アメリカの日常を骨太に表現する
ナンシー・グリフィスの
グラミー賞受賞作『遠い声』
ナンシー・グリフィスのデビュー
メジャーでの成功と葛藤
翌年にリリースされたメジャーデビュー作の『Lone Star State of Mind』(’87)では、3曲のシングルヒットを生む。収録曲の「From a Distance」(ジュリー・ゴールド作)はベット・ミドラーがカバーして全米1位を獲得するなど話題を呼び、大きなセールスとなった(全米カントリーチャート23位)。グリフィス本人は自分の音楽を“フォーカビリー”(フォーク+ヒルビリー:今で言う“アメリカーナ”)と名付けていたのだが、明らかにこのアルバムはナッシュビル産のカントリーであった(もちろん彼女の個性は生かされていたのだが)。
周囲からも彼女はカントリーシンガーとして受け止められていたはずで、皮肉なことに売れるもの以外はダメというナッシュビル的(=商業主義的)な方法論に巻き込まれていく。以降、MCAから『Little Love Affairs』(’88)、『One Fair Summer Evening(Live)』(’88)、『Storms』(’89)、『Late Night Grande Hotel』(’91)など秀作を次々にリリースし、他のアーティストにヒット曲も提供するなど、彼女はナッシュビルでスターとなっていくわけだが、フィロレコード時代のサウンドを愛するファンからすると、ナッシュビル産カントリーは彼女の本来の音楽的資質とは明らかに合わないと感じていた。
おそらく、MCAに所属していたどこかの時点で、彼女自身も自分の立ち位置に違和感を覚えたのだろう。ある日、友人のカントリーロックシンガー、エミルー・ハリスとグリフィスは、亡くなったケイト・ウルフの曲を歌い継いでいくべきだと考え、トリビュートアルバムを作ろうと話し合うのだが、いつの間にか話は大きくなり、ケイト・ウルフだけでなく、何名かの歌い継ぐべきシンガーの曲を取り上げる企画になった。そうすると、いつの間にか大きく変わってしまった自分の音楽の軌道修正をすべきだと考えるようになる。結局、MCAとの再契約はせず、シンガーソングライター系の音楽のことをよく知っているエレクトラレーベルに移籍する。