演出家ウォーリー木下が語る、コロナ
禍で感じた思いと舞台『僕はまだ死ん
でない』のこと

舞台『僕はまだ死んでない』が2022年2月17日(木)から博品館劇場で上演される。本作は、終末医療をテーマにした会話劇。2021年2月に自宅にいながらでも専用のゴーグルをつければ、360度、自由に芝居を楽しむことができる“VR演劇”として誕生し、話題を呼んだ。今回は、矢田悠祐と上口耕平らをキャストに迎え、劇場で上演する生の舞台として新たに誕生する。
原案と演出を担当するのは、ウォーリー木下。今年夏の東京2020パラリンピック開会式・ストレートプレイ・ミュージカル・2.5次元舞台の演出で注目される演出家だ。本作は、どんな舞台になるのか。作品の見どころなどを語ってもらった。
コロナ禍で生きる人々のメタファー
ーーVR演劇、拝見しました。本当に新感覚で、役者として参加しているような気持ちにもなりつつ、いち観客としても作品を楽しめました。今回は舞台版ということで、どのようなところが変わるのでしょうか?
コロナ禍の中で、演劇が配信を中心にいろいろ試される時代。でもやっぱり生がいいよねという意見などいろいろある中で、VRだったら、特に360度カメラを使ったものならば、自分で視点を選べるので、演劇の良さもきちんとありつつ、劇場に行かなくても楽しめると思ってつくりました。もちろんVRも一長一短で、まだこれから改善していくと思うんですけど、新しい演劇のかたちを探るひとつの取り組みとしてやれてよかったですし、いつかもう一度やりたいなとも思っています。
それと同時に、VRでやったこと、作り方も含めて、ほぼいつもの演劇だった。なので、舞台版にもすぐできるだろうなとは思っていました。VRの場合は、(観客が)中心にいて、360度囲まれているセットだったのですが、舞台版ではもちろん正面から見ます。夢のシーンや回想シーンなどファンタジーな部分も舞台上で演劇的な表現としてできるかなと思ったので、脚本はVRのままやろうと思っています。
一年経って変えようと考えているところもあります。ロックドインシンドローム(閉じ込め症候群)という、意識はあるけども体が動かなくなるというものを題材に、安楽死や尊厳死をテーマにして、ホンが書かれているんですけど、当時はそれがまさに安楽死を考えるというよりは、コロナ禍の中で人々が外に出られなくなってしまう、まさに意識はあるけど、体が動かせないような状態のメタファーとして表現していました。
でも今は、一年前に比べて日常が戻ってきた中で、そのメタファーの部分は作り変えなくてはいけないかなと思っています。VR版では、観客が主人公の直人を演じるような仕組みになっているんですが、今度は実際の俳優さんが演じるので、観客は観客として、それを正面から見る、いわゆる普通の演劇の構造。なので、より登場人物たちの関係性や、普遍的な人間同士の愛などが色濃く加わっていくかなと思っています。
演出に関しても、まず一番大きく変わるのは、主人公の直人が舞台上に実際にいるということ。体を動かせなくなってしまった直人のリアリティをどう出していくか。演劇的にそれをお客さんにどう伝えていくか。ただつらいということだけを伝えるのも違うので、どうやって感情移入させていくのか。そのあたりがVR版とは違ってくるかな。
ーーVR版の場合は、主人公の直人に感情移入せざるを得ない状況でしたが、それを演劇的にどう見せていくかがポイントになりそうですね。
そうですね。プロジェクションマッピングなどの映像、照明、音楽を加えて、総合芸術としての演劇にしていくと思うので、五感で楽しめるようなものになっていくのではないかなと思います。
ーーそもそも本作の着想はどのようにして得たのでしょうか?
始まりはまさにVR演劇です。どうやったら真ん中に360度カメラと、バイノーラルマイクを置いて臨場感あふれるものが作れるかを考えました。役者さんが360度ウロウロ動きながら、真ん中にお客さん(カメラ)がいるということを意識するような構造の作品がいいなあと思って出たアイディアのいくつかのうちのひとつでした。
ーーさきほどお話しされていたように、コロナ禍でのメタファーとしての意味も合わせつつ……。
それは割と後付けの理由かもしれないです。プロデューサーの方からメタファーのことを言われて、「ああ、なるほどな」と思ったんです。僕も、プロデューサーの方も、親族が病院に入院していて、(コロナ禍で)会いに行けないという状況の中で、日々暮らしていたので、その理不尽さみたいなものも物語として昇華できないかなと思っていました。
(左から)上口耕平、矢田悠祐 
ーー今回の舞台版にあたっては新たにキャスティングされました。期待されることなどをお聞かせください。
全員はじめましての方です。主役のお二人(※矢田と上口)とはもうオンラインで話をしているのですが、お二人とも聡明な方でしたね。一筋縄ではいかない作品で大変だろうなと思いつつも、作品に対するアイディアみたいなものをすでにお持ちだったので、すごく期待しています。楽しみです。
ーー配役はどうなるのでしょうか?
ステージごとに、直人役と碧役を入れ替えて演じてもらいます。直人と碧の二人の友情が話の軸になっているし、いろいろと複雑な感情が入り乱れる役柄なので、入れ替わることで、役としての発見も多いと思います。
いま、20代の演出家だったら演劇を続けるか
ーーこのコロナ禍でのことをうかがいたいです。ウォーリーさんご自身、いろいろなことを考えられると思うんですけれど、どんなことを考えてこられたのでしょう。何か見出された可能性などがあれば教えてください。
いろいろありますね。僕はありがたいことに、延期や中止になった公演がまたもう1回できたりして、ステージが全く作れなかったケースがほとんどなかったので、大きな挫折みたいのはなかったんです。ただ、周りを見渡すと、一番恐ろしいというか、儚いなと思ったのは、一生懸命稽古で作っても実際それが上演されなかったら、その作品自体は歴史にはもう残らないわけで。やっぱり成果物って、重要なんだなと思いました。
演出家って、人によるかもしれないけど、稽古の段階が割と重要で、稽古場で役者さんと一緒にクリエイティブをしていくこと自体もひとつの達成ではあるんですね。なので、それが上演されるということとは切り離して考えています。こういうことを言うと怒られてしまうかもしれないけど、僕は本番がなくても、稽古ができればひとつの達成は得られるタイプの演出家。
でもさっき言ったみたいに、成果物である演劇って、その作品が評価されてもされなくても、影響を与えあっていると思うんです。演劇って、それぞれが勝手に作ってるように思われがちですけど、無意識に繋がって、影響されて、発明されていて、それが積み重なってどんどん新しいものができていく。進化か退化か分からないけれど、少なくとも変化はしている。
けど、それが去年だけでもきっと100本近いものが急になくなったので、見えないところでいろいろな影響があるんだろうなと思います。小劇場でも状況は同じ。僕は今、小劇場でやってないですけど、もし僕が若い20代の演出家で、こんなことになったら、演劇を続けるかどうかだいぶ悩むと思います。そういう意味で大きな打撃があるんだなと思うので、これから何とか取り返していきたいなと思っています。
ーー一方でVR演劇というのはコロナ禍で見出された、演劇の新たな可能性とも言えるかもしれません。VR演劇と“普通”の演劇、稽古の違いはあるものですか?
稽古はそれほど違いません。ただ劇構造は違います。VR演劇の場合はやはり錯覚を起こさせることに注力しています。お客さんの脳を騙す。劇場にいるかのような感覚にさせたり、生の人が目の前にいるかのような感じを体験してもらったりするために、最先端のテクノロジーを使ってやっている。でも、目の前に俳優がいて、息をして、ちょっとした空気の流れが変わって……というのは、やっぱりVRでは、作り切れないんですよね。それが別にどっちがいいとか悪いとかいう話ではなく、そういうものなんだろうなと思います。
舞台『僕はまだ死んでない』出演者 (左から)矢田悠祐、上口耕平、中村静香、松澤一之、彩吹真央
ーー今までのお話を少しまとめさせていただくと、コロナ禍でウォーリーさんご自身は公演が中止になったことはないけれども、演劇界全体でみるとやはり若手演出家を中心につらいだろうな、と。ただ一方で、VR演劇という表現は、一つ新しい可能性がある、と。
僕はフェスティバルで野外劇を上演したり、ワークショップしたり、演劇というツールを使って教育や観光に携わってきました。従来の劇場での演劇以外の形態にネガティブではない人間なので、演劇というツールを使った新しいエンターテンイメントという意味ではVRは面白いと思っています。ただ、それを他の演出家のみんなに「どんどんそういうことやったらいいよ」とは思わないかな。好きならやったらいいと思うし、「演劇とはこういうものだ」と決めている人はそこを突き詰めたらいいだろうし。
旅するように、出会い、作品を作りたい
ーーウォーリーさんは12月で50歳になられます。年齢とか意識されますか? 何歳までにこうなりたいという目標があったりするものですか?
あります。
僕は30代のときに海外で作品を作ってきました。今は日本中心なんですけど。もう1回どこか海外で、作品作りができたらいいなと思っています。もともとそれは40代の目標だったんですけど、ややずれ込んでいますね(笑)。
ーー50代、どんな演出家になりたいですか。
演劇って、人とコミュニケーションを取るツールとして優れてると僕は思っています。僕は、自分のホームを作って、そこでやりたいことを詰めてやるタイプではなくて。どちらかと言うと、いろいろな場所へ、旅するように行って、そこで出会った人と新しいことを作っていくタイプ。よく言えば、好奇心の赴くままに、いろいろな場所で作品をつくりたいなと思います。
ーー最後に、本作のVRバージョンをご覧になった方も、まだご覧になってない方もいらっしゃると思うのですが、観客の皆様にメッセージをお願いします。
深くて、重たいテーマなんですけど、軽やかな会話の中で、それが繰り広げられるから、見ていて楽しいと思います。せっかく生身の役者さんが目の前でやっていることを見に来ていただくので、いろいろなものをキャッチしてもらいたいです。セリフだけではなく、見えないものをたくさん得てもらえるような舞台にしたいと考えていますので、ぜひそこをお楽しみいただければと思います。
取材・文=五月女菜穂

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