八代亜紀インタビュー 『ゴッホ展』
で語った絵のこと、歌のこと

オランダの画家フィンセント・ファン・ゴッホは、「ハーグ派」や「印象派」の画家たちとの出会いを通し、現在、我々がよく知る画風にたどりついた。上野の森美術館で開催中の『ゴッホ展』は、ゴッホの作品とあわせ、ゴッホとともに切磋琢磨した画家、影響を与えた画家の作品も交えながら、ゴッホが後期印象派を代表する画家の一人になるまでを紹介する。

11月某日、本展に八代亜紀が来場した。歌手として、演歌界の第一線を走り続け、ジャズ、ブルースにおいてもコンサートの成功を収める傍ら、画家としてフランスの官展「ル・サロン」で5年連続入選を果たし、永久会員となっている。デビュー50年を前に、今年12月には故郷の熊本で、音楽と絵画を共にしたイベントも行うという。
ジャンルを越えて活躍を続けるアーティスト・八代亜紀は、『ゴッホ展』をどのように鑑賞したのか。八代にとって歌とは、絵とは?「しみじみ飲めば……」の裏の意外な素顔も聞くことができた。
「ゴッホは幸せだったと思います」
――『ゴッホ展』の感想をお聞かせください。
じっくり楽しませていただきました。ゴッホの生い立ちとともに、展示が進んでいく。苦労をして悩みながら、自分の絵を追求したゴッホの人となりがみえる。そんな展覧会ですね。とても良かったです。
ゴッホの周りには、たくさんの切磋琢磨する仲間の画家さんたちがいた。「あの絵ではダメだ」と怒りながらも、ゴッホが絵一筋で生きていけるよう、生活を支えてくれた弟もいた。ゴッホは幸せだっただろうなと思いました。
――印象に残った作品はありますか?
「農婦の頭部」という作品です。ゴッホと言えば「ひまわり」や「麦畑」、「糸杉」にみる、ぐわっと渦まくような絵をまずイメージします。けれどレンブラントやフェルメールなど、オランダ・ハーグ派に影響を受けていたのですね。この作品は、本当にレンブラントのようです。
画家さんって、まずは本物のような質感で素敵な絵を描きたいんです。それができてようやく、自分の作風としてデフォルメしていく。ゴッホはデッサンが本当に上手です。でも色をのせると暗くなってしまう。写実であそこまで描けるからこそ、どう脱皮するか悩んだのでしょうね。
この時期の絵をみると、背景を何色にし、どこに何色を重ねるか、悩んでいることまで伝わってきます。今回オーディオガイドを聞きながら鑑賞をして、はじめて知ったのですが、弟さんからもお手紙で叱られていたようですね。「兄ちゃん、そんな色じゃ暗くてだめだよ」って(笑)。
フィンセント・ファン・ゴッホ《農婦の頭部》 1885年 油彩、カンヴァス 46.4×35.3cm スコットランド・ナショナル・ギャラリー (c) National Galleries of Scotland, photography by A Reeve
歌は八代亜紀、絵は亜紀ちゃん
――開催中の『ゴッホ展』には、肖像画、自画像、風景画など、様々な作品が展示されています。八代さんご自身は、最近どのようなモチーフで絵を描かれているのでしょうか。
動物と野の花を描くのが大好きです。ワンちゃんと猫ちゃんには限りない愛を込めて描いてます(笑)。
――毎年数多くのコンサートと個展をこなしておられますが、音楽と絵の両立に悩んだこともあるのでしょうか。
それはありません、絵がないと歌えませんから。絵をとられてしまったら、心の余裕がなくなって歌えなくなってしまいます。今は毎月2回・計6日間、画家の日を決めて箱根のアトリエにこもっています。
たしかに20代の頃は、忙しくて大変なこともありました。歌謡界が全盛期の頃は歌番組が月曜日から金曜日まで生放送、土日はコンサート。年に2、3日しかお休みがなかった時期もあります。
――大変な時期でしたね。大好きな絵もやむなく……。
夜中に描くしかないわよね(笑)。
――描くんですか?!
夜までお仕事して、朝まで絵を描いて。ある時そのせいで、腰痛を起こしてしまったの。翌朝にはコンサートで移動しなくてはいけないのに動けない。急きょ、深夜でも診てくださる針灸院にお願いして、何とか動けるようになりました。これがきっかけで、周りに絵を描いていることがバレて。その後は、歌に支障をきたさないように、絵を描く時間もスケジュールに組んでもらうようになりました。「画家になる日を作るから、それ以外は描かないでくれ」と言われています。
――絵が、八代さんにとっていかに重要なものかが分かりました。すると、歌はどのような存在なのでしょうか。
歌を歌う時は、代弁者です。自分はどこにもいません。誰かの思いを、歌うんです。たとえば「彼を何年も待つ」なんて経験はありませんし、できません。1年も2年も待てますか?(笑)。でも世の中には、待って待って待ち続けて……という方もいらっしゃるんです。たとえば女子刑務所のコンサート慰問を、長年続けていますが、そこには辛い経験をした女性が大勢。男の人に騙されたり、暴力を振るわれたりした方もいる。その方々は1年、2年なんてものではありません。でも待つの。だから歌で支えてあげたい。その方たちのためにも、この声で「あなたのことですよ」って歌うんです。それが八代亜紀の務めです。だから歌は八代亜紀、絵は私自身の幼い亜紀ちゃん。どちらも私にとって、大切です。
熊本ホールの子どもたちに夢を。
――八代さんの絵と歌を、同時に楽しめるコンサートが、12月20日に故郷の熊本で開催されるそうですね。
熊本城ホールこけら落とし公演シリーズとして、スペシャルコンサートがあります。公募で参加してくださる皆さんの熊本城の絵、あとは私が描いた熊本城の絵で、ホワイエ(ホールへ続くロビーのような広い通路)を飾ろうと考えています。そこからは熊本城も見ることができるんですよ!
――展示された方々は、このホールを思うたびに、八代さんのコンサートを思い出すでしょうね。熊本城と聞くと、いまでも2016年の震災を思い出します。八代さんは、当初予定されていたコンサートが中止になってしまった後も、まもなく熊本にいらしていますね。
熊本城二の丸広場で、トラックステージでコンサートをしました。よく覚えているのは、その時、私の正面にお城があったことです。ニュースでも見ていましたが、実際にお城が壊れている光景はショッキングで……。その時に思わず、言ってしまったんです。「熊本城が怪我をしたね。だからはやく、包帯を巻いてあげようね」って。そういう気持ちにさせられました。今も、まだまだ治療中です。ですが如実に綺麗に、傷が治ってきています。
そんな折ですから、こけら落とし公演を、地元の方々と盛り上げたいと思っています。地元の小中高生総勢50人くらいによる合唱団と、歌のコラボレーションをする予定です。「こけら落としで、あのステージに立った」という経験が、子供たちにどれだけ夢を与えられるか。私にできる歌と絵で喜んでいただき、熊本の皆さんと一緒に、町を盛り上げていけたら嬉しいです。
「よかよか」で50年。ありがとうを伝えたい。
――年末に、熊本でのコンサートで故郷の皆さんに送り出されるようにし、来年はデビュー50周年を迎えます。ふり返ってみて、ご自身の変わったところ、変わらないところは、ありますか?
感慨深いものがありますね。変わらないことは、ずっと健康。これは私の自慢です。それに、今日を楽しく過ごそうという思いでやってきたことも変わりません。生きていれば不愉快な気持ちになることもありますが、そんな時も「まぁまぁまぁ……(悩ましげ)、ヨシ!(笑顔&ガッツポーズ)」って!
――(笑)。その切り替えは、誰にでもマネできるものではないように思います。
もともとの性格もあるのかしら。両親はいつも明るく、「よかよか。よか!」と人のために尽くしてきた人たちでした。落ち込んでいる人がいれば声をかけ、困っている人がいれば知らない人でも手を差し伸べて。そして本当に明るかった。そんな背中をみてきましたから、私にも「よかよか」の血が流れているのな。
それから、以前と変わったこと‥‥。自分のこととなると難しいですね。何かあるかしら。
<スタッフの方より「食が変わった」との情報。八代さんはもともと家庭料理しか食べなかった。ここ数年で、しゃぶしゃぶ、焼き肉、お寿司を食べられるようになったのだそう。>
そうそう。最近、ご飯がおいしくって(笑)。みんなと食べにいくのも、楽しくて大好きなんです。新しい食べ物にもチャレンジしています。
――最近のチャレンジで、発見はありましたか?
ラー油!美味しいと思う!
(一同、笑)
モンゴルで勲章を頂いた時、ゲルの中でお食事をご用意いただきました。おうどんのようなものを頂こうとしたら、少し苦手な匂いがしたんです。でも一緒にいた方が持っていたラー油をかけたら美味しくってびっくりしました。
他にチャレンジといえば、お酒かしら。最近、お酒のたしなみを覚えました。
――え? ぬるめの燗がお好きだと……。
すぐに酔ってしまって、まったく飲めなかったんですよ(笑)。
<スタッフの方に確認。八代さんは、ここ数年でお酒(ビールなら3口程度、ワインはグラス1杯を3時間くらいかけて飲む)ことを覚えたのだそう。>
――プライベートでも幅広いチャレンジをされているのですね。最後にこれからやってみたいことをお聞かせください。
おかげさまで50年です。それでもまだ八代亜紀を、テレビでは知っていてもまだお会いしたことがない方、生の八代亜紀を聞いたことがない方は、たくさんいらっしゃいます。特に東京以外では、地方公演といっても都会まで出てこないとコンサートがないことが多い。それをリサーチをして、トラックステージで山の中でもどこへでも行き、ショーをやってみたいです。生の八代亜紀を届けたいです。これは「ありがとう」を私から伝えにいくショーでもあるんです。もし移動日にちょうど良い河原を見つけたら、そこでみんなでBBQをやったりもしたいわね。楽しそうでしょう?絶対に楽しいと思うんです。

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