FEATURE / guccihighwaters インター
ネットの負の遺産を越えて。guccihi
ghwatersが語るエモラップの現在地と
未来

Text by Jun Fukunaga(https://twitter.com/ladycitizen69)
Header Photo by Benjamin Lieber

エモラップ第2世代/後発組の台頭

テン年代後半のヒップホップ・ブームの一翼を担ったエモラップ。同ジャンルは、ローファイな質感かつグランジやオルタナ、エモロックを思わせるトラックにのせてスピットされる若者の日常生活における苦悩やそれからの逃避策としてのドラッグ摂取など刹那的なリリックが多くの若者の共感を得て、SoundCloudを中心に発展。その後、Lil PeepやXXX TENTACION、Juice WRLDのようなシーンのカリスマ的ラッパーたちによって、グローバルな人気を獲得していった。
しかし、楽曲で表現された刹那的なライフ・スタイルは弊害も大きく、のちにはLil PeepやJuice WRLDなどシーンのアイコンたちの喪失にも繋がり、今ではその熱狂的だったブームも落ち着きを見せている。だが、ブーム自体が完全に去ったわけでなく、シーンのアイコン喪失以降もアンダーグラウンドでは根強い人気を維持しており、現在はその第2世代と呼べるような、エモラップ全盛期にキャリアをスタートさせた後発組にシーンの主導権が渡っている。

そのような状況の中、今後のエモラップを背負っていく存在として一際注目を集めているのがguccihighwatersこと、Morgan Murphyだ。1998年生まれの彼は、2017年にデビュー・アルバム『post death』をリリースして以降もコンスタントにリリースを重ねており、現在、Spotifyでは100万人以上の月間リスナーを抱え、1億6800万回以上の再生回数を誇るまでになっている。

そんなguccihighwatersは、今年1月に待望の2ndアルバムとなる『joke’s on you』をLAの名門パンク・レーベル〈Epitaph Records〉からリリース。同作は、Spotifyがタイムズスクエアのビルボードでリリースを祝うなど、大々的なプロモーションの下にリリースされており、収録曲のうち、ローファイ・ヒップホップ的なアプローチの「hold somebody」はリリース後1週間にして50万回以上の再生回数を叩き出したことをはじめ、ドリーミーなアルペジオが印象的な「straight jacket」、アルバムのラストを飾る叙情的な「rope」、エモラップの王道的なギターアルペジオが響く「expectations」といった昨年シングルとしてリリースされた収録曲や、物悲しくもエモーショナルなコーラスが冴える「needle & thread」は、あわせて500万回以上のストリーミングを記録するなど、現行シーンのヒットメイカーとしてふさわしい活躍を見せている。

多彩な客演陣を迎え、よりボーダレスなサウンドを展開した『joke’s on you』

現在のデジタル・ネイティヴの若者と同じようにビデオ・ゲームなどをきっかけにPCに触れながら育ってきたというguccihighwatersだが、音楽制作を始めたのは、ビデオ・ゲームよりも難易度が高くシリアスなところに惹かれたことがきっかけだという。そうして始めた音楽制作では、最初ビート・メイキングに熱中したそうだが、ある程度までそのスキルをモノにした時に壁にぶち当った。それを打破するために考えついたのが現在の彼の持ち味である歌、ラップを取り入れたエモラッパーとしてのスタイルだ。その新しいスキルを見につけたことでラッパーであり、プロデューサーでもあるguccihighwatersの型が確立されたと言える。
また、エモラッパーの中には、子供の頃に聴いていた00sのパワーポップ、エモロックなどの影響を語る者も多い。しかし、guccihighwatersは、RihannaやBeyoncé、Lady Gagaのような当時のメインストリームのポップスは聴いていたものの、ロック自体はあまり好みではなく、それよりもヒップホップが自分にはハマっていたと語る。ただ、その一方ではポストパンク・バンドのThe Cureもよく聴いており、ダークかつパンキッシュな異なる2つの要素が融合した彼らの折衷的な音楽性も現在のguccihighwatersの音楽性に大きな影響を与えている。
音楽シーンでは近年、ジャンルのボーダレス化が進み、エモラップの台頭以降、そういった音楽性が市民権を得たことは記憶に新しい。しかし、実際にエモラップ・シーンにいるguccihighwatersは、そういった状況を冷静に見つめていた。その理由は、現在のエモラップ・シーンには、一時期のようにシーンの顔となるアイコンが不在のため、ブームの鎮静化は否めない状況だからだ。ただ、彼はトレンドの移り変わりを体感する中で、エモラップもそれにあわせて進化するべく、そこに何かクールな要素やユニークな要素を付け足すことの必要性を感じており、それが形となって表れたのが最新アルバムとなる『joke’s on you』だ。
guccihighwatersは、自身の音楽性について、元々、ムーディでディープな音楽に惹かれる性質とそれに対してドラマチックさを感じたことが現在のような音楽性になった理由だと語る。そういったどこか儚さを感じる現在のサウンドや、闇や悲しみが込められたリリックは、彼が音楽制作を始めた18歳当時に経験した失恋による大きな喪失感が引き金になって生まれたものだという。現在、彼はNYのロングアイランドを拠点に活動を行っているが、NYと言えば、昨年以来のコロナ禍により多大な影響を受けた場所のひとつとして知られている。それだけに彼の音楽活動に対する影響も大きかったと予想したが、話を聞いてみたところ、意外にも本人から返ってきた答えはポジティヴなものだった。

guccihighwatersは、ロックダウンの影響について、多くの人々の精神面にも暗い影を落としただけでなく、ミュージシャンとしての活動に制限が出たことは最悪だったと語る。しかし、創作活動に関してはほぼ変化はなく、逆に音楽を作るスキルを持つ自分にとっては集中して音楽制作に取り組めたため、ラッキーな面もあったという。

ただ、やはり、コロナ禍による世の中の停滞したムードは、彼の創作活動にも少なからず影響を与えており、かねてからダークな要素が強かった音楽性は、内省する時間が増えたことで歌詞がより深化。しかし、その反面、『joke’s on you』ではそんなムードを少しでも払拭すべく、あえてアップリフティングな曲も収録したという。
アルバムの制作過程でguccihighwatersは、最初にアルバムの完成形の青写真を描くことなく、作った曲をキープしながら、どの曲が1番自分に訴えかけてくるか、アルバムにした時にどれが1番良い音で聴こえるかを時間をかけて見極めながら作り上げていった。

また、同作にはguccihighwatersとともに現在のエモラップ・シーンで存在感を放つnothing,nowhere.やConVolk、ローファイ・ヒップホップ・シーンで頭角を現したPowfuやSarcastic Sounds、シンガーのEliseのような同世代のアーティストたちが客演に招かれているが、そういった客演陣の参加によって、アルバムはこれまで以上にボーダレスにエモラップを解釈した内容になっている。
そういったアーティストの参加について、guccihighwatersは、これまでの活動の中で生まれたつながりもあって、気軽にSNSのメッセージ機能を使ってコラボを打診することができたと語る。この世代にとって、インターネット上で生まれたつながりは、自身の実生活においても大きな影響を与える。そういったインターネット上で生まれた横の繋がりがコラボにつながり、新たなエモラップへと進化していく様は、インターネット上で発展した彼ら世代の音楽らしさであり、シーンとしてもここからまた連帯して前に進もうという意思を感じさせる。

「インターネットとの距離感が大切」――2021年に生きるアーティストのメンタルヘルス問題

しかし、インターネット上のコミュニケーションを大切にする世代であるからこそ、インターネットの負の側面に関しての理解も深い。現代社会では、ミュージシャンやセレブが自ら私生活をさらけ出しすぎて、結果的にメンタルヘルスを損なうケースは決して少なくない。常に他人から評価されるというプレッシャーは、音楽シーンにも暗い影を落としており、それから逃れるためにドラッグに走ったり、自ら命を断つアーティストの悲劇的な事件も近年では問題になっている。

そのような悲劇を防ぐためには、インターネットとの距離感が大切で、インターネットは危険な場所でもあるということを知っておくべきだとguccihighwatersは語る。インターネットとリアルな生活を送る自分との線引きを大切にする彼は、オンラインで自分の生活や感情を曝け出すようなことはせず、その代わりに音楽で感情を表現するという。そこにはこの世代の負の遺産から学ぶことで、これまでのシーンのネガティヴなイメージを刷新していこうとする気概のようなものも感じ取れる。また、そういった状況を打破するためにも音楽レーベルやメディアがアーティストに対して、できることは少なくないという。例えば、日々プレッシャーに晒されているアーティストに対し、音楽レーベルやメディアは、そのことを語れる場を作ることで、メンタルヘルスをケアできるようになるという意見は、彼が真摯にこの問題と向き合っていることの表れだ。
guccihighwatersは、現在〈Epitaph Records〉と契約しているが、彼自身はパンクをあまり聴いてこなかったため、レーベルの存在を当初知り得なかった。しかし、そんな彼を否定することなく、レーベルの関係者は契約時に、まずはお互いを知ることから始めようと提言。その後もことあるごとに彼の調子を気にかけてくれるなど、ビジネスライクな付き合いではなく、人間的な付き合いを大事にしてくれるという。そういったレーベル側のミュージシャンに対する接し方は、彼らの心理的なプレッシャーを除くだけでなく、ボジティブにレーベルの気持ちに応えたいという気持ちを想起させてくれることから、両者の関係性としてはすごく健全だと語る。

「インターネットは個人的な考えを否定したり、人を傷つける部分があり、自分の考えや音楽も否定されることもあるが、それでもたくさんの人の力になれた実感がある限り、誰も自分をインターネット越しに傷つけることはできない」。その言葉には、guccihighwaters自身の経験から来るインターネット観とともに、その負の側面に立ち向かう現代のミュージシャン、ひいては現行シーンを牽引するエモラッパーとしてのスタンスが表れている。

最後にguccihighwatersは、ビデオ・ゲームに止まらず、建築やさらにはポストロック・バンドのtoeをお気に入りに挙げるなど、日本への高い関心を示しており、コロナ禍収束後に日本でライブをすることを今後の目標のひとつに掲げている。今後は、配信ライブも企画しているというが、もし、本稿をきっかけにguccihighwatersに興味を持っていただけたのであれば、まずはオンラインで彼のパフォーマンスをチェックして、来るべき初来日への期待を大いに膨らませてほしい。
※記事内の発言はSpincoasterにて行ったメール・インタビューより抜粋。(翻訳:染谷和美)


【リリース情報】

guccihighwaters 『joke’s on you』

Release Date:2021.01.22 (Fri.)
Label:guccihighwaters / Epitaph Records
Tracklist:
1. ​tragedy
2. ​hold somebody (Ft. Powfu & Sarcastic Sounds)
3. ​rock bottom (Ft. ​nothing,nowhere.)
4. ​highschool (remix) (Ft. ​convolk)
5. ​sometimes
6. ​true 2 me
7. ​straight jacket
8. ​lovesick (Ft. Ellise)
9. ​intentions
10. ​catch – 22
11. ​coming down
12. ​expectations
13. ​won’t let in (Ft. Laeland & Softheart)
14. ​rope

■ guccihighwaters オフィシャル・サイト(https://www.guccihighwaters.com/)

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