劇団「地蔵中毒」寄席 vol.1~ふやけ
寿司再生工場~ライヴレポート

『劇団「地蔵中毒」寄席 vol.1~ふやけ寿司再生工場~』と名付けられたイベントが、2020年2月1日(土)、渋谷のユーロライブで開催された。複数の大学の落語研究会出身者の寄り合いで成立している劇団「地蔵中毒」に、本格的な寄席演芸興行をおこなわせようという、SPICE「舞台」編集長の発案により企画されたイベントで、主催にはイープラスと渋谷コントセンターが名を連ねた。
会場となったユーロライブは、若者や初心者が気軽に落語を楽しめる会「渋谷らくご」をサンキュータツオ氏のキュレーションにより2014年から開催してきた、新世代の落語の“発信地”となっている。その「渋谷らくご」では、演者の名前がスクリーンに映し出されるが、地蔵中毒寄席では、伝統にのっとってメクリが登場。鮮やかな筆文字は、出演者のひとり、立川がじらがすべて書いた。また、出囃子には、劇団「地蔵中毒」のテーマ曲を、作曲者である五十部裕明(「宇宙論☆講座」主宰)が、今回のために自ら邦楽風にアレンジした音源が使用されるといった工夫が凝らされていた。
プログラムは、落研出身の劇団員6名(大谷皿屋敷、栗原三葉虫、関口オーディンまさお、かませけんた、東野良平、立川がじら)による落語に加え、学生時代に落研ネットワークで交流のあった芸人(春とヒコーキ、まんじゅう大帝国)による漫才、そして劇団の役者たち(宇都宮マーチ、hocoten、礒村夬)と渋木のぼる(パブロ学級)を加えた短編演劇(作・演出は大谷皿屋敷)といった盛り沢山の内容で、マチネ・ソワレ2ステージとも、当初予定されていた上演時間の2時間15分を大幅に超過することとなった。
左から、関口オーディンまさお、かませけんた、栗原三葉虫、大谷皿屋敷、東野良平、立川がじら。
この公演の模様を、今回は筆者が観覧した昼の部を中心にレポートする。
拍子木の音が鳴ると、観客の意表を突くように、サイバーエージェントの株価の推移を示したグラフがスクリーンに映し出される。これについて何の説明もなし。その後、「地蔵中毒」のメンバーが噺家の衣裳で舞台に登場。関口オーディンまさお、かませけんた、栗原三葉虫、大谷皿屋敷、東野良平、立川がじらが次々と口上を述べた。演劇作品の時とは一味違うメンバーたちの様子に拍手が沸く中、「鏡開き」ならぬ「ジェンガ開き」という儀式により賑々しく開幕が告げられた。
ジェンガ開き
■関口オーディンまさお『熊の皮』
開口一番は、関口。第一子の娘が誕生したことを笑顔で報告し、夫婦の話から『熊の皮』へ。すんなりはじまるものと思いきや、「落語初めての方もいらっしゃいますので、まあざっくり話を説明しちゃいますね!」と言い、『熊の皮』のあらすじを紹介してしまう。そして本編へ。
関口オーディンまさお『熊の皮』
甚兵衛さんは、高圧的な「おっ母」の尻に敷かれて暮らしている。水汲みやお米研ぎを指示されてこなし、不満を漏らせば、「息する肉片」呼ばわりされる始末。そんな甚平さんは、おっ母の指示で、町医者の「先生」のお宅へ、おつかいに行くこととなるが……。関口は独自の解釈により、甚平さんの知性の足りなさや日ごろの不満を、卑屈さや反骨精神へと発展させ、唯一無二のキャラクターに仕上げる。物語自体は古典にのっとって……と思いきや、後半には息をのむ展開も。客席が驚きと笑いに沸く中、「落語と!腕が!!落ちたあ!!!」でサゲ。
関口オーディンまさお『熊の皮』
■かませけんた『蝦蟇の油』
「地蔵中毒」の舞台作品では、大谷の描くストーリーに対して振り切った狂気でダイナミズムを与えるかませ。そんな彼のネタは『蝦蟇の油』。蝦蟇の油売りとは、「さあ!お立会い!」ではじまる売り口上を述べながら、ガマガエルを煮込んで作ったという不思議な油を実演販売する見世物。落語では、油売りの口上が前半と後半の2回披露される。前半の口上で商売が上手くいったのを良いことに、お酒を飲み、後半は泥酔状態で、同じ口上をやってみせるという構成だ。
かませけんた『蝦蟇の油売り』
かませは、どこか如何わしくも堂々とした顔つきで、前半の口上を立て板に水の名調子でやってのけた。酒に酔ってからの景色には、かませのカラーが加わる。油売りの男の純真さや不安定さを、故郷の村、夫婦、子どもを通して立ち上げる。酒に飲まれているゆえのアクシデントもあり、悲しみとおかしみの余韻が残る一席となった。
かませけんた『蝦蟇の油売り』
■栗原三葉虫『天狗裁き』
「地蔵中毒」の旗揚げに関わった最重要メンバーであり、現在は北海道での会社勤務のため劇団活動を休止している栗原三葉虫。最近はPSY(サイ)の「江南(カンナム)スタイル」を聴きながらのジョギングにハマっているのだとか。学生時代からの旧友たちとユーロライブのステージに上がることが「夢のよう」と感慨深げに語り、『天狗裁き』へ。
栗原三葉虫『天狗裁き』
「かんなむすたーいる!」の寝言とともに、目を覚ました八五郎。妻から「何の夢をみていたのか」と問われるも、夢なんか見ていない(憶えていない)ため、答えようがない。しかし「言えないような夢を見ていたのか」と大げんかになる。仲裁に入った熊五郎、大家さん、お奉行様までが「何の夢をみたのか」と問い詰めるが……。
大筋は古典に忠実に終わるものと思いきや、夢から覚めても夢の無限ループが始まる。同じ時間を何度も巡るハチ公を、絶望の運命から救い出す道を探るのは……。『天狗裁き』の物語が、加速し、その先へと突き抜け、笑いとカタルシスが押し寄せる最高のタイミングで、「仲入り」(休憩時間)を知らせる声。大きな拍手の中、「地蔵中毒」寄席は後半へ。
栗原三葉虫『天狗裁き』
■春とヒコーキ/まんじゅう大帝国
「大学時代の落研つながり」をコンセプトにした、「地蔵中毒」寄席。色物にも、落研のネットワークが生かされている。昼の回には、春とヒコーキが登場した。春とヒコーキは、「マッチングアプリや吊り橋効果を活用してモテたい」というぐんぴぃの提案に、土岡哲朗がつきあう漫才を披露。常軌を逸しているのにやけに落ち着きはらった男(ぐんぴぃ)と、それに振り回されながらも、観客の一歩先を行くまっとうなツッコミをする女子(土岡)の攻防が、客席を大いに笑わせた。
春とヒコーキ(左から)土岡哲朗、ぐんぴぃ。
夜の回には、まんじゅう大帝国が登場。田中永真は「あまり印象が良くないから、「地蔵中毒」との関係は隠していた」と語る。さらに「地蔵中毒」の落語を「ご隠居さんって言えば古典だと思ってる」と指摘し、会場ばかりか「地蔵中毒」メンバーたちの笑いも誘った。その勢いで刑事ドラマのネタ、アメリカンジョークのネタを披露。竹内一希は口跡の良さとリズムと雰囲気だけで、何も面白くないアメリカンジョーク風のジョークを飛ばし、田中のフラのあるツッコミで笑いを巻き起こした。
まんじゅう大帝国(左から)竹内一希、田中永真。(撮影:安藤光夫)
■よく出るメンバーも大活躍
観客を楽しませたのは、落語と色物だけではない。一席一席の間にショートコントがあり、落語を披露しない「地蔵中毒」のメンバーたちが大活躍。hocotenと礒村夬が、表情と無言の間で笑いを誘う『亀有』。「地蔵中毒」の狂乱の中でもびくともしない、宇都宮マーチのほのぼのキャラなしには成立しない『吉本』。官能的な装いのhocotenが、色気を乱用して笑いをさらう『道案内エマニエル』。
「道案内エマニエル」
昼の部では栗原がダイナミックに、夜の部では東野がキレッキレの動きで魅せた、『リストカットジンギスカン』。礒村が体現する危ないおじさんが、観客を秒速で爆笑させる『吹奏楽部のミーティングに勝手に来て、スケジュール壊すおじさん』。
「リストカットジンギスカン」リハーサル風景
「地蔵中毒」の演劇作品には、ストーリーを無視し、刹那的な笑いのために登場するキャラクターが無数に存在する。そんなキャラたちに、スポットをあてたようなショートコントだ。「地蔵中毒」のお家芸とも言える笑いのとり方に、観客の誰もが肩を揺らして笑っていた。
「吹奏楽部のミーティングに勝手に来て、スケジュール壊すおじさん」
■大谷皿屋敷『火焔太鼓』/『かぼちゃ屋』
後半の一席目は、劇団「地蔵中毒」主宰の大谷皿屋敷。昼の部では『火焔太鼓』、夜の部では『かぼちゃ屋』と思われる設定の噺を披露した。大谷は、演劇公演のアフタートークなどでみせるシャイなキャラクターの面影はなく、ネタに入る前のマクラから、客席の空気をわし掴みにして爆笑をさらう。
『火焔太鼓』では、道具屋の甚兵衛さんが、おかみさんに、サスマタで壁際へ追いつめられている状態からはじまる。ネイバーまとめを見てばかりいる甚兵衛さんは、仕事に出るよう迫られるが、最近「6本の足がうごめく珍しい太鼓」を手に入れたことを打ち明ける。そこから狂気の世界が延々と……。
大谷皿屋敷
『かぼちゃ屋』では、MacBook Airでネイバーまとめを見てばかりいるニートの与太郎さんが主人公。見かねたおじさんは、与太郎さんに、かぼちゃ売りの仕事をやってみるよう促す。しかし与太郎さんの売り声に集まってくるのは、胎児のホルマリン漬けを求める人や、与太郎の右脳の中にだけ存在する頭がかぼちゃの男など。終盤、物語が古典に戻るかとみせかけて、サゲ間近で無駄な伏線回収によるまさかの事態に……。
大谷皿屋敷
荒唐無稽な設定の連続に、会場は終始爆笑の連続だった。観客の想像にゆだねてこそ成立する世界観にも思える。しかし大谷は、生身の人間である劇団のメンバーたちに、演劇としてこれを体現させている。大谷の笑いに対する貪欲さと不謹慎さに、大きな拍手をおくる一席となった。
大谷皿屋敷
■東野良平『うどん屋』
東野良平は、「地蔵中毒」において、口跡の良さと瞬発力、そして主張が控えめな顔立ちを武器に存在感を発揮。現在は、とあるメーカーの第三のビールのCMに某有名女優と共に出演中につき、オープニングの口上で、商品を懐からおもむろに取り出してみせたり、マクラでは撮影時のエピソードを語りつつも、決してその商品名を出すことはなかった。
東野良平『うどん屋』
高座で披露したのは古典落語の『うどん屋』。そば屋の売り声、つづいて鍋焼きうどん屋の売り声で、観客の気持ちを落語の世界へ引き込んだところで、酔っぱらいが登場する。端正な言葉つきと、丁寧なキャラクター造形が、古典落語の魅力を存分に引き出す。プロの噺家がまとう濃厚な江戸の雰囲気とは一味違う、すっきりとした現代味は、会場や客層とマッチしていた。冬の夜の吐く息の白さ、どんぶりから昇る湯気さえ見えてきそうな一席だった。
東野良平『うどん屋』
■立川がじら『幇間腹』/『短命』
「日本文化を楽しんでいただきたいという、「地蔵中毒」からの贈り物です」と挨拶したのは、立川がじら。立川志らく門下のプロの噺家だが、劇団「地蔵中毒」の主要メンバーの1人でもある。昼の回では『幇間腹』を、夜の回では『短命』を披露した。
道楽好きで、ふつうの遊びにすっかり飽きてしまった若旦那が、鍼医の真似事に目覚め、猫相手では飽き足らず、幇間持ち(お座敷遊びの場での盛り上げ役)の一八に、見様見真似で鍼を刺すという古典落語。がじらは「鍼を打たれた一八が、痛みのあまり走馬燈を見る」という入れ事で、物語に立体感を出す。
立川がじら (立川志らく一門)
走馬燈を見る設定は、栗原からアイデアをもらったものという。"猟奇的な若旦那の奇行"だけに留まらない、『幇間腹』の新たな魅力をつくりあげた。夜の部は『短命』を口演。古典に忠実に、ただし八五郎のおかみさんのキャラクターには、まさかの個性がプラスされ、落語好きから、これが初めての落語というビギナーたちまでをも楽しませ、大きな拍手の中、頭を下げて幕。
■短編演劇 東口
暗転した会場に、突然鳴り響く「いらっしゃいませぇー!」の声。爆音で流れ始めたBGMは、10年以上も前に新宿歌舞伎町のホストがリリースした楽曲「ラブどっきゅん」。照明がつくと、舞台の高座には、先ほど頭を下げたがじらを土台に、シャンパンタワーが組まれていた。
立川がじらをベースにした、シャンパンタワー。
ホスト(礒村)は、ホスト狂の女(hocoten、宇都宮)とともに、ハイテンションでシャンパンコール。「今夜は特別に、先ほど言ったばかりのサゲをもう一度!」と、がじらにマイクを向けるマナー違反の笑いも。
特別に、サゲをもう一度。
そこへ白蛇の化け物で、歌舞伎町のオーナー(東野)や、店のナンバー・ワンのホスト、いそぎんちゃく(渋木)も登場。お豆腐屋さん(栗原)や二世帯住宅を買った人(関口)、伝説のおにぎり屋さん(かませ)に、ケンブリッジ大学を出ているお米マイスター(がじら)も現れる。いつもどおりの「地蔵中毒」の絵が、できあがっていく。
実はこの日、出演予定だったメンバーの武内ビデオが、緊急入院で降板。ピンチヒッターで登場したのは、パブロ学級の渋木のぼる。わずか2時間の準備で、なんの違和感もなく役を全う。礒村とポンジュース・バトルを繰り広げた。
左から、hocoten、東野、宇都宮、磯村、かませ、渋木、がじら。
物語のクライマックスは、「しょんべんが!止まらない!」という状況の栗原の乱入。宇都宮の提案で「しょんべんが早く終わりそうな歌」を歌うことになる。某バンドの、真夏のピークが去った頃の若者のすべてを歌った名曲を、一人ひとりが立ち上がり歌い始め、ついには全キャストによる熱唱。最後の花火を皆で見上げ、ユーロライブが感動に包まれる中、終演した。
休憩時間も含めると、3時間近い公演だったが、バラエティ豊かな番組であっという間。スピンオフイベントと位置付けるにはもったいない、「地蔵中毒」ビギナーから「地蔵中毒」マニアまでをもれなく楽しませる充実の内容だった。今回は「vol.1」だったが、「vol.2」も待ち遠しい。なお、劇団の次回本公演は2020年5月初旬、上演予定。
カーテンコール(撮影:安藤光夫)
取材・文・写真撮影=塚田史香

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