コンプソンズ『何を見ても何かを思い
出すと思う』稽古場レポート 下北沢
を舞台に描く若者たちの10年史、1年
越しの上演へ 

2021年4月7日(水)より「劇」小劇場にて、コンプソンズの第7回公演『何を見ても何かを思い出すと思う』が上演される。本作は新型コロナウイルスの影響により予定していた昨年3月の上演を中止、その後脚本の改稿を重ねながらキャストが集結できる日を改めて調整、新たな出演者とスタッフも迎えてのリベンジ公演となる。主宰で作・演出を手掛ける金子鈴幸の身の上に起こった出来事を基に創作された作品は、激動の一年を経て深みを増し、新たに生まれ変わっていた。
舞台は東京・下北沢。1組のカップル、路上で歌うバンドマン、劇団と役者。売れたい人、売れそうな人、売れた人、思い出す人、思い出される人……。2010年から2020年までを往来しながら、時とともに移ろいゆく若者の人間関係を描いた青春群像劇だ。出演には、コンプソンズのメンバーに加え、石渡愛(青年団)、小野カズマ、東野良平(劇団「地蔵中毒」)を客演に迎える。三者三様の演劇的コンテクストを以てそのキャリアを重ねてきた頼もしい顔ぶれは、金子曰く“最強の布陣”。「精度を高め、今度こそ」。そんな宿願の思いとともに新たに紡がれた若者たちの10年史。その稽古場の様子と物語のあらすじを昨年の稽古記録も織り交ぜながらレポートする。
左上から時計回りに細井じゅん、大宮二郎、鈴木啓佑、金田陸、小野カズマ、星野花菜里、東野良平、金子鈴幸、宝保里実、石渡愛 
■1年越しの稽古場、再び動き出した登場人物たち
横たわる1組の男女、ギターを抱えて路上に座りこむ男とバイト中と思しき二人。それぞれのシチュエーションの中で物語は動き出した。眠る2人は恋人同士のようにも見えるが、どうだろうか。細井じゅん演じる男・雄介は劇団に所属している。石渡愛(青年団)演じる女・さくらもどうやら女優のようだ。2人の様子に想像を膨らませながら、目の前で進む物語に没入する。
「早くやれよ!」
眠っている男女を隔てて、男二人(左から鈴木啓佑、金子鈴幸)がギターの男(金田陸)をさかんに囃し立てる。ここにはまた別の時間と人間関係が流れているようだ。
金子の脚本と演出の意図をあうんの呼吸で汲み取り次へ次へと導いていく鈴木と、過去公演で出演のみならず劇中歌や音響も担ってきた金田。金田は今回のリベンジ上演を機に新たなキャストとして座組に加わった。コンプソンズメンバーの金子・鈴木・金田は中学の同級生であり、物語の中でも同じ劇団に所属する幼馴染として登場。また、同じく中学の同級生である額田大志(ヌトミック/東京塩麹)が音楽提供として参加する。
左から鈴木啓佑、金子鈴幸、金田陸
登場人物の設定の中に入れ込まれたノンフィクションに、「今までで一番腹を括れた作品」という本作に向けた金子のコメントを思い出す。この路上ライブのシーンは、昨年の段階では描かれていなかった。幾度となく筆を加えたというその創作時間にふと思いを馳せる。
金田陸
「曲ねえし」
「じゃあ作れよ。玉置浩二は田園を3分で作ったんだぞ」
固有名詞が多く登場するのもまたコンプソンズの持ち味の一つと言える。ただの話題の一つとしてではなく、それらのカルチャーが物語を縁取るフックにもなりうることはファンには周知の事実かもしれない。コミカルなセリフのやり取りに笑いながら、聞き逃すまいとその展開に目を見張る。
星野花菜里
「ちょっと知らない固有名詞が多くて。置いていかれちゃうっていうか」
新たな登場人物が現れた。演じているのは、金子とともにコンプソンズを主宰する星野花菜里だ。観客を物語の中へ取り込むように、ともすれば自虐ともとれる軽妙なセリフやギャグをハイテンポで連発。独特のチャームと疾走感のある彼女の誘いに吸い寄せられているうちに、次第にその素性も明らかになっていく。
宝保里実
演出の金子が出演しているシーンでは、メンバーの宝保里実が劇場を想定しながら細部に気を配る。
「客席によったら少しかぶって見えるかも。流れてる時間がわかりづらいから少し離した方がいいかな」
やはり本作に置いて、時間の見え方はとても重要であるようだ。
数々の過去公演で振り切ったキャラクターを以って観客を魅了してきた宝保。稽古場でその登場シーンは見られなかったが、今回の配役ではまた一つ彼女の新たな一面が見られそうだ。
金子鈴幸
「そこのやりとりはもう少し可愛げがほしくて…」
「気持ちの流れ的に一息で言った方がいい気がする。怒りは少し抑えめに」
セリフの中に垣間見える感情の居所や距離感、それに宿る登場人物間の関係性。加えて、そのシーンが客席からどういう眺めとして見られているか。稽古冒頭から細かいところにこそ余念を欠かさない金子の姿があった。
「ファーストインプレッション大事なので、もう一回頭からやります」
その後、数回にわたって同シーンが入念に繰り返された。
■時とともに変化する人間模様と、その追憶へ
稽古は、別のシーンへとうつる。
「変な夢みて……」
さくらの隣にいるのは、雄介ではなく別の男(小野カズマ)だ。夢から覚めるようにも夢に入っていくようにも見える曖昧な空気を纏いながら会話が進む。10年の時を往来する追憶がすでに始まっているようだ。
石渡愛
時のうねりの中で、彼女はとある個人的な出来事を背負っていた。居心地の悪そうな目つき、楽しい時の顔、苛立ちの声色、吐き出したい何かを飲み込んだその表情。そのリリカルな様子にひやりとするほどの現実味を感じる。機敏な横顔の一つ一つが、この物語はまた彼女の物語でもあることを伝えていた。
小野カズマ
今回の登場人物の中では比較的静かな役どころの小野カズマ。静かな会話の中に際立つ、男の性格や彼が送る生活の様。同じ舞台にいながら“別の出来事”の中に存在する人物として、時にさりげなく、時に象徴的にそのキャラクターと彼の持つ人間関係を体現する。他作品でコミカルな役を演じる時の小野の魅力を知っているからこそ、その表現力の振り幅に驚かされる。
東野良平
そんな二人の過去と今をつなぐ年上の男を演じるのは東野良平(劇団「地蔵中毒」)。コンプソンズの魅力であるハイスピードハイカロリーなギャグをぶっ込みながら、一際シュールな役をこなしていく。袖にはける瞬間まで一挙手一投足に視線を集め、稽古場には度々爆笑が起こっていた。ただそこにいるだけで劇場の温度を上げてしまうような、そんな存在だ。
大宮二郎
他の登場人物から少し離れた場所から物語に絡んでいく男がいた。名前はすぐに思い出せないけど、そういえば学校にこんなやついた気がする。そんな同級生間ならではの既視感、地元民ゆえの停滞感、無頓着と執着。心の声が混在したセリフをキャッチーに操りながら、その絶妙な人間関係をありありと体現する大宮二郎だ。「そういえばこんなやつもいた」では終わらなさそうな怪しさと危うさに期待が高まる。
細井じゅん
「あれ?もしかしてここ平成っすかね」
「待ってください…何年ですか?」
要所要所で混乱するように時を確かめる雄介(細井じゅん)の言葉が印象的だった。
目の前に現れる知らない人物、知っている時間、知っているようで知らない世界。
過去のあゆみと現在の状況の狭間で抱える葛藤や戸惑いを、セリフのみならず行間の中にも手触りのある温度で忍ばせていく。彼の視点は、もしかすると物語の核になりうるかもしれない。
あれって何年の出来事だった?そこには誰がいた?
滑るように流れる年月に混線するあらゆる記憶、その追憶の縁のない手触りは誰しもに心当たりのあるものではないだろうか。
『何を見ても何かを思い出すと思う』キービジュアル 写真:comuramai
物語の舞台はコロナ以前の世界だが、時を巡るそのリアルなやりとりは、激動でありながら空白とも言えるような一年を経て、より生々しい手触りで観るものの胸の内へと入り込んでいくようだった。
作・演出を手がけながら、キャストとしても登場する金子鈴幸。その俳優としての存在感についても特筆しておきたい。稽古場に1時間いただけでも作家として渾身の作品であることが伝わる本作だが、同時に自らが出演するという在り方が今作において大きな意味を持っているように感じたからである。
遡ること昨年の2月、最初に稽古場に訪れた時のことである。稽古の終盤、金子がひとしきり演出を加えた後、自身のセリフのニュアンスについてキャストに意見を仰いでいた。そこで大宮から出たこんな一言が今でも心に残っている。
「今回の君のセリフは全部、君が言うだけで付加価値があるから」
昨年2月の稽古場の様子 写真/丘田ミイ子
このセリフを金子が発しているというだけで成立してしまう瞬間がたしかにそこにはあった。パーソナルを極めた物語だからこそ、却って他人事ではないような感覚や共感が呼び起こされるような。それは、図らずも観る者が持つ私情に直球に刺さった瞬間ともいえた。
昨年2月の稽古場の様子 写真/丘田ミイ子
一度出来上がったものを解き、再び紡ぎ上げられた物語。より深くより濃く、そして精巧に作品は新たに生まれ変わっていた。1年越しの稽古場でその様子を目の当たりにしながら改めて思う。『何を見ても何かを思い出すと思う』というタイトルは、この作品の魅力が凝縮したとても素敵なタイトルだ。
時を何度も往来しながら、登場人物のそれぞれの事情が「今」に向かってクロスする。その交点に座って、自分もこの全部を見つめてきたような。
「もしかしたら彼らの事情を自分も知っているのではないか?」
そんな気にすらさせるのは、金子の演出の妙とそれらを的確に汲み取る演者のパワー他ならない。
過去と現在、時にその次元すら飛び越えて人々の心の間を往来する物語。彼らは、そこに生きていた。互いに関わり合いながら、何度も時を振り返りながら。これまでの人生でとても長い一瞬、その青春の10年を。
『何を見ても何かを思い出すと思う』キービジュアル 写真:comuramai
書いているそばからその文字を追いかけるように、『何を見ても何かを思い出すと思う』の「思う」という言葉にいくつもの人の顔を浮かべる。何かを見て“誰か”を「思い出すこと」や、その日々を「思うこと」。その“誰か”との関わり合いの中で生きて行く自分や人々の人生について。そんなことを思案した帰路だった。
移り行く時の中で人が人との間で生きて行くということ、人は人をどこまで受け止められるのだろうということ。それらが、とても丁寧に描かれている本作の開幕、劇場の客席に座って迎えるその時を心待ちにするばかりである。
profile
コンプソンズ
写真:塚田史香
金子鈴幸と星野花菜里が明治大学実験劇場を母体に発足。現在は細井じゅん、大宮二郎、宝保里実、つかさ、鈴木啓佑、金田陸が所属。世の中で起こるありとあらゆる出来事や事件にアンテナを張り巡らせ、ノンフィクションとフィクションを織り交ぜながらの物語展開が特徴的。作品に完全に落とし込められたそれらは全て、あくまで物語であるという視線で収束を見せる。要所要所にナンセンスギャグや直近の時事ネタを猛スピードで連投、その合間に光る短いセリフの圧倒的な感性も見どころの一つ。新作『何を見ても何かを思い出すと思う』は、金子に起きた事実を基に創作。過去作品の中でも、群を抜いてノンフィクションの比重が大きい自叙伝的演劇へ挑む。
稽古場写真/吉松伸太郎
取材・文/丘田ミイ子

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