高橋一生&野田秀樹に聞く~NODA・M
AP新作『フェイクスピア』に向けて

野田秀樹の率いるNODA・MAP、ほぼ一年半ぶりの新作は『フェイクスピア』(2021年5月24日~7月11日 東京芸術劇場プレイハウス、7月15日~7月25日 大阪・ 新歌舞伎座)。フェイク+シェイクスピアとは、演劇界の絶対王者的なシェイクスピアに、昨今、よく耳にする「フェイク」というコトバをつけた、なんとも洒落の効いたタイトルだ。何がフェイクで、何が真実なのか、わからなくなってきているこの世で、野田秀樹はどんなコトバを紡ぐのだろうか。
気になる作品に参加することになった高橋一生は、NODA・MAPに初登場となる。テレビドラマ、映画、演劇と幅広く活躍している高橋。昨年の舞台『天保十二年のシェイクスピア』(2020年)でも彼にしかできない演技を見せた。野田に「嘘のない俳優」と評された高橋は、くせものぞろいの共演者たちのなかでどんな役割を担うのか。
いつものごとく野田作品は初日までネタバレに厳しい。しかも台本もまだあがっていない状態だったこともあって、作品の内容のこととなるとふたりは話をはぐらかす。透明なマスクをしているように口を閉ざす場面から、ときどき漏れてくる本音に耳をすませてみたい。
■「今回の芝居はくせものだらけ」(野田秀樹)
ーー今回、初顔合わせのおふたり。まず、野田さんから高橋一生さんの起用理由を教えてください。
野田秀樹(以下 野田) いままで何回かオファーしていたけれど、タイミングが合わなかったんです。最初にNODA・MAPのワークショップに来てもらったときはまだ20代だったよね。
高橋一生(以下、高橋) そうですね、20代中盤ぐらいかと思います。
野田 だよね。ずいぶん前から縁はあったんですよ。それから時が過ぎて、蜷川幸雄さんが演出した『元禄港歌-千年の恋の森-』(2015年)を見たとき、ああ、すごくいい役者になったなあと思ったんですよ。見た目だけでなく魂の背筋がピンとしている、嘘のない舞台役者さんに育ったなあと思って、すぐにオファーしたけれど、忙しいかたなので、なかなかタイミングが合わなくて。僕はテレビを見ないほうだから、ブレイクしているということをまず知らなかったんだよね(笑)。
ーーものすごくいいタイミングでの出演という印象です。
野田 そうだよね。世間的な注目度のみならず、役者としていい時期だと思います。昨年、高橋さんが主演した『天保十二年のシェイクスピア』(2020年)を映像で見たけれど、それも良かったです。今日、宣伝用の写真撮影をしたときに、まだ非公開の台本の一部のコトバを試しに声に出して読んでもらったら、ちゃんとコトバを届ける声をしていると確信が持てました。
高橋 それはよかったです(ホッとした顔)。
野田 いきなりで驚いたでしょ。
高橋 いえ、楽しくウォーミングアップができたという気持ちでした。
――高橋さんは野田秀樹さんにどんな印象をもっていましたか。
高橋 僕の野田さんの印象は、ワークショップでいっしょに鬼ごっこをした記憶なんです。すごく狭い枠のなかで、そこにいるひとたちにタッチして鬼になっていくというようなことをやりましたよね。
野田 縄で枠をつくってね。
高橋 そうです。縄でくくって。
野田 その鬼ごっこで、高橋さんが最後まで残ったんだよ。
高橋 野田さんと僕がふたり、最後まで残ったんです。
野田 最後まで残らないと枠の中に入れられないんだよね。
高橋 そうです、そうです。最後まで残ることができて楽しくて。そのとき、野田さん、すごく動けるなあ!と驚いた記憶があります。
野田 あの頃は動けたね、もうずいぶん昔だから(笑)。
ーー今回は、おふたりが再び、動き回る対決をすることもあり得ますか。
高橋 それは野田さんにしかわからないことです(笑)。
野田 もちろん、舞台上ではいっしょになるけれど。橋爪さんとの絡みが多いんだけど、共演したことはある?
高橋 橋爪さんとは、さきほど、宣伝ビジュアル撮影でお会いしたのがはじめましてなんです。
野田 くせものですよ。というか、今回の芝居、くせものだらけだからね。ほぼ全員くせものだもんね(笑)。
高橋 そういうほうが楽しみです(笑)。
ーー橋爪さん、白石加代子さん、大倉孝二さん、村岡希美さんなどはNODA・MAP経験者で、高橋さん、川平慈英さん、前田敦子さんが初参加になります。この座組はどんなふうになりそうでしょうか。
野田 事前にワークショップをやったとき、橋爪さん以外の方々に参加してもらいました。皆さんの演技によって、どういう流れで進んで、最後にはどこに行き着くか、僕が考えていた世界に確信が持てたひじょうに有意義なワークショップになったので、みなさんに感謝しています。
ーーそのときはどんなことをやったのですか。
野田 それを話しちゃうと、もろに内容がわかってしまうので、内緒ですねえ。
高橋 そういうことをやりましたね。
野田 どう言えばいいかな。話はね、恐山の話なんです。
高橋 恐山といえば、……の人たちですよね。
野田 最初は白石加代子さんのセリフからはじめようかなと思っていて。そこに仕掛けがあるんです。あとはもう言えません(笑)。
ーー高橋さんは今回のワークショップに参加してみてどうでしたか。
高橋 初めての方々ばかりでしたが、みんなでいろいろなアイデアを出して、ひとつのものを作っていくという作業をひさしぶりに経験できて新鮮でしたし、この感じで稽古もやれたら楽しいだろうなと思いました。あと、ちゃんとお給金がもらえることが嬉しかったです。いまの時代、ダイレクトにお金をいただくなんてことは滅多にないですから。
野田 NODA・MAPのワークショップで日当を払うことになったきっかけは、1993年、僕が文化庁の芸術家海外研修でイギリスに行ったとき、ロンドンのワークショップに出たらお金がもらえたからなんですよ。日本でのワークショップは、その当時、参加者がレッスン料を払うものしかなくて。でも、ロンドンのプロのワークショップでは、新作づくりに協力したからということで参加者に逆に支払うことがあるんです。こういうワークショップは日本に存在していないと思って、帰国後、日本でも創作のためのワークショップをやりたいと提案してはじめました。
高橋 お金のことはコトバにすることが憚られがちですが、大事だと思います。俳優の価値を表す指針はひじょうに曖昧というかないに等しいので、こういう形ではっきりさせてもらえると価値をちゃんと見出しやすくなる気がします。
野田 とはいえ微額ですよ。初期のころより日当にして千円ぐらいは上がっているかもしれないけれど(笑)。
高橋 金額の大小ではなく、実感みたいなことでしょうか。
■「僕は最近、シェイクスピアづいてる」(高橋一生)
ーーコロナ禍、野田さんは『赤鬼』とオペラ『フィガロの結婚〜庭師は見た!〜』の再演をされて、新作は、コロナ禍があってから初めてになります。この一年の体験は作品に込められますか。
野田 いや、コロナが通り過ぎない限り、それについてどうこう書くようなことではないと今は思っています。むしろ、コロナに関することを書いてもつまらないでしょ。伝染病の話といえば、僕が26、7歳くらいの頃、『野獣降臨』(82年)ですでに書いているしね。あれは、今のコロナのようなものではなくて、その後、AIDSが出てきた時代との親和性があったように感じますが。
――作家は時代の先をいきますものね。
野田 先を読んだわけではなくて、むしろ過去の話でした。あれはまだ電信柱があった時代の“電線病”ですから。木の電信柱から神話が聞こえてきて、昔に遡っていくんです。いまもう電信柱に耳を当てるシーンなんて作れないからねえ。
高橋 本当にそうですね。
野田 あのころの木製の電信柱は、それが古代の筏になって……というようなイメージに繋げられることができたんだよね。
ーー今回は『フェイクスピア』というタイトルです。高橋さんはタイトルを聞いて、どんなイメージを抱きましたか?
高橋 ワークショップに参加したときは、野田さんから、シェイクスピアの話だとは聞いていなかったんです。その後、できあがったポスター案を見たら『フェイクスピア』と書いてあったので、僕は最近、シェイクスピアづいてるなあとまず思いました。
野田 ふふふふ(笑)。
高橋 去年、ひさしぶりに出演した舞台が『天保十二年のシェイクスピア』だったので。
野田 あくまでフェイクだから(笑)。
高橋 はい。では、そんなにシェイクスピアを学び直さなくても大丈夫ですか。「天保〜」のとき、それなりに復習したのですが。
野田 大丈夫です。多少、人間関係やそれっぽい人物などはシェイクスピアを意識したものも出てきますし、最初のほうで、シェイクスピア作品のセリフをしゃべったりもするけれど、本質的なものではないんです。そこもワークショップでやったけれどね。
高橋 そこもこれ以上は喋れないですよね(笑)。
野田 何気ないセリフながら、あとあと非常に大きい要素になっていきます。でも、それは注目しないでほしいかもしれない(笑)。さりげなーく耳に残ってるぐらいがちょうどいいですね。
ーー高橋さんの役は秘密でしょうか。
野田 まだ、台本が書き上がってないんで、なんとも言えないんですよ。
高橋 ですから僕自身、漠然としたことしか話せませんし、野田さんに質問することもできません。
野田 いつ台本があがってくるかが気になるでしょ(笑)。
高橋 いえ、僕は、台本がいくら遅かろうと気にならないです。
野田 へえ。
高橋 テレビドラマもかなりぎりぎりで台本があがってきますから。台本を書いている作家の方は自由に書きたいはずなので、納得いくまで書いていただき、僕ら俳優はそれに対応するしかありません。いや、対応するのが俳優なんだと思います。これはテレビドラマに限ったことかもしれませんが、プロデューサーの方々の要望なども多くあるでしょうし、それを聞いて台本を書くことは大変だと思うんです(ものすごく真面目な口調で)。
野田 (へんなプレッシャーを感じたようにおずおずと)できるだけ早く書きます。
高橋 ありがとうございます(笑)。
野田 でも、僕はそんなに書くのが遅いほうではないから。例えば、三谷幸喜さんなどと比べられたら早いし、井上ひさしさんと比べたら抜群に早いと思います。なにしろ僕は初日ギリギリまで台本執筆を引っ張ったことはないです。ただ、稽古初日を数日遅らせてもらったことは何回かありますけれど。
ーー台本を書くことが遅い方は意図があるのでしょうか。例えば、俳優がぎりぎりまで追い詰められたときに発するなにかを求めてのことだというような。
高橋 俳優はそんなにマゾな人ばかりではないですよ(笑)。
野田 おそらく、演出をやっていない作家は書き上げるまでに時間がかかるような気がしますね。井上ひさしさんは自分の戯曲を完璧にすることに集中するんですよ。むかし、井上さんの台本が遅れたとき、どこかの新聞が「初日を遅らせたのは演劇の良心みたいなものである」というようなことを書いている記事を読んで、そんなところに演劇の良心はない、現場はどれだけ大変な思いしていると思ってるんだって僕のエッセイで反論したことあるんですよ(笑)。
高橋 それはすごく面白いですね。
野田 そんなことを書きつつ、井上さんの立場になってみると、井上さんは、すこしでも自分のコトバを磨きあげようと、できるだけぎりぎりまで抱えこんでいたのでしょうね。戯曲として書いたコトバはその後ずっと残るから。一回、世間に手渡したら、それがもう“井上ひさし”になっちゃうんですよね。そういう責任感があるからこそ、ときには最初の案からがらりと変えてしまうこともあったようですね。まあ、今回、僕も他人(ひと)のことは言えず、最初に書いたものから大幅に変えたところもあったけれど(笑)。
高橋 ははは(笑)。
野田 もう今後はそういうことはないので安心してください! いまさらないけどね。いまさらないけどさ(念押しのように繰り返す)。
ーー野田さんのコトバも圧倒的に“野田秀樹”ですが、井上さんのような意識で書いていないのですか。
野田 僕には稽古場がありますから。稽古しながら、ちょっと変えたりできるんでね。まあ、井上さんも稽古場で手直ししていたのかもしれないけれど。
■「鬱陶しいことを忘れられる芝居を目指す」(野田秀樹)
ーー昨今のコロナ禍の感染対策によって稽古や表現の仕方は変わりましたか。
野田 昨年、緊急事態宣言が解除されたとき、『赤鬼』と『フィガロの結婚』の稽古をやっていて思ったのは、稽古しているうちに、役者はどうしてもマスクを外したくなってしまうものだなあということ。とりわけオペラは声のボリュームが大きいから。といって、外すわけにはいかないし、こちらから外していいということもないけれども。どれくらいの状況だったら外すことが可能なのか……とか、そういうことをひとつひとつ確認し、検証しながら毎日を過ごすしかないんですよね。感染対策に気をつかいながら、とにかくコロナ禍が通り過ぎてくれることを待っている状態ですね。
高橋 たしかに芝居が勢いづいてくるとマスクをしていることで息苦しくなってきます。けれど、やっぱり、大事ですよね、マスク。
野田 とにかくマスク。マスクはしっかり着けておきましょう。
ーーあえてマスクをしたまま演じる作品もありますが、どう思いますか。
野田 マスクってね、要するに仮面ですから。仮面劇ですよね。
高橋 確かにそうですね。
ーーあり、ということですか?
野田 あり。いや、どうかな(笑)。仮面劇というジャンルはありですよ。それと、マスクをして演じる仮面劇をエチュードでやってみる分には面白いかもしれない。だからといって、ずーっと仮面劇ばかりは見たくないでしょう。ひとつくらいはあってもいいけれど、どこもかしこも仮面劇じゃいやだよね。そもそも、コロナ対策をどれだけ徹底しましたとか、コロナをテーマにした作品ですというものばかり取り上げるメディアを悲しく感じます。演劇とはそういうものじゃないし、メディアは、一過性の話題としてでなく、演劇の根源的な面に向き合うことが基本ではないでしょうか。演劇に限ったことではなく、朝から晩まで、世界中がコロナの話題ばかりしている状況はいかがなものかな。報道も一日中、コロナの話題を流しているでしょう。もちろん、正しい情報を世に伝えることは大事ですよ。でも建設的な話にはならず、道徳的な心構えみたいな精神論を毎日伝える必要はないんじゃないかな。
高橋 報道していることがだいたい予想できてしまうようなことも多いですしね。
野田 ……こんな話をしていると、最も言ってはいけないコトバを言ってしまいそうになるよ(笑)。
高橋 もちろん感染対策には気を使う前提で、できるだけ気にしていないふうでいたいです。いまの状況を例えるなら、すごく怖い先輩がいて、避けて通ることができないけれど、絶対にあの先輩とは話したくないという気持ちに似ているかもしれません(笑)。さらにいえば、その人の話をした時点で負け、みたいな存在ですね、コロナは。
野田 そんなにいやな先輩がいたんだ?(笑)
高橋 鬱陶しいなあ、あいつ、みたいなヒトが(笑)。
野田 どちらかというとその先輩の話が聞きたいな(笑)。それはともかく僕は今日これから劇場に芝居を観に行くけれど、いい作品が上演されていると、お客さんがコロナのことを忘れて芝居に集中していることを感じることができます。鬱陶しいことを忘れられるということはやっぱいい芝居なんですよ。だから僕らもそういうものを目指したいですね。まあ、役者さんの顔ぶれを見れば、確実に面白くなると思いますよ。
取材・文=木俣冬  写真撮影=池上夢貢
スタイリング=北澤“momo”寿志(band)  ヘア&メイク=赤松絵利(ESPER)

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

新着