特別対談 / キミノオルフェ × EXPC
TR 稀代のリリシストと新世代プロデ
ューサーによる異色コラボ、その背景
を紐解く

キミノオルフェとEXPCTRによるライブ映像「Music Bar Session」がSpincoasterのYouTubeチャンネルにて公開された。
キミノオルフェは2016年2月までバンド、蟲ふるう夜にのボーカリストとして活動していた蟻によるソロ・プロジェクト。EXPCTR(エクスペクター)は、自身のソロ・ワークだけでなくeillなどのプロデュースでも注目を集め始めている、Todoroki Kyoheiによるプロジェクトだ。2人は東京・代々木にあるSpincoaster Music Barにて出会い、新曲「That Never Goes Out」を制作するに至った。
この楽曲では、有名ボイス・トレーナー、佐藤涼子(りょんりょん先生)の愛弟子として作詞、ボーカルの講師を務めている蟻の声が、EXPCTRの卓越したトラックメイキング・スキルによって美しく調理されている。一聴すると“脱力系”とも言える歌い方であるが、彼女の歌の技術があってこそ、この引き算の美学を表現することができているのだと感服する。
ライブの撮影直後にインタビューを実施。言葉を吸収し吐き出すことで自分の心を成長させてきたキミノオルフェの生き方、EXPCTRのルーツや彼が音楽で描こうとしているもの、そして、苦しみや不満を創作源にするアーティストが幸せを手にした時の葛藤などについて、じっくりと話を聞いた。
Interview & Text by Yukako Yajima
“餅は餅屋”――音楽、言葉に対するモチベーションの変化
――ライブはいかがでしたか?
キミノオルフェ:何回かスタジオで練習したんですけど、練習の時よりも上手くいったんじゃないかな?
EXPCTR:改めて、蟻ちゃん(=キミノオルフェ)は本番に強いタイプだなと。
キミノオルフェ:いやいや(笑)。
EXPCTR:EXPCTRの曲はいつも英詞で作るので、日本語詞は当てづらいメロディだろうなと思っていて。最初は英語で作ろうかという話もしたんですけど、蟻ちゃんは日本語が強いアーティストなので、強みを生かすにはやっぱり日本語詞だろうと。一音一音が長めに伸びるメロディで、音程的にも自分の得意とするものだったから、なかなか歌いづらそうだなあと思いながら練習していたんですよね。本番に強いって言ったのは、今日はもう、歌いづらそうなところが何ひとつとしてなくて。2、3回の練習ですごいものにしたなって。これからもっとたくさんの人の目で、自分の曲と蟻ちゃんの個性が混じり合うところを見てもらいたいですね。
――Spincoasterでは初インタビューですし、今回の楽曲で初めてキミノオルフェを知った人もきっといると思うので改めてお伺いしたいのですが、蟻さんの音楽や言葉に対するモチベーションは、音楽を始めた頃から現在に至るまでどう変化してきましたか?
キミノオルフェ:もともと音楽をやるきっかけが……子どもの時のいじめだったり、孤独で寂しかったり、ものすごく貧乏だったので本当に幽霊団地みたいな、電気をつけたら虫がブワーっているようなところでの暮らしだったり。学校には居場所がなかったから図書室に籠もるようになって、よく本を読んでいたら、気づいたら詩が出てくるような子どもになってて、そこからスタートしているんです。(前身バンドの)蟲ふるう夜には、子どもの時から書き溜めていた詩を曲にしていく作業で、自分の過去とすごく結びついてたんですよね。
キミノオルフェ:でも、キミノオルフェになってからは、一回周りを見てみようっていうところに入っていって、いろんな人のストーリーや想いを歌にしていたんです。でも、「この世界に花束を」(2019年2月にリリースした楽曲。テレビ・アニメ『エガオノダイカ』エンディング主題歌)はものすごく自分で。アニメの中の主人公たち――笑顔を失ってしまった女の子と、笑顔を作ることによって乗り越えてきた女の子――が、そのまま自分に重なった感じだったんです。だから自分の中で音楽の作り方がまた元に戻るような感覚があって。今はそこを持ちつつ、“餅は餅屋”という感覚がすごく強くなってきていて、自分が出せるものと人が持ってるいい部分を掛け算して作っていくことをしたくなってる時ですね。
―だから今回、EXPCTRさんの力を借りたと。金髪にしたのも、その気持ちの変化と結びついているそうですね。
キミノオルフェ:いきなりですからね(笑)、ずっと黒髪でいますから。2020年になって、“2020”という数字から「なにか変わりたいな」って思ったし、「餅は餅屋に任せよう、そして私も餅屋だ」みたいな意識が高まった時に、新しい美容師さんのところへ行って、「今までは髪が傷むからどうとか前髪はこのぐらいがいいとか言ってきたんだけど、餅は餅屋なので、やっぱり専門家にお任せしたほうがいいと思いまして」って言ったら、2回ブリーチされてたっていう(笑)。そんな感じで、2020年からは最強のプロと出会いながら、自分が得意なところと相手の得意なところを重ねていくことを意識し始めるのかなと思っています。
――「この世界に花束を」をリリースしてからの約1年半は、キミノオルフェとしての活動が少しペース・ダウンしていましたが、具体的にどのように過ごされていたんですか?
キミノオルフェ:一度ちょっと、虚しくなってましたね。力を込めて「この世界に花束を」を作ったので、一回虚しい期間がありました。不満とか苦しみが一回ごそっとなくなったんですかね。そしたら満たされて虚しくなったんですかね。言ったら、ちょっと幸せな気分になりそうな時に虚しくなるんでしょうね。
――クリエイターにとっては怒りとか悔しさ、不満が創作源になるからこそ、それがなくなった時に虚しさを感じるというのは、蟻さんに限らず他の人も時にぶつかる壁だったりしますよね。孤独や苦しさを吐き出すところから音楽をスタートしてたけど、今は自分に対して満足ができているという感覚?
キミノオルフェ:ああそうですね。今、結構幸せなんですよ。幸せになることによって、今まで自分が使ってきた武器みたいなものがぬるく思えちゃうというか。自分の中の埋まらない余白に対して「埋まらない埋まらない」ってなって、だから頑張れる、というところから、新しい武器を磨く時に入ったのかなっていう感覚ですね。なので人の力を借りるっていうところにきたのかもしれないです。今は、人が埋めたものと、自分が埋めたもののぶつかり合いをしたい。
EXPCTR:充実しちゃいけないっていう、自分の中の制約みたいなものがほどけてきたんだったら、それは人生の中で一番いいことだと思う。ずっと音楽を作るために、自分の中で作った逆の強迫観念的な不幸を自分ですするのは、どうしたって精神が成熟していくにつれて無理になるから。
キミノオルフェ:そうかも、成熟していったのかもしれない。
EXPCTR:物質的に満たされてきた時に心だけ貧しいのは一番やばいしね。
キミノオルフェ:そこは必ずしも同じスピードで成長できないからね。
EXPCTR:自分の培ってきた能力が今お金として返ってきてるのは、なによりいいことじゃない? そこに対する幸せは、正直に享受していいものだと思う。
――蟻さんが貧乏や孤独から抜け出せたのは自分が耐えて頑張ったからだって、3月にツイートされてましたよね。
――作詞とボーカルの先生をやっていることが、蟻さんの心を満たしている部分もありますか?
キミノオルフェ:ああ、そうですね。自分に「教える」なんてできると思ってなかったし、やっぱり相手からものすごく感謝をもらう側になったので、充実はしますね。でも教えてるというか、自分の人生を伝えてるだけですね。「こういう壁にぶつかった時、私はこうした」みたいな話をするだけです。たとえば、トラウマにとらわれて、大事な未来も全部トラウマの延長にしちゃってる子も多いんですけど、「そもそもトラウマというものは存在しない」って過去との向き合い方を伝えたり。過去になにか大きな事件があったりすると、声がしまったり引っ張られたり詰まったりするんですよ。声を聞くと、「この人に何かあったんだろうな」ってわかるようになりました。
EXPCTR:すごい、セラピストじゃん。
キミノオルフェ:あはは(笑)。過去を取り除いてあげると声が出るようになったりするんです。
「右脳音楽を作りたい」
――そうして「誰かと音楽を作りたい」というモードに入っていった時、なぜEXPCTRさんとやりたいって思われたのでしょう。
EXPCTR:知り合ったのが、このバーだよね。
キミノオルフェ:うん、このSpincoaster Music Barです。そもそも、ここに来たのは「マイナー調のBGMがいい曲に聞こえた」のMVを撮影するために場所を探していた時で、ここがすごくいいバーだって聞いて見に来たんですよね。その時に「こんなにいい音で音楽を聴いたことなかったのかもしれない」ってくらい、すごい感動したんです。そこからこのバーによくいるんですけど、それで知り合ったのかな。
EXPCTR:僕は2年前くらいに福岡から上京してきて、ふらっとここに入って。Spincoasterと関わるようになった何回目ぐらいかに会って。
キミノオルフェ:で、ここの音でEXPCTRくんの曲を聴かせてもらったんだね。
EXPCTR:そうだったね。
キミノオルフェ:そしたら、びっくりしましたね。女性みたいな声で、すごく裏声が強くて透明感があって。私は地声で張り上げて、芯から出す歌を得意としてたから、真逆な声に惹かれたのかな。すごいって思いましたね。それで「右脳音楽を作りたい」って、私が言いだした(笑)。
――右脳音楽?
キミノオルフェ:音楽の聴き方とか作り方で、ものすごく大きく分けちゃうと、右脳っぽい人と左脳っぽい人がいるって心の中で思ってるんです。音楽が流れた瞬間に体がノッたり、感覚で音楽を掴みにいく人は右脳。私は左脳で考えるから、言葉・歌詞を全部聴いてその曲を好きになるかどうかを判断するんですよね。自分もやっぱり歌詞をすごく大事にしてるから、EXPCTRくんの作り方は真逆でおもしろい。
EXPCTR:あ、そう? でも俺も意外と左脳よ。理屈くさいからね。
キミノオルフェ:理屈っぽいよね〜。
EXPCTR:せめて音楽だけは直感的にいきたいんだよね、本当に。
キミノオルフェ:理屈っぽいから、直感にいきたいって思うのかな?
EXPCTR:ああそうだね、ないものねだりだね。
キミノオルフェ:私はもう、理屈を極めたいと思ってる(笑)。歌詞を書く時も、1秒で思いつく歌詞を一回崩すっていう作業を絶対にしてて。それを何回かやるんですよ。パッと思いついたものって、自分の中ですごく魅力的に映るんです。ただ、パッと思い浮かんだものって、絶対世界中に同じことを思いついた人がいるんですよ。だから直感に頼らずに、思いついたものを何回もひっくり返す作業をする。だから主張が強いのかもしれない。降ってきたものを基本信じてない。
EXPCTR:作詞に関しては、自分と真逆かもしれない。
――一緒に曲を作ろうってなってからは、どういう話し合いをされたんですか?
EXPCTR:自分が普段やってることをやれば、今まで蟻ちゃんがやってないものになるし、おもしろいことになるだろうなと。その時に自分が作りたいと思ってた音像があって。声を重ねてレイヤーを作るというか。
キミノオルフェ:声を楽器として扱ってるところがいいなって。私は詞を伝えるツールとして考えてたから、はっきりと詞が聞き取れて伝わるかどうかでいつも判断してたんですけど、EXPCTRくんはいかにオケと声が混じり合っていい音楽を作るかというところで、それはまさに挑戦したかったことだったんです。
――今回の曲を作るうえで、リファレンスにした曲やアーティストはいましたか?
EXPCTR:一番わかりやすく言うと、HAIM。あと、すごくポップなところで言うとThe 1975はかなりリファレンスにしました。自分の音楽だとわりとUK的な少しダークな部分を入れてしまうところがあるんですけど、今回はそれを省きたかったので、底抜けにポップな要素と西海岸的なちょっと抜けた感じと80’sを今に落とし込むリファレンスとしては、やっぱりThe 1975の作り方。特にギターは自分の曲であまり使ってこなかったので、久々に使うという意味でも、取り入れ方をものすごく参考にしました。
――そもそもEXPCTRさんのルーツの根っこにある音楽ってなんですか?
EXPCTR:根っこ……それを言ってしまうと福山雅治になっちゃうじゃん。
キミノオルフェ:あはは、いっつもマネするんですよ、おもしろい(笑)。
EXPCTR:小5の時にギターを買ってもらって、その時に弾きたかったのは福山雅治さんで。中3で洋楽にどっぷり入っていって、そこで言うとルーツはOasisなんですけど。もともとの楽器的なルーツでいうと福山雅治ですね、予想外ですよね(笑)。
――予想外でした。でも、私も『Go!Go! GUITAR』を見ながら「虹」の練習してました(笑)。当時かなり流行ってましたよね。
EXPCTR:まさにそうです!(笑) なので、ギター歴が一番長いんですけど、ロックっていうものが自分から一瞬離れて、世間的にも離れてたので、ギターをあまり積極的に使わない時期があって。でも最近は一周してギターが使われるようになってきたので、自分も使いたいなと思って。
――EXPCTRというプロジェクトは、どういう音楽を作りたいと思って始めたんですか?
EXPCTR:EXPCTRの根底となってるのは、やっぱりJames Blakeとか。もっといくとRadioheadとかなんですけど、そうなるとUKの漂う空気感が強くなるので、もう少しポップな要素とかを混ぜ込んでいこうとしています。でも、なかなか抜けきれない。鬱々とした感じがまだありますね。
――James Blakeというワードが出てきたのは、納得です。美声を生かしたサウンド・プロダクションのおもしろさは通じますね。
EXPCTR:そうですね。声を楽器として使う。加工する。女性の声みたいにしたり、もっと低い声にしたり。「声を楽器にする」という言い方があるけど、サンプリングしてもともとが声じゃないぐらいに変えていく方法は、一番影響を受けましたね。
キミノオルフェ:おもしろいですよね。私にとって声は言葉を伝えるものだから、そこを崩していくっていう発想がなかったんです。
目指すは「詞」と「音楽」、それぞれの洗練と融合
――実際今回楽曲を作ってみて、蟻さんの声はどうでしたか?
EXPCTR:歌声はもちろんなんですけど、特に2番のサビが終わってブリッジに入る時の、「フー」みたいな声を重ねるところが、自分の男の声を重ねるよりも透明感があるし多幸感が違う。それだけでより幸せな印象を持たせられるので、素材としていいですよね。
キミノオルフェ:今回、歌い方はすごく変えましたね。空気を多く含むので、自分の苦手なところというか。いかに脱力するかだよね。
EXPCTR:なかなか難しい歌い方だよね。俺の曲は声張り上げたら絶対に崩壊するから。背骨抜いた感じで歌わないと、って感じ(笑)。
キミノオルフェ:修行をしましたし(笑)、これからも修行をしたい歌い方ですね。
――歌詞に関してお伺いすると、<変わらない「アイラビュー」を 変わり続け守ってきた>という強いサビのラインは、どういったことから着想して生まれたものですか?
キミノオルフェ:これは、妹がパティシエをしてた時に「春夏秋冬で砂糖の量を変える」と言ってて。だから変わらない味を提供できるっていう話が元になってて。夏はさっぱり食べたいから砂糖の量を減らす、逆に冬は砂糖の量を増やすと。変わることによって1年中変わらない美味しさを届けられるっていう。
EXPCTR:そこからきてたんだね。
キミノオルフェ:言葉のおもしろさとかはそこが思いつきで。やっぱり自分も変わり続けることによって守ってきたものはあるので、そこを結びつけました。
――ケーキの作り方と同じことが、人間関係にも言えるんじゃないかと。
キミノオルフェ:そうそうそう、そうです。
――<焼けるように熱い嫉妬>というフレーズもありますが、「嫉妬」という言葉に蟻さんはどういうイメージを持ってますか?
キミノオルフェ:嫉妬は、人間の恥ずかしい部分ですね。めちゃめちゃ恥ずかしいから言いたくない部分。感情が身体の中をすごく激しく駆け巡るので、そういう言葉かなって。でも、人から見ればそれは可愛いかったりするので、そのギャップが書けたかなって思います。
――今後も2人のコラボレーションを聴きたいです。EXPCTRさんのサウンド・プロダクションと蟻さんの歌があれば、今の日本にはまだないようなビートと声と言葉の掛け合わせが生まれる予感がします。
キミノオルフェ:やっぱり私は詞が好き過ぎて、音楽に向き合うところから逃げてきた部分もあるので。EXPCTRくんと一緒に磨きながら、でも自分の音楽をやる意味というのはやっぱり詞にあるので、そこを融合させていく楽曲を作っていきたいですね。
【リリース情報】

キミノオルフェ 『That Never Goes Out』

Release Date:2020.07.15 (Wed.)
Label:Project Shirofune / noterminus LLC
Tracklist:
1. That Never Goes Out
■ キミノオルフェ オフィシャル・サイト(https://www.kiminoorphee.com/)
■ EXPCTR オフィシャル・サイト(https://expctr.com/)

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