ミュージカル『えんとつ町のプペル』
が映像作品としてNYより配信! 現地
制作チームに訊くブロードウェイへの
道のり【前編】

2020年9月、オフ・ブロードウェイで幕が上がるはずだった、日本人制作チームによるミュージカルをご存じだろうか。作品名は、『Poupelle of Chimney Town(えんとつ町のプペル)』。キングコング・西野亮廣が描いた同名絵本を原作とする新作ミュージカルだ。
制作にあたるコアメンバーは、日本からニューヨークへと拠点を移した3人の日本人クリエイター。プロデューサーに元劇団四季の俳優で2019年春からニューヨークに渡った小野功司、振付に同じく元劇団四季の撫佐仁美。撫佐は、学生時代にニューヨークへのダンス留学を経て劇団四季に入団、5年間在団した後2013年に本格渡米した。そして、作曲には、ボストンの名門・バークリー音楽大学でミュージカル作編曲を学んだKo Tanaka。日本の専門学校で学んだ後、商業音楽の世界でプロとして活動、その後バークリーに留学した。そこに、総合演出としてニューヨークで活躍する演出家のジェシカ・ウーが加わり、オフ・ブロードウェイでの上演プロジェクトを動かしている。
同作品は、世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスの影響を受け、9月の開幕を迎えることはできなかった。しかし、劇場公演に代えて9月19日(土)・20日(日)の2日間にわたり、配信のスタイルで「映像作品」として公開することを決めた。現在、配信上演に向けて、吉本興業プロデュースのクラウドファンディングサイト「SILKHAT」にてクラウドファンディングが行われている。8月8日よりスタートしたクラウドファンディングは、終了まで1ヶ月余りを残す8月中旬現在で、すでに1200人以上の支援者を得、目標金額(1千万円)の80%に到達している。
今回SPICEでは8月13日(日本時間)に、コアメンバーである小野功司、撫佐仁美、Ko TanakaにZoomを通じて話を聞くことができた。ニューヨークという遠く離れた場所で挑戦を続ける彼らの想いや足跡、そしてニューヨークの俳優・クリエイターたちの様子を、前半・後半の2回に分けてお届けする。
上段左より:小野功司(プロデュース)、撫佐仁美(振付) 下段:Ko Tanaka(作曲)
■始まりは、「ファミリーミュージカルを作りたい」
プロジェクトが動き始めたのは、約1年前の2019年夏。小野がニューヨークに渡ってから数ヶ月後だった。もともと「世界で上演されるファミリーミュージカルを作りたい」という想いを持っていた小野。ニューヨークで行われるコンペティションに出品する作品を作るべく、題材を探し始めところで今作に思い至った。
もともと西野のファンだったという小野は、西野が運営するオンラインサロンメンバーの会員でもあり、「『えんとつ町のプペル』をミュージカル化したい」と西野に直接メッセージを送ったという。すると、西野から「ミュージカル用に脚本を書きます」という返事が届いた。「偶然なんですが、その時すでに西野さんの製作総指揮によるアニメ映画化(2020年12月公開予定)が決まっていまして、その映画脚本が出来上がっていました。そこで西野さんはその脚本を元にすぐにミュージカル版の脚本を書いてくれたんです。絵本をミュージカルにする時、脚本をつくるだけでも本当はとても時間が掛かることなんですが、映画版脚本を元に西野さんがすぐにミュージカル版脚本を書き下ろしてくれたことは本当に幸運なことでした」と小野は振り返る。とはいえ、今回目指すのは、上演時間が少し短めな90分のファミリーミュージカル。さらに、ミュージカル化にあたっては歌唱やダンスシーンの挿入が必要であり、調整は必須だった。そこで小野は演出チームのメンバーと一時帰国し、西野とともに脚本を再構築した。絵本『えんとつ町のプペル』は、全ページ無料公開されており、2020年1月~2月には萩谷慧悟、須賀健太らで舞台化、さらに前述のアニメ映画化など、様々に展開されている。しかし、各作品に登場するキャラクターも少しずつ異なり、それぞれに違った物語が楽しめるのだという。ミュージカル版『えんとつ町のプペル』の形が見えた、それが2019年末のことだった。
まず、劇団四季時代の同期だった撫佐に声をかけた。そして、当時ボストンに住んでいたKo Tanakaとは共通の知人を通して運命的な出会いを果たした。脚本、振付家、作曲家が揃い、いよいよ本格的に動き出そうかという矢先の2020年3月、世界を未曾有の事態が襲う。新型コロナウイルスだ。日本でも報じられていた通り、ニューヨークにおける被害は甚大で、8月現在までに2万5千人を超える死者数、ブロードウェイの劇場街も3月12日に閉鎖されてから、年内の中止が決定している。『Poupelle of Chimney Town』チームも御多分に漏れずコロナ禍に襲われ、9月の上演は中止とせざるを得なくなった。
普段は観光客で溢れるtkts周辺もほとんど人がいない(2020年3月の様子/撮影:小野功司)
■リモートで制作を続ける新作ミュージカル
―ー今回、本来上演予定だった9月の劇場公演は中止、かわりに配信というスタイルになりましたが、どういった形の配信になるのでしょうか。
小野:それぞれの自宅で撮影したものを編集し、今回限りの「映像作品」として配信します。僕たちは、2019年夏から約1年、劇場での公演を目標にこの作品を制作してきたわけですが、その間たくさんの方に応援いただいてきました。今回劇場での公演はできないけれども、作詞・作曲・脚本が全て完成したものを、まず皆様にお届けしたいという想いで配信を決めました。逆に言えば、今しかできない形でもあります。
――キャストは、ニューヨークでのオーディションが行われたのですか?
撫佐:実は、できていないんです。本当は、3月14日に、オーディションを予定していたんです。会場も押さえ、応募もたくさんいただいて、さあいよいよ、という時にコロナの影響を受けて。応募者の方々も私たちも、オーディション会場にいくことすらままならず、とにかく危険すぎるという判断で中止しました。
―ーでは、9月に上演されるキャストの方々はどのようにして集められたんですか?
撫佐:私や演出のジェシカが今までお仕事してきた方々の中で、キャラクターに合いそうな俳優をクリエイティブチームに紹介し、各々の実力はもちろんのこと、声質も作曲のKoさんにチェックしていただきながら、決めていきました。
小野:今は稽古もリモートで行っているので、僕たちも役者同士も、直接顔を合わせたことはないんですよ。新作ミュージカルを、リモートで作る。そこが今回の最大の挑戦ですね。
コロナ禍のなか、リモートで制作が進められていた
■稽古にはブロードウェイでの制作ならではの制約も
――リモートでのお稽古だと、特に振付は難しいところもあるのではないですか?
撫佐:そうなんですよ! 今日もZoomでダンス稽古をしていたんですが、やっぱり音ずれも発生しますから、そこは苦戦していますね。それぞれで歌ってもらったり、この歌詞の、この”T”のところで腕を伸ばして……とかって言いながら。伝え方は工夫していますね。今は、振りは入れ終わって、揃える段階になっているので、多少は楽になってきていますけれど。
Ko:今回は、オン・ブロードウェイの、ユニオン(俳優協会)の俳優さんたちに出演いただいているので、ちゃんとした契約をせずには稽古をすることができないんです。契約に基づくので、長期間の稽古を行うわけにもいかないんですよ。
撫佐:そう、組合によって拘束できる時間が決まっているんですよね。
――なるほど。アメリカではそうした組合がしっかりしていますね。ちょっと話がそれてしまうんですけれど、今回3月からブロードウェイが閉鎖された中で、俳優さんやスタッフの方々への補償というのは、しっかりあるものなんでしょうか。
Ko:僕は、Dramatists Guild of America(全米演劇著作者組合)に入ってるんですが、これはギルドのようなものなので、特に補償などはなかったですね。俳優さんたちはどうなんでしょう。
撫佐:俳優組合に所属している俳優に限っては、コロナがあった週から翌週の2週間分の出演やリハーサルの給料は補償されていましたね。その先は、州としての失業保険を俳優も活用してという形で。ニューヨーク州は手厚いんですよね。却って普段よりももらえてしまう方も増えているみたい。
■ゼロから作り上げる楽曲・振付のこだわり
Halloween in Chimney Town (Dance ver) - Poupelle of Chimney Town The Musical/コロナ禍以前に行われたダンスワークショップにて
――日本では、最近映画版の特報が公開されました。映画版でも歌われていた『プペル』のテーマ曲は、ミュージカルでも共通していますね。
Ko:そうですね。主題歌は西野さんが作曲されたものです。もう一曲、西野さんが作曲された曲で、とあるキャラクターが歌う楽曲があるのですが、それもミュージカルにはでてきます。作曲にあたっては、『プペル』のテーマ曲を主題としながら、悪役のナンバー、ダンスナンバー、フィナーレソングなどを作っています。なかなかバラエティに富んだ感じでまとまっていると思います。
――作曲にあたり重きを置いた部分はどういった点でしょうか。
Ko:キャラクターたちのことをひたすらに考えて、これ以上は考えられないっていうところから書き始めたのが今回の楽曲ですね。それから、『えんとつ町のプペル』という物語の背景や、原作者の西野さんが普段抱いている想いをくみ取ることができるようにと。例えば、物語の中ではハロウィンの日にゴミ人間が現れるわけですが、ここでいう「ハロウィン」は、西洋のそれではなくて、あくまで西野さんがイメージするもの。それは、西野さんが普段ゴミ拾いをされているような、渋谷のハロウィンなんですよね。じゃあ、渋谷のハロウィンて何だ?って次に考えて、それをどう落とし込んで、英語の歌詞をつけて、物語の中でアイコニックに登場させられるのか……と、そうしたことを考えながら制作しています。
―ー振付はいかがですか?
撫佐:Koさんが浮かべた単語や色、イメージ画像とかを送っていただいて、そこから振りをつくりました。Koさんの楽曲ってほんとに素晴らしくって。聴いただけですごく踊りたくなっちゃうんですよ! 私は振りを作るときには、まず動きたいように動くところから始めて、それを動画に録って、そこから少しずつ構築していくんです。KoさんともZoomでセッションして、「ここはこういう音の盛り上がりで作っているから、こう動いてください」とか言っていただいたりして、それもまた面白い。そんな風に動きながら作っていくので、ダンサーの人たちにも、「ここはKoさんのこだわりだから!」って言いながら一緒に稽古したりしています(笑)。
Ko:ありがとうございます(笑)。
小野:今回、ほんとにKoさんにも撫佐ちゃんにも、無茶ぶりなほどのスピードで作成してもらっているんです。本来なら、オフ・ブロードウェイにのせるには、3年掛かるとも言われているんです。今回、制作開始から今まで約1年。もちろんそれは西野さんがミュージカル版の脚本をすぐに書き下ろしてくれたという点が大きくもあるのですが、Koさんや撫佐ちゃんの力がなければできなかったことです。
Ko:僕としては、とてもいい経験になりましたよ。コロナの時期だからという面もありますけれど、『プペル』のことだけを考えることができたので。本来であれば、ほかの仕事もやりながら、休日を使って少しずつ作っていくという流れなんですけれど、今回は、一日中物語やキャラクターのことを考えていられましたから。そういう毎日が1ヶ月くらい続いて、だから逆に僕にとっては生きがいになっていました。まあ、まだまだこれからで、終わった話ではないですけど(笑)。
(後編へ続く)
取材・文=森岡悠翔

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