ペルソナを形成するデヴィッド・ボウ
イの心の旅--映画『スターダスト』レ
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デヴィッド・ボウイが音楽史に残した『ジギー・スターダスト』。世界で最も有名なペルソナが誕生するまでの若き彼の姿を描いた『スターダスト』が10月8日よりTOHOシネマズシャンテほかより全国公開される。
デヴィッド・ボウイを演じるのはジョニー・フリン。自らもミュージシャンとして活動しており、音楽的にも説得力を持たせながら本作ではどこか影のある頃の、スターになる前の姿を見事に演じきった。監督はガブリエル・レンジ。ドキュメンタリー作品を手掛けてきた監督で、過去に英国アカデミー賞新人監督賞やトロント国際映画祭で国際批評家賞を受賞。現在はデヴィッド・ボウイとイギー・ポップが西ベルリンで暮らした日々を描いた『Last for Life』の脚本を手掛けている。

今語られるジギー・スターダスト以前の
姿

デヴィッド・ボウイのパブリックイメージとして、世の中に最も浸透しているのはやはり『ジギー・スターダスト』以降の姿だろう。しかしこの映画でスポットライトが当てられるのはまだ世界が知る前のデヴィッド・ボウイの姿である。物語はそんな大名盤『ジギー・スターダスト』が世に出る前年、1971年を舞台に描かれる。時系列としては3rdアルバム『The Man Who Sold the World:世界を売った男』のリリース後の出来事だ。このアルバムは前作『スペイス・オディティ』とは打って変わった作風で、暗い世界観のもとに展開される歌詞は宗教や戦争について語り、そのセクシュアルなジャケットは鮮烈に当時の人々の目に映り波紋を呼んだ。この苦々しい経験が彼をアメリカの地に向かわせる決心をさせる。
アメリカという異国に降り立った彼は唯一のイギリス人として、周囲に理解されない感覚を用いて自らを世間知らずの宇宙人のように傍若無人に振る舞う。記者のインタビューではパントマイムを始め、ラジオでは過激な発言をして困惑させてしまう。ボウイをナビゲートすることになるマーキュリー・レコードのパブリシストであるロンはそんな前代未聞のキャラクターに戸惑いながらも手を焼くことになるが、この映画においてボウイを保護者的立ち位置で見守り支えていくキーパーソンとして奔走するのだ。
成果が得られない日々の中、ボウイは自分が世界の中心として回っているかのように、心のどこかで周囲の人たちに対して舌を出し、やり甲斐のある見合った舞台が用意されないことに不安と苛立ちを抱え込んでいく。まだ柔軟性を知らない頑なな信念が新たなルールを受け入れることを拒み、今まで知ることもなかった異国での生の反応に動揺するその様子からは、私たちが知らなかった目新しいピュアな一面が垣間見えるかもしれない。
「ついに見つけた 本当の愛を」
エド・シーランが恋人であるチェリー・シーボーンに向けて書いたとされる「Perfect」は、まさにシンデレラと王子の出会いに歌われるにふさわしいロマンスに溢れたラブソング。このように、本作で歌われる楽曲は物語上のシーンに適するように厳選されており、その巧みな構成こそがミュージカル映画としての完成度を高くしているといえよう。

新たな価値観を提示する深い人間描写

しかし、本作の魅力は音楽だけにとどまらない。代々継がれる伝統的な物語を踏襲しながらも、現代人がよりキャラクターに共感できるよう人物描写に深みを入れているところも、特筆すべき魅力のひとつだ。
中でも、エラに厳しい仕打ちをする継母・ヴィヴィアンのキャラクター描写は、リリー・ジェームズが主演をつとめたディズニー実写版『シンデレラ』と同様、彼女につらく当たる理由が明かされるストーリー構成になっている。
「コルセットはきつく ヒールは高すぎる」
「夢見る女など望まれない 夢を追う女など必要とされない」
ヴィヴィアン役のイディナ・メンゼルが渾身の歌唱力で歌い上げるオリジナルソング『Dream Girl』。夢を追いかけるより結婚をすることが人生における最善の選択だ、と歌うこの曲は、女性をとりまく価値観や社会から見た立ち位置の中に身を置く継母の心情を激しくも感情豊かに表現しており、後述する女性の自立に対する描写にも通じる部分がある。
彼女の心境が音楽で伝えられることによって、観客は継母にも感情移入をすることができる。そうすることで、本作の世界観に生きるキャラクターに血が通っていると感じることができ、善/悪の二元論で人物をジャッジすることを避けられる。キャラクターを知ることは物語への理解度が高まることに等しい。ヴィヴィアンをはじめとした深い人物描写は、現代に再解釈されたこの新しい『シンデレラ』の存在意義をより強く感じることにつながるだろう。
現代解釈における本作の注目点はほかにもある。ロバート王子が最後に下す、エラとともに生きていくための決断や、彼の家族である王族の描写だ。
父親であるローワン国王は、伝統やしきたりを重んじるがゆえに家族に対し強制的な考えを押し付ける、いわば前時代的な人物として描かれている。一方、彼の妻であるベアトリス王妃は、過去に愛し合ったはずの夫の変貌を憂い、子ども達の意見を尊重し、柔軟な考えをもって彼らに接している。また、王子の妹であるグウェンは、祖国をより良いものにしようと日々政策を父親に打診する積極性のある女性だ。
物語の終盤で、王は王妃から放たれたとある言葉により昔の考えに囚われていた自分を省みて姿勢を正すのだが、そうした展開も現代に残る課題――男性優位社会や女性活躍の場の機会――への反省を促す重要なシーンだと感じた。Amazonのような影響力や訴求力を持つ企業がオリジナル作品と銘打ち本作のような映画を打ち出すことは、現代の諸問題に対する気づきや学びをエンタメとして提供し、より現代人が思考に至りやすい環境を作ることに一役買っている。
また、カミラ・カベロという次世代のアイコンともいえるスターが演じる主人公エラのキャラクター描写にも、この映画の根底にあるものが現代的な価値観であることを感じさせる重要な部分がある。

「自分らしく」生きていくための物語

本作のシンデレラは王子とのロマンスよりも、「ドレスの店を開きたい」という自身の夢を追いかけることに瞳を輝かせる意欲的で自己主張のできる女性として描かれている。これは現代を生きる女性たち、ないしすべての人々に対するエンパワメントである。恋愛や結婚だけがすべてではない、夢を追いかけてもいいし、どんな未来も想像できる――自立を夢見る女性、夢をあきらめた女性、王族として民が健やかに暮らせる国をつくりたいと願う女性。本作にはさまざまな女性像が描かれており、誰もがフィクションではない現代社会に確かに存在し、自分らしく生きたいと願う人々だ。そうしたキャラクターたちが物語の中で活写されることで、私たちは映画から力を与えられ、前向きな気持ちで生きていける。
2021年に誕生した『シンデレラ』は、日々アップデートされていく価値観を多くの人に愛されてきた物語に惜しみなく盛り込み、ひとりひとりが「自分らしく」生きていくためのエネルギーを与えてくれる作品になっている。ぜひ、1度きりしかない自分の人生を懸命に生きるシンデレラの姿を見て、明日を生きる活力としてもらいたい。

INFOMATION 映画『シンデレラ』 2021年9月3日(金)よりAmazon Prime Videoにて独占配信中 (c)Amazon Studios

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