青年団所属・髙山さなえの「近松賞」
受賞作品『馬留徳三郎の一日』を平田
オリザの演出で舞台化~「高齢者問題
を楽しく描いた作品」

劇団「青年団」演出部に所属し、長野県松本市で暮らす劇作家・髙山さなえ。「関係のなかで見え隠れし、時にむき出しになる姿を、醜くも滑稽に描いた女性たちの物語」で定評がある。そんな髙山による戯曲、尼崎市第7回「近松賞」を受賞した『馬留徳三郎の一日』が、青年団主宰・平田オリザの演出で青年団公演として上演される。青年団の新拠点となる兵庫県・豊岡市「江原河畔劇場」ではオープニングプログラムとして、本作の舞台でもある長野県では上田市のサントミューゼで上演される予定だ。そしてもちろん、あましんアルカイックホール・オクトでの受賞記念公演も。師匠・平田オリザの隣で通し稽古を見ていた髙山は、とても楽しそうだった。対談になるとちょっぴり緊張しているのかと思いきや、またそれも違ってユーモラスな一面が顔をのぞかせた。
※各地で上演が予定されていた青年団プロデュース公演『馬留徳三郎の一日』は新型コロナウイルス感染拡大防止により会場によって中止や延期などの変更が生じている。詳細は下記「公演情報」欄より各主催者の公式サイトを参照のこと。
【ストーリー】山深い田舎の集落。馬留徳三郎と妻・ミネの家では、近所の認知症の年寄りや介護施設から逃げて来る老人たちが集まり、仲良く助け合いながら生活していた。ある夏の日、徳三郎の息子・雅文から久しぶりに電話がかかってくる。仕事でトラブルがあり、部下がまもなく馬留家を訪れると言うのだ。とある小さな集落の何気ない日常が、人間の心をあぶり出す――。
うちの両親は僕の作品よりも髙山の作品が好きだった(平田)
――ひとまず通し稽古をご覧になっていかがでしたか?
髙山 とても面白かったです。もっともっと面白くなりそうでうれしいですね。
――平田さんに演出していただくわけですが、お気持ちはいかがですか?
髙山 まだ実感がないんです。
平田 ははは!
髙山 公演が終わるころには湧いてくると思います。
――髙山さんは、信州大学のご出身です。そもそも青年団に入団しようと思われた理由は?
髙山 よく見ていたんです。でも自分が入団できるとは思っていませんでした。
髙山さなえ
――平田さんから学んだことで一番心に残っていることはなんですか?
髙山 う〜ん、難しいですねえ。ありすぎてわからないんですが、こういうタイミングで人をからかうと場が和むんだなというところでしょうか。
平田 ははは!
髙山 もともと劇作家としてのオリザさんの大ファンで、戯曲はすべて読み込んでいました。そのおかげで私も戯曲が書けているのかなと思います。ただオリザさんが著書で書かれているような演劇をやるつもりだったんですけど全然そうはならない。しょうがないと潔くあきらめて、自分の描きたいことをやろうと思ったわけです。
――平田さんは髙山さんが入団してきたときは、どんな印象をお持ちになられましたか?
平田 とりあえず才能は感じましたよ。うちの両親が僕よりも髙山の芝居が好きで、母が「あの子の芝居はいいわよ」と言っていました。今回の芝居も見せてあげたかったなあと思います。二人とも亡くなってしまったので叶いませんが。とは言え、作家の才能を育てるというのはおこがましい話で、何かの瞬間に急に伸びたりする。いろんなきっかけがあると思うんですけど、この作品は、髙山が戯曲を描かずに休んでいた期間がいい形で働いて、世界を俯瞰で見ることができているのがいいなと思いました。
平田オリザ
――髙山さん、松本に拠点を移して、いろいろもやもやもあって描かない時期もありました。でも頑張ってきた中で「近松賞」を受賞されました。その時の感想を聞かせてください。
髙山 それも実感がなくて、2年くらい経ってからですかね、じわじわと。でもオリザさんから連絡をいただいたのは覚えています。尼崎市の方から電話連絡をいただいて、その後でオリザさんに変わって「おめでとう、よかったな」と。私も「お子さんが産まれておめでとうございます」とお話したんですけど、オリザさんも「うーん」と言っているだけで話がまったく続かなかった。
平田 (苦笑)
髙山 そうそう、母が「賞金、すごいね」と大喜びでした。私には「使わないでとっておきなさい」と言うのに、炊飯器の調子が悪くてとか、お風呂がどうだとか言うんですよ。
平田 ははは!
――平田さんはこの戯曲はどう評価されているんですか?
平田 僕は「近松賞」の審査員だったんですよ。応募したことも知らなくて、本選に残ってから髙山の戯曲は読みました。審査員の時はいつも、劇団員の作品にはコメントしたり、推したりしないんです。でも審査会で皆さんが僕の想像以上に評価してくださったのはうれしかったかな。審査員には評論家の方もいるんですけど、特に劇作家の岩松了さん、渡辺えりさんが評価してくださった。僕自身は荒い部分もあったので、面白いけどどうかなと思っていたんです。それで僕が演出することになったので、勝ち目はあると思っていたから手直ししてもらって、いい仕上がりになったなと。ただ馬留徳三郎の“一日”ではなくなってしまった(笑)。
子供の時に見ていた風景を描こうと思った(髙山)
――『馬留徳三郎の一日』では何を描きたいという思いがあったのでしょうか?
髙山 本当に田舎の、私が子供の時に見ていた祖父母が近所の方と話していたような様子を描いてみようと思ったんです。そしたら母親がご近所さんと旅行に行ってきて「馬留徳三郎という名前のおじいちゃんがいたんだよ、すごい名前だね」と言うんです。それで盛り上がって、じゃあその人の1日を考えてみようと描き始めました。認知症を悲しくもどれだけ笑える感じで描けるかなあと思いながら。でも受賞しちゃった時に、どうしよう馬留徳三郎さん実在しているじゃんと思って(苦笑)。
平田 あははは!
髙山 とても心配だったんですけど、実は完全に母親の聞き違いで、
平田 あはははははは!
髙山 あの名前は母親が創作したと言っても過言ではないんです。
平田 本当は何ていう名前なの?
髙山 ○○音二郎さんっていうんです。
平田 ぜんぜん違うじゃん!
髙山 近所なので調べればすぐにわかったんですけどね。何れにしてもタイトルから始まった戯曲です。
平田 じゃあ炊飯器ぐらいは買ってあげなきゃダメじゃん。
髙山 もちろん買いました(笑)。うちの母は出てくる言葉が面白いんですよ。私がいつまでも結婚しないから戦争のようになっていた時期があったんです。ある日、私が車で帰宅した時に、狐が前を横切ったんですよ。「いやあ轢かなくてよかった」と言ったら、「狐は嫁に行くだになあ」って。「はあ?」と言い返すとまたケンカになるので「いいな、狐は」と言い残して自分の部屋に退散したんですけどね。そういうやりとりを参考にしたシーンが意外とあります。あと認知症になってしまった祖母と母の会話も。祖母がへんなことを言うと叔母は「そんなこと言わないで」って怒っちゃうんですけど、母は全然怒らないんです。無意識のうちにそういう場面を思い出して描いたんでしょうね。
髙山さなえ
騙されているのかどうかの曖昧な線を保って演出する(平田)
――僕らリアルにご両親の年齢が気になる年代になってきてますもんね。
髙山 いえ、私はそこまではまだ。でも時々、母は認知症の入口なのかなと不安になることはあります。
平田 それ、わかる。うちの父親もそうだったけれど普段から面白いことを言う人だと、境目がよくわからないんだよ。
髙山 ちょっと見分けがつかないですよね。
――この戯曲はそういうエッセンスが不思議な雰囲気を醸し出すところがありますよね。
平田 そうそう。以前、ある弁護士さんと対談をした時に、リフォーム業者や銀行員を名乗る詐欺になぜ引っかかるのかという話になって。その弁護士さんによると、例えば銀行なら今は利ザヤが低いから、3,000万円、5,000万円預金してもらったところで、それが全額融資に回せるわけじゃないからサービスに限界が出てしまう。だけど詐欺は総取り。3,000万円もらえるんならどんなサービスでもするという経済原理が働くんだと。そして騙される側も、騙されたいとまではいかなくても、すごくサービスされると騙されているかもしれないけどいいやみたい気持ちになってしまう。だから詐欺がなくならないんだそうです。この戯曲は結末は謎ですけど、その曖昧なところを最後までうまく引っ張っていけばうまくいくと思ったんですよ。だから老人たちが騙されているのか、青年が騙されているのかわからない状態をずっと最後まで保っていくのがポイントです。
――オレオレ詐欺防止の啓発になりそうです。
平田 啓発にはならないでしょ(苦笑)。ただ年配の方とか、演劇を観たことがない方にも楽しんでもらえる作品ではあります。高齢化問題を扱っている戯曲なので、再演もできますし、公共ホールでも受け入れやすい。息の長い作品を目指してつくっています。でも確かに楽しく観ながら考えてもらえればいいと思いますし、介護している方にも観ていただいてたくさん笑ってもらうこともすごく大切。どこにでもあるよねって感じで少しでも元気になっていただきたいですね。
――髙山さん、最後に平田さんにお願いごとはありますか?
髙山 あの、アフタートークが、
平田 あははは! 苦手?
――演出のことじゃないんですね。
髙山 あたり前じゃないですか! しゃべるのが苦手なのでオリザさんに頑張ってもらうしかないかなって。
平田 ま、僕は得意ですから。
髙山 私は横でニコニコ笑っていますのでよろしくお願いします。あとはみんなが健康で、最後まで走り抜けることができればうれしいです。
平田 新型コロナウィルスに関しては僕らは祈るしからできませんから。でも稽古は頑張ってやりましょう。
平田オリザ
取材・文:いまいこういち

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