初めて見るのにどこか懐かしい、美し
くも不穏な世界『ピーター・ドイグ展
』内見会レポート

2020年2月26日(水)~6月14日(日)の期間、東京・竹橋の東京国立近代美術館で『ピーター・ドイグ展』が開催されている。現代イギリスを代表するアーティストであり、世界で最も重要なアーティストのひとりとされるピーター・ドイグ。1994年にイギリスの栄誉ある賞「ターナー賞」にノミネートされて以来、各国の美術館で個展が開催され、美術市場でも非常に高く評価されてきた。2020年に最も注目すべき展覧会のひとつである本展の内見会には、ドイグ本人も登場した。以下、展示の見どころをレポートする。
※新型コロナウイルス感染症拡大防止のために、当面の間、臨時休館(3/17現在)。詳細は公式ウェブサイトにて。
左:《スピアフィッシング》2013 油彩、麻 288x200cm 作家蔵、右:《夜の水浴者たち》2019 油彩、麻 200x275cm 作家蔵
初期作と近年の作品を紹介する大規模展
「第1章 森の奥へ 1986-2002年」「第2章 海辺で 2002年-」「第3章 スタジオのなかで―コミュニティとしてのスタジオフィルムクラブ 2003年-」の3章構成で油彩32点とドローイング40点が出品される本展は、ドイグ作品を数多く、年代も幅広く紹介する大規模展であり、大型の油彩を広い空間で余すところなく鑑賞できる。

左:《ブロッター》1993 油彩、キャンバス 249x199cm リバプール国立美術館 ウォーカー・アート・ギャラリー、右:《スキージャケット》1994 油彩、キャンバス 295x351cm テート

入口付近の作品《街のはずれで》は、ドイグが無名のアーティストだった時に描かれたという。スコットランドに生まれ、トリニダード島とカナダで育ち、イギリスで学んだドイグ。本作は、カナダのモントリオールにて手掛けた。ドイグによれば、「アーティストになりたいが、何をすればいいのか分からない時期」に描いたそうだ。木の幹を掴む男性が森を見つめる。彼の真摯な眼差しは、これから始まる創作の旅の静かな不安と興奮を秘めているようだ。
左:《天の川》1989–90 油彩、キャンバス 152x204cm 作家蔵、 右:《街のはずれで》1986–88 油彩、キャンバス 152x212.5cm 作家蔵
第2章の作品《ポート・オブ・スペインの雨(ホワイトオーク)》は、2015年に描かれた作品。緑色の格子がはまった黄色の建物の前にライオンが佇み、画面左側には半透明の人物が、格子の奥には横顔の人影が見える。この作品はトリニダード島にある監獄と、同島の動物園で撮影したライオンの写真にインスピレーションを得て描かれた。トリニダード・トバゴの首都、ポート・オブ・スペインの街中では、アフリカ出身者の地位向上を目指すラスタファリ運動の象徴、ユダの獅子を見ることができる。ライオンが象徴として担う意味はイギリスとトリニダード島で異なるが、ユダの獅子は《ポート・オブ・スペインの雨(ホワイトオーク)》のライオンのイメージソースの一つといえよう。なお、モデルになった監獄はイギリス植民地時代に作られたもの。
右:《ポート・オブ・スペインの雨(ホワイトオーク)》2015 水性塗料、麻 301x352cm 作家蔵
ドイグはトリニダード・トバゴで映画の上映会「スタジオフィルムクラブ」を開催していた。映画作品をドイグ流にアレンジした上映会告知用のドローイングはスタイリッシュで凝縮されたインパクトがあり、油彩の大作とは異なる魅力がある。またドローイングは、過去の名作やアート系のフィルムを選ぶドイグの好みと、彼が絵画制作にあたって映画から多くのインスピレーションを得たことを示す。

会場風景(第3章)
会場風景(第3章)

世界で最も重要なアーティスト、ピーター・ドイグの魅力を余すところなく紹介
本展主任研究員の桝田倫広氏は、ドイグ作品の魅力として、「絵具の物質性を駆使した豊かな表現」「絵画空間の豊かさ」「感覚を描くということ」の三点を挙げた。例えば《ガストホーフ・ツァ・ムルデンタールシュペレ》は、下部に半透明の層があり、手前の幻想的な情景と奥の風景との違いを際立たせている。

右:《ガストホーフ・ツァ・ムルデンタールシュペレ》2000–02 油彩、キャンバス 196x296cm シカゴ美術館

《ピンポン》や《花の家(そこで会いましょう)》、《壁画家のための絵画(プロスペリティ・ポート・オブ・スペイン)》などにおいては矩形の壁やケースが重なって視界の一部を遮り、隠された空間を覗きたいという気持ちをかき立てる。ピンポン台などの水平な線は絵画を分断しつつ、どこまでも続いていくような連続性を生み出し、描かれているものが画面の外にもあるような印象を抱かせる。
左:《夜のスタジオ(スタジオフィルムとラケット・クラブ)》2015 油彩、キャンバス 296x200cm 個人蔵、右:《ピンポン》2006-08 油彩、キャンバス 240x360cm ローマン家
ドイグ作品は、行ったことがない場所が描かれているにも関わらず、なぜか郷愁を誘うのも特徴の一つだ。それは恐らく、絵の舞台が、エドヴァルド・ムンクなどの絵画作品や映画の旧作、古い写真や絵葉書など、複数のイメージをコラージュした特定されないところであり、どこでもないが故にどこでもある場所であるからだろう。

会場風景(第2章)

美と毒、静謐と不穏……さまざまな要素の両立
ピーター・ドイグの作品は、通常では両立しないようなものや相反する性質が共存し、非常に重層的である。例えば《のまれる》は湖と空の境界があいまいで、色彩やモチーフが混然一体となっている。この作品の制作当時はチェルノブイリの原発事故があった時期とのことで、自然の美しさと毒が作中に込められているようだ。絵の中では鮮やかな夢のような美しさと、腐敗した花や内臓の色味を思わせる毒々しさが共存している。
右:《のまれる》1990 油彩、キャンバス 197x241cm ヤゲオ財団コレクション、台湾
また、《天の川》で登場するカヌーは、映画『13日の金曜日』の最後のシーンに由来する。凪の水面を静かに漂う小舟は、静謐と不穏、生命と死などの相反する要素を同居させ、異なる性質を互いに引き立たせているようだ。
右:《天の川》1989–90 油彩、キャンバス 152x204cm 作家蔵
ドイグ作品においては、カヌーのほかにも繰り返し登場するものが多い。同じモチーフがバージョンを変えてさまざまな作品に登場することで、年代や場所を越えた絵の結びつきと広い世界観を感じさせ、描かれていない部分への想像をかき立て、これから発表されるであろう作品への期待を増幅させるように思う。
左:《エコー湖》1998 油彩、キャンバス 230.5x360.5cm テート、右:《カヌー=湖》1997–98 油彩、キャンバス 200x300cm ヤゲオ財団コレクション、台湾
見たことがない風景なのにどこか懐かしく、美しさの中に毒や不穏さが潜んでいるドイグの世界。重層的で複雑で、作品の隅々に至るまで謎があり、いつまでも見ていたくなるような魅力にあふれている。ドイグ作品の多くは大きく、実物の肌理や質感も含めて見応えがあるため、是非会場に足を運び、細部に至るまで味わっていただきたい。

左:《二本の樹木(音楽)》2019 水性塗料、麻 240x360cm 作家およびマイケル ヴェルナー ギャラリー、ニューヨーク/ロンドン、右:《音楽(二本の樹木)》2019 水性塗料、麻 70x81.5cm 作家蔵
取材・文・撮影=中野昭子

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