国内外の映画祭で高い評価を受けた映
画『写真の女』が日本凱旋上映 監督
・串田壮史×主演・永井秀樹インタビ
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2021年1月30日(土)より、映画『写真の女』が渋谷ユーロスペースほか全国順次公開される。今作は、2020年3月に第15回大阪アジアン映画祭でワールドプレミア上映以降、国内外70近くの国際映画祭に正式出品され、グランプリを含む25冠を獲得するなど世界的に高い評価を受けており、待望の日本凱旋上映となる。
脚本・監督は、CMディレクターとして数々の話題作を手掛け、今作が長編映画デビューとなる串田壮史。主演の永井秀樹と大滝樹は、串田が2018年に監督した短編映画『声』にも出演しており、今作では脚本を書く前のプロットの段階で、串田自ら2人に出演オファーをしたのだという。
父から受け継いだ小さな写真館でレタッチ(写真の加工修正)を行う男・械を永井、不慮の転落で胸元に大きな傷が出来てしまった女・キョウコを大滝が演じ、女性恐怖症の械と、彼がレタッチした自分の写真に魅了されてしまうキョウコの間に生まれる“愛の形”を描いた今作は、SNS上の自分と本来の自分との狭間で揺れ動く現代人の姿をあぶり出している。永井演じる械がほぼセリフがなく無言の演技を見せるところにも注目だ。
今作について、監督の串田と主演の永井に話を聞いた。

映画「写真の女」100秒予告

串田監督は誰のことも信用していない?

――まずは監督に、今作で永井さんに出演オファーをした理由をおうかがいしたいのですが。
串田:永井さんには、2018年の短編映画『声』に出演していただいて、やはり主人公がしゃべらない作品だったのですが、世界中の映画祭に出品して多くの賞をいただき、永井さんも2つ主演男優賞を受賞しています。どこの国でも永井さんは「普遍的な人」という受け取られ方でした。世界中の人が見て共感できるというのは、きっと人間の根本的な感情表現ができているからだと思います。今作も外国の映画祭で盛り上げてから日本で上映したいと思ったので、ぜひ永井さんにご出演いただきたい、とオファーしました。
――永井さんから見て、串田監督の作品の魅力はどういったところにあると思われますか。
永井:作品自体ではなく、監督の仕事ぶりの話になってしまうんですが、ちょっと変な言い方をすると、串田さんは俳優のこともスタッフのことも、誰のことも信用していないんだな、と思います(笑)。というのは、串田さんは基本的に「こういうふうにしてくれ」ということを言わないんです。「みんなで一緒に頑張って作ろう」ということではなく、俳優もスタッフもそれぞれが自分の仕事をちゃんとやればいい、というスタンスなんですね。各々が自分の力を発揮できる環境を串田さんが作り出しているところが、一緒にやっていてすごいな、と思う部分です。
――そうすると、例えば演技に関しては俳優さんにお任せする部分が多かったということでしょうか。
永井:大雑把な動きは指示されましたが、細かいところに関してはほとんど言われた記憶がないですね。もちろん、串田さんの中で形はある程度決まってるんだけど、その形から離れたとしてもそれが面白ければ全然OKだし、そのへんは現場でどんどん対応してくれるんです。だから自由度が高くてやっていてすごく楽しかったし、それが映像にも表れている気はしますね。
『写真の女』串田壮史監督
――監督ご自身はそのあたりどういった意図をお持ちだったのでしょうか。
串田:もしかすると僕がCMディレクターであることが関係しているかもしれないですね。CMのときは、役者さんと細かな感情について話すことはほぼなくて、だから今作でも、永井さんはじめキャストの方と役について深く話すということはほとんどしていないです。今作について僕は初めから「90分くらいにしよう」と決めていたので、各シーンごとの秒数を大体決めていました。その秒数の範囲内で演技をしてもらって、秒数オーバーしてしまった場合は、ちょっと変えて短くしてもらうことはあるかもしれないけれど、という感じでした。
――永井さんは特にセリフがほぼない役でしたから、それゆえの難しさもあったのではないでしょうか。
永井:セリフがないということに関して、実はそんなに考えてなかったですね。舞台でも本当はあまりしゃべるのが好きではなくて、むしろ全くしゃべらずそこに居るだけで存在感を出せるというのが究極の表現なのかな、と思っていたりもして。しゃべらない分、見た目だけでいろいろ表現しなきゃいけないんですが、そこであまり表現しすぎると表情とかが大げさになっちゃうので、そこのバランスを取るのが難しかったですね。
串田:永井さんのセリフのところには「……」しか書いてなくて、だから「……」だけを見ながらよくやってくださったなと思いますね(笑)。
――出演者の皆さんがそれぞれに魅力的でしたが、中でも現在公演中の青年団『眠れない夜なんてない』(2020年1月1月15日(金)~2月1日(月)吉祥寺シアター、ほか兵庫、三重、香川公演あり)でも永井さんと共演されている猪股俊明さんの存在感が印象的でした。永井さんと猪股さんはよく共演されていますよね。
永井:猪股さんとは、2012年の映画『桐島、部活やめるってよ』で初めて共演して、それからしばらくご一緒することはなかったんですが、2019年6月にKAATで上演された舞台『ゴドーを待ちながら』で久しぶりに共演して、その直後の7~8月に映像ディレクターの田中聡さんが作・演出を手掛けた舞台『おでこにタトゥー』でも共演して、すぐに今作の撮影でご一緒して、そして今上演中の青年団でもご一緒して、と昨年から共演が続いていますね。
――共演者の目から見て、猪股さんはどんな俳優さんですか。
永井:猪股さんは、本当に自由なんです (笑)。本人はもちろん演じているんですけど、すごく素に見えるというか、舞台上で役じゃなくて猪股さん本人を感じる瞬間があるんです。そこがまた面白いんですよね。「今、この人はそこにいるんだ」というリアルさみたいなものがすごく出てくる俳優さんで、一緒にやっていて本当に楽しいです。
『写真の女』
静けさも楽しむことができるような映画にしようと思った
――全体的に決してセリフが多くないからこそ、非常に“音”が印象に残る作品で、無駄な音がない分、音に対する感覚が研ぎ澄まされる感じを覚えました。音声はすべてアフレコ、つまり同時録音は行わず全て編集で音を入れたそうですね。
串田:オールアフレコにした理由は2つあります。まず一つは実務的な理由で、この作品は10日間で撮影したので、例えば「電車が走り去るのを待つ」とか「ヘリが飛んでいるから待つ」といったことをする時間的余裕がなかったんです。もう一つは、先ほど「無駄な音がない」と言ってくださいましたが、まさにその通りで無駄な音がない作品にしよう、としたからです。今作は「映画館で見られるべき映画」というのを想定して作っていて、映像はスマホやPCでも見られるけど、音というのはまだやはり映画館じゃないと静けさを感じられないと思うので、静けさも楽しむことができるような映画にしようと思いました。
――そしてやはり忘れられないのが、この作品で重要なモチーフの一つとなっているカマキリの存在です。カマキリが本当に「いい演技をしている」と言いたくなるような存在感でしたが、カマキリの専門家の方が撮影に立ち会っていたとはいえ、短い撮影期間の中ではご苦労もあったのではないでしょうか。
串田:そのあたりは永井さんに語ってもらいましょう。僕はいわば見ているだけの立場で、実際にカマキリを相手にしていたのは永井さんでしたから。
永井:どうしても思った方向に行ってくれなかったり、相手の気持ちがわからないから大変でしたね(笑)。あと、ラストシーンでカマキリが“ある行動”に出るんですが、実はあれは事故だったんですよ。直前で撮影を一旦止める予定だったんですが、止める間もなくカマキリが動いてしまって、それで急遽「カメラ回せ!」ってそのまま撮影を続行したんです。だからそのシーンはリアルな迫力で撮れていると言われましたね。そうやって予想外のことをしてくるので難しくはありましたが、楽しかったです。そういう意味では、猪股さんもカマキリに近いのかもしれないですね、自由に動き回っていて(笑)。そういう人たちが周りにいてくれたおかげで僕はしゃべらなくても存在できたんじゃないかな、と思います。
『写真の女』
「こういう人」というレッテルを貼られ、自分が消費されている感じがした
――今作に登場する「レタッチ技術」ですが、監督ご自身がかつてレタッチ技術のすごさを目の当たりにした経験があるそうですね。
串田:15年くらい前に僕が初めてCMの現場に入って演出助手をしていたときに、ある女優さんの写真をレタッチしているところを見たんです。それって自分の本当の姿を歪めているわけですから、視聴者を欺いているようにも見えるし、でも彼女はそれが商売なわけですから仕事のために犠牲になってるとも見える。仕事のためなら自分なんていくらでも変えますよ、という彼女の姿勢がたくましくも見えて、そういういろんな感情がレタッチをしている瞬間に混じり合ってるな、と思いました。
――SNSが広く使われるようになった今、今作のキョウコのように「理想の自分」と「現実の自分」のギャップに苦しんだり、SNSでは他人向けの自分を演出しているという人も少なくないと思いますが、串田監督と永井さんはSNSに限らずそういった経験や思いをされたことはありますか。
串田:僕は4年くらい前にブラックサンダーというお菓子のCMで、ラップバトルシリーズというのを手掛けました。それが広告界ですごく評判になって、そうしたら僕は「ラップに詳しい人」だと思われて、ラップのCMばっかり来るようになったんですよ。レッテルを貼られるとはこういうことか、とそのとき思いましたね。それは何かラベルを付けられて、飽きられちゃったら終わり、というような、自分が消費されている感じがすごくしました。
永井:僕はそこまでレッテルを貼られた記憶もないし、「この人はこういう役が得意なんだな」と勝手に思われることはあってもそれに対しての苦痛はまだ感じたことはないですね。「本当はこうやりたいのに、やっぱりやらせてもらえなかったな」という残念な感じぐらいはありますけど。
――そこはもう「仕事だから」と割り切って、求められた役を演じているという感じでしょうか。
永井:そうですね、「こうやって」と言われたら「わかった、やります」と応えるのが仕事だと思ってやってるので、ジレンマとかはあまりないですね。SNSに関して言えば、世界がすごい勢いで広がっちゃったという部分では戸惑ったりするかもしれないですけど、他人に向けて演じている部分っていうのは、誰にでもあると思うんですよ。だからそのバランスだったり、SNSの世界の中でどこまで自分が知られていくのかということをちゃんと把握してやっていれば苦しむこともないんじゃないかな。
『写真の女』
――確かに「“いいね!”が欲しい」とか「リツイートされたい」といった方向に行ってしまうと、自分が知られていく範囲が把握できなくなって思わぬ事態になってしまったり、コントロールが効かなくなったりということも起きてしまうのかもしれないですね。
永井:たくさん“いいね!”をもらっている人がいるとか、そういう他の人の情報もどんどん入って来るから混乱しちゃう部分もあるんでしょうね。人の評価って自分の人生の中の一部でしかないのに、それがすべてみたいになっちゃうと、キョウコみたいにちょっと病んじゃうのかな、とは思います。
――SNSの狭い世界の中に閉じこもっていかないように、視野を広く持っておけば救われるところもあるんじゃないか、ということも今作からは伝わって来ました。ぜひ多くの方に映画館でじっくりと今作と向き合ってもらいたいですね。
串田:この映画は世界中の映画祭から招待されて、数々の賞を獲ることができましたが、映画祭のQ&Aでは「なぜ主人公はしゃべらないんだ」と毎回聞かれました。今なんて、スマホを見ていてもニュースを見ていてもテレビを見ていてもテロップだらけじゃないですか。でもそういうものがなくても、観客は人の気持ちをわかるし、読み取れるということを信じて作った映画なので、「最近のテレビはテロップ説明ばかりでうるさいな」と思っている人に見ていただければ、自分の想像の余地を残したまま人の感情を理解できるという楽しみを味わっていただけると思います。
永井:械は、一応形の上では主人公なんですけど、観客に寄り添っている存在で、だからこの映画は多分械の目を通して世界を見ているんじゃないかなという気がします。キョウコをはじめとしたいろんな登場人物だったり、カマキリだったり風景だったりを、しゃべらない械を通して見ることで、鑑賞者の世界観というか、視界も広がるんじゃないかな、と思いますので、それを楽しんでもらいたいですね。
『写真の女』
取材・文=久田絢子

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