歌舞伎座が再開へ 幸四郎、猿之助、
愛之助、勘九郎、七之助らが登壇した
『八月花形歌舞伎』製作発表記者会見
をレポート

2020年8月1日(土)に、歌舞伎座が『八月花形歌舞伎』で5か月ぶりに幕を開ける。出演は松本幸四郎、市川猿之助、片岡愛之助、中村勘九郎、中村七之助、市川中車、 片岡亀蔵、坂東彌十郎、中村扇雀。26日(水)の千秋楽まで、1日4部制で公演が行われる。開幕に向けて7月13日(月)、歌舞伎座で製作発表記者会見が行われ、幸四郎、猿之助、愛之助、勘九郎、七之助が登壇した。
登壇者たちの間にはアクリル板がおかれている。
■「1年12か月のひと月目」幸四郎
幸四郎は、第四部『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』「源氏店」で、切られ与三郎を演じる。
5か月前に『三月大歌舞伎』が中止となった折、幸四郎は映像配信のために観客のいない歌舞伎座で芝居をした。当時を「幕が閉まった時、本当につらかったです。虚しかったです。切なかったです。その日、歌舞伎座を出る時、次に来る時は、皆に再会し、多くの人たちに来ていただきたいという強く思った」と振り返る。
『八月花形歌舞伎』の準備を進めてきた関係者への感謝を述べ、「歌舞伎座は1年12カ月開いている劇場です。私は『八月花形歌舞伎』が、そのひと月目だと考えています。安心してお芝居ができる環境で、安心してお芝居を観ていただける幸せを存分に感じながら精一杯勤めます」
幸四郎にとって4度目の与三郎役。注目してほしいのは、与三郎の衣裳だ。幸四郎は、初役の時に着用した古い衣裳の褪せ具合を気に入り、二度目に演じる時、新しい着物に十何色もの染料を使い古い色味を再現してもらったのだそう。
「宝物です。風合い、繊細な色合いや匂いは、劇場で生で観ていただくことでしか伝わりません。舞台では舞台上の何を見るかを自分で選ぶことができます。それは生の舞台ではないことでもあります」。新たなスタートとなる本公演に向けて「変わる部分はありますが、私自身は歌舞伎を堂々と演じることに尽きます。私の持ち時間、約1時間。この一時、お客様を夢の世界へ連れていけたら」と力強く語った。
松本幸四郎
■「四代目猿之助の忠信の第一歩に」猿之助
猿之助は、第三部「義経千本桜」『吉野山(よしのやま)』で忠信(実は源九郎狐)を勤める。挨拶の中で、この日を迎えた喜びを語りつつも、出演者一同が気を引き締めているこという。
「まだ無事に8月1日に幕が開く保証はありません。初日まで状況を見守りつつ、我々にできることを精一杯やり、この状況と闘いながら、演劇がこの先どうなるか模索していきたいです。その第一歩がこの公演です」
「この期間中は役者スタッフ一同、それぞれが筆舌につくしがたい苦労を耐えてきました」。「ここにいる僕らだけでなく歌舞伎役者の皆が、この日を迎えたことを喜んでいると思います。同時にこの先に不安も抱いていると思います。そのような不安を取り除くべく、僕らは8月を精一杯勤めます」とも語った。
第三部で演じる忠信については、「おじ(猿翁)には、猿翁の独特な忠信の『吉野山』の踊りがあります。誰がやろうとしても真似できるものではありません。そろそろ自分にもそのような、四代目猿之助の忠信を作りたい。その第一歩にしたい」と語る。
さらに演劇のあり方について、「100年、200年のスパンで演劇は変わっていくと思います。僕らの次の世代、あるいは次の次の世代では、もう生の舞台はないかもしれません。幸四郎さんがやられている『図夢歌舞伎』も、YouTubeも真剣に考えないといけない時代がくるならば、この苦難をマイナスではなく転換期、次の歌舞伎を生み出す機会」と前向きな姿勢も示してみせた。
市川猿之助
■「コロナを吹き飛ばす毛振りを」愛之助
愛之助は、5か月前ぶりの再開の第一部を担う。演目は『連獅子(れんじし)』だ。
「お客様の安全、安心を確保しながら勤めます。役者同士の楽屋への挨拶は控えるよう言われております。我々にとって挨拶は基本なので、舞台の上で『はじめまして』という経験はないのですが、このご時世ですし、ソーシャルディスタンスをとりながら、色々なことに気づかいながら皆で作り上げていく舞台です」と語った。
「4部制で、通常よりも料金は安く、上演時間は短くなります。歌舞伎をまだ観たことのない若い方にも、気軽にお越しいただけるのではないでしょうか」とも呼びかけた。
この日の会見では、楽屋挨拶だけでなくロビーでおかみさん方がご贔屓の方々に挨拶することも自粛される方針が明かされた。俳優同士の接触については、8月は出演者が少ないこと、歌舞伎座にはもともと充分な数の楽屋があることから、密になる状況を防止できる見通しだ。
大向うが禁止されることについて愛之助は、「こんなことを言っている場合ではありませんが……見得をきって大向うがないというのは、役者としては非常にガクっときます。そこで大向うさんもSEでいいのでは? と提案したのですが」と斬新な発想で、一同を笑わせた。愛之助の提案は「SEにつられ、やっていいのだ! と勘違いされる方がおられるかも」という懸念から却下されたという。
愛之助が壱太郎と『連獅子』を踊るのは、2014年の名古屋公演以来。「舞踊もソーシャルディスタンスをとりながらできる演目です。コロナを吹き飛ばす勢いで毛ぶりをしたいと思います。お客様には盛大な拍手でコロナを吹き飛ばしていただければ」とアピールした。
片岡愛之助
■「客席で充分酔っぱらって」勘九郎
舞踊『棒しばり(ぼうしばり)』に出演する勘九郎は、「歌舞伎役者の家に生まれ、物心がつく前から叩きこまれた音、踊り、芝居が、こんなにも自分を支えていたのかと感じさせられた期間だった」と振り返る。
「ようやく舞台を勤められることを嬉しく思いますが、安心はできません。すべての関係者が責任ある行動をとらなければ、今後の歌舞伎公演、そして演劇関係の方に影響がでます。気を引き締めてまいります」。大向うがないことについては「お客様が物足りなさを感じないよう、舞台上からパワーを届けたい」と意気込みを語った。
出演する『棒しばり』は、長い棒に手を縛られた状態での舞踊だ。
勘九郎は、その状態を手を広げて再現し「ソーシャルディスタンスが一番保たれる演目です。安心してお越しくださいませ」と笑顔をみせた。『棒しばり』といえば勘九郎の父・十八世勘三郎と、巳之助の父・十世三津五郎のコンビを思い起こす方が多いだろう。勘九郎もそれに触れ、「巳之助さんとは2回目です。これが僕たちの長い"棒しばり人生"のはじまりになるといいね、と話しています。お酒が出てくる踊りなので、歌舞伎座でいい気分になっていただき、観劇後一杯楽しんで……と申し上げたいのですが、今回はそうもいきません。『棒しばり』の酒量を多めにし、皆さまには客席で充分に酔っぱらっていただけるよう楽しく勤めたい」と語った。
中村勘九郎
■「ちょっと遅めのお花見を」七之助
第三部「義経千本桜」『吉野山(よしのやま)』で静御前を勤めるのが七之助だ。
「自粛期間中、何度か自宅から歌舞伎座前のお稲荷さんまで歩き、歌舞伎座の舞台に出られますようにとお願いをしました。それが叶い嬉しく思います。ですが、まだまだ僕ら以外にも役者はたくさんいます。はやくこの素敵な舞台でお客様に会えることを楽しみにしております」
今なおコロナと闘う医療従事者への感謝と、九州で豪雨の被害に遭った方へのお見舞いを述べた上で、「お叱りを受けるかもしれませんが、この期間で歌舞伎を一から考え直し、はやくお客様の前でやりたいと思いました。800人にしぼられますが、少しでも多くのお客様にほっこりした気持ち、生の舞台はいいなという気持ちでお帰りいただけたら嬉しいです。これからの歌舞伎の一歩を目指しましょう」と呼びかけた。
『吉野山』については「猿之助さんと、浅草公会堂で一緒にやらせていただいた思い出があります。この春は、お花見が中止になり淋しい思いをされた方々がたくさんいらっしゃるかと思います。ちょっと遅めのお花見を楽しんでいただければ」と笑顔で語った。
七之助もまた、今回の公演が「第一歩」であり「試験的」であることに言及した。
「これからの歌舞伎を考えると、生だけでなくオンラインと半々になるのかな、という気持ちはあります。でも生の舞台を失くしたくありません。昔の映像で、満員のお客様の前で歌舞伎をやっているのを見ると『これが夢になってしまうかな』と寂しい思いでいっぱいでした。でも夢にはしたくありません。安心安全が一番となれば、配信の歌舞伎も考えないといけない。VRが一家に一台普及すれば、(バーチャルの)中村座をエジプトでできないかなとか。父が言ってたんです。中村座はどこにでももっていけるって」と声を弾ませた。
中村七之助
■歌舞伎座が進めてきた準備
登壇者たちが語るとおり、『八月花形歌舞伎』にはこれまでと異なる点が多々ある。客席は通常1808席のところ、ガイドラインの50%以下を下回る823席におさえている。一幕見席の販売は行わず、花道の内側2席、外側3席、1階・2階の桟敷席をクローズし、前後左右の客席を開けて着席する。1日4部制は初めての試みだ。各回、観客だけでなく全キャスト、全スタッフが入れ替わる。これにより、万が一どこか一部で感染者が出た場合も(最悪その部は休演となったとしても)、のこりの演目は継続が可能となる。
さらに来場者にとっての変更点は、劇場内でのマスク着用のお願い、入口でのサーモグラフィ検査実施、手指消毒剤の設置の他、場内の売店やレストランが利用できないこと、筋書の販売、音声ガイドのレンタルを見送られる(代わりに、簡易的な配役案内が無料配布される)ことなどが挙げられる。
歌舞伎座は舞台裏に大道具の搬入口もあり、構造的にも換気の良さは◎なのだそう。
最後に質疑応答の一部を紹介する。
ーー自粛期間中、何をして過ごされましたか?
幸四郎: 本棚を買い、髪を染め、家でパンを焼きました。自分だけがやっていることだと思ったのですが、多くの人が考えることだったようです。本棚はIKEAで選び、家でネットで買いました。
猿之助:髪は?
幸四郎:ギャッ○ビーで染めました。
勘九郎:パンは美味しかったですか?
幸四郎:それがなんだか……。
(司会者「そろそろお時間もありますので」に、一同笑う。)
猿之助:『歓喜の歌』(https://youtu.be/edCcWZZXnMI)など、いくつかの動画をやりました。そして、ありえないくらい本を読みました。役者としてではなく、人生のための知識を増やすことができ、有意義に過ごすことができました。近ごろは本を読む時間がなく脳みそが空っぽになっていたのが、半分くらい埋まりました。
愛之助:これほど家にいる時間はありませんでしたので、家の整理ができました。良い時間を過ごせたように思います。この先、いつお芝居ができるのか目途が立たないことが寂しく、歌舞伎でも歌舞伎以外でも、やりたかったお芝居の本を読ませていただきました。
勘九郎:子供たちとこれほど長い時間稽古できたことは、自分にとっての宝となりました。あとはずっとゲーム。「あつまれ どうぶつの森」、「ドラクエ」、「ファイナルファンタジー」、「聖剣伝説」……RPGゲームはほとんどやりました。レベルは全部、99です!
七之助:YouTubeなどで白黒の古い歌舞伎の映像を見狂い(ミグルイ)ました。勉強になりました。あとは、ひとり者なので、猿之助さんからいただいた電気圧力釜で料理をしたり、韓流ドラマの「梨泰院クラス」と「愛の不時着」は全部見ました!
「髪は?」と猿之助。「ギャッ○ビーです」と幸四郎。
■できることすべて、一歩一歩進めたい。
松竹株式会社の安孫子副社長と歌舞伎座支配人によれば、専門家の指示のもと、新型コロナ感染拡大防止、および感染予防対策を講じ、準備を進めてきたという。役者とスタッフ、あわせて約500名の抗体検査がすでに終わっている。安孫子副社長は、「安全を第一にできるかぎりの知恵を絞り、できるすべてのことをやっていこうと考えている。短期間で従来の公演の形を目指すよりは、万全を期して一歩一歩の段取りを進めていきたい」と慎重な姿勢を見せた。
記者から収支について問われると安孫子副社長は「相当厳しい」と率直に答えつつも「歌舞伎の火、演劇の火を消してはいけない。こういう時こそ公演を行うことで、皆が明らかに前向きな姿勢になります」と語った。
過去に例のない状況での興行だ。登壇者たちの言葉の端々から、この公演で背負う責任の重さと、第一歩への決意が感じられる会見だった。『八月花形歌舞伎』は2020年8月1日(土)~26日(水)まで。本公演は、映像配信の予定はないという。万全の体制で足を運び、歌舞伎座のリ・スタートを大きな拍手で応援してほしい。

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