日本のネオアコブームに
大きな影響を与えたベン・ワットの
『ノース・マリン・ドライブ』

ベン・ワットについて

ところが、ベン・ワットは生ギター1本(ピアノが入ることもある)で勝負した。普通、高度な技術を要求されるので、生ギター1本で演奏するのは難しい。特にパンクでスタートしているアーティストの場合には、高度な技術を磨くことは苦手なので、バンド系で演奏することが多い。ワットはポストパンクのアーティストであるものの、父親がジャズバンドのリーダーでアレンジも手がけるアーティストであったため、幼少期から音楽を学んでいた。だから、ボサノバやジャズ的なバックボーンを持っているのだ。

ワットはデビュー当時のインタビュー(NME誌)で、ドアーズ、ザ・ジャム、ジョイ・ディビジョン、アズテック・カメラ、ロバート・ワイアット、バーズ、ビリー・ホリデイなどに影響されたと答えている。これを見るとフォークロックからパンクやジャズまで、さまざまな音楽が彼の糧となっている。そして、寂寥感のあるヴォーカルはどうやらロバート・ワイアット譲りのようだ。

ワットは81年にチェリーレッドから、ケヴィン・コインのプロデュースで3曲入りのデビューシングル「Cant」をリリース、83年にはロバート・ワイアットが参加した5曲入りEP『Summer Into Winter』をリリースする。新人なのにケヴィン・コインとロバート・ワイアットが参加しているのはすごいことである。それだけ、ワットの才能が認められたということなのだろう。

冒頭で紹介したチェリーレッドの大ヒットコンピ『ピロウズ・アンド・プレイヤーズ』には収録された17曲中、ワットの絡んだ曲が4曲も収められている。ソロの「Some Things Don't Matter」(『ノース・マリン・ドライブ所収』)、トレーシー・ソーンの「Plain Sailing」、マリン・ガールズの「Lazy Ways」、トレーシー・ソーンと組んだエブリシング・バット・ザ・ガール(以降、EBTG)の「On My Mind」である。

ちなみにトレーシー・ソーンとワットのサウンドは似ており、チェリーレッドの提案でふたりはEBTGを組むのだが、後にこのグループは大手レーベルと契約しドル箱スターになる。なお、現在ソーンとは夫婦である。

本作『ノース・マリン・
ドライブ』について

83年にリリースされた、ワットの記念すべきデビューアルバム。収録曲は全部で9曲。1曲(ボブ・ディラン作)を除いて、全てオリジナルである。基本的にはエフェクター(コーラス、フランジャー)を通した生ギターだけでの演奏(ギターは多重録り)で、曲によってはアルトサックス(演奏はブリティッシュジャズ界のベテラン、ピーター・キング)がソロを取る。アルバム全編を貫く寂寥感のある静謐さは、聴いていると何物にも代えがたい幸福感に浸ることができる。僕は本作を聴く時、一曲一曲を聴くというよりはアルバムの持つ全体的な雰囲気を味わうことが多い。とはいえ、どの曲も完成度は高く、特にボサノバタッチの曲での彼のヴォーカルやギタープレイは素晴らしい。結局、本作は『ピロウズ・アンド・プレイヤーズ』と入れ替わるように、インディーチャートで1位となった。

なお、CD化に際して、前述したワットの5曲入りEP『Summer Into Winter』が追加収録されているが、本作とは若干テイストが違うので、別々に聴くことをオススメする。

この後、ソーンとのEBTGで世界的にブレイクするのだが、ゴージャスな音になりすぎていて、僕の中では本作『ノース・マリン・ドライブ』を超えるベン・ワットの作品はない。生ギター1本でポストパンク時代を生き抜いた彼の渾身の一作を、ぜひ聴いてみてください。

TEXT:河崎直人

アルバム『North Marine Drive』1983年発表作品
    • <収録曲>
    • 1. オン・ボックス・ヒル
    • 2. サム・シングス・ドント・マター
    • 3. ラッキー・ワン
    • 4. エンプティ・ボトルズ
    • 5. ノース・マリン・ドライブ
    • 6. ウェイティング・ライク・マッド
    • 7. サースト・フォー・ノレッジ
    • 8. ロング・タイム・ノー・シー
    • 9. ユーアー・ゴナ・メイク・ミー・ロンサム・ホエン・ユー・ゴー
    • 〜ボーナス・トラック〜
    • 10. ウォルター&ジョン
    • 11. アクアマリン
    • 12. スリッピング・スローリー
    • 13. アナザー・カンバセ―ション・ウィズ・マイセルフ
    • 14. ガール・イン・ウィンター
アルバム『North Marine Drive』

OKMusic編集部

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