The Rev Saxophone Quartetとともに
サックスを堪能! 上野耕平のオンラ
インコンサート『配信小屋 Vol2』レ
ポート

サクソフォン奏者の上野耕平が贈るオンライン・コンサートシリーズ『配信小屋』。
6月上旬にストリーミング配信されたVol.1 『上野耕平✕山中惇史』に続く第二弾は、上野率いるサクソフォンカルテットThe Rev Saxophone Quartet(ザ・レヴ・サクソフォン・クヮルテット/以下、レヴ)の舞台公演がライブで配信された。
8月1日(土)、昼夜二回にわたって浜離宮朝日ホールで開催された演奏会とライブ配信の模様をお伝えしよう。
■昼公演:”レヴオリジナル”のアレンジで魅せる名曲たち
客席の脇に設置された数台のカメラ。同時ライブ配信が行われるという一種独特の緊張感が漂う。レヴのメンバーにとって、5か月ぶりというホールでの演奏会となる。昼夜公演ともに休憩なしの約70分。ライブオンライン配信を意識しての演奏時間と構成になっていた。
ライブストリーミングでは、視聴者によるチャットも同時に展開され、全国に広がるオンライン視聴者の思いがリアルタイムでキャッチできるのも嬉しい。ファンからのあたたかい声援が終始寄せられ、場外でも大いに盛り上がりをみせていた。「新しいかたちの楽しみ方」と、リーダー格の上野耕平も言うとおり、立体的なコミットメントを可能にするのが、コンサートのオンラインライブ配信の醍醐味だ。
第一部・昼公演のプログラムは、プラネルの「バーレスク」、バッハの「G線上のアリア」、そして、稲森安太己の「ふるさと狂詩曲」と坂東祐大「mutations A.B.C.」。続いて、坂本九のベストナンバー「見上げてごらん夜の星を」(宮越悠貴編曲)。最後に上野が愛してやまないというクイーンの「Love of my life」(宮越悠貴編曲)と「Bohemian Rhapsody」(旭井翔一編曲)というラインアップ。
The Rev Saxophone Quartet(Streaming+より提供)
冒頭一曲目の「バーレスク」。この曲と言えばレヴと言うくらいお馴染みの作品だ。土曜日の午後にふさわしいコケティッシュでユーモアにあふれる。久々のライブ演奏に、メンバー自身も喜びが隠し切れない様子。品よく、その“はじけぶり”が伝わってきた。さしずめ、会場のお客さんやオンライン視聴者へ、メンバーからの 「ウェルカム!そして、ありがとう」 というメッセージのようだ。
演奏が終わると、上野がマイクを握り、「今日のこの日を楽しみに生きてきました」と、感謝の気持ちを述べた。すると、アルトサックスの宮越悠貴は、「久しぶり過ぎて、ホールの響きを掴むまで戸惑ってしまった。でも、この感触が戻ってきて嬉しい」と、はにかむように喜びを表現した。
上野耕平(Streaming+より提供)
続いて、バッハの「G線上のアリア」。一曲目と打って変わって、重厚感あふれるサウンドで4人が息の合ったハーモニーを聴かせた。
三曲目は稲森安太己(1978~)の「ふるさと狂詩曲」。ドイツで活躍する稲森がメンバー4人のために書き下ろした作品だ。特異なスタイルの中にも、後期ロマン派的な余韻を漂わせつつ、ドイツ近現代作曲家の流れを踏襲した芸術性の高さで、サックスという楽器の魅力、そして、サクソフォンカルテットという稀有なアンサンブルの魅力を思う存分に堪能させてくれた。
この作品の一番の面白さは、童謡「ふるさと」のモチーフを基調に、メンバー4人の出身県の民謡が随所に散りばめられているところだ。福岡県出身の田中奏一朗(バリトンサクソフォン)にちなんで「炭坑節」(月が出た出た~♪)、高知出身の都築惇(テナーサクソフォン)にちなんで土佐の「よさこい」、茨城出身の上野と埼玉出身の宮越は、それぞれ、「磯節」と「秩父音頭」という感じだ。他にも、「津軽じょんがら節」や沖縄民謡の「安里屋ユンタ」、北海道の「ソーラン節」と、ご当地ソングが次々登場する。
The Rev Saxophone Quartet(Streaming+より提供)

The Rev Saxophone Quartet(Streaming+より提供)

しかし、冒頭から“ふるさと”、“民謡”というキーワードの持つイメージを覆すかのように、まるでリヒャルト・シュトラウスのオペラ 『サロメ』の妖艶さを思わせるようなソプラノのモチーフが現れる。スリリングに呼応する内声と低声。続いて、ようやく耳慣れた各地の民謡テーマが次々と現れ、メドレーのように展開される。
そして、ついにあの懐かしい 「ふるさと」 のライトモチーフが現れると、安らぎや安堵の情を感じさせるのかと思いきや、さらにカオス(混沌)へと突き進む。そこに、畳み込むように次々出現する別の民謡主題。しかし、始終、どこかにあの 「ふるさと」 のモチーフが暗示されるという一種独特の世界観を醸しだす。容易に“形”にできない不安定なエモーション。その割り切れない浮遊感のようなものを、演奏者一人ひとりがそれぞれの楽器の持ち味を生かして絶妙に表現していた。
“祈り”にも似た世界を包み込むような力強いエンディング。4人が一体となった時の迫りくる音の威圧感は、聴く者の体内に共鳴するかのようだ。体内に響き渡る祈りの音とともに、ようやく、 《ふるさと=癒し》 というイメージが暗示されたような気がした。
The Rev Saxophone Quartet(Streaming+より提供)
上野自身もインタビューで、「鋭利な刃物でグサッと刺されるような作品」と述べていたが、まさに、“不安と混沌の時代”、“自らのアイデンティティの喪失…” というような、現代ドイツ的なものを象徴する哲学的な課題がエモーショナルに暗示されているようにも思えた。
日本の現代作曲家による二曲目は、坂東祐大(1991~)「Mutations A.B.C.」。作曲家自身の言葉によると、「キラキラ星のテーマをもとに、テーマから遠く離れて突然変異 (Mutation) を起こす」 というこの作品。テーマの“変容”ではなく、あえて“突然変異”という言葉が使われている点が興味深い。この作品もまた、レヴのために書き下ろされたものだ。
冒頭、連続したサイレンのようなハウリング効果で曲は始まる。歌舞伎の幕が上がる前に打たれる木の音(きのね)を思わせるあの独特なリズムが印象的だ。続く、乾いたメカニックな音の連続は、時空間を超えて完全に未知なる異世界へと誘う。

宮越悠貴(Streaming+より提供)
都築 惇(Streaming+より提供)
機械仕掛けの歯車の動きを思わせる規則的な音の連続は、恐るべき推進力で突き進んでゆく。しかし、突然の断絶。未知なる世界はもう一つの次元の空間へと突入してゆく。そこに蠢く(うごめく)生命体を暗示させるかのような規則正しい音列の波。無機質な異次元空間に芽生える生命の蠢きが生みだす規則性。それは、まさに“突然変異”によって生まれ出たものなのだろうか。
だが、その世界は再び破壊され、よりいっそう不安定な音の渦に突入してゆく。終わることのない不安な動機の展開。そんな中に、かすかながら絶えず暗示されるドドソソララソ~♪のモチーフ。子供が奏でるような無垢なメロディーだけに、よりいっそう不気味さが漂う。

終結部では、メンバー全員で呻き声のようなハウリング音をあげると、バックステージからとどめを刺すように流れる子供の声(口笛?)のようにか細い 「キラキラ星」のテーマ。その動機に導かれ、メンバー全員が “疑問形” のメッセージを投げかけるかのように曲は終わってゆく。まるで、世界に、聴衆に何かを問いかけるかのように謎めいた余韻を残しつつ…。
上野自身、この作品を 「現代におけるクラシック音楽の面白さがすべて凝縮された作品。不健康な曲でキモチ悪いけど、ハマると最高に気持ちイイ曲」 と語っていたが、その言葉の意味がわかったような気がした。
宮越悠貴(Streaming+より提供)
続いて、坂本九のあのナンバー、「見上げてごらん夜の星を」をアルトサックスの宮越が編曲したオリジナルバージョン。演奏前に宮越自身が、「自分が編曲した中で最高の出来」 と発言していただけに期待も高まる。
「4本が別々に奏でていても、またフーッと一つになるところがいいんです」 とは、宮越本人の言葉。確かに、4本の異なる音域を持った楽器の音が、不思議と一つの力強い声のように聴こえてくる。まさに、宮越マジックだ。最後は独自の創作テーマも加わり、ジャズ風に華麗に展開。4人が一体となり、充実した響きを聴かせる。あたたかい音のハーモニー、いやシャワーに包まれて、この親しみやすい一曲で、すっかりサクソフォンカルテットの魅力に取りつかれてしまった視聴者も多いことだろう。
第一部最後の二曲は、イギリスの伝説的ポップスグループ、クイーンの代表作。自らを 「クイーンマニア」 と豪語してやまない上野たっての選曲だ。
一曲目の「Love of my life」は、宮越編曲バージョンでの演奏。かなり独自にアレンジされており、原曲を超えた個性的な作品に仕上がっている。と、言っても、もちろん “クイーンマニア” な上野だけに、ソプラノサックスは “元祖の” メロディーを愛おしむように美しく歌い上げる。バラード調の曲想の中に描かれた繊細な心の揺れが、サックスという楽器を通してより甘く、切なく響いてくる。時として、艶っぽささえ感じさせる奔放なサックスの音色が、過去の恋を追想する男の哀愁を痛いほど歌い上げる。どの楽器よりも、奏者自身の感情の“揺れ”をつぶさに表現できるサックスという楽器。そのさらなる魅力を、会場の聴衆もオンライン視聴者も、余すところなく体感したに違いない。
The Rev Saxophone Quartet(Streaming+より提供)
一方、二曲目「Bohemian Rhapsody」は、限りなく原曲に近いかたちでの演奏だ。4人が一体となって、道を踏みはずしてしまった若者の青春の痛みを切々と奏でる。
「Any way the wind blows――それでも風は吹く」。オリジナルの歌詞はそう結ばれている。この一節に込められたメンバー一人ひとりの力強い思い――。明るい未来を予感させる、レヴらしい、希望に満ちたエンディングだった。
第一部のすべてのプログラムが終わったところで、上野がふたたびマイクを持ち、締めの一言。「本当に幸せです。会場の皆さんだけではなく、モニターの前の皆さんの拍手も伝わってくるようですね」 と、客席と見えざる視聴者の輪を一つの言葉でつないだ。
田中奏一朗(Streaming+より提供)
アンコールは、お馴染みの一曲、ハービー・ハンコックの「Watermelon Man」。このピースも宮越がファンクロック風に編曲したもの。メンバー一同、「今日ほど激しいウォーターメロンマンはもう二度と聴けないと思います!」 と、演奏前から意気込みを語った。
一人ひとりのシャウトにも似た感情の高まりは、まさに5か月の間に蓄積されたエネルギーのすべてが放出されたかのよう。バリトンの田中奏一朗も冴えわたるベーシング・テクニックを存分に聴かせ会場を沸かせた。この熱気あふれる演奏に立ち合えたリスナーは本当にラッキーだ。
■夜公演:ピアニスト・高橋優介をゲストに初演を含む大作を披露
続いて、夜の19時開演の第二部。若手の俊英、ピアニストの高橋優介をゲストに招いてのピアノ五重奏形式の作品二題というプログラム。
The Rev Saxophone Quartet、高橋優介(中央)(Streaming+より提供)
一曲目はシューマン「ピアノ五重奏」。このアンサンブルの名曲をサックス4本とピアノの編成がどのように聴かせてくれるかに期待も高まる。
第一楽章の冒頭、喜びにあふれた第一主題に続いて、テナーとバリトンの二つの低声がふくよかに奏でる第二主題。各パート、それぞれの持ち味の音色でシューマンの憂いのある音を紡いでゆく。高橋の軽やかで美しいピアノの音と完全に調和し、天上のハーモニーで空間が満たされる。思わず、うっとりしてしまうくらいだ。
ピアニストの高橋は、幾度も循環して現れる第一主題を目指し、ほとばしる激情と高揚感、きらめく軽やかさで巧みに流れをリードしてゆく。高橋の静かながらも情熱的な問いかけに触発されるかのように、各パートが織りなす密度の濃い音の対話が生まれてゆく。5人の豊かな表情を見ているだけであたたかな気持ちに包まれる。
高橋優介(Streaming+より提供)

上野耕平、高橋優介(Streaming+より提供)

演奏後、上野からゲストの高橋が紹介された。この日、なんと、高橋は午前中に新潟で東京交響楽団との本番を終え、新幹線で駆けつけたのだという。
二曲目はガーシュインの大作、「パリのアメリカ人」(山中惇史編曲)。ガーシュインが訪れた1920年代後半のパリの活気あふれる様子が、一人のアメリカ人の眼を通して目くるめく映画のフラッシュバックのように描きだされる。
アルトサクソフォンのソロパートでは、ジャジーで、ブルージーなメロディーを宮越が起立して演奏。ジャズも多く手掛ける彼ならではの洒脱で華麗な演奏を聴かせた。続いて、テナーソロの都築。こちらもジャンルレスの名手として巧妙に特殊奏法を聴かせる。続いて上野。「もうやるコト残ってないよ~」と言いながら、華麗な尺八風カデンツァを聴かせてくれた。
上野耕平(Streaming+より提供)
三人とも、ガーシュインらしいウィットに富んだ都会的な音と絶妙なリレーさばきで、聴き手に映画のフラッシュバックのようなストーリー展開を思い起させる。流れるような三人の“会話”の巧みさが実に職人的だ。
そして、この作品でも高橋のエネルギッシュなピアノが大きな渦を巻き起こしていた。音が美しいのはもちろんだが、音色やスタイルを変幻自在に操り、目くるめく移ろう情景を、いとも簡単に、華麗に描きだしてしまう。さまざまな音楽的要素が出現するこのクロスオーバー的作品で、その冴えわたる感性と瞬発力をいかんなく発揮していた。
The Rev Saxophone Quartet(Streaming+より提供)
アンコールピースはカプスーチン「24の前奏曲」から「第9番」。カプスーチンは、先月、82歳で亡くなったばかりのロシアの作曲家、ピアニストだ。この日は、ピアノの高橋が編曲したスペシャルバージョンで演奏された。カプスーチンは、レヴのメンバーにとっても、思い入れのある作曲家だ。「僕らの青春でもあるカプスーチンが亡くなったことに追悼の意を表して演奏したいと思います」と高橋。メンバー全員と高橋のカプスーチンに対する憧れや特別な思いが感じられる力強い演奏で第二部は締めくくられた。
高橋優介(Streaming+より提供)
終演後のオンライン配信のモニター上でコメントを見ると、 「幸せな時間をありがとう」 「すばらしい一夜をありがとう!」 という感謝の言葉があふれていた。昼、夜両方の演奏を楽しみ、一日レヴとともに過ごしたファンも多かったようだ。
「今日の日を胸に、次の演奏会につなげていきたい」 という宮越の締めの言葉のように、次回の『配信小屋Vol.3』も大いに期待したい。どんなサプライズが飛びだすか今から楽しみだ。
取材・文:朝岡久美子

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