド・マクダウェルは、1904年、メンフィス近郊、ミシシッピ州境に近い、テネシー州ロスヴィルで生まれたという。両親は農民で、フレッドが若い頃にふたりとも亡くなっている。彼は14歳でギターを手にすると、ロスヴィル周辺のダンスの集まりや集会場で演奏するようになる。覚えがはやかったのだろう。ただ、誰にも習ったことはない、自己流だと何かのインタビューの折に語っている。1926年にメンフィスに移り、そこで綿や油、飼料工場などで働くが、2年ほどで綿を選ぶための仕事についてミシシッピに引っ越した。最終的にミシシッピ州コモに定住し、週末にダンスやピクニックで音楽を演奏し続けながら、農民として働いていたのだ。そのギターの腕前は近辺ではちょっと知られる存在ではあったのだが、音楽で身を立てられるとはハナから思っていなかった彼は、他のブルースマンのようにあちこちの酒場やジュークジョイントを回ったり、旅をすることもなく、ずっと地元で農作業のかたわら、自分の楽しみと仲間を喜ばすためにだけギターを弾くという暮らしを続けていたのだ。ロマックスが彼を発見した時、フレッドは55歳だった。

彼の演奏するのはブルースとゴスペル。そして、自分の奏でる音楽というのは上品に腰掛けて神妙に聴かせるものなどではなく、みなを踊らせ、酔わせる伴奏音楽なのだと徹底していた。1967年頃に録音されたというフレッドとジョニー・ウッズによる『ママ・セッズ・アイム・クレイジー(原題:Mama Says I’m Crazy)』などは、ギターとハーモニカ、ヴォーカルだけの演奏ながら、体をじっとさせておられないような激しいグルーブとバイブレーションを起こさせる。こんな演奏は誰にも真似できない。一方、地元コモで通っている教会のコーラス隊とレコーディングしたゴスペル集『アメイジング・グレイス(原題:Amazing Grace)』(’66)などは、そのあまりにも深淵なブルースのトーンに身動きが取れなくなるほどだ。

それから13年、1972年に亡くなるまで、フレッドはフルタイムのミュージシャンとして、そして本物のブルースマンとして、充実した音楽活動を続けた。ミシシッピーの田舎町から出たこともなかった彼が、全米を回り大都市でライブをする、それどころか大西洋を渡って英国、欧州まで招かれて演奏する。大きな会場で演奏する機会も増え、エレキも使ってみた。そして、レコーディングも頻繁に行なわれ、それがリリースされるや、大変な評判になった。といってもブルースというジャンルがヒットチャートに登場するようなことはない。1962年〜70年にかけて英国やヨーロッパで開催された『アメリカン・フォーク・ブルース・フェスティバル』、米国でも,あのボブ・ディランが登場するのと同じ1964年頃から『ニューポート・ジャズ&フォーク・フェスティバル』(フェス自体は50年代から開催されている)にハウリン・ウルフや最初に紹介したマディ・ウォーターズ、ミシシッピー・ジョン・ハートらブルース勢が出演しだしてから、若者がブルースに惹かれだしていく。そうしたブルースマンらがフェスに出演するようになる理由というのが、これまた先に紹介したアラン・ロマックスらによる米国南部のアパラチアのマウンテンミュージックからミシシッピー、テキサスのブルースを発見したことが起因となるフォーク&ブルース・リバイバル・ムーブメントだった。

英国でブルースに飛びついた若者の筆頭というのがエリック・クラプトンやアレクシス・コーナー、ジョン・メイオール、ローリング・ストーンズ、フリートウッド・マックといった面々であり、米国ではポール・バターフィールドやキャンド・ヒートといったバンドがいち早くブルースをベースにした音楽性で堂々とチャートインしてくる。60年代から70年代前半にかけて、続々とこうしたバンドが生まれては消えするのは、フォーク&ブルース・リバイバル・ムーブメントの刺激が絡んでいるのは間違いないだろう。

フレッドに話を戻すと、彼について最もポピュラーなエピソードとしては、米国の女性ブルース・ギター&シンガーを代表する存在であるボニー・レイットはまだデビューする以前、フレッドにボトルネックギターを習ったということだろう。フレッドとの付き合いはデビュー後も続き、1970年の夏、彼女は『フィラデルフィア・フォーク・フェスティバルでフレッド』と共演も果たしている。その経験が彼女のデビュー作『ボニー・レイット(原題:Bonnie Raitt)』(’71)、初期の傑作『ギヴ・イット・アップ(原題:Give It Up)』(’72)にたっぷり生かされている。レイットはフレッドの死後、私費で彼の墓碑を建立している。

もうひとつの大きなエピソードはローリング・ストーンズが1971年に全英、全米共に1位を記録した大傑作アルバム『スティッキー・フィンガーズ(原題:Sticky Fingers)』でフレッドの「ユー・ガッタ・ムーブ(原題:You Gotta Move)」をカバーしていること。アレンジもフレッドのものとほとんど同じである。その直前、フレッドは雑誌のインタビューを受け、「I Do Not Play No Rock’n ‘Roll(俺はロックンロールはやらない)」と言っていたのだが、ストーンズが自分の曲を取り上げたことに対しては素直に喜んでいたという。なにせ、結構な収益がもたらされたはずで、翌年には亡くなってしまう彼には、いい冥土の土産になった、というべきか。

TEXT:片山 明

アルバム『The Complete Plantation Recordings』/Muddy Waters1993年発表作品
    • <収録曲>
    • 1. Country Blues (Number One)
    • 2. Interview #1 (Previously Unissued)
    • 3. I Be's Troubled
    • 4. Interview #2 (Previously Unissued)
    • 5. Burr Clover Farm Blues (Previously Unissued)
    • 6. Interview #3 (Previously Unissued)
    • 7. Ramblin' Kid Blues (Partial. Previously Unissued)
    • 8. Ramblin' Kid Blues
    • 9. Rosalie
    • 10. Joe Turner (Vocal: Percy Thomas)
    • 11. Pearlie May Blues (Vocal: Percy Thomas)
    • 12. Take A Walk With Me (Second Guitar: Son Simms)
    • 13. Burr Clover Blues (Second Guitar: Son Simms)
    • 14. Interview #4 (Previously Unrelaeased)
    • 15. I Be Bound To Write To You
    • 16. I Be Bound To Write To You (Second Version, Second Guitar: Charles Berry, Previously Unissued)
    • 17. You're Gonna Miss Me When I'm Gone (Number One)
    • 18. You Got To Take Sick & Die Some Of These Days
    • 19. Why Don't You Live So God Can Use You
    • 20. Country Blues
    • 21. You're Gonna Miss Me When I'm Gone
    • 22. 32-20 Blues
アルバム『First Recordings』/Mississippi Fred McDowell1997年発表作品
    • <収録曲>
    • 1. Going Down The River
    • 2. 61 Highway
    • 3. Wished I Was In Heaven Sitting Down
    • 4. When The Train Comes Along
    • 5. Shake 'Em On Down
    • 6. Worried Mind
    • 7. Woke Up This Morning With My Mind On Jesus
    • 8. You Done Told Everybody
    • 9. Keep Your Lamps Trimmed And Burning
    • 10. What's The Matter Now?
    • 11. Good Morning Little Schoolgirl
    • 12. I Want Jesus To Walk With Me
    • 13. Keep Your Lamps Trimmed And Burning
    • 14. You're Gonna Be Sorry
『The Complete Plantation Recordings』(‘93)/Muddy Waters
『First Recordings』('97)/Mississippi Fred McDowell

OKMusic編集部

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