『BITTER AND SWEET』は
不世出の歌姫、
中森明菜の潜在能力の
高さが顕示された名品
真にバラエティー豊かなアルバム
ただ、その様相は、7th『BITTER AND SWEET』(1985年)から変化する。7thでは作詞家、作曲家それぞれ9名に対して編曲家は7名と、およそ楽曲毎にアレンジャーも替わっている。8th『D404ME』(1985年)もその傾向は引き継がれているが、9th『不思議』、10th『CRIMSON』では前述した通り、作詞家、作曲家が減ると共に編曲家も少なくなっている。1985年の中森明菜は、アレンジャーを含めて真に多くの作家陣がその楽曲を手掛け、縦横無尽にそのスタイルを変えていったのである。それが即ち中森明菜のアーティストとしてのピークであるとは言わないけれども、シンガーとして、あるいはエンターテイナーとして、そのキャパシティーを如何なく見せつけた時期であったとは言えると思う。よって、その作品スタイルから見ても、7th『BITTER AND SWEET』、もしくは8th『D404ME』が中森明菜らしいアルバムであると当コラムでは勝手に認定させてもらう。1枚に絞るならば、CDジャーナル誌をして“日本の歌謡史に残るほどの歴史的な名曲”と言わしめた「飾りじゃないのよ涙は」が収録されている点で、やはり『BITTER AND SWEET』を推したい。セールスもチャートリアクションも次作『D404ME』のほうが上回っており、もしかするとそのクオリティーも8thに軍配が上がるとの見方もあるが、8thは7thのスタンスを継承したものだとすれば、当方は『BITTER AND SWEET』が明菜の代表作に相応しいと考える。
肝心の作品内容も、まさしくバラエティーに富んでいる。シングルとは異なるリミックスを施すことでよりダンサブルでソウルフルに仕上がったM1「飾りじゃないのよ涙は」からディスコティックなM2「ロマンティックな夜だわ」へ。そこから、飛鳥涼らしいメロディーのミディアムナンバー、M3「予感」を挟んで、ニューロマっぽいサウンドを聴かせるM4「月夜のヴィーナス」、若干ヒップホップ的要素を孕みつつ、ラテンな匂いも感じるM5「BABYLON」とつながっていく。ここまでがアナログ盤のA面。本作は[LPでは曲終りから次の曲の開始前の「間」が無く連続して次の曲が始まるような聴き応えの効果があった]そうだが([]はWikipediaからの引用)、それゆえにか、A面はどこかノンストップミックス作品を聴いているような印象があるのもいい感じだと思う。
B面は角松敏生が手掛けたM6「UNSTEADY LOVE」から始まる。昨今のコンテポラリーR&Bほどに抑揚が強いメロディーではないが、アッパーなサウンドと相俟ってか、不思議なポップさがあるナンバーだ。そこからボサノヴァタッチのミッドチューンM7「DREAMING」。本作の中でも最も歌謡曲寄りと感じられる中にもしっかりとAOR的要素も注入しているM8「恋人のいる時間」。その洗練された歌メロとサウンドメイクはのちに氏が手掛けることとなる中山美穂作品を彷彿させるM9「SO LONG」。筆者のような熱心なリスナーじゃなくとも吉田美奈子のナンバーであることがありありと分かるM10「APRIL STARS」と、B面も作家陣の個性が発揮された秀作が並ぶ。
歌詞はほぼ全編がラブソングと言っていいが、強い(強がっている?)女性像から、か弱さの露呈、諦めの境地、またはっきりと喜怒哀楽に属さないような微妙な機微まで、10篇それぞれの世界観が綴られている。歌メロもさることながら、それらを歌い分ける明菜のヴォーカリゼーションも聴きどころだろう。この辺は今聴いてもまったくと言っていいほど古びた感じがなく、中森明菜という不世出の女性シンガーの才能、潜在能力を見事にパッケージしている。
TEXT:帆苅智之