ほろびて『ポロポロ、に』開幕直前稽
古場レポート こぼれていく小さな声
こそ、確かな音として届くように

2021年10月27日(水)より、東京・BUoYにてほろびての『ポロポロ、に』が上演される。ほろびては、細川洋平が作・演出を手がけるソロ・カンパニーとして2010年に始動。突如跨ぐことの出来ない線が現れた家の中を舞台にコミュニティにおける境界や分断を捉えた『ぼうだあ』や、身近な人間を操作することのできるコントローラーを巡って誘導が支配・暴力へと変わる様を描いた『コンとロール』など、非現実的な設定にやがて社会の超現実を突きつけられる近年の作品たちは大きな話題を呼んだ。今年の第11回せんがわ劇場演劇コンクールでは『あるこくはく』でグランプリと劇作家賞を受賞。本作は、今年三作目となる公演であり、田中小実昌の短編小説『ポロポロ』を創作の立ち上げの手がかりにしながらも、物語や登場人物も新たに生み出す新作公演。出演者は、浅井浩介、齊藤由衣、高野ゆらこ、はぎわら水雨子、藤代太一、和田華子(青年団)。他作品でもそれぞれの存在感を発揮する個性豊かな6名が名を連ねる。本番を間近に控えた稽古場からその様子と少しのあらすじをレポートする。

■こぼれていくものたちを、掬い上げるところから
円陣になった俳優たちが一人ずつ発言をしている。芝居ではない。セリフとしては表出されていない、けれども物語に深く関わる事柄を話し合っているところだった。登場人物が背負う過去と現在の状況、人間関係、時間軸。たとえば、服装、持ち物、財布の中身…。携帯電話はあるのか。電波はあるのか。それは繋がっているのか?
細川洋平(ほろびて)
「ちなみに高野さんにとって携帯ってどんな存在ですか?」
個人に向かって投げかけられたそんな細川の一言から、時代や社会と深く接続している携帯電話というツールに対する意識を各々が模索し膨らませる。時折、その意識が物語の中へ、登場人物の内側へと挿入されていく。そのやりとりの中には、ほろびての創作の深淵を覗き込むような一幕があったように思う。
「電波を止められる、ということもある種の社会の暴力なのではないか」
「携帯というツールは本当にいいもの?」
「社会と繋がることから解放されるという意味ではない方がいい部分もあるかも」
「でも、連絡を取れない=会えなくなるきっかけにもなってしまうよね」
「そもそも外国の人が日本で携帯を契約する時、外国人登録書って必要なのかな?」
携帯電話一つとっても、視点や解釈の枝葉はいくつもに分かれていく。その全てを置き去りにせずに掬い取っていく。一人が話し、全員で考える。また一人が話し、もう一歩深く考える。静かな稽古場で、ふと上演に向けて寄せた細川のコメントを思い出す。
「自然に立ち上がりふと漏れていく、そういう事象に目を向ける。もしかしたらそれができるのではないか。誰かを見つめることで、何かを見つめることで、できるのではないかと思った」
「僕たちの上演はとても小さな声かもしれません。それでも確かな音として届くように、誠心誠意、創作しようと思っています」
一人一人がつぶやくことが、まさにポロポロ、と波紋を作っていくような。一粒一粒は小さいかもしれないけれど、確実に重なっていく。その波動とともに水たまりそのものがだんだんと大きくなっていくような感覚があった。
その後、二つのシーンが丁寧に返された。一つは、ダイニングテーブルを囲むある家族の在りし日の風景だ。日本語を話してはいるが、呼び合う名前や会話の内容からどこか別の国から日本へやってきたことが伺える。
稽古の様子とともに、キャストとそれぞれが担う役どころについても少し触れておきたい。

■会話劇とモノローグが交差する中、物語の波紋は広がり続ける
浅井浩介
五反田団、青春五月党、城山羊の会、玉田企画、犬飼勝哉作品など様々なカンパニーの公演に出演し続ける浅井浩介。セリフの意味だけでなく紡がれ方や文脈に寄り添った身体表現はもちろん、セリフのない間の部分にも独特の存在感を放つ浅井が本作で演じるのは、兄としての顔と弟としての顔を持つ男だ。和やかなシーンでは人間の可笑しみをありありと表現し、稽古場全体を笑いへと誘う。稽古中には見られなかったが、ほろびての作風の一つである長いモノローグが浅井から発せられるその時が楽しみでならない。
高野ゆらこ
浅井と齊藤演じる兄妹の姉を演じるのが、舞台のみならず近年は連続ドラマなどの映像作品での活躍も目覚ましい高野ゆらこ。5月に上演されたゆうめいの『姿』再演での母役の続投も記憶に新しい。かねてより想いを寄せていたほろびてへの出演に「長年の想いが叶った」と語る高野は、セリフと所作の一つ一つに目を見張り、積極的に役へのアプローチを図る姿が印象的だった。精神的な意味合いで家族の支柱となる姉の追憶と祈りは、家族に起きたある痛ましい出来事を紐解く一つのキーになりうるだろう。
藤代太一
血縁のないところから家族の中に入っていく男を演じるのは藤代太一。ほろびてへの出演は『公園まであとすこし』、『ぼうだあ』、『あるこくはく[extra track]』を経て、今作で四度目。キャスト陣の中で唯一ほろびてへの出演歴のある藤代は、稽古場の頼もしい存在といえるだろう。細川の紡ぐ戯曲の世界観を細やかに捉え、自身の役に限らず、物語全体に流れる空気やその解釈を積極的に発言する場面も多く見られた。役どころとしては、シーンによって最もその印象が変わる人物といっていいかもしれない。その佇まい、表情の振幅にも注目してほしい。
はぎわら水雨子
シーンは別の場所へと移る。ここはどこかのコインランドリーだ。スマホを片手に登場した女性。演じるのは、俳優のみならず自身でも劇作や文筆を行うはぎわら水雨子。休憩中にも、改稿が加えられたそばからモノローグの台詞を何度もそらんじる姿が見られた。
家族とは一見関係のない場所と時間軸に生きる彼女もまた、ここでは語り尽くせない過酷な生い立ちを抱えていた。その一部が家族との接点を持つ時、物語は大きなうねりを見せる。「細川さんの言葉は身体に入っていきやすい」と語るはぎわら。豊かな表現力を以て長台詞の多い役柄と向き合う彼女の登場シーンも見どころの一つだ。
和田華子(青年団) 提供:ほろびて
もう一人、このコインランドリーのシーンで登場する重要な人物がいる。チラシのあらすじにただ一人その名が記されていた登場人物、いちき(一木)である。演じるのは、和田華子(青年団)だ。稽古前のディスカッションでもその立場や感情について細川や他の演者が語る場面もあった。家族と直接的な関わりのないいちきが落とす言葉たちはやがて、家族に起きる出来事に一際大きな波紋を呼ぶことになる。この日の稽古場で会うことは叶わなかったが、青年団の公演をはじめ、これまで鳥公園やKUNIO14など様々な作品に出演をしてきた和田の姿を劇場で見ることが楽しみの一つであることをここに書き加えたい。
舞台上にはいくつかの<場所>と<時間>があり、俳優が点在している。屋内にいる者、屋外にいる者、過去にいる者、今にいる者。ある時はテントの中で、ある時はダイニングテーブルの上でこぼれていく言葉たち。遠ざかっていく記憶と近づいてくる核心。
転換の時、ふと、音が流れた。細川がキーボードで短いメロディを奏でたのだ。
「テンポというよりも反応を上げて。気持ちよりも先に言葉が出てしまったような感じで」
「音に合わせるスピードで、一歩一歩はもう少し柔らかく歩いて下さい」
「テーブルを動かすところも作業的でなく芝居的になるように」
短く簡潔な演出に呼応して動く俳優の身体と表情。会話劇とモノローグが交差する中で残響のように波紋は広がり続け、時間と記憶と認識が往来を繰り返す。それらが決壊を迎えるとき、観るものは何を受け取り、感じるだろうか。
それは、目をぎゅっとつむってしまいたくなるような光景かもしれない。そして、その時こそ目を見開いて見届けなくてはならない現実かもしれない。
ほろびて。細川がその名に込めた意味を、改めてここに添えておきたいと思う。
“一度なくなったものの中から、また立ち上げていく行為がわたしたちの創作の源流にあると捉え、その事後の事柄を想像し続けるために名付けたカンパニー名です。同時になにがしかに対して消滅をねがうほどの、卑屈さや気弱さ、不器用さや不自由さがやわらかく包まれていますように。”(一部抜粋)
『ポロポロ、に』。
そのタイトルを聞いたとき、こぼれていくもの、すり抜けていくもの、流れていくものが浮かんだ。言葉が、記憶が、思い出が、涙が浮かんだ。こぼれたそばから、なくなってしまうかもしれないものたち。それらをできる限り掬い上げようとするいわば祈りの果てに、私たちが見つめるものはなんだろう。想像するものはなんだろう。
いつの間にか自分の手中にあったそのポロポロ、を集めながら考える。物語の結末の真意というよりも、「あの人はあのときどんな気持ちで泣いていたのだろう」とか「涙が見えなかっただけであの人も泣いていたのではないか」とか、頭や心に浮かんでくるのはそういうことなのであった。
そしてそれは、劇場を出た後にもどこからともなく溢れ続けていくものかもしれない。
物語の結末を終点としない、果てしのない観劇が本作で叶うと感じながら、開幕を待望する今である。
左から齊藤由衣、はぎわら水雨子、浅井浩介、高野ゆらこ、藤代太一、和田華子(青年団) 撮影:佐藤健太
写真/吉松伸太郎
取材・文/丘田ミイ子

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