髭男・藤原、ミセス・大森らを迎えK
ERENMI=蔦谷好位置が作り上げた『1
』は2020年の音楽シーンに何を提示す
るのか

YUKI、ゆず、米津玄師back numberOfficial髭男dismなどの楽曲を数多く手がけ、日本を代表する音楽プロデューサーとして知られる蔦谷好位置が、自身のプロジェクト“KERENMI”を本格的に始動させた。先行配信された「ROOFTOPS feat.藤原聡 (Official髭男dism)」を含む1stアルバム『1』には藤原のほか、大森元貴(Mrs. GREEN APPLE)、Chara、Salu、Michael Kaneko、高岩遼 (SANABAGUN.)、GOODMOODGOKU、大比良瑞希、玉名ラーメン、奇妙礼太郎、hasamaが参加。現行のオルタナティブR&B、EDM、ヒップホップなどを取り入れたトラック、緻密に構築されたコードワーク、洗練されたメロディラインなどを含め、2020年における最良のポップミュージックとして成立している。既にプロデューサーとして確固たる地位と評価を得ている蔦谷は本作によって、アーティスト/クリエイターとしてのキャリアをスタートさせたと言っていいだろう。
――KERENMIの1stアルバム『1』、素晴らしいです。世界標準のサウンドメイク、楽曲の質の高さ、ゲストアーティストの歌の良さなど、日本国内はもちろん、広く海外で聴かれるべきJ-POPだなと。
ありがとうございます。
――まず、KEREMNIを始動した経緯について教えてもらえますか?
ソロ作品をやりたいというのは、10代の頃から思っていたんですよね。プロデュース業を20年近くやってきて、自分に向いていて楽しい仕事だし、やりがいもすごくあって。ただ、自分発信ではないことが多いし、“こういう曲が合うんじゃないか?”“こういう曲もやってみたら”と能動的に提案するのもいいんじゃないかなと。具体的に考え始めたのは6~7年前なんですが、その頃は日本の音楽シーンに対して閉塞感があるような気がしていて――いまは感じてないんですけど――“この状況を打破したい”という気持ちもありました。あとは海外に行く機会が増えて、現地でグラミー賞を観たり、LAのソングライターとコライトしたことも影響してますね。全米No.1の曲を聴いて、“確かにすごい。でも、俺もやれるんじゃないか?”という思いもありました。
――アーティストとして発信したいという動機だけではなく、国内外の音楽シーンの状況も関係しているんですね。
そうですね。実際に始めてから、やりながら変わってきたところもあるので。最終的には“曲を作りたい”に集約されるんですが、日々を生きているなかで、感情や思うことはどんどん変化するじゃないですか。そういうことも反映されていると思います。
――KERENMIというプロジェクトの名前については?
ある連載をしているときに編集の人の赤入れで知ったんですけど、“ハッタリをかます”みたいな意味で使われる“ケレン味”という言葉は、もともとは歌舞伎の用語で、“派手”とか“印象に残る”ということらしくて。“HONNE”(ロンドン出身のエレクトロ・デュオ)、“Mura Masa”(イギリス領ジャージー島出身のDJ)みたいに日本語を英語表記した名前だと、海外のリスナーにも覚えてもらえるかなと。特に意味が好きというわけではなくて、音の響きですね。
――具体的な制作としては、まず曲があって「誰に歌ってもらうか?」という順番ですか?
曲によりますね。たとえば聡くん(藤原聡/Official髭男dism)が歌った曲(「ROOFTOPS feat.藤原聡 (Official髭男dism)」)は、5曲くらいデモを渡して、“どれがいちばんシックリ来る?”と選んでもらったんですよ。
――藤原さんに歌ってほしいと思った理由というのは?
声が好きということですね。アルバムの参加してくれた人は全員そうなんですが、声が好きな人ばかりなんです。人の声を楽器として捉えたときに、響きがいいと感じる人に声を掛けさせてもらって。
――声を楽器として捉えるというのは、このアルバムの大きな軸かも。
そうですね。声はその人しか持っていないし、最高の楽器だと思っているので。10代の頃から歌詞にあまり興味がなくて、声の響きを意識することが多かったんです。20代でプロデュース業を始めてから、日本人の多くは歌詞を中心に聴いていることに気づいて、“俺はズレていたのか”と衝撃を受けて(笑)。ただ、自分の聴き方が少数派だったとしても、歌詞を中心に聴いているリスナーと重なるところがあるはずだと思ったし、そこから研究を始めたんですよね。歌詞の内容と響きの良さが合致するところを追求し始めたというか。
KERENMI 撮影=菊池貴裕
――なるほど。アルバムを聴いていると、日本語の響きを活かしながらも、どこか洋楽を聴いているような感覚もあって。
最初は洋楽を意識していたんですよ。でも、制作のなかで、自分の武器はやっぱりメロディだなと思って。どちらかというと和風のメロディが多いかもしれないですね。 ミセスの大森くんと一緒に制作した曲(「103 feat. motoki ohmori」」もそう。まず僕がメロディを作って、サビと2番のAメロの歌詞を書いて、その他の部分を大森くんに書いてもらったんです。そうしたら歌詞だけじゃなくて、最後のサビ後や2Bに重なってくるコーラスパートも考えてくれて、それが本当に素晴らしくて。歌詞もすごく良かったですね。“お互いに相容れないものがあるけど、それを乗り越えていく”というイメージだったんですが、違う視点からメッセージを込めてくれて。僕にはない発想だったし、“人と一緒に作るって、こういうことだな”と思えたコラボレーションでしたね。
――歌詞は基本的にフィーチャーされたアーティストが単独で書いているか、蔦谷さんとの共作。「からまる feat. 大比良瑞希」だけは田中秀典さん(agehasprings)が作詞してますね。
ドラマ『電影少女』(テレビ東京 木ドラ25『電影少女 -VIDEO GIRL MAI 2019-』)の主題歌として制作した曲で、大比良さんに歌ってほしいというのは自分のなかで決めていたんですが、できれば他の作詞家が書いた言葉を歌ってほしくて。僕はトラックとメロディに集中したかったから、以前から一緒に仕事をしている田中秀典に頼みました。“ちゃんと韻を踏んでいるけど、ラッパーじゃない歌詞”というオファーしたんですが、すごくいいものになったし、大比良さんも“新鮮でおもしろかった”と言ってましたね。
――「KOTOSARA night and day feat. Chara , 高岩遼 (SANABAGUN.) & GOODMOODGOKU」の個性的な声の混ざり方も印象的でした。
曲を作ってる途中で、Charaさんには絶対に参加してもらおうと思って、すぐ連絡して。その後、男性の低い声が欲しいなと思って。イメージとしては細野晴臣さんみたいな低音だったんですけど、たまたまラジオから高岩くんの歌が聴こえてきて、“これだ!”と。ヴァースはラップにしたかったから、以前から気になっていたGOODMOODGOKUくんにお願いしました。確かにこの組み合わせは意外ですよね。
――そして「Play the Game feat. SALU & Michael Kaneko」は、SALUさん、Michael Kanekoさんをフィーチャーしたヒップホップ・チューン。玉名ラーメンさんが参加した「Over Night feat.玉名ラーメン」もそうですが、実力のあるラッパーをJ-POPユーザーに浸透させたいという狙いもあったんでしょうか?
そこまで大きいことは考えてないですけど、HIP-HOPは以前から好きなんですよ。どちらかというとラッパーのアティチュードより、HIP-HOPの音楽的スタイルに興味があって。海外のトラックメイカーがトラックを作っている動画も見ますけど、みんな機材が大好きだし、オタクだと思うんですよ。僕が初めてHIP-HOPに触れたのはディーライトでQ-TIPがラップしているのを聴いて、そこからサンプリングの面白さに気づいて。その後はニューヨークのギャング・スターやネイティブ・タンなども聴きましたけど、やっぱりトラックの質感や音色に惹かれたし、そこにグルーヴのあるラップが乗っているものが好きで。
――ラッパーの出自とか、社会の現状を反映したリリックではなく、あくまでも音に興味があると。
不良に憧れたことがないので(笑)。とはいえN.W.Aも聴いてましたけどね。行き場のない憤り、そこで生じるエネルギーが新しい音楽を生み出すし、“自分はそういう人間ではない”というコンプレックスもあって。
――アルバム『1』に参加しているラッパーも、声の響き、ラップの技術が基準ですか?
もちろんそれもありますが、リリックの内容も素晴らしいんですよ。そのうえでリズムやグルーヴもしっかりあって、耳に残るっていう。
――「ひとつになりたい feat. 奇妙礼太郎」についても聞かせてください。歌を前面に押し出した素晴らしいバラードだなと。
僕もすごく好きな曲ですね。スタイルとしては、アコギやエレキ、ピアノなど、楽器1本と歌だけで成立する曲を作ってみたくて。フランク・オーシャンやアデル、サム・スミスにもそういう曲があるけど、それを日本人である僕から自然に出てくるメロディと言葉でやってみたという感じですね。もともとは自分で歌っていて、レコーディングもやったんですけど、どうも納得できなくて。この曲にいちばん合う声を考えて、奇妙さんだなと。すごかったですね、奇妙さんの歌。声が裏返りそうになる瞬間だったり、ちょっとハスキーで歪んでる感じがセクシーで。最高でした。
KERENMI 撮影=菊池貴裕
――アルバム全体のサウンドメイクについても聞きたいんですが、現在のグローバルポップの流れは意識していましたか?
制作を始めたときはそのつもりだったんですが、たとえば『Beautiful Eyes feat. Michael Kaneko & hasama』は、3年くらい前に作った曲だから、最新の音ではないんですよね。ただ、“それも当時の自分の記録だな”と。最新のトレンドを作るのは若い人たちだし、僕の役割ではないので。これまで培ってきた知識、技術、経験を活かして、新しい音を取り入れながら自分のフィルターを通した提案をするというのかな。いまはTypeBeat(タイプビート/“〇〇っぽいビート”をWeb上で検索、購入して楽曲を制作するスタイル)が流行っていて、似たような曲がたくさん作られていますが、メロディのセンスを感じることはそれほどなくて。
――トラックは簡単に入手できるし、ラップも乗せられるけど、メロディは作れないと。確かにそうかも。
トラップが席捲して、かない長いですよね。そこから派生してビリー・アイリッシュのようなアーティストが登場しましたが、“もうメロディは求められてないのか?”と言えば、そうではないと思うんです。メロディのアイディアはまだまだあるし、それを新しいトラックと融合して提示するといいますか。たとえばトラップ以降の3連符のラップを活かしたポップスの曲も、数年前から出てきてるんですよ。アリアナ・グランデなどはかなり上手くやってるけど、全体的にはそこまで上手くいっていない。そこは世界中のクリエイターが模索しているので、僕もそのなかに混ざっていけたらなと。
――トラックとメロディを探求する場所でもあるんですね、KERENMIは。蔦谷さんが演奏するピアノもアルバムのポイントだと思います。ジャケットのアートワークもピアノですし。
ピアノを使った曲がここまで多くなるとは思ってなかったんですよ、じつは。ピアノのことで言えば、奥さんの実家に40年くらい眠っていたピアノがあって。チューニングはめちゃくちゃだったんだけど、すごくいい音だったんです。そのピアノをもらって、スタジオに入れて、レコーディングにもけっこう使ったんですよ。さすがに調律はしましたけど……あ、でも、『からまる feat.大比良瑞希』のピアノは調律する前に録ってますね。
――独特ですよね、「からまる」のピアノは。
『ひとつになりたい feat.奇妙礼太郎』や1曲目のインスト『The Day』は調律した後に録って。当初は打ち込みをメインにしようと思っていたんだけど、気付いたらピアノを使った曲が増えていたんですよね。子供のときから弾いている楽器だし、和声(コード進行)を作りやすいんですよ。
――KERENMIの今後のビジョンについても聞かせていただけますか?
いろんなアーティストやシンガーとやってみたいですね。聡くん、大森くんが参加した曲もそうだけど、現役バリバリのトップランナーがこういうトラックで歌うのはかなり異色だと思うんですよ。以前にも中田ヤスタカくんが米津玄師とやったり(中田ヤスタカの「NANIMONO (feat. 米津玄師)」、SOILの曲に野田洋次郎が参加した曲(SOIL&“PIMP”SESSIONS feat. Yojiro Nodaによる「ユメマカセ」)もあったけど、意外な組み合わせのコラボがもっとあっていいと思うので。先端にいるラッパーや海外の人ともやってみたいし、いつもYouTubeを見たりSoundCloudなどで、新しいシンガーなどもチェックしてます。気になる人がいれば、こちらから連絡することもありますよ。
――「ROOFTOPS」がSpotifyの「日本バイラルトップ50」で1位を獲得するなど、既に大きな反響も。
再生数が伸びているのは嬉しいですけど、聡くんが参加している曲だし、『月とオオカミちゃんには騙されない』の挿入歌でもあるので、そこに紐づいているところもあると思っていて。少しずつKERENMIを知ってもらって、音を楽しんでもらえらたらいいなと思ってますけどね。
――クリエイターとしての蔦谷さんの魅力をアピールする場でもあるのでは?
自分が歌っているわけではない、そこまで名前も出してないですけどね。あくまでも音を作る側といいうか……。音楽で楽しんでもらえる人が増えるように頑張ります。
――最後に現在の日本のシーンについて質問させてください。先ほど「以前のような閉塞感はない」と仰ってましたが、国内の音楽シーンに可能性を感じているということでしょうか?
そうですね。おもしろい音楽をやっている人は以前からいたけど、メインストリームで成功するのは稀だった。最近は米津やKing Gnuが紅白に出たり、トップランナーである星野源が斬新なサウンドを提示したり、若いアーティストが輝いてますからね。
――音楽的な質も高いですからね。
はい。King Gnuに関して言えば、常田(大希)くんは一つの型を作ったと思っていて。J-POPらしさがありつつ、変わった和声を取り入れて、ロックバンドとしてのアティチュードもあるっていう。クラシックを学んでいたこともあり、様式美を感じるんですよね。米津は、まるで童謡のような懐かしいメロディを使いながら、唐突に良い違和感のあるメロディに飛んだり、やっぱり和声が個性的で。美しいもの、優れたものが評価されていると思いますね。本人たちはいろいろ苦しんでいることもあるでしょうけど、制約がなく、自由に音楽を作っている印象があるんですよね。

取材・文=森朋之 撮影=菊池貴裕
KERENMI 撮影=菊池貴裕

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