『愛していると云ってくれ』から
滲み出ている
中島みゆきにしか
成し得ない問答無用の迫力
豪華演奏陣が醸し出す力強さ
それ以外の楽曲にしても、どれも基本的にメロディはフォーキーなのだけど、M2「怜子」、M5「化粧」、M7「あほう鳥」はロック色、M4「海鳴り」、M6「ミルク32」、M8「おまえの家」はブルース色があると思う。もろに8ビートだとか、もろにブルーノートスケールがあるというわけではないけれども、楽器のアンサンブルにそれらが感じられる気がするのである。リズム隊が入っているものには躍動感があり、バックの音数が少ないものでもとてもエモーショナルだ。それも本作の参加ミュージシャンの顔触れを見て納得。つのだひろ(Dr)、後藤次利(Ba)、増田俊郎(Gu)、坂本龍一(Pf)、斉藤ノブ(Per)──。そりゃあ、そのサウンドに躍動感がないわけがないし、どう演奏してもエモーショナルになるであろう。楽曲にある力強さを彼らが余計に注入しているようでもある。アルバムの世界観が後ろ向き一辺倒にならないというか、暗黒世界に引きずり込まれるようにならないのは、こうした背景もあると思われる。
ラストの「世情」をどう読む?
《世の中はいつも 変わっているから/頑固者だけが 悲しい思いをする/変わらないものを 何かにたとえて/その度崩れちゃ そいつのせいにする》《世の中は とても 臆病な猫だから/他愛のない嘘を いつもついている/包帯のような嘘を 見破ることで/学者は世間を 見たような気になる》《シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく/変わらない夢を 流れに求めて/時の流れを止めて 変わらない夢を/見たがる者たちと 戦うため》(M9「世情」)。
《シュプレヒコール》という言葉から学生運動をモチーフにしているのではないかと言われているようだが、作者である中島本人はこれがどういう内容であるのか一切語っていないのだから、何とも言いようがない。1981年のTVドラマ『3年B組金八先生』の劇中歌で使用されたことでその物語に引っ張られたのだろうか、反抗の敗北を綴ったものだという意見もあるようだし、そこからさらに進んで、二項対立を歌ったものだという見解もあるようだ。それらも真実かどうか分からない。筆者も一応考えてはみたが、よく分からないので考えることを止めた。ただ、ひとつ分かることは、難解であるがゆえに聴いた人はこの歌詞の意味を考えるではないかということだ。聴き流す人がいない…とは言わないが、M8までの楽曲はそこにある物語は比較的分かりやすいだけに、“おや?”と思う人が多いのではなかろうかと思う。まぁ、その辺は筆者の私見ではあろうけれども、この『愛していると云ってくれ』がM9「世情」で終わっていることで不思議な余韻を残しているのは間違いないのではなかろうか。そんなアルバムはそうない気はする。けだし名盤と言うべきであろう。
TEXT:帆苅智之
関連ニュース