『I could be free』は
原田知世の自信と
確かなキャリアの
積み重ねを感じる佳作

ハーモニーの素晴らしさ

そうした歌詞の一方、楽曲のメロディーとサウンドは親しみやすく、いい意味で一般的な彼女のイメージを大きく損なうようなものではないところが、『I could be free』の良さではあると思う。かつてアイドルと言われた人が、歌手にしても役者にしても本格派へと転身する時、マニアックであったり、エキセントリックであったり、あるいはアバンギャルドな方向へと舵を切ることがある(最近のことはよく分からないが、昔はわりとあったように思う)。それ自体が悪いとは言わないし、本人の望んだものであれば問題はないだろうけれども、変化のための変化であるとしたらあざとい行為ではあると言える。その点、彼女の場合、『I could be free』の時点でも、“女優・原田知世”と“歌手・原田知世”とのギャップがないように感じるのは私だけではないと思う。もちろん『時をかける少女』や『私をスキーに連れてって』の主人公がそのまま『I could be free』収録曲を歌っているとは言わないけれども、物語の主人公が成長して歌っていると言われたら大きな違和感を抱かない。スムーズというか、シームレスというか、1980年代から地続きでここまで来た印象だ。

そして、その成長の証もしっかりとらえることができる。とりわけ自らの歌声を重ねたハーモニーがとてもいい。M2「I could be free」、M4「雨音を聴きながら」、M6「LOVE」、M11「Navy blue」辺りが顕著だが、歌の主旋律を、所謂三度のハモリといったものではなく、低音で抑揚の小さい音階で支えているような、独特のハーモニー。プロデューサーであるTore Johanssonがコーラスに凝る人だそうでその影響が色濃いのだろうが、原田自身のパフォーマンスも実に素晴らしい。声だけで表情を出していると言い方で伝わるだろうか。そこまで女優としてのキャリアを重ねてきた人だけに表現力は豊か。それが重なることによって、歌がよりふくよかなものになっている印象である。もともと収録曲はキャッチーなものやメロディアスなものばかりで、いわゆるJ-POPとしても十分優秀なのだけれど、凡百のそれと決定的に異なるのはそのコーラスに秘訣があると見ている。

世界的プロデューサーの辣腕

最後に『I could be free』のサウンドについて。これはもう、The Cardigansのプロデュースによってスウェディッシュポップを世界に広めたTore Johanssonの確かな手腕を感じる作りであることは、改めて言うまでもなかろう。頭打ちの軽快なビートにソウルなブラスが重なるM1「愛のロケット」から始まり、ブルージーなオルガンがいいアクセントになっているM2「I could be free」、セカンドラインに歌うようなベースが重なるM3「君は君のもの」、そして、ボサノヴァタッチのM4「雨音を聴きながら」と、オープニングから、バラエティー豊かでありながらも、各楽曲がバラバラという感じではなく、これもまたシームレスにつながっているかのような聴き応えがある。後半もどこか歌劇調というか、クラシカルな雰囲気なM8「Are you happy ?」、ロッカバラード風なM11「Navy blue」、ミディアムなファンクチューンと言っていいM12「燃える太陽を抱いて」と、こうして分析して文字にすると余計にタイプの異なる楽曲が並んでいる印象を受けるが、実際に聴くとそこまでジャンルが分かれているような感じはしない。それは、悪い意味でのエッジーさがないからであろう。アコースティックだけでなく、エレキも使っているし、ストリングスもホーンセクションも入っていて、音数は多いし、ゴージャスと言えばゴージャスと言えるサウンドではあるのだが、全体的に各音の角が取れていると言ったらいいか、とてもいい塩梅に抑制が効いているのである。ドンシャリ感がないと言ったら分かりやすいかもしれない。サウンドもまたそれまでの原田知世のイメージを損なうことがない絶妙な作りなのである。

最後の最後に、その昔、彼女自身から聞いた話をもうひとつ。『I could be free』収録曲のこれらのサウンドは、歌入れの時点ではほとんど仕上がっておらず、彼女はスウェーデンでレコーディングした時点で最終形がどうなるか知らないままだったという。歌とコーラスを録り終えて原田は帰国。その後、Tore Johanssonが全ての楽曲のアレンジして、出来上がった音源を持って来日したそうである。M5「ロマンス」などは最初にそのイントロを聴いた時にはそれが自身の歌ったどの曲なのか分からなかったそうで、“あの曲がこんなことに!?”と驚嘆し、Tore Johanssonのすごさを実感したと語ってくれた。今考えても、それは確かにすごいことである。その意味で『I could be free』は、原田知世とTore Johanssonが生み出した名盤と言うこともできる。

TEXT:帆苅智之

アルバム『I could be free』1997年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.愛のロケット
    • 2.I could be free
    • 3.君は君のもの
    • 4.雨音を聴きながら
    • 5.ロマンス(Album Version)
    • 6.LOVE
    • 7.CIRCLE OF FRIENDS
    • 8.Are you happy ?
    • 9.PARADE(Album Version) ※作曲:Ulf Turesson
    • 10.バカンス
    • 11.Navy blue
    • 12.燃える太陽を抱いて
    • 13.ラクに行こう
『I could be free』(’97)/原田知世

OKMusic編集部

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