アリスの多彩な魅力が詰まった
ヒットアルバム『ALICE VII』
フォークに留まらない音楽性
M1「Wild Wind-野性の疾風-」とM2「12°30'」から、このグループは少なくとも我々が想像する典型的なフォークグループではないことがはっきりと示されている。簡単に言えば、ともにブルージーなのだ。アコギのストロークは意外にも…と言ったらいいか、かなりシンプルで、そこに大きなポイントが置かれているわけではないことは間違いない。それよりも全体的にオルガンが渋く鳴っていたり、M2ではブラックミュージック的な女性コーラスが重なったりと、ブルース、ソウル、ロックの匂いがプンプンする。
ブルージーな感じはそれ以後も続くのであるが、とはいえ、そう単純な話ではないのがこれまた面白い。アルバムの先行シングル的な位置付けだったと思われる、続くM3「夢去りし街角」もひと筋縄ではいかない、なかなか興味深いナンバーである。メロディーは堀内孝雄らしいと言える、やや演歌チックな印象だが、展開はA、Bメロの繰り返しで、歌謡曲、今で言うJ-POPとは性格が異なる。はっきりとしたサビがない分、転調することで歌の起伏を出しており、それによってベーヤンならではの歌唱を聴くことができるのもポイントだ。加えて、M3は所謂“ウォール・オブ・サウンド”を取り入れているのも注目に値するだろう。ウォール・オブ・サウンドから多大なる影響を受けた日本人アーティストのひとりである大瀧詠一が、そのサウンドの集大成と言っていい自身のアルバム『A LONG VACATION』や、プロデュース作である松田聖子「風立ちぬ」を発表したのが1981年。『ALICE VII』のリリースはそれより2年くらい早かったというのもまた興味深い事実ではある。
M3ほどではないけれど、M6「永遠に捧ぐ」のサウンドもほんのりとその香りが感じられるところで、この辺りからもアリスがアコギ基調のフォークソング制作に腐心していたグループではなかったことがはっきりとうかがえる。M4「未青年」やM5「ゴールは見えない」は、その歌メロは昭和歌謡的フォーキーさを湛えた印象はあるものの、M4のサウンドはやはりブルージーであって“ポップン・ブルース”とも言うべき代物に仕上がっているし、ツービートのリズムが引っ張るM5はロックのアグレッシブさが十分に注入されており、フォークに留まらないアリスの独自性といったものを感じるに十分である。
M7「チャンピオン」以降、アナログ盤で言うところのB面はさらにすごい。アリスの代表曲と言っていいM7がメロディー、サウンド、歌詞そのすべてにおいてドラマチックさ、スリリングさを示す一方、のちにシングルカットされたM8「秋止符」はアコギのアルペジオが全体に渡って横たわる、落ち着いたミッド~スローなナンバー。そして、M9「ルート・サンシャイン」は芳野藤丸(SHŌGUN!)のアレンジも冴える典型的なR&R。M10「緑をかすめて」はどこかケルトっぽい雰囲気もありつつ、間奏のサックスでも分かる通り、AOR風味が強い。落ち着いた感じがM8であれば、M9は味わい深いといった感じであろうか。ラストのM11「美しき絆-ハンド・イン・ハンド-」も「秋止符」と同時にシングルカットされた楽曲だが、これはThe Beatlesを意識したものであろう。歌詞のテーマも、のちにユニセフのイベントへテーマ曲として提供されたことも納得のラブ&ピースであり、フルートの使い方や間奏のブラス、アウトロ近くでリフレインのテンションが上がっていくところなどには、明らかに「All You Need Is Love」のオマージュが感じられる。
斯様にザッと見ても、(少なくともB面は)1曲たりとも似たような作風がないのである。バラエティに富んだ作品というのは今も昔もないわけでないけれども、ここまで幅広い音楽性を持ったアルバムは、ソロアーティストはともかくとして、当時のグループやバンドでは珍しかったのではなかろうか。この辺はメンバー全員がコンポーザーであって、本作では3人それぞれに作曲し(谷村4曲、堀内4曲、矢沢3曲)、アレンジャーを5人も擁していたからであろうが、それにしても、グループ自体のキャパシティが広くなければそう容易くできる芸当ではない。子供の頃の筆者はこのキャパの広さをストレートには理解できなかったが、あれから40年が経った今、これがアリス自体の寛容さから導き出されたと考えると、改めて偉大なグループであることを感じたところである。
その歌詞世界は今も色褪せず
《つかみかけた熱い腕を/ふりほどいて 君は出てゆく/わずかに震える 白いガウンに/君の年老いた悲しみを見た》《ロッカールームのベンチで君は/切れたくちびるで そっとつぶやいた/You're King of Kings/帰れるんだ これでただの男に/帰れるんだ これで帰れるんだ》(M7「チャンピオン」)。
《友情なんて呼べるほど/綺麗事で済むような/男と女じゃないことなど/うすうす感じていたけれど》《心も体も開きあい/それから始まるものがある/それを愛とは言わないけれど/それを愛とは言えないけれど》《あの夏の日がなかったら/楽しい日々が続いたのに/今年の秋はいつもの秋より/長くなりそうなそんな気がして》(M8「秋止符」)。
まずM7「チャンピオン」。演歌はともかくとして、流行歌の世界において恋愛以外のモチーフは珍しいと言わざるを得ないが、ボクサーを主人公とした同曲はシングルチャートで1位になっているのだから、これもまたアリスというグループの非凡さを後世に残す一線級の証拠であろう。闘いを描きながらもその高揚感だけでなく、悲哀を注入しているのがポイントだろうか。
そして、M8「秋止符」。《男と女》《心も体》《愛》といったフレーズがあるのでこちらは恋愛もので、おそらくはロストワンソングであろうが、そのシチュエーションはM7とは明らかに別次元である。それだけに留まらず、M8は(個人的には…だが)40年経ってもはっきりとした物語がよく分からない。そういう作りの歌詞だ。ただ、その内容はよく分からないけれども、そこに横たわる複雑でありながらも決して前向きにはならない感情は、聴く度に脳内へ侵入してくるかのようで、優れた楽曲であることは今も疑う余地はない。
そして、最もすごいのは、これを同じ人が書いているということではなかろうか。谷村新司、その人である。本作以外でもアリスのほとんどの歌詞はチンペイ氏が手掛けており、多作な上に多彩なアーティストなのであった(『ALICE VII』ではM10「緑をかすめて」だけが矢沢の作詞)。この辺は直接関係があるかどうかは分からないが、ラジオパーソナリティとしてさまざまなトピックを我々に語りかけてくれたチンペイ氏の懐の深さと、勝手に重ねたいところでもある。40年前に感じた氏の大人の魅力は、確かに『ALICE VII』に詰まっていた。
TEXT:帆苅智之