【明田川進の「音物語」】第34回 松
風雅也さんとの対談(前編)僕の最終
学歴は「シェンムー」卒業

 岩田光央さんに続く対談のお相手は、ゲーム「シェンムー」で主役の芭月涼を演じた松風雅也さん。音声収録のディレクションを担当した明田川さんと3年にわたってご一緒し、第22回(https://anime.eiga.com/news/column/aketagawa_oto/108208/ )で語られたように、明田川さんと出会ったことで松風さんは本格的に声の仕事をはじめることとなりました。前編では、松風さんから見た「シェンムー」の収録の特異さを交えながら、当時の思い出を語りあってもらいました。
明田川:松風さんとは「シェンムー」のときはべったりでしたが、その後は「KAIKANフレーズ」のときに頭だけちょっと見させてもらったぐらいで、「ヒートガイジェイ」もふくめて、仁(※息子の明田川仁氏)との付き合いのほうが圧倒的に多いですよね。
松風:そうなんです。ずっと明田川進さん──(マジックカプセルの)社長に恩返しをしなければいけないと思いながら20年近く経っています。
明田川:最後にきちんと会ったのは、お正月ですかね。
松風:青二(※青二プロダクション)の新年会ですね。数百人規模で毎年行われていて、そこでお会いしました。明田川さんは、青二だと“先生”なんですよ。青二のジュニア1年目を対象にした授業をやられていて。
明田川:いやいやいや、そんなことないですよ。
松風:現場でご一緒したのは相当前です。一度声をかけていただいたのですが、オーディションで落ちてしまいまして、そのときはマネージャーと一緒に「絶対に落ちてはいけないやつに落ちてしまった!」と騒ぎました(笑)。
明田川:(笑)。
──過去のコラムで、明田川さんに「シェンムー」の話を2回にわたって話していただきました。今回は松風さんの視点からあらためて伺わせてください。
松風:分かりました。「シェンムー」の仕事は、ちょうど「電磁戦隊メガレンジャー」の出演が終わった頃で、当時の僕は声優ではなく、子ども向け番組のクルーだったんです。「メガレンジャー」をやっているときは役者の事務所にいましたので、お仕事もそうしたものが多くて。
 鈴木裕さんという、「バーチャファイター」などゲームセンターで絶大な人気をえていたクリエイターの方が、はじめて家庭用ゲーム機向きのゲームをつくるプロジェクトが「シェンムー」でした。当時のゲームは「バイオハザード」(1996)など映画的な要素をとりいれる風潮がみえだした頃で、そこに満をじしてセガサターンで実写映画の要素をとりいれたゲームをつくろうと。そんなプロジェクトを極秘に動かすからと、映画系の人たちにオーディションの話がきたんです。それこそ、ヤクザ映画とか最近リメイクされた「今日から俺は!!」に出演していたような人たちに。
──東映のVシネマですね。
松風:20年以上前の話ですが、「今日から俺は!! 」には不良A役とかで僕もでているんですよ。そんな役者たちが集められてオーディションがあり、そのときは守秘義務のハンコを押さないと受けられなかったのをよく覚えています。「なんのオーディションだろう」と思いながら別室に通されると鈴木裕さんがいらっしゃって。僕はそれほどゲームに関心がなかったので、当時は分からなかったですけれど、人によっては「バーチャ(バーチャファイター)の映画化と言ってたのはこれか!」と合点がいったと思います。そんなふうに入っていったプロジェクトで、最初はモーションアクターとしての参加でした。プロジェクト自体が壮大なもので、ゴールが見えないままいろいろなことをやるようになり、途中から明田川さんが合流することになりまして。
明田川:僕が入ったときは、もう松風さんはいたんです。今、松風さんが話したようなことはまったく分からないままでしたけれど。
松風:映画のガチガチなやり方で、長い間撮っていたんですよ。「シェンムー」のプロジェクトは、映画監督の金田龍さん、倉田プロ系列の多賀谷渉さんという殺陣師の方、東宝映像美術さんが参加されていて、実写映画でいうところの「金田組」としてつくっているようなスタンスでした。僕らはまず普通に芝居をして、そのあとにモーションスーツに着替えてモーションキャプチャー用の芝居をし、芝居のときに録れなかった音声は別途オンリーで録ってと、同じシーンの本番を3回ずつやることを続けていました。音声録りは、福島音響の社長である福島幸雄さんが自ら現場にきて、録音技師のガンちゃん(岩丸恒)が音声マイクの竿をもってバッチリ音を録っていたのに、ある日「音声は録り直します」という話が急にきて、現場がざわざわっとしまして。
──それだけの手間をかけて録っていたのにという。
松風:それまで散々、「本番!」とカチンコを打ってしっかり録ってきましたからね。今はなかなかない古きよき映画撮影のスタイルで、僕がそうしたやり方や、昔ながらの映画の魂のようなものを体験させてもらったのは本編(※業界用語で「映画」のこと)ではなく「シェンムー」でした。
 福島音響の社長みずからやってきたのに、それを全部やり直すんだみたいな話になって、当時の金田組は職人肌の気の強い人も多かったですし、僕も役者側では座長のような立場でしたから、「(アニメの世界で)すごい人がきました」と言われても、素直にそうですかと言える感じでもなく、最初の頃、明田川さんは変な空気を感じられていたかもしれませんが……。
明田川:え、「すごい人」って僕のこと?
松風:そうです、そうです(笑)。
明田川:何言っているんだよ(笑)。僕は、それまでシンクロ(※同時録音)で音声を録っているなんて、まったく知らなかったですからね。ゲームの人たちが音声を録るのは普通スタジオで、デッド(※反響音がない状態)な状態で録ることに慣れているから、音の強弱がリアルにでる音声を聞いて「このままでいいのだろうか」となったのかもしれませんね。
松風:そこまで1年以上やっているんですけどね(笑)。あと、途中でハードがセガサターンからドリームキャストに変わったことも大きかったと思います。今思うと切り替える判断が遅い気もしますけど、それぐらい壮大でチャレンジングなプロジェクトだったんですよね。新しいものをつくるために試行錯誤を繰り返していて、それゆえの摩擦もありました。そんななか、明田川さんがいらっしゃったんです。
──明田川さんと会った最初の頃の思い出などありますか。
松風:当時は20代前半で、いきりたっている頃でしたし、失礼ながら悪態をつくようなこともあったんじゃないかと……。「メガレンジャー」の青(メガブルー/並樹瞬役)として主演の仕事をして、これからも何本か当てないとこの業界にいられないだろうという思いもありました。「シェンムー」では、僕自身のことについてはあまりこだわっていませんでしたが、主役として金田組を背負ってやっている気持ちは強く、みんなで手間ひまかけてオッケーのでたテイクを全部録り直すのか、という思いは最初の頃ずっとあったように思います。今振り返るとほんとにクソガキな感じで、「ふざけるな」というふうに明田川さんが思うこともあったんじゃないかなあと。
明田川:ハハハ、そんなこと全然思ってないよ。
松風:だとしたら、よかったです。実際、当時の僕から見た明田川さんの印象はスーパー紳士で、真摯に僕たちに向き合ってくださいました。セガの3号館に立派な大きなスタジオがあって、収録するときは重たい防音扉を2枚へだてて、僕ら演者がいるブースと明田川さんのいるブースに分かれていたんです。指示をだすときはトークバック(※コントロールルームとスタジオブースの連絡に使う機器)で「もう一回」とか「もう少しこうしてほしい」と声をかけるのが普通ですが、明田川さんは僕らのブースまでガチャガチャッとドアを開けてやってきて説明してくれたんです。
 年上のベテランの方がわざわざブースまで来て、「この台本はこういう意図だと思うから、もう少しこんな感じでやってもらえるかな」と。ただ当時の僕は、さきほどお話したように座長としての気持ちがあったため、それでも素直に聞けず、斜にかまえているところがあって。そうしたら、「以前録ったセリフと今録り直したセリフ、聴き比べてみようよ」と言ってくださったんですよね。
──なるほど。
松風:聴いてみるとエンタメの人間として、明田川さんの指示でやったテイクのほうが断然いいことが分かるわけです。それぐらい丁寧に紳士的にやっていただけると、「あ、これは……」と思いますよね。
明田川:僕にとってよかったのは、松風さんが苦労してきた過程を知らなかったからですよ。だから、平気でものが言えたんだと思う。僕はゲームをまったくやりませんから、現場に行ったときも、とにかく渡された台本をもとに芝居をきっちりやってもらうことだけを考えていました。それでも全体像が見えない細切れのセリフしかなかったんですけれど。
松風:登場人物が2000人いて、そのうち300人近くとフルボイスで話せるという世界初の試みが売りでもありましたから、細切れとはいえ台本は毎回400ページぐらいありました。それが毎日ですよ。それぐらいの量をひたすら録っていくという。
明田川:しかも、僕が録り直したセリフをもう一回録りなおすこともざらにあるんだよね。「え、どうしてここを?」と聞くと、「ちょっとここだけ変えたいんで」と。
松風:きっと細かいところは辻褄をあわせながらつくっていたんでしょうね。今でいうオープンワールドのゲームのはしりですから、今振り返っても終わりが見えない果てしない作業でした。収録はたしか週3でしたよね。
明田川:最初の頃は週3でした。
松風:週3回、朝10時ぐらいから夕方まで、明田川さんとほぼスタジオに缶詰でやっていました。僕はプレイヤーキャラクターですから、僕がいなくて話が進むことは九分九厘ないわけです。

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