岐阜・可児と英国・リーズの両劇場に
よる日英共同制作公演『野兎たち』が
2月に開幕~製作発表レポート

岐阜の<可児市文化創造センター(通称:ala/アーラ)>と、イギリスの<リーズ・プレイハウス>による日英共同制作公演『野兎たち MISSING PEOPLE』が、国内では2020年2月に東京・新国立劇場 小劇場とalaで上演される。去る1月16日、その制作記者発表がalaにて行われた。
『野兎たち MISSING PEOPLE』東京公演チラシ表
ともに〈高水準の舞台制作〉と〈地域社会の健全化〉を基本理念に掲げ、地域の全ての人々に向けた「生きがい」や「居場所」の創出に取り組んでいる日英の両劇場は、2015年3月に劇場提携を締結。以降、劇場スタッフやアーティストが互いの文化活動を学び、地域コミュニティにおける劇場の役割に関しての概念を共有していく中で、ついに共同制作を行う運びとなったのだ。
英国のハロルド・ピンター新作委託賞を受賞した劇作家、ブラッド・バーチが書き下ろした新作を、英国内外で活躍するマーク・ローゼンブラットと文学座の西川信廣が共同で演出する本作は、とある一家の関係性などを通して、“個”に生きる現代人の孤独をあぶり出し、人々の幸福のあり方を問う、新しい家族の物語だ。
【STORY】
岐阜県可児市、中村家に、ロンドンで暮らす娘・早紀子が、婚約者・ダンとその母・リンダを伴い帰ってくる。母・千代が迎え入れ、しばし流れる和やかな異文化交流の時間。だが早紀子は様変わりした自室や、娘の帰省を知りつつ不在を決め込む父・勝に不信感を募らせ、「“違う生き方”を選んだことで、自分は今も両親に罰せられているのだ」と鬱積した想いをダンに吐露する。やがて、早紀子の兄・弘樹の見舞いと称して、彼の同僚・浩司が来訪する。名古屋で妻・康子と暮らすはずの兄。次第に、知られざる家族の姿が浮き彫りにされていく──。

会見当日は、alaの館長兼劇場総監督で本公演のプロデューサーである衛紀生をはじめ、演出のマーク・ローゼンブラットと西川信廣、作者のブラッド・バーチ、出演者のサイモン・ダーウェン、アイシャ・ベニソン、スーザン・もも子・ヒングリー、小田豊、七瀬なつみ、田中宏樹、永川友里が登壇。総勢11名が顔を揃えた。
1998年に初めてリーズ・プレイハウスを訪れたという衛紀生は、「市民の皆さんが本当に楽しそう集っている様子を見て、こういう劇場が日本にもあれば……という思いを抱いた。この劇場へ来て(2007年就任)すぐに私は、当時の芸術監督に「リーズ・プレイハウスと提携をしましょう」と提案をして、それから約7年後の2015年に提携関係を結ぶことができました。このalaという劇場は、リーズ・プレイハウスをベンチマークとしてとにかく追いつこう、ということで作ってきましたので、個人的にも非常に感慨深いものがあります。今回の共同制作は大きな事業で大変なことではありますが、私の仕事はほぼ90%終わりました。あとは2人の演出家や俳優さんたち、スタッフに委ねる気持ちでおります。きっと新しい家庭劇として提案できるんじゃないか。単にイギリスの劇場と日本の劇場が一緒に何かを創るということではなくて、リーズ・プレイハウスとalaが持っている経営理念、つまり「演劇或いは芸術を通して社会課題と向かい合おう」というような、それ自体が解決にはならないけど解決に向かわせるという社会包摂的な経営をしているという意味で、私共もリーズ・プレイハウスと同じ足並みで今後も進み、その第1ページ目がこの共同制作だと思っております」と、会見冒頭の挨拶で熱く語った。
左から・プロデューサーの衛紀生、演出の西川信廣、演出のマーク・ローゼンブラット
また、演出の西川信廣は、「衛さんからお話があった通り、リーズ・プレイハウスとalaの、今までやってきた仕事の集大成であり、同時に新しい関係のスタートだと思っております。alaで衛さんといろいろな仕事をしてきましたが、まさかイギリスのリーズ・プレイハウスと一緒に作品を創るとは思っていませんでした。この企画が持ち上がって、ずいぶん長い間話をしたんですけども、とても興奮し、かつ楽しいです。昨年12月からリーズ・プレイハウスで稽古を始めて、マークと一緒にお互いにあるものを出し合い、無いものを補い合うということをやってきまして、現在は芝居的にも一番大変な時期で、ほとんどバトルに近いと言ったらいいのか、生みの苦しみと言ったらいいのか、そういう状態です。でも、とても良いカンパニーで、良い作品になるんじゃないかなと思っております」と、本作に対する思いを語った。
同じく演出を手掛けるマーク・ローゼンブラットは、「リーズ・プレイハウスではアソシエイト・ディレクターをしています。衛さんとリーズ・プレイハウスの芸術監督であるジェイムズ・ブライニングがまず最初のアイデアを共有しました。社会の片隅に追いやられた人たち、もしくは社会から疎外されている人たちについての話をやっていきましょう、ということでした。それが今、非常に演劇的なものになっています。これを進めていったのはすごく楽しかったです。日本とイギリスの両方の観客が何か感じられるものにしていこうと、3~4年前に、イギリスの登場人物と日本人の登場人物を出して、そのミックスで戯曲が書けないかと思いました。日本の文化と社会をいろいろリサーチしている時に日本の現象として興味深かったことは、社会のプレッシャーがすごくあって、失踪したり行方不明になったり、突然いなくなる人たちがたくさんいる、ということでした。一番重要なのは、失踪した後に残された家族はいったいどうやってそれに向かっていくのか、いうことです。すごく難しいことですけれども、作家のブラッドさんがそれを戯曲にしたんです」と、企画の経緯を説明。
創作の経緯を語る、作者のブラッド・バーチ
日本各地を取材して本作を書き下ろしたという作者のブラッド・バーチは、「特に今回、イギリスの観客、日本の観客、両方の国の観客に観ていただくということは、とても光栄なことだと思っています。行方不明者や失踪する人たちをいろいろと探求していくというこの作品のテーマは、どこでも起こり得ることで、誰も知らないような家庭を描いているわけではないんですね。イギリスと日本の共同制作と紹介されましたが、私はウェールズ人で、ウェールズはイギリスの中のひとつの国でもあるので、3カ国の共同制作と考えてください」と。
これまで3回日本を訪れ、東京・大阪・可児・名古屋でさまざまな分野の専門家に会い、話を聞いたのだという彼は、「貧困について詳しい方や、子ども食堂、学校で苦労している子ども達の面倒をみる機関をセットアップした方にも会いましたし、自殺したい人の電話相談所のようなところも取材しました。非常に心に残ったのは、大阪の釜ヶ崎を訪ねたことです。釜ヶ崎では行方不明者とか失踪した方たちが居住しているんですが、ここはもちろん自分の住んでいる国とは違う国であるという、それがひとつあります。そういう時は非常に注意深く、実際に暮らす人々の経験を感じながら、それをお芝居にしないといけないんですね。そこで感じたのは、日本とイギリスは、直面する課題が同じだということです。例えば、貧困に関することやメンタルヘルスの問題、或いは社会の構造など、そういったことは日英に非常に共通していると思いました。もうひとつは、常田景子さんの翻訳がなかったら全くこのお芝居は成り立ちませんし、私もずっと現場にお付き合いしていますけれども、通訳の臼井幹代さんを介して伝えることも多いので、翻訳家と通訳の重要さもこのお芝居では非常にエッセンスになっている、ということです。それも是非ひとつ、付け足したいことです」とも語った。
さらに7名の俳優陣もそれぞれ、この作品にかける意気込みを以下の通り語った。
出演者一同。前列左から・永川友里、アイシャ・ベニソン、スーザン・もも子・ヒングリー、七瀬なつみ 後列左から・サイモン・ダーウェン、小田豊、田中宏樹
【出演者コメント】
◆ダン・ヒューズ役/サイモン・ダーウェン
「この素晴らしい劇場で仕事ができることを非常に光栄に思っています。2月の上演が待ちきれないです。前に仕事をしたことのあるイギリス人の役者さんや、非常に尊敬している作家と、こちらの演出家と一緒にお芝居を創っていけるのは本当に楽しいし光栄です。また、新しく日本人の役者さんと一緒にお芝居を創れることも大変な喜びです。演劇を創る時の稽古のやり方というのはどこでも同じかなと思っていたのですが、実際にはいろいろと違うことがあって、ここで稽古をしている時の劇場の皆さんの歓迎ぶりやホスピタリティには、とても感動しています。それはきっとこの後、新国立劇場で公演する時にもいろいろな新しい、素晴らしい発見があると思っています。このお芝居では、コミュニケーションの重要さをずっと語っているんですね。もちろんイギリス人と日本人の登場人物が出てきますから言葉の違いもありますけれど、同じ言葉を喋っていてもコミュニケーションが無い、ということはよくあるので、コミュニケーションの重要さというのをこの芝居ではとても大切にしています」
◆リンダ・ヒューズ役/アイシャ・ベニソン
「素晴らしい時を過ごしています。ありがとうございます。イギリス以外の外国でいろいろな仕事をしてきましたが、今回の経験というのは初めての素晴らしい経験です。日本人の役者さんと一緒に芝居を創るのは本当に初めてで、稽古の時でもやり方が違うんだな、と思う時もあります。ですが、それでもみんなでまとまってやっていく。こうやってお芝居を創っていくということは、みんなが家族であるということなので、本当にいま、家族を作ってやっています。今回の作品作りというのは素晴らしいアドベンチャーなんですね。もうひとつ付け足したいのは、このお芝居のイギリス人の家族はヨークシャーが舞台になっているんですけども、私もヨークシャーの出身だということです」
◆中村早紀子役/スーザン・もも子・ヒングリー
「私は東京生まれで母が日本人です。ずっとイギリスに住んで演技をしてきたわけですけども、やっぱり日本で、日本語で演技をしたいという気持ちがあって、このオーディションに燃えました。早紀子役ができるのは本当に嬉しく幸せなことで、頑張りたいと思います。今回、可児にみんなで来て稽古をしていますけれど、早紀子という役は可児生まれ、可児育ちで、ここがちょっと物足りなくなり違う世界が見たくなって海外に行ってしまったわけです。ロンドンでダンという方と出会い、その婚約相手と母親を連れて、本当は帰って来たくないけれど故郷に帰って来る。そこでいろんなハプニングがあるわけなんです。しかし、可児というはどういうところなのかをここに居て感じられるわけで、自然が綺麗だとか、いろいろなボランティアの方に来ていただいたり、差し入れをいただいたり、土地の美味しいものを食べさせてくれたり……何か身につけられるものがあればそれを感じようとしていて、それをどうにか演技に入れられたらな、と思っています。いろいろな人に観に来ていただけると嬉しいです」
◆中村勝役/小田豊
「alaとリーズでこういう芝居をやるというのを衛さんから聞いて、それはぜひやりたいと思って、無事できることとなり、非常に嬉しく思っています。これは単なる翻訳劇じゃなくて、作家も共同作業みたいな形で創っていて、イギリスチームの素晴らしい俳優さんたちと交わるシーンも本当に頑張っております。イギリスの人たちと日本人では芝居を創っていく流れが違っていて非常に苦労もしますけれど、いま生みの苦しみで頑張っております。ぜひこの公演が、alaとリーズのためにも成功することを願っております」
◆中村千代役/七瀬なつみ
「リーズ・プレイハウスとalaの共同制作第一弾という、本当に興味深い、こういう作品に参加できることを非常に嬉しく思っております。alaに滞在してお稽古をするのは約3年ぶりで、2回目になります。お芝居のことだけに集中して自然豊かなところで過ごせるお稽古期間というのは、役者として本当に幸せなだなぁと、豊かな時間を過ごせております。そして今回はイギリスチームの皆さんともいろいろコミュニケーションをとって、多少苦労はしていますけども、非常に刺激的な良い作品づくりが出来ているなぁと思いながら、やっております。私はもも子さんの母親役をやらせていただきます。イギリスで頑張っている娘が10年ぶりにフィアンセとその家族を連れて帰ってきて、とても幸せなお話で始まるんですが、それぞれの家族のいろんな問題が出てくる。家族って、とっても近い存在なのに実はコミュニケーションというものが近いからこそとても難しい、みたいなものを感じる作品で、家族って何なのかな? とか、人の幸せって何なのかな? とか、そういうことをたくさん感じていただける作品になると思います。たくさんの方に観ていただけたら、と思います」
◆斎藤浩司役/田中宏樹
「この作品はウェールズ人のブラッドさんが、日本の文化とかそういったものを尊重して、理解しようとして書いてくれた脚本で、しかも日本を舞台に書いてくださったので、僕たちもホンに負けないようにしっかり良いお芝居をしないといけないなと思っています。このカンパニーは本当にすごく温かくて、演出家もイギリス人と日本人ですし、俳優もイギリス人と日本人なんですけど、違うからこそ一生懸命お互いに寄り添おうとして、理解し合おうとしてるからこんなにいつも温かいのかな、と思っています。ただ、この作品に出てくる登場人物はみんなそれぞれものすごく苦しんでいて、どれも違う苦しみではあるものの全員が苦しんでいるので、僕も彼らに負けないように、この可児市の空気を吸いながら、稽古場でもがき苦しんで良いものを創っていきたいと思います。それぞれの苦しみがどういう風な結末を迎えるのかはまた別なんですけど、どんな場所の人、どんな国の人でもそれぞれで感じていただけるものがあると思うので、ぜひたくさんの方に観ていただきたいと思っています。喜んでいただけるように頑張ります」
◆中村康子役/永川友里
「この企画は本当にすごい企画だなと思います。それに参加できることがとても幸せです。この作品を読んで、役作りの中でいろいろ考えていることがありまして、家族のあり方とか、夫婦のあり方、幸せ、孤独って、何なんだろうな? というのを毎日自問自答しています。正解は無いと思うんですけど自分なりの答えをこの稽古中に見つけ出せたらいいな、と思っています。また、私も東京出身なんですけれど、演じる役は岐阜出身という設定なので、朝、可児川沿いを歩きながら想いに耽っていると、あぁ、こういうところで暮らしたんだな、こういうところで育ったんだなと、滞在しているからこそ出来る役作りというのがありまして、そういう環境を作っていただけたことをすごく幸せに思います。イギリスチームと日本チームの家族のあり方とか、そういうものを良い化学反応で舞台上で見せられたらいいなと思います。よろしくお願いします」

ちなみに、『野兎たち MISSING PEOPLE』というタイトルに決まった経緯について衛は、「“野兎”という言葉は、かなり早い段階でブラッドの方から出てきました。野兎というのは、穴に潜って臆病者で、時々穴から出てきて餌を食べるとすぐに自分の穴に閉じこもってしまう。いわば孤立している、或いは孤独である。そういう意味では、お客様にイメージを喚起させやすいのではないか、という思いがありました。『ミッシング・ピープル』という英題が付いていますが、邦題はそのまま『野兎たち』でいいんじゃないか、と、このタイトルになりました」と説明。
マークからも、「正直なことを言いますと、地域劇場で新作に対して観客を集めるというのは結構難しいんですね。『野兎たち』というタイトルは非常に比喩的で、観客はどういう芝居なのかがよくわからないので、リーズ・プレイハウスからリクエストがあって、このストーリーのエッセンスである『ミッシング・ピープル』というタイトルを追加しました。“MISSING”という英語には、ただいなくなった、失踪した、ということだけではなく、「いなくなった人を恋い焦がれる、懐かしく思う」というダブルの意味があるんですね。そのダブルの意味がイギリス人にはわかるので、『ミッシング・ピープル』になりました」と説明が追加された。
さまざまな質疑応答も含め、1時間超に及んだ会見は、「2008年にalaのテーマを<家族と絆>に決め、そういうものに貢献できるような劇場にしようと思い、作品もさまざまなコミュニティプログラムもかなり意識的に、<家族と絆>に関連するものをピックアップしてきました。それが今回はリーズ・プレイハウスという、同じような地域社会への働きかけをしている劇場と共同制作することになりました。どんな作品でもいいわけではなく、やはりこれじゃなきゃいけなかったよね、と思えるような作品に仕上がればいいなぁと思っています」という衛の言葉で締めくくられた。
尚、本作は国内公演の後、2020年3月12日~21日にはイギリスのリーズ・プレイハウスでの上演も予定されている。
取材・文・撮影=望月勝美

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