深夜のホテルで起こる不可解な出来事
に巻き込まれていく――没入型サスペ
ンス『泊まれる演劇』オンライン版体
験レポ

物語の舞台は、「MOTEL ANEMONE」(モーテルアネモネ)。
私たち観客は、アネモネで撮影される映画のエキストラ。映画監督と、主演男優、そして出演するベテラン大女優とともに、映画のロケハンに参加するところから物語はスタートする。軽妙なトークで和やかに進んでいくロケハン。ところが、しばらくすると、ある不可解な出来事が起こり始める――
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京都にある「HOTEL SHE, KYOTO」をはじめ国内5か所にコンセプトホテルを運営するL&G GLOBAL BUSINESS Inc.が展開する、ホテル発の体験型演劇イベント『泊まれる演劇』。実際に観客自身がホテルを歩きまわりながら体験できるイマ―シブシアターとして2020年6月に初演を迎える予定だったが、昨今の新型コロナウイルスの影響を受け、延期に。代わって、急遽「オンライン版」として5月より上演が開始されている。
NYにある、建物一棟をまるまる使った人気アクティビティ『SleepNoMore(スリープ・ノー・モア)』に刺激を受けてスタートしたという本作品。京都で新しい演劇体験が始まるらしい、と聞きつけて、SPICEでは今年2月、プロデューサーの花岡直弥に話を聞いていた。「観客と演者のインタラクションを大切にしたい」花岡はインタビューでそう述べていた。オンライン版に移行した今、その相互性と没入感はどうなっているのか。泊まれる演劇 In Your Room 『ROOM 102』を体験した。
■はじまりは、一通の招待状から
物語のはじまりは、送られてきたZoomのリンクを開いたところから――ではない。
はじまりは、公演日よりもっと前。最初に手元に届くのは、一通の招待状だ。『泊まれる演劇』もとい、『モーテル アネモネ』から私へ。封筒には、「指示があるまで決して開けないように」との注意文が書かれている。開けたくなる気持ちをグッとこらえて、当日を待つ。公演前から「演劇」と「現実」の境界を越える、そんな粋な演出に、「果たしてどんなストーリーが待ち受けているのだろう」と、公演を待つ数日間、封筒を見るたびに少し心が浮き立つよう。
作品はZoomミーティングを使って上演される。「観客参加型」なので、単純に画面を見ているだけとは異なる。当日は、「チーム」と「役名」、そして入場用のリンクがメールで送られてきた。役名もあるのか、と、驚きつつ、本当にいち出演者になれるような気分に。Zoomを使用することで物語の世界が壊れないよう、工夫が凝らされているようだ。
開演時間になり、いざ、PCの前へ。物語の舞台は「夜のホテル」。せっかくだからその雰囲気を存分に楽しもう、と、私は部屋の明かりを間接照明のみに変え、レモンサワーを片手にイヤホンをつけた。Zoom演劇を鑑賞した経験はあったけれど、「参加型」は初めてだ。Zoomに接続する段階で、ふと、「もしかして自分の顔も相手に見えたりするのかしら」と不安になったけれど(時間は21:00、自宅ですっかりくつろいでいた私は完全に無防備)、そんな心配は不要だった。演者以外はカメラをオフにするようにアナウンスがあるのでご安心を。
■ときにコミカルな登場人物たちに、物語世界へ巻き込まれていく
さて、会場に入ると、「アネモネ」コンシェルジュの挨拶からはじまる。今回私たちが集まっているわけ(前述したとおり、映画のロケハンであること)、それから、Zoom操作についての説明も、役柄の中で丁寧に説明してくれるので、Zoomの操作が不安な人でも安心だ。それから、今回アネモネに集まった、キャストが紹介される。

泊まれる演劇 In Your Room 『ROOM 102』

進行の中心となるコンシェルジュ・竪山ヒロ、そしてその部下・結城マイ、それから映画監督・ファンキー順に主演男優・月下雄星、そしてベテラン女優・アンジュの5名がメインキャストだ。一人ひとり、紹介されていく様は、探偵もののプロローグ、といった感じ。登場人物のキャラクターはしっかりと色が出されている。うっかりさんのようだが憎めない、しかしその実切れ者で、人情深く、温かみがある、そんな頼もしいコンシェルジュ。なんだかチャラチャラへらへらして見える主演男優(でもきっと裏では努力家なんだろう(妄想))、少し扱いづらそうな、主張の強いベテラン女優、プロデューサーやベテラン女優に押されるひ弱そうな映画監督、そして、コンシェルジュの部下が、おっちょこちょいな雰囲気の探偵助手といったところか。
泊まれる演劇 In Your Room 『ROOM 102』
嬉しくなるくらい王道かつストレートな登場人物たちは、表情豊かで、物語が進むにつれて、親近感が湧いてくる。コミカルな会話展開もあり、くすりと笑ってしまう場面もきちんと用意されている。それから、物語は画面のむこうだけで進行するのではなく、「みなさん、どう思います?」と観客に問いかけてくる場面があったり、しっかりと、私たちを物語に巻き込んでくれる。

泊まれる演劇 In Your Room 『ROOM 102』

■ホテルの内装も楽しめる、動きがプラスされた映像演出
登場人物は、最初こそ各々の部屋から会話を繰り広げるが、物語が進むにつれて、縦横無尽にホテルを巡る。基本的にはカメラを持って移動するから、Zoomに流れる背景は変わり、映像に動きがプラスされる。
今までは、緊急事態宣言下で外出自粛がされていた背景もあり、Zoomで行われる演劇は、基本的に一室から、登場人物が外に出られないとか、Web会議とか、そうした設定のもとでつくられたものも多かったと思う。しかし、『泊まれる演劇』は、「モーテル アネモネ」もとい、実在する「HOTEL SHE, KYOTO」の客室、フロント、バーなど様々な場所を登場人物たちが歩くのと一緒に、空間自体も楽しむことができる。「最果ての旅のオアシス」というコンセプトのもとデザインされている「HOTEL SHE, KYOTO」のオシャレな内装、独自の雰囲気も楽しみの一つだ。
HOTEL SHE, KYOTO
緊張感漂う展開のなか、明るいバーにたどり着けばホッとするし、ふいに鏡を見ればドキッとする。薄暗い照明に浮かぶ、長く続く廊下の先は、少しだけ得体のしれない恐怖を覚えるものだ。「HOTEL SHE, KYOTO」という実在する、かつ、いまも利用されているホテルを使っているからこその、「リアルな残り香」というのか、人の気配。登場人物と一緒になって、ハラハラ、ドキドキ、それから、画面越しに思わず小さく叫んでしまうような、ちょっとの恐怖も。「夜のHOTEL SHE, KYOTO」が纏う仄暗さ、妖しさ。その場所が持つ空気感・世界観が、物語にしっかりとエッセンスとして加わり、相乗効果を生み、「ここでしかできない」体験に作り上げられているようだ。
泊まれる演劇 In Your Room 『ROOM 102』
登場人物の移動に合わせて、誰もいない映像枠があったり、扉を開けたと思ったら、隣の映像枠に現れたり、画面上の移動も面白い。
また、ドアを開ける動作など、行動している人の目線が映像に映し出されるので、それがぐっと臨場感を高めている。加えて、たとえば4つの画面がZoom上にあり、そのうち一人がホテルを歩いていたら、それ以外の登場人物はその人の画面を見つめる、いわば、観客である私たちと同じ立場として存在し、同じ感情を共有する。だからこそ、私たちは一段と、同じ時間軸で、「いま、ここ」を共有し、同じ物語のなかに存在していると感じられるのかもしれない。
泊まれる演劇 In Your Room 『ROOM 102』
■チャットを使用し、「参加型」で事件解決に挑む
今回の脚本・演出はSCRAPのきださおりとミステリー作家の木下半太が手掛けている。チャットを利用して観客全員で不可思議な出来事を解明すべく推理をしていく時間もあり、こりゃあ、手綱をとるのが大変だな、と役者さんへの想いを馳せつつ、しかしそこはしっかりと、観客を導いていく。
ストーリーの中で発せられる登場人物たちの言葉の節々には、事件解決のヒントが隠されている。そして、実は、届けられた招待状にも重要なヒントが…
チャットや投票機能など、Zoom機能をフルに使った演出も工夫されおり、「演劇」が「現実」そして「自分の部屋」に侵食してくるような、ふたつの世界が交わってくる不思議な感覚を覚えることもあったし(おもわず自分の背後を確認してしまったり)、オンラインでの「没入感」演出に、趣向を凝らしていることが伝わってきた。きっと、演劇ファンだけでなく、謎解きファン、ミステリーファンも世界観を楽しめるはずだ。
泊まれる演劇 In Your Room 『ROOM 102』
さて。残念ながら、ストーリーのすべてをここでお伝えすることはできない。
けれど、ラストシーンでは、自分の声が届き、それが物語を動かしていく。そんな感覚も味わうことができるだろう。それがまた一層の、「物語への没入感」を盛り上げる。ただし、登場人物とともに「物語をつくる」とは少し感覚が違う。どちらかといえば、登場人物と一緒に「物語の中で生きている」。そんなふうにも感じられた。『泊まれる”演劇”』との名はあれど、「観劇」という言葉より、「体験型イベント」と言ったほうがしっくりとくる、そんな体験だった。
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『泊まれる演劇』は、このほど、実際に宿泊ができる「リアル版」を発表した。リアル版ではきっと、「物語の中に生きている」感覚は、より一層深くなっていくだろう。
リアル版の脚本・演出は、引き続きSCRAPきださおりと、ヨーロッパ企画の左子光晴が務める。また、リアル版と同時に発表されたオンライン版新作公演の脚本・演出は、悪い芝居の山崎彬が行うという。悪い芝居は、昨年、世田谷パブリックシアターによる、若い才能の発掘と育成のための事業、シアタートラム ネクスト・ジェネレーションにも選ばれている注目の劇団。より重厚なストーリーに期待だ。
今後どんな体験が『泊まれる演劇』から生まれてくるのか。夏が楽しみだ。

SPICE

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