【INTERVIEW:ひかりのなかに】
地元“トーキョー”の
“最前線”になる
最前線になると同時に
後戻りできないように自ら仕向ける
ヤマシタ:単純にバンドがしたかったからです。今のメンバーとは、入部後に設けられたバンドを組む期間内に気が合いそうということと、ベースのひよりとはバンドへどう向き合いたいかという気持ちも似ていたので、この人となら長くバンドができそうだなという理由で組みました。バンド名は、私が“ひかり”や“ひかる”というような明るいイメージを持った名前にしたくて、メンバーで話し合った結果、“ひかりのなかに”になりました。
たけうち:バンドがずっと大好きで、高校に入ったら絶対軽音部に入ろうと思ってました! 私は卒業後も音楽を仕事にしたいと思っていて、それと似た考えをカホも持っていたので意気投合しました。ジョーは人柄です。
ーー音楽を始めたきっかけ、現在のパートを選んだきっかけはなんでしょうか?
ヤマシタ:音楽自体は2歳から12歳までの10年間ピアノのレッスンに通っていました。そのなかで“鍵盤も弾けてギターも弾けたら格好いいのでは?”となり、小学5年生の時にギターを買いました。そのあとギターはしばらくオブジェになっていたのですが、2015年にロックバンド(エレファントカシマシ)を目の当たりにして、“ロックバンドになりたい!”と思い改めてギターを弾くようになりました。
たけうち:小学生のとき兄の影響でBUMP OF CHICKENにハマり、ベースのCHAMAさんに憧れを抱き中学生から吹奏楽部でベースを始めました。
ジョー:僕は当時やっていたアニメのエンディングテーマであるShout it Outの曲がとてもカッコ良くて影響され、軽音部に入って楽器を迷っていたところをカホとひよりに誘われてドラムをやる形になりました。
ーーバンドを始めて3年、高校卒業〜プロデビューということもあり節目のタイミングだったと思うのですが、これまでの活動を振り返って周りからの反響など大きく変わった点はありますか? デビューの経緯、プロ活動へ進路を決めたタイミングやメンバー間の意識合わせも含めてお聞かせください。
ヤマシタ:あまり大差ないなとわたしは正直感じています。もちろん、たくさん日の目を見る瞬間はあって、リリースをする前から考えると側にいてくれる人も増えてきているなという印象も勿論あります。ただ、こういう状況もあってか、あまり“デビューしたから変わったな!”とかは感じていません。今お世話になっている事務所の方から、去年の秋口にリリースをするという方向でお話を頂いて、その時はまだ自分たちがデビューという形になるとは想像していませんでした。制作の途中で“デビューアルバム”という形になると聞いた時、本当は手放しに喜べなかった自分がいました。自分たちの作っているものを認めてもらって嬉しかったというのはそうなんですが、それよりも自分の年齢や実力、そのほか諸々を冷静に立ち返って見たとき、“今ではないのではないか”“でもこのチャンスを無碍にするわけにはいかないし”“だからこそメンバーの本音を聞いてこれからの人生どうするか、音楽の道でいいのか問わなければ”となり、その“デビューアルバムになる”と決まったあとすぐのタイミングでメンバーとも話し合いをしました。その結果、きちんと同じ方向を向いて“ひかりのなかに”を続けていくことになったので今があります。
たけうち:突然人生が180度変わったのはやっぱり2018年にオーディションで優勝して『COUNTDOWN JAPAN 18/19』に出演したことです。同じ時期に事務所と契約もしました。プロになりたいとは中学生から思っていたのですが、音楽1本で進むっていうのはこの時期くらいに決めたと思います。2人も多分同じです!
ジョー:周りからの反響や視線はこれから変わっていくんだろうなという感覚だけがある状態で、まだ今このコロナ禍のなかでハッキリと感じることはできていない状態です。でも自分の意識だけはしっかり切り替えているつもりです。
ーーデビュー作であるミニアルバム『トーキョー最前線』ですが、タイトルにはどのような想いや姿勢があって決めたのでしょうか?
ヤマシタ:最近では年下のバンドもよく見るようになったり、同世代がいろいろ結果を出していく所を目の当たりにして、不安が募ることが多かったんです、だからこそこのアルバム名に私たちの地元「トーキョー」の「最前線」と付けて、自分たちが最前線になる、と決意をすると同時に後戻り出来ないように自ら仕向ける、そういう意味が込められています。
たけうち:ひかりのなかにが、東京の最前線を走るようなバンドになるという意味を込めて前のめりな気持ちで付けました!
ーー普段、楽曲制作はどのように行っているのでしょうか? 制作の流れやそれぞれの役割分担があれば教えてください。
ヤマシタ:0→1の作業は私が歌詞も曲も書いています。その後メンバーと曲を作っていきます。
ジョー:ドラム担当の僕はやっぱりドラムを考えて叩くのが役割なので、本当は作詞とかもできるようになっていくのが理想ですが、そこはとにかくドラムが上手くなってから考えることにします!
ーー今回のアルバムはリード曲の「ナイトライダー」が一曲目に設定されていますが、全体の曲順を決める際に思い描いた出口のようなものはありますか?
ヤマシタ:ライブのセットリストの様な、1枚を一気に聴くときの流れを意識して、「ナイトライダー」は全体を引っ張ってくれるような楽曲になっていると思ったので1曲目にしました。
ーーひかりのなかにの楽曲は力強くも繊細な言葉選びが印象的ですが、歌詞を書く際はどのようなことを大切にしていますか?
ヤマシタ:あまり着飾らないことです。
ーー“ザ・青春”と感じられる歌詞が多く感じられ、高校3年間の集大成となっていますが、振り返ってどのような高校生活でしたか。また印象に残っている思い出があればお聞きしたいです。
ヤマシタ:高校生活は、良くも悪くも予想を裏切られた3年間でした。高校生になっても当たり前に3年間通い続けると思っていたけど、実際1年も経たずして辞めてしまいましたし、朝から夕方まで飲食店やスーパーなどで働いていたり、かと思えば大きな舞台に立つことができたり。普通の女子高校生への憧れはありましたが、これもこれで私らしいのかなと今は思えます。
たけうち:学校帰りに友達とカラオケや繁華街に行くのでは無く、制服でライブハウスにライブしに行ったり、スタジオに入ったりの毎日でした。でも今考えるとそれって高校生しか出来ないことだったなって思います。
ジョー:軽音楽部1年の夏の文化祭ですね。出会って4ヶ月くらいの先輩が部活から引退するだけなのにボロボロ涙しました。
ーー「ナイトライダー」の歌詞にぐんぐんと前進していくようなパワーがあるように感じます。その反面、“暗中模索のその先はどこ?”“僕の吐いた言葉どんな価値を見出せる?”など、自問自答するような言葉もありますが、この曲の歌詞を書くにあたってどのような背景がありましたか?
ヤマシタ:この時期は先ほどのアルバム名がどのようについたかという部分ともかぶるのですが、徐々に同世代のバンドが結果を残しているのを見て、すごく焦って“自分にとってバンドってなんだろう?”とかそういう気持ちの中で生まれたのが「ナイトライダー」という曲です。
ーー“ねぇ君の一番大切なものってなんだい?”というフレーズがとても印象的だったのですが、みなさんが思う一番大切なものはどのようなものですか?
ヤマシタ:人です! このバンドを支えてくれる全ての人、私個人を支えてくれている友人などが私の大切なものです。
たけうち:シンプルに音楽です!
ジョー:今自分に用意してもらってる環境だったりが大切なものだと思ってます。18歳でデビューできる環境って聞いたことないです。
ーーこれからのひかりのなかにの覚悟を感じる楽曲であるとお聞きしたのですが、具体的にお聞かせください。
ヤマシタ:とにかく“ひかりのなかに”というバンドで発信し続けてゆく覚悟です。色々な場所でお話をしてるのですが、スーパーでみんなが知っている曲がBGMになってたりするじゃないですか、そうなりたいのと、知らない人が自分のバンドの話をしているところに出くわすのが夢なので、その夢が叶うまで音楽を発信していく覚悟です。
たけうち:音楽1本で頑張る!というのと、絶対に東京の最前線に立つ!という覚悟です!