アメリカの日常を骨太に表現する
ナンシー・グリフィスの
グラミー賞受賞作『遠い声』
テキサス独特のヒューマンソングス
グリフィスは数多いテキサスのシンガーソングライターを改めて聴き直し、自分の音楽を見つめ直す作業に入る。テキサスはニューオリンズと似て、独自の音楽が花開いている。フォークでもカントリーでもロックでも、他の地域にはない独特の個性にあふれているのだ。特に、オースティンという街には60年代から数多くのライヴハウスやミュージックホールが点在し、学生と音楽の街として知られている。現在、世界中が注目するカンファレンス&フェスの『SXSW』(サウス・バイ・サウス・ウエスト)もオースティンの風土や環境があったからこそ、この地で始まったと言えるだろう。
テキサスのヒューマンソングスとしては、タウンズ・ヴァン・ザント、ガイ・クラーク、ジェリー・ジェフ・ウォーカー、レイ・ワイリー・ハバード、マイケル・マーフィーなど、カントリー系フォークシンガー(所謂アメリカーナ)が多く、日々の生活に密着した泥臭い歌を作る部分で、グリフィスには共感することが多かったと思われる。
本作『遠い声』について
収録曲は全部で17曲。アルバムのトップに置かれているのは、この企画の骨子となったケイト・ウルフを代表する名曲「ロッキーを越えて(原題:Across the Great Divide)」で、グリフィスのウルフへの想いが明白に感じられる。コーラスには盟友エミルー・ハリスが参加している。テキサスの吟遊詩人タウンズ・ヴァン・ザントの「トゥカムズ谷」は辛苦の中で亡くなっていく女性のことを歌った悲しい内容で、「ロッキーを越えて」と同様、グリフィスが長い間歌い継いでいる曲だ。ディラン作の「スペイン革のブーツ」は遠く離れた恋人に宛てた手紙の内容を歌った曲で、ディラン自身がハーモニカで参加している。
イギリスのシンガーソングライター、ラルフ・マクテルの格別美しい曲「フロム・クレア・トゥ・ヒア」、カナダのシンガーソングライター、ゴードン・ライトフットの「テン・ディグリーズ・アンド・ゲティング・コールダー」は明るい曲だが、みすぼらしいストリートミュージシャンのヒッチハイカーを好意で車に乗せた女性が、彼の行く末を案じるという内容が歌われる。
他にもフォーク界の大御所トム・パクストンの名曲中の名曲「ホエア・アイム・バウンド」や、ライ・クーダーの名演でも知られるウディ・ガスリーの「ドレミ」、カーターファミリーの大ヒット「アー・ユー・タイアード・オブ・ミー・ダーリング」、そしてジェリー・ジェフ・ウォーカーの名唱で知られるマイク・バートン作「ナイト・ライダーズ・レイメント」など、有名なナンバーも収められている。
本作でグリフィスは確実に自分の居場所を見つけ、新世代のオルタナティブ・フォークシンガーとして、また、職人的なシンガーソングライターとしての立ち位置を確立した。本作『遠い声』は90年代にリリースされた数多くのポピュラー音楽のアルバム中でも際立つ名作だと思う。なお、本作の続編『Other Voices, Too (A Trip Back to Bountiful)』が98年にリリースされている。
最後に、日本を代表する詩人・随筆家である長田弘氏(2015年に逝去、75歳)が名著『アメリカの心の歌』(岩波新書、1996。その後、Expanded editionがみすず書房から刊行、2012)の中で本作について触れているので、少しだけ紹介しておく。
〜(前略)同時代の歌の光景をつくったシンガーソングライターたちの歌をふりかえって、それらをいわば「私のアメリカ」の歌としてうたいなおして集大成したアルバム。歌によって歌を再定義するこころみといっていい(後略)〜
TEXT:河崎直人
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アルバム『Other Voices, Other Rooms』1993年発表作品
- <収録曲>
- 1. ロッキーを越えて/ACROSS THE GREAT DIVINE
- 2. フェニックスの女/WOMAN OF THE PHOENIX
- 3. トゥカムス谷/TECUMSEH VALLEY
- 4. スリー・フライツ・アップ/THREE FLIGHTS UP
- 5. スペイン革のブーツ/BOOTS OF SPANISH LEATHER
- 6. サウンド・オブ・ロンリネス/SPEED OF THE SOUND OF LONELINESS
- 7. フロム・クレア・トゥ・ヒア/FROM CLARE TO HERE
- 8. ホエア・アイム・バウンド/CAN'T HELP BUT WONDER WHERE I'M BOUND
- 9. ドレミ/DO RE MI
- 10. ジス・オールド・タウン/THIS OLD TOWN
- 11. カミン・ダウン・イン・ザ・レイン/COMIN' DOWN IN THE RAIN
- 12. テン・ディグリーズ・アンド・ゲッティング・コールダー/TEN DEGREES AND GETTING COLDER
- 13. モーニング・ソング・フォー・サリー/MORNING SONG FOR SALLY
- 14. ナイト・ライダーズ・ラメント/NIGHT RIDER'S LAMENT
- 15. アー・ユー・タイアード・オブ・ミー/ARE YOU TIRED OF ME DARLING
- 16. ターン・アラウンド/TURN AROUND
- 17. ウィモエ(ライオンは寝ている)/WIMOWEH