「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」
VOL.8 『ポーギーとベス』は傑作か

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story

☆VOL.8 『ポーギーとベス』は傑作か?
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 昨年、MET(メトロポリタン歌劇場)のライブビューイングで上演された『ポーギーとベス』。ブロードウェイでは、1935年に初演された黒人キャストのオペラだ。作曲家ジョージ・ガーシュウィン(1898~1937年)の代表作として、今では誰もが認める名作だが、評価が高まったのはジョージの死後。その歴史を辿りつつ、魅力に迫りたい。
1935年の初演キャストによるオリジナル・キャスト盤LP
■哀しい純愛を綴る重厚なストーリー
 作品巻頭で歌われる名曲〈サマータイム〉は、誰もが一度は耳にしているだろう。母親が子供をあやしながら、「夏の時期、暮らしは楽だ。父さん金持ち母さん美人。だから泣かずにねんねしな」と歌う物憂い子守唄だ。ただ、粗筋まで知る人は少ないはず。簡単に記そう。
 舞台は1920年代初頭の、アメリカ南東部は南カロライナ州の黒人貧民窟。足が不自由な心優しい物乞いのポーギーと、麻薬と縁が切れない奔放な娼婦ベスが主人公だ。ポーギーは、ベスの情夫が殺人を犯し逃亡した事をきっかけに、密かに思いを寄せていた彼女を自分の家にかくまう。しかしベスは、やがて姿を現した情夫と再び深い関係に。それでもポーギーは、ベスを守り愛し続けるも、ついに情夫と乱闘になり彼を刺殺。ポーギーが警察に連れ去られ悲しむベスだったが、かねてから彼女を口説いていた、薬物の売人の口車に乗せられNYへと旅立つ。家に戻ったポーギーはそれを知り、NYの場所も分からぬままベスの後を追うのだった……。
 何とも物騒かつ悲惨な物語でございます。後述する音楽の美しさは認めつつも、例えばDVDで見る場合でも、心構えを必要とするヘヴィーな大作なのだ。原作は、作家・詩人のデュボース・ヘイワードが1925年に発表した小説「ポーギー」。これをヘイワードと劇作家の妻が脚色し、まず1927年にブロードウェイで、ストレート・プレイの形で上演された。一方ジョージ・ガーシュウィンは、小説を読んですぐにオペラ化を決意。ドラマチックなストーリー展開と、貧しい中で欲望を剥き出しにして生きる登場人物たちに強く惹かれたのだ。
原作をブロードウェイで舞台化した『ポーギー』(1927年)の一場面
■ガーシュウィンの血肉となった音楽の集大成
 VOL.7でも紹介したように、少年の頃からNYはハーレムで、黒人が演奏するジャズを浴びるほど聴いたジョージ。黒人が主役のオペラを作曲する事を夢想していたが、「ポーギー」を読んで機は熟したと感じた。彼は、原作者ヘイワードに脚本と作詞を依頼。さらに名コンビを謳われた、兄のアイラ(作詞家)にも協力を仰ぎ、1934年2月から楽曲創りに着手する。同年夏には、作品の舞台となる南カロライナ州の黒人居住区で、土地の人々と共に暮らし、古くから伝わるフォーク・ソングや、苺や蟹を売る商人の呼び声に感銘を受けた。そしてついに、作曲に11か月、編曲に9か月を費やした大作『ポーギーとベス』を完成させたのだ。
 ヨーロッパ産のオペラに加え、ジャズやブルースに黒人霊歌、そして黒人との生活から学んだ民族音楽。本作には、ガーシュウィンが体得した音楽のエッセンスが横溢している。ベスの情夫に夫を殺された未亡人の鎮魂歌〈うちの人は逝ってしまった〉や、ポーギーとベスが歌い上げる崇高な愛の二重唱〈ベス、おまえは俺の女だ〉と〈愛してるわ、ポーギー〉、そしてベスを誘惑する麻薬の売人がダイナミックに歌う〈NY行きの船が出る〉など、全編を彩るカラフルで斬新な楽曲の素晴らしさは、筆舌に尽くし難い。『ポーギーとベス』は満を持して、1935年10月10日にアルヴィン劇場(現ニール・サイモン劇場)で、ブロードウェイ初演の幕を開けた。
初演でカーテンコールに応えるジョージ・ガーシュウィン(中央のタキシードの男性) (Photo Courtesy of Michael Feinstein
■初演から80年以上を経ても進化を続ける
 ところが予想に反し、意外や批評は低調。特に、クラシック音楽の評論家が否定的だった。ガーシュウィンの偉業が、音楽のジャンルを超越したレベルにまで達していたため、狭量な彼らは正当な評価を下せなかったのだ。しかしガーシュウィン没後の1942年に、レチタティーヴォ(話すような独唱)の部分をセリフに直し、冗漫な部分を短縮したブロードウェイ版が好評を博し、以降様々なバージョンがリバイバルを繰り返す。その中では、1976年にブロードウェイでも上演された、ヒューストン・グランド・オペラ版(1996年に来日)や、2004年に来日を果たした、ニューヨーク・ハーレムシアター版が知られている。
 映画化は1959年(邦題は「ポギーとベス」)。黒人スターのシドニー・ポワチエとドロシー・ダンドリッジが主演だが(上記写真参照)、歌はオペラ歌手が吹き替えた。ただ、楽曲を割愛し編曲を変えてしまった事に、アイラと妻が不満を表明。現在に至るまでDVD化されておらず、幻の一作となっている。日本では1972年に、TBSが「月曜ロードショー」枠で放映した。
映画版、アメリカ公開時のポスター
 最近では、冒頭で触れたMET公演が賞賛を浴びたが(昨年2月の公演がライブビューイングされた)、物議を醸した公演もあった。それが、2012年のブロードウェイ再演だ。演出家ダイアン・パウルス(『ピピン』再演)は、ヘイワードの原作に立ち返って、登場人物が育った背景を洗い直し脚本を改訂。この作品を知らない若い世代にもアピールするよう、セリフを加え編曲を一新し、「ニュー・ブロードウェイ・バージョン」を目指した。しかし改変の情報が流れるや、異議を申し立てたのがスティーヴン・ソンドハイムだ。このオペラを愛して止まない彼は、NYタイムズに「改訂の意味なし」と抗議文を送り付け、大きな話題となる。結局、地方での試演は不評に終わり、編曲を含め初演版に戻すべく、短期間で無数の修正を施したため、新コンセプトはどこへやらの中途半端なブロードウェイ再演となった。

■CD&DVDで堪能する名唱の数々
 初演キャスト盤を始め、数多くのレコーディングを生み出した本作。2枚組、3枚組CDの長尺録音を聴き通すのはシンドいという向きには、ハイライト盤がお薦めだ。中でもヒューストン・グランド・オペラ版が、パフォーマンスと演奏共に大充実。映画版は、なぜかサントラ録音はCD化が叶った。アンドレ・プレヴィン指揮の大オーケストラが奏でる、ゴージャスなサウンドが圧巻だ。2012年のリバイバル版は、温かい人柄が息づく、ポーギー役ノーム・ルイスの演唱が聴きもの(これは2枚組)。この3タイトルは、輸入盤CDで入手出来る。
ヒューストン・グランド・オペラのハイライト盤
映画のサントラ盤。これは日本公開時に発売されたLP
2012年ブロードウェイ再演盤
 また、バラエティに富んだ楽曲に誘発され、『ポーギーとベス』楽曲集を発表したジャズ・シンガー&ミュージシャンは数知れず。必聴盤は、トランペッター&歌手のルイ・アームストロングと、エラ・フィッツジェラルドの共演アルバムだ(1957年録音)。両者が個性豊かなボーカルで、ガーシュウィン・ナンバーを見事に消化している(国内盤で入手可)。
ルイ・アームストロング&エラ・フィッツジェラルド共演盤。正にジャズ・ボーカルの神髄だ。
 映像では、サンフランシスコ・オペラの公演(2009年)を収録したDVDがリリースされている。ポーギー役は、冒頭で触れたMET版でも同役で好評を得たエリック・オーウェンズ。同じくMET版ベスのエンジェル・ブルーが、〈サマータイム〉を歌う母親役で助演している。こちらのベスはラキータ・ミッチェル。ストーリーの重苦しさを忘れるほどの、彼らのパワフルなパフォーマンスに唸ると共に、37歳でこの稀有なオペラを創造した、ジョージ・ガーシュウィンの天才に改めて感嘆する。演出はフランチェスカ・ザンベロ。渋く趣味の良い色調のセットと衣装が美しい。DVDは輸入盤だが、日本のプレイヤーで再生可&日本語字幕付。ブルーレイも同時に発売済だ(アマゾンやHMVで入手可能)。
 次回VOL.9は、軽妙洒脱な作風で鳴らした作詞作曲家コンビ、リチャード・ロジャーズ&ロレンツ・ハートを取り上げよう。
サンフランシスコ・オペラ版DVDは2枚組仕様。ディスク1に公演、ディスク2にはキャストやスタッフへのインタビューを収録している(ディスク2は日本語字幕なし)。

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