『ピサロ』再び! 〜宮沢氷魚、アタ
ウアルパと演劇の力を語る〜

「またやるぞ——」。その声の主は、渡辺謙だった。2020年3月、新生PARCO劇場のオープニング・シリーズ第一弾として上演された『ピサロ』は、新型コロナウイルスの世界的大流行によって、わずか10回の公演で幕を閉じた。誰もがほぞを噛むような思いに打ちのめされるなか、渡辺謙は、周囲に再演を誓ったという。それを身近で聞いた宮沢氷魚は、きっといつかまた上演できると、強く信じた。
「なので、今度のアンコール上演を聞いたとき、驚きはありませんでした。謙さんがやると言うんだから、ぜったいにいつかできるだろうと、心のどこかで思っていました」
■俯瞰して、とらえ直す
PARCO劇場で45回の上演を予定していた『ピサロ』にどこか不完全燃焼な思いを抱えていた宮沢。将軍・ピサロと相克するインカ帝国の王・アタウパルパを熱演した。それはかつて、渡辺謙が演じた役柄でもあった。だからこそ、初演のときは力が入ったと振り返る。今度は少し俯瞰した目線から、役をとらえ直したいと語る。
宮沢氷魚
「昨年はとてつもないプレッシャーのなかでこの役に向き合っていました。そのせいなのか、初演について覚えてないことも多いです。もちろん、初演の自分を超えたいと思っています。だから、前回の資料映像にもあえて目を通さないでいるんです。昨年のものをなぞるだけではダメですよね。僕もこの1年、世の中が大きく変わるなかで発見もありました。昨年の自分とはひと味違うものを出せたらと思います」
■熱を帯びる存在と向き合う
舞台は西暦1531年。粗暴だがその統率力で軍を率いる将軍ピサロ。有象無象の兵士ら167名を率い、ペルーの征服をたくらむ。強烈な我欲を抱えたピサロは、無惨な虐殺を続け、ついにはインカ帝国の王・アタウアルパを捕獲する。人間の持つ危険性、欲望への渇望、策略が飛び交い、壮大なスケール感で描かれる。今の時代とつながるものを感じると、宮沢は言う。
宮沢氷魚
「『ピサロ』はまさに差別や諍いを描いている作品で、現代に通じることを描いています。500年以上前に起きたことが現在の問題とそっくりで、ある意味、人間って進歩しないんだとつくづく感じたりしました。あらためていろんなことを経験して、僕はもっと『ピサロ』を深掘りしたいです」
近年、藤田貴大演出『BOAT』『CITY』など話題作へのオファーが続く。2020年9月には、松尾スズキの翻訳絵本をノゾエ征爾が演出し話題となった『ボクの穴、彼の穴。』(東京芸術劇場プレイハウス)では、二人芝居の本作を堂々演じ、話題となった。『ピサロ』で渡辺謙と対峙したことは、彼の俳優人生に大きな刺激を与えた。また、過去3回にわたって共演している大鶴佐助も、現在の宮沢氷魚を構成する大切な存在だと話す。
「謙さんは身長もありますが、目の前ではそれ以上に大きく見えるんです。僕のような若い人間にも、『負けないぞ』という気迫を感じます。謙さんの存在で、劇場が熱を帯びるというか、そんな空気を醸し出すんです。僕もその存在感に負けないよう向き合うことで、謙さんに導いていただいているのかもしれません。
あと、(大鶴)佐助くんは、僕のこれまでの舞台でずっと一緒にやってきて、プライベートでも親しい友人です。佐助くんには、いい意味でライバル心を抱きません。それは脅威でなないということではなくて、個性が異なるんだと思います。僕に佐助くんがやるマルティンは演じられないと思います。また、環境的に分かり合える仲でもあります。僕にとって役者としてのターニングポイントになる場所で、すべて佐助くんが関わっています。コロナが流行する前までは、プライベートで最低でも月に一度は会わないと不安になるくらい、僕の生活の一部になっている存在ですね(笑)」
宮沢氷魚
■「生」のものを欲している
昨年の自粛期間は、映画を観て過ごしたという。宮沢自身、そういった期間を経て、ライブや演劇など生のパフォーマンスがより恋しくなった。それだけ自らが、ダイレクトな表現を欲しているか、強く自覚したという。
「家のなかにいることで、映像作品を見る機会が増えた方は多いと思います。僕も家で過ごすとき、映画を観ることは格段に増えました。たとえば舞台の配信作品とかも観ましたし。もちろんおもしろいのですが、『これを劇場で観られたら何倍も面白いんだろうな』としみじみして、そのときにいかに自分が演劇やライブが好きなのか気付かされました。それまで、ある意味当たり前に触れるものだったから、あんまり考えていなかったのですが……。やっぱり、ますます生で目撃するものを、多くの方がもとめていると思います」
まもなく27歳を迎え、さらに多忙を極めそうだ。『ピサロ』を控え、自らに課していることを聞いてみた。
「とにかくキャストも衣裳も音楽も豪華です。なので油断すると、自分の存在が負けてしまう気がします。なにしろジュエリーも豪華そのものなんです。身に纏うもので着られてしまうのでなくて、アタウアルパとして、自分が世界観に負けないよう、そこにいられるよう、取り組みたいです」
宮沢氷魚
取材・文=田中大介  撮影=池上夢貢

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