サザンオールスターズとは違う
桑田佳祐の魅力が詰まった
ソロの傑作『孤独の太陽』

楽曲の背後にあるさまざまなルーツ

メロディーに関して言えば、M3「月」とM13「JOURNEY」が顕著だろうし、M6「飛べないモスキート」辺りにもそれを感じるところだが、桑田流の旋律には変化は見られない。というよりも、変にメロディーをこねくり回さなかったのかもしれない。そこではサザンとソロとの差異はそれほど感じないけれども、質感を含めてサウンドは大分違う印象はある。まず気付くのは音数の少なさである。M1「漫画ドリーム」、M7「僕のお父さん」は桑田の歌とハモニカ、そして小倉博和のギターで構成されており、どこか弾き語りのような感触がある。M13「JOURNEY」も桑田、小倉に加えて原 由子のオルガンにシーケンサーという構成だ。他はバンドサウンドでベースもキーボードも入っているし、タイトルチューンのM10「孤独の太陽」ではストリングスを配してサイケデリックに、M11「太陽が消えた街」ではブラスセクションを入れてソウル~R&Bに仕上げているが、いい意味で派手さがない。抑制が効いたバンドサウンドと言ったらいいだろうか。M13以外でもシーケンサーも随所で使っているのだが、前述したサザンのヒットチューンのように、如何にも…なデジタル音はほとんど聴こえてこないと言ってもいい。

また。M1やM2などは、聴く人が聴けばすぐにBob Dylanのオマージュであることが分かるだろうし、M4「エロスで殺して(ROCK ON)」やM8「真夜中のダンディー」のギターはThe Rolling Stonesを彷彿させる。M10「孤独の太陽」のサイケは桑田自身がBrian Wilsonを意識したと述懐しているそうだから元ネタ(?)はThe Beach Boysなのだろうし、M13「JOURNEY」では明らかにThe Beatlesナンバーから拝借したと思しきフレーズも聴こえてくる。自身が影響を受けた洋楽をそれと分かるように取り込んでいるのも本作の特徴ひとつだ。これを以てミュージシャンとして、アーティストとしての原点回帰というのは簡単すぎるかもしれないが、ここまであからさまだと、少なからず企図したものだと推測できるし、当初からこうしたサウンド、質感を狙っていたのだとすると、件の社会性を帯びた歌詞もロックやブルースから感じた初期衝動に忠実なものだったという考察も成り立つかもしれない。

…と、ここで終わると、未聴の方は『孤独の太陽』を“桑田佳祐の懐古趣味が出たロックアルバム”と思われるかもしれない。だとしたら、それは間違いだ。まぁ、そういう側面が何割かはあるかもしれないが、そこだけに留まらない魅力が『孤独の太陽』には確実に存在している。それは端的に言って、M3「月」、M7「僕のお父さん」、M13「JOURNEY」に依るところが大きいと思う。M7、M13前述した通り、弾き語りにも近いシンプルなサウンドで、M3はドラムも入っているがそれは打ち込みで、桑田、小倉に加えて、原 由子のピアノと、この時期までサザンオールスターズのプロデューサーを務めていた小林武史がオルガンで参加しているだけで、至ってシンプルな構成である。そのサウンドもさることながら、歌詞も件の社会性を帯びた歌詞とは趣を異にしている。

《振り返る故郷は 遥か遠くなる/柔らかな胸に抱かれてみたい Ah 君を見ました/月見る花に 泣けてきました 嗚呼…》《揺れて見えます 今宵の月は/泣けてきました 嗚呼…》(M3「月」)。

《僕のお父さん 仕事で帰らない/僕は長男 涙をこらえてる/雨音が僕らを遠ざける/I love you Daddy》《僕のお母さん カレーライスを食べさせて/優しいあなたの味がする/おやすみの電気は消さないで/I love you Mammy》《痛むよ Wow Wow My Honey/今すぐ 逢いに来て》《好きだよ Wow Wow 永遠に/孤独な僕を見て》(M7「僕のお父さん」)。

《とうに忘れた幼き夢はどうなってもいい/あの人に守られて過ごした時代さ/遠い過去だと涙の跡がそう言っている/またひとつ夜が明けて/嗚呼 何処へと “Good-bye Journey"》《雲行く間に 季節は過ぎ/いつか芽ばえしは 生命の影/母なる陽が沈む時/花を染めたのは雨の色かな》《きっと誰かを愛した人はもう知っている/優しさに泣けるのはふとした未来さ》(M13「JOURNEY」)。

これもまた桑田らしい文体なのでここで描かれている物語は誰もが明確に語れるものではないけれども、いずれも想いを馳せている内容であることはうかがえる。ファンならばよくご存知のことと思うが、上記のナンバーは、本作の制作中に桑田の実母が亡くなられたことが大きく影響しているという。サウンド、質感は自身の音楽的ルーツを出すことを企図したのではないか、さらには歌詞もそこに呼応したのではないかと先に推測したけれども、このM3、M7、M13については、その制作背景を考慮すると、音楽家以前に“人間・桑田佳祐”が出ているのだろう。はっきり言ってポップな作品とは言い難いが、『孤独の太陽』は独特の奥深さと得も言えぬ魅力のあるアルバムであることは間違いない。“国民的アーティスト”のまた違った一面を垣間見ることが出来るドキュメントではある。

TEXT:帆苅智之

アルバム『孤独の太陽』1994年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.漫画ドリーム
    • 2.しゃアない節
    • 3.月
    • 4.エロスで殺して(ROCK ON)
    • 5.鏡
    • 6.飛べないモスキート(MOSQUITO)
    • 7.僕のお父さん
    • 8.真夜中のダンディー
    • 9.すべての歌に懺悔しな!!
    • 10.孤独の太陽
    • 11.太陽が消えた街
    • 12.貧乏ブルース
    • 13.JOURNEY
『孤独の太陽』('94)/桑田佳祐

OKMusic編集部

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