【楓子 インタビュー】
歌手は選ばれた人の
仕事だと思っていた
広島を拠点に活動しているシンガーソングライター・楓子が、CS放送キッズステーションで放送されるアニメ『アストロロロジー ~おかしな12星座うらない~』のエンディング曲となったシングル「ずっと」で全国デビュー! 聴く者の心を癒し、デトックスさせる温かな歌声を生まれ持ちながら、その真価に長らく気づいていなかったという彼女の予想外なルーツを探った。
“音大に行ってみれば?”と言われて
最初は“何を言ってるの?”って
これだけ包容力のある独特な歌声をお持ちとなると、きっと小さい頃から歌手を目指されていたんでしょうね。
それが、小1から高3までずっと剣道をやっていたんですよ。それだけに集中してやっていたんですけど、剣道はプロがないから卒業後も続けるとなると、もう警察か自衛隊に入るしかないんですよね。“剣道だけがやりたいのにそれは違うなぁ”と進路に困っていた時に、学校の先生に文化祭で歌っていたせいか“音楽が好きみたいだし、音大に行ってみれば?”と言われて…。
どう思いました?
“えっ、何を言ってるの?”って(笑)。でも、確かに歌を歌いたいという気持ちはあったんです。だけど、山口県出身の田舎者なので、“歌手=選ばれた人しかできない仕事”というイメージがあったんですよ。実際、周りに歌を習っている子もいなければ、レッスンができるスクールもなかったし。だから、音楽ができる環境ならいいかなって、音大の幼児音楽科に進んだんです。そこで免許を取って、将来は幼稚園の先生になるつもりでした。
ご家族でカラオケに行って褒められたことはありましたか? 普通ならもっと早く自分の声の良さに気づいても良さそうなものなのに。
いや、全然! 母がすごく歌がうまくて、ピアノで弾き語りもするんですよ。父も昔はトランペットを吹いていて、母はフルートとピアノ、祖母がお琴、叔母がドラムっていう音楽一家なことを、私、最近になって知りました(笑)。私が剣道に夢中だったので、あまり音楽を推してこなかったみたいなんですよね。
つまり、実は周りのレベルが高くて、高校を卒業するまで気づけなかったと。
大学に行っても劇団四季に入る先輩がいらっしゃったりしたので、もう“私なんて!”という感じでした。同級生も音楽高校出身が多かったから、ピアノも習っていなかった私は最初の授業から全然ついていけなくて、先生にも“あなたのピアノの音、汚いから帰って”って言われたくらい(笑)。
でも、今は弾き語りをされているんですから、大学の4年間でピアノが弾けるようになったってことですよね。
1年生の時についた先生が一番厳しい先生だったんですけど、喰らいついて4年間はその先生に習い続けました。そもそもクラシックの学校だったので、クラシックが歌えない私は、あんまり認めてもらえなかったんですよ。ただ、3年生の時の『ひろしまフラワーフェスティバル』に大学のステージ枠があって、クラシックよりもポップスのほうが集客できるだろうからと、私が選ばれて歌うことになったんです。
『ひろしまフラワーフェスティバル』って、毎年ゴールデンウィークに広島で開催されるお祭りですよね。屋台が出てパレードがあって、いろんなところにステージがある。
そうです! 乗り物がないテーマパークみたいな感じですね。その年のメインステージにはLittle Glee Monsterさんが出られていて、私もリトグリやMISIAさんの曲を歌ったんです。おかげで結構人が集まってくださって、そこで観ていた人づてに今の事務所の社長から声をかけてもらいました。それ以降はイベントやいろんなライヴに出させていただいて、大学を卒業してからは本格的に音楽活動を始めたという流れです。カフェとかショッピングモールで歌わせてもらいながら、“こんな暮らし方もあるんだ!?”ってすごく楽しくて! 最初はカバーだったのが、そのうち自分でオリジナル曲も作り始めるようになったんです。