tricot・中嶋イッキュウ&吉田雄介が
メジャー1stアルバム『真っ黒』でみ
せた新たなモードーー「聴いていたら
迷い込んで出られない」

2020年の日本のポップスシーンにおいて、代表的な一作になるのではないだろうか。tricotのメジャー1stアルバム『真っ黒』は、それほどの賛辞を贈りたくなる、非常に深遠な作品となっている。全曲の作詞を担当した中嶋イッキュウが編み出した変幻自在のワードの数々は、言葉遊びの愉楽にあふれており、聴き手のイマジネーションをかきたてる。その中には、今の世の中の風潮を鋭くえぐるようなリアリティーも忍ばされており、ドキッとさせられる瞬間もある。tricotは過去作でも、ユーモアをまじえながら社会のあり様を突いてきた。今作はサウンド面、ワードのセレクト、いずれをとって見てもそれを表現する上での感度があがっている。ひとときの油断も許されないアルバムである。今回は、この圧巻のアルバムを生み出した中嶋イッキュウ(Vo.Gt)、吉田雄介(Dr)に同作について話を訊いた。
――『真っ黒』ですが、実にアーティスティックで素晴らしいアルバムでした。どういった作品像を描きながら制作をされたのですか。
中嶋:『THE』(2013)、『AND』(2015)はライブ映えを意識して作ったので、盛り込みすぎなくらいの内容でしたが、前作『3』(2017)あたりからモードが切り替わったんです。聴いていたら迷路に迷い込むというか、スッと入っていけるけど出られなくなるような、深いものを意識した結果、今後も芸術的な部分を攻めていきたいと思えるアルバムになりました。「こういうものがtricotなんだ」というものはすでに作ることができたので、これからは違った挑戦をしたいと考えていて、その軸となる作品ができあがりました。
吉田:サウンドメイクの部分もかなり攻めました。今回は、全体的に重心を下げるようなイメージで作りました。『3』がtricotのVer.1.5なら、今回はVer.2.0にアップデートできた感覚です。照明が派手にバーンと明るくなって、そこでドカーンと音を出すようなものではなく、どっしり構えて演奏する感じ。でもこれ以上、作り込んでしまうと前のめりなものになり過ぎてしまうので、そのあたりのバランスを意識しました。
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――今作のワード部分でのトピックスとして、「まぜるな危険」「危なくなく無い街へ」「真っ黒」での「混ぜる」というワードがあります。今は風潮的にも、たとえばセクシャリティや人種の問題などで、分け隔てなく「混ぜる」ということについて改めて考える機会が多くなってきました。いろんな人が混じり合うことで、より寛容かつ発展的な社会が生まれるんじゃないかと。
中嶋:確かにそれもあるかもしれません。1曲目「まぜるな危険」に関しては、いろいろとインタビューを受けてきて、多くの方から「メジャーデビューして、インディーズ時代のtricotの持ち味がどう混ざるのか、それを意識したのでは」と、環境の変化の部分について尋ねられることがたくさんあったので、自分でも「無意識にそれが楽曲に出たのかな」と思っていました。ジェニーハイというバンドもやって、確かに環境面は変わりましたし。
――というか、ジェニーハイもそもそも各方面から人が混ざったバンドですよね。
中嶋:ホントだ。人と人、もしくはものとものが混ざりすぎると、本来の特性が消えることもあるだろうし、逆にまた違ったものが生まれるかもしれない。結局、混ざってみないと分からないんです。
吉田:「まぜるな危険」では、混ぜたらと歌っているけど、もちろんこの毒は比喩表現であり、その毒はいいものであると解釈しています。イッキュウが言うように混ぜなきゃ生まれない反応がある。何でも混ぜろとは言わないけど、混ぜた結果「毒ができたからこれはダメだ」とアタマから否定したくない。その毒が何かに使えるかもしれないじゃないですか。tricotだって、多様なジャンルを混ぜて変なことをたくさん生み出してきた。それって楽しめる毒なんですよね。「危険」と言いつつ、いいものだと思っています。
中嶋:この曲の主人公は、そういう毒に対して「何でダメなのかなあ」ととぼけている感じもあるんです。で、毒になるかもしれないことが分かりながら「自分も混ざってみたい」と。
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――お金を払って音楽を聴いたり、映画を観たりすることって、現実では経験できないもの、つまり毒のようなものを見聞きするためだと思っています。ありきたりなものを見せられても魅力は薄いですよね。
吉田:それは表現においても、まさにそうですよね。この前、『スマホを落としただけなのに』(2018)という映画を観たんです。サスペンスタッチの作品なのですが、BGMがポップで明るいのに、映像は怖いという表現の仕方があった。その方が、怖さが膨らんだんです。そうやって全然違うものを混ぜると、味わったことがない面白さに繋がる。やり方次第で、ものは変わっていく。どんどん混ぜて、毒が出て欲しい。
――「混ぜる」という内容に社会的側面が伺えますし、またこのアルバムにはそういったものを内包したような、現代、現実という言葉も多数出てきます。7曲目「順風満帆」の“会社”という言葉も現実味を匂わせる表現ですし。
中嶋:tricot自体がこれまで「今世の中で何が起きているのか」を曲にしてきましたし、結成して10年の間で言えば、SNSが特に普及して、もはや現代の中で当たり前のものになりましたよね。『THE』の「POOL」でそれについて歌いましたし、ミュージックビデオでも、自分たちが演奏している様子をみんながムービーで撮るという、まさに今を風刺しました。現代を切り取る、というテーマにおいては「=(イコール)tricot」として付いてまわると思います。
――2曲目「右脳左脳」はそういう現実を指して、とまで言っている。とてもリアルでドライな見え方ですし、この楽曲自体、現在の世の中に対しての危機感も抱かせます。
吉田:たとえばドラムにしても、僕自身、現在流行のスタイルを冷静に見て考えるようにしています。そして自分の中で、良い悪いをはっきりさせる。今のドラムってみんなの嗜好性が同じところにいっている気がしていて。じゃあ自分は実験的な感覚でやってみようとか。ただの逆張りはダサいけど、ドラムに限らずさまざまな場面でみんなが同じものを好きになっているところがあるので、その辺りの問題定義を曲の中でやっているつもりです。
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――今作のドラムは、どういった部分を意識してプレイされているんですか。
吉田:全体的にサウンドは古めなんです。かつて流行した感じの音を出していて、使用したセットも古め。オールドライクの音楽なんです。でも、感覚は決して古くない。プレーの内容、ドラムの入り方などは特に新しさを意識しています。それもまた「まぜるな危険」ということなのかもしれません。そういうミスマッチをとことんやってみました。
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――先ほど中嶋さんがSNSの話をされましたが、8曲目「なか」でという歌詞があります。これなんかはまさに、SNSを想起させる内容ですよね。
中嶋:SNSはそういう感覚が顕著で。私自身は誰かのツイートを見て羨ましく思ったりしないけど、自分の周りには、誰かの発言にすごく影響を受けてしまう人が結構多いんです。だから、そういう人は「SNSはあまり見ないようにしている」と言っていました。私はスマホをずっと触っているタイプなのですが、SNS断食をしている人を見ると、「なぜみんなそこまで影響されちゃうのだろう」と考えるんです。
吉田:僕は、あえて誰かに影響されたくてSNSをやっているところがあります。放っておいたら何からも影響をされない人間なので。それは音楽をやる上で良くないと思って。自分は、思っていることをあまり曲げないタイプだし、それが良くないと分かっているから、人が「好き」というものをあえて「良い」と思うようにしています。音楽チャートのランキングもめちゃくちゃ意識しています。
中嶋:他の人の感性を受けとって、自分を養っているってこと?
吉田:そう。流行しているものには必ず理由があるのだろうし、SNSでみんなが「良い」と言っているものを見て、あえて嫉妬してみたり。エゴサーチもたくさんします。それで一喜一憂したり、惑わされたりするようにしています。いろんな人のツイートをわざわざ見に行って、ずっと惑わされていて。あとSNSだけではなくテレビもちゃんと観ますね。情報収拾はかなりしている方じゃないかな。
中嶋:私はボーカルなので前に出る機会が多いですし、SNSで叩かれることもたくさんある。エゴサーチをしたら、いろいろ出てくるじゃないですか。でも、全然気にならないんです。おもしろいアンチだったら、それをライブのMCなんかでネタにできるから。だけど、おもしろくないdisってめちゃくちゃ腹が立つんです(笑)。だって、おもしろくないから。でもセンスのいいdisは嬉しくて。新しいキャッチフレーズができた感覚になるんです。結局そういうことって、今の時代は本人に直接伝わりますよね。
――そうやっていろんな情報や感情に埋め尽くされて、「真っ白」だったものが、「真っ黒」になっていく。12曲目「真っ黒」は読み応えのある歌詞でした。という詞は解釈や批評のしがいがある内容です。
中嶋:私の中にはいつもどこかに、「歌の中で何か悪いことをやらかしたい」という気持ちがあるんです。ヤンキーイズムへの憧れというか。そういう悪いものを綺麗に歌ってみたくて、できるだけ尖った言葉をナチュラルにメロディに入れてみました。
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――2月1日からスタートする『真っ黒リリースツアー「真っ白」』ではこれらの楽曲がどのように受け止められるか、楽しみですね。
吉田:先ほどお話をしたように、tricotのVer.2.0を感じてもらえるライブになるでしょうし、僕らもまだ見たことがないVer.2.5、Ver.3.0を想像してくれる人が出てきてほしいですね。「これからどうなっていくんだろう、このバンドは」と思ってもらえるツアーにしたいです。
中嶋:アルバム自体、今までとガラッと変わった部分もありますし、その世界観をより深く作っていきたいと考えいているので。もう二度と味わえないようなツアーにするつもりです。
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取材・文=田辺ユウキ 撮影=渡邉一生

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