アメリカン・フォーク界の重鎮、
ポール・サイモンが挑んだ
異文化圏コラボレーションが
投げかけた成果と波紋
南米ブラジル、アマゾン、
そしてバイーア地方へ
やがて『リズム・オブ・ザ・セインツ(原題:The Rhythm Of The Saints)』(‘90)というタイトルでリリースされることになるアルバムは、基本的には前作と同様に、サイモンの自作曲を、サイモンを含むアメリカ側ミュージシャンと南米ブラジルミュージシャンによるコラボレーションという内容のものになっている。互いの融合具合はより濃く、自然なものになっている。
中でも最大の聴きものは、1曲目の「オヴィアス・チャイルド(原題:The Obvious Child)」で、バイーア地方の何十人からなるドラムグループ「オロドゥム」による迫力のブラジリアンドラムで幕を開ける。そのほかの曲でも、多種多様なパーカッションが雨あられと、熱帯雨林のスコールのように降り注ぐ。ブラジル(ボサノヴァ)音楽界を代表するシンガー、ミルトン・ナシメントが参加し、サイモンとデュエットする「スピリット・ヴォイセズ(原題:Spirit Voices)」も聴きどころだ。前作『グレースランド(原題:Graceland)』に続き、レディスミス・ブラック・マンバーゾも参加している。南米と南アフリカが音楽でつながったわけだ。ドイツのECMにアルバムを録音し、パット・メセニーやジャズのミュージシャン、ブライアン・イーノやビョークといったアンビエント系アーティストとの共演もあるブラジル音楽界きってのパーカッショニスト、ナナ・ヴァスコンセロス、ヒュー・マケセラらの参加もアルバムを彩り豊かなものにしている。
米国側はサイモンの参謀みたいなスティーヴ・ガッド、ブレッカー・ブラザーズのほか、これまた前作に続き、エイドリアン・ブリューが加わり、意外なところでオクラホマの燻銀のギタリスト、シンガーのJJケールが参加している。それ以外にもクレジット表記にはこちらの知らないミュージシャン、アーティストの名前が並ぶ。ブラジルのミュージシャン、アーティストが関わる録音はブラジルで行ない、あとはニューヨークに戻って残りのセッションが行なわれたようだ。アルバム『リズム・オブ・ザ・セインツ』は『グレースランド』に優るとも劣らぬ英国で1位、米国では4位と大成功を収めたが、ここ日本では両作品ともあまり売れたとは聞いていない点は惜しまれるところではある。
これら、サイモンの2作が出てから早くも30年以上が経ってしまったわけだが、ワールドミュージック、エスニックという呼称さえ古臭く感じられるほどに、今や世界各地の音楽が普通に耳馴染む時代になったことを喜ばしく思う。もちろん、まだまだ身近になったとまでは言えないし、紹介されていない地域、民族の音楽も無数にある。戦争や紛争によって、文化の交流を絶たれてしまっている地域もある。それでも世界には、ヒットチャートや音楽マーケットとは無縁なところにあってさえ魅力的な音楽があり、ネットを通じてそれを聴くのも容易な時代になった。また、そんなふう風に音楽に優劣などつけることなく、楽しむ人たちも増えたことも事実である。サイモンの仕事が万にひとつでも、マイノリティー/マジョリティーの境界を縮める役割を果たしたのなら、それは素晴らしいものになったと言えるのではないか。
国家間の争いを、外交の手段で解決できずにいる政治家の無能ぶりには呆れるばかりだが、いち早く異文化圏に暮らすアーティスト間の交流をしてみせたポール・サイモンの仕事や、近年でもチェロ奏者のヨーヨー・マ(Yo-Yo Ma)率いるシルクロード・アンサンブルの活動を知ると、音楽、文化のレベルでこそ、まだまだやれることはあるのではないかと、その力を信じていたい。
TEXT:片山 明