高泉淳子の「人間への愛」に満ちた舞
台の新境地『俺× 僕のフレンチ ~ア
・ラ・カルト公認レストラン~』

今年も『ア・ラ・カルト』の季節がやってきた。1989年から毎年クリスマスの時期に青山円形劇場で上演されてきた、フレンチレストラン「ア・ラ・カルト」を舞台にしたショートショートのお芝居と生演奏の音楽で綴る音楽劇で、様々な変遷を経ながらも昨年30周年を迎え、この季節の風物詩として定着し続けている。しかし、今年は『ア・ラ・カルト』は開催されないのだという。青山円形劇場が入る渋谷・こどもの城が2015年に閉館し、それ以来『ア・ラ・カルト』は移動レストランとして様々な場所で上演されてきた。しかし、今年に限ってどうしてもクリスマス時期に公演を行う会場を見つけることができなかったそうだ。多くのファンが残念に思ったことだろう。
大きく肩を落とした人物がここに一人いる。その人の名は、高橋。レストラン「ア・ラ・カルト」の常連客という、高泉淳子が演じ続けているこの作品の名物キャラクターだ。
「『ア・ラ・カルト』を訪れることのできない12月なんて、どうすればいいのか……」
途方にくれた高橋は、こう思い立つ。「そうだ、自分で店を開けばいいんだ!」と。こうして高橋は10日間の有給休暇を取り、期間限定レストラン『僕のフレンチ』をオープンするのであった……。
そんなストーリーのもと、eplus LIVING ROOM CAFE & DININGで2019年12月10日(火)〜12月19日(木)に上演されたのが、『ア・ラ・カルト』の番外公演『俺✕ 僕のフレンチ 〜ア・ラ・カルト公認レストラン〜』だ。
この会場は生演奏のライブを楽しめるカフェレストランで、食事とドリンクと共に、音楽ライブをはじめ、ミュージカル俳優たちによるショーなど、様々な催しが行われている。劇場で上演される『ア・ラ・カルト』では、観客はその物語を客席から俯瞰して見ていたが、今回はレストラン全体がステージになっているので、観客も高橋のレストランに訪れたような気分で、飲食しながら物語の一部になって楽しむことができた。
演劇公演をするには手狭なサイズのメインステージで、高橋(高泉淳子)の他に出演する俳優はひとり(采澤靖起)だけ。あとは中西俊博率いるおなじみのバンドメンバー総勢4名と、日替わりゲスト1名の合計7名の出演者でステージは繰り広げられる。
まず高橋が登場し、レストランの店長としてご挨拶。客席には心配で様子を見に来ていた高橋の会社の後輩・小澤(采澤)の姿も見える。すると高橋は、小澤を無理やりステージに引っ張り込み、お店を手伝わせることにしてしまう。最初はしぶしぶだった小澤だが、あまりにも頼りない先輩のせいか、次第にテキパキと働き出して……。
采澤がスタッフ的な役割もこなしつつ、忙しく立ち回る高泉をしっかりサポートし、控えめながら確かな存在感で舞台の土台を支えていた。演奏隊はさすがの安定感でステージを華やかに、そして時には温かに彩る。今回は高泉との絡みも多めで、各々がお茶目な素顔をのぞかせる瞬間も楽しい。
筆者が訪れた日のゲストはダイアモンド☆ユカイ。『ア・ラ・カルト』シリーズには初参加ということもあってか、高橋とのトークコーナーではちょっとだけ堅めな雰囲気も漂ったが、本業の歌では技術力の高さを発揮し、バンドとの息もぴったりで素晴らしい歌唱を披露した。また、朗読劇では高泉演じる娘の父親役を演じ、自然体の柔らかな演技で俳優としての顔も見せた。
さて座長・高泉だが、今回ももちろん期待通り、おっちょこちょいなサラリーマン・高橋から、おませな少女、味のある老女など変幻自在に何役もこなしている。毎度のことではあるが、無理に老け役をしたり若作りをしているようには全く感じさせないところが見事だ。高泉がそれぞれの役になりきることができるのは、役に対する深い愛情と理解があってのことだろう。様々な役をこなす高泉の、老若男女問わない「人間への愛」を感じることができ、それが『ア・ラ・カルト』シリーズの決定的な魅力となっている。
途中、高泉が「劇場とは違った味わいを楽しんで欲しい」と語った通り、今公演は劇場や比較的大きめなライブレストランで上演されたこれまでの『ア・ラ・カルト』とは一線を画した新たなショーとなっていた。決して広くないステージでどこまでできるかという制限があったからこそ、新たなスタイルが生み出されたわけで、結果論だが上演する場所が見つからなかった、というのは、この会場と出会うべくして出会った、ということなのではないか、とも思える。演劇メインでそれなりのアクトスペースを必要とする従来通りの『ア・ラ・カルト』をこうした会場で上演することは難しいかもしれないが、今回のような比較的音楽やパフォーマンスに比重を置いた新たなスタイルが加わったことで、30周年を経てもなお進化し続ける『ア・ラ・カルト』の更なる可能性を示したといえよう。
次はいつ、どのような形で『ア・ラ・カルト』に出会えるのか、楽しみの幅を広げてくれる公演だった。
取材・文=久田絢子  撮影:高下徹

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