河合奈保子

河合奈保子

編曲家・大村雅朗が手掛けた
河合奈保子の名曲が2枚組CDで発売

1980年代に一世を風靡したトップアイドル・河合奈保子の多くの作品の中から、大村雅朗が編曲した作品を集めた2枚組のCD『Masaaki Omura Works~大村雅朗作品集~』が9月21日に発売される。

大村が編曲を手がけた最初の奈保子作品は、デビュー5枚目となるシングル「スマイル・フォー・ミー」(1981年)で、この曲のヒットが奈保子をトップアイドルの地位へと押し上げた。また作曲家・筒美京平を起用し大村が編曲した13枚目のシングル「エスカレーション」(1983年)は奈保子にとって最大のヒット曲となり、大村は奈保子の重要なブレーンとなり、アルバムも含め約40曲の編曲を手がけた。ヴォーカリストとしても定評のあった奈保子と大村のアレンジが融合した作品はどれも聞きどころ満載だ。

大村は、1978年に上京し、「みずいろの雨」(八神純子)のアレンジャーとして瞬く間に脚光を浴び、1983年には作曲及び編曲を手掛けた「SWEET MEMORIES」(松田聖子)でレコード大賞編曲賞を受賞。1986年リリースの「My Revolution」(渡辺美里)以降はサウンド・プロデューサーズ・ムーブメントの先駆者として、ジャンルレスなヒットを量産し続けたが、1997年に46歳の若さで逝去した。

大村雅朗の出身地である福岡では、『大村雅朗25thメモリアルスーパーライブ』と銘打った二夜限りのプレミアム公演を開催(9月23・24日、福岡キャナルシティ劇場)。ライブの音楽監督は佐橋佳幸と亀田誠治が務める。

【河合奈保子プロフィール】

河合奈保子は1980年に「HIDEKIの弟・妹募集オーディション」で優勝し、同年6月21日に「大きな森の小さなお家(うち)」で日本コロムビアからデビュー。

「スマイル・フォー・ミー」「けんかをやめて」などのヒット曲をリリース後、1983年にはイメージ・チェインジをはかり筒美京平作曲による「エスカレーション」を発売、約35万枚の売り上げを記録し最大のヒット曲となった。1985年「デビュー」でシングル・チャート初のオリコン1位を獲得した。アルバム・チャートでは1983年に竹内まりや、来生たかおらが作品提供をした「あるばむ」で1位を獲得した。その後、自らが作曲やピアノ演奏を手がけるなどアイドルからアーティスト活動にシフトしていく。

1997年に芸能活動を休止後、表舞台には出ておらず20年以上経った今でも根強いファンは多く、復帰を求める声が後を絶たない。

アルバム『Masaaki Omura Works~大村雅朗作品集~』2022年9月21日発売
    • 【CD2枚組】
    • COCP-41834~5/¥3,300(税込)
河合奈保子

OKMusic編集部

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