ケレア役・橋本淳が見据える『カリギ
ュラ』「栗山民也さんからいただくす
べてを血肉にしたい」

舞台『カリギュラ』が2019年11月、東京・新国立劇場ほかにて上演される。本作は “不条理の哲学”で知られる20世紀のフランス文学界を代表する作家・アルベール・カミュ自身が、『異邦人』『シーシュポスの神話』とともに“不条理三部作”と位置づけた戯曲の一つ。“暴君”で知られるローマ帝国第3代皇帝カリギュラを題材とした本作は、1980年の映画版ではあまりの過激な内容のため「カリギュラ効果」という言葉まで生み出している。菅田将暉演じるカリギュラの部下であり、後にカリギュラの命を狙うケレア役を演じるのが橋本淳。『ヒストリーボーイズ』『クレシダ』『キネマと恋人』など多数の作品で印象に残る演技を見せてきた橋本が、本作にどう向き合おうとしているのか。話を聴いた。
ーーまずはこの作品、かなり熱量が高そうなお話ですが、この話が来た時の気持ちを聴かせてください。
2007年に上演された『カリギュラ』を観ていますが、まさか自分がこの作品をやる日が来るとは思っていなかったので、お話をいただいた時は驚きと嬉しさを感じ、またプレッシャーも感じました。でも総じて嬉しかったです。この物語で一番好きなのがケレア。戯曲も10年くらい前から読んでいますが、なかでも一番想像を掻き立てられる深さがあったのはケレアだったんです。そして演出を務めるのが栗山民也さんだったことが大きかったです。​
橋本淳
ーー栗山さんの存在も出演を決めた理由だったんですね!
はい。栗山さんの作品は昔から何作も拝見していますし、出ている役者が皆キラキラと輝いて見えるんです。あの役者の中に自分も入りたいと思っていました。今回お仕事を一緒にするにあたり、大先輩だからと遠慮せず、対等に向き合って、栗山さんにきちんと自分の考えを提示しながらやっていけたら……。この仕事はきっと自分の財産の一つになるでしょうね。栗山さんからいただくものはすべて自分の血肉にしたいと思っています。
実は『クレシダ』演出をした森新さん(森新太郎)からも「栗山さんの現場でいっぱい学んできてね」って言われていまして。怖い言葉だなとも思います(笑)。森新さんはまた一緒にやりたいと思う素晴らしい演出家さんの一人。そんな森新さんが「おお、いいじゃん! 一つ成長できるよ」って全面的にプッシュする栗山さんの存在って相当だと思うんです。
ーー10年くらい読んでいた『カリギュラ』戯曲の印象はどのようなものですか?
最初は本当に話が分からなくて「何を言っているんだ、この人たちは」って思っていました。本当に分からなくて戯曲を読み、一度部屋の奥にしまったくらい。この上演の話が出たとき、奥から戯曲を引っ張り出して改めて読んだんですが、それでも分からなくて。でもそうも言っていられないので、苦しいですが、少しずつ紐解いていくしかないなと考え、まずは作者のカミュの分析から始めました。哲学の勉強とギリシャ神話、キリストの登場、また、哲学も虚無主義と実存主義を中心に学んでみたんです。その後改めて戯曲を読んだら自分に近いものとして感じられ、そこからは現代の話として考えられるようになっていき、「これは人間的な話だ」と分かりました。ケレアという人物もつかめてきました。今もまだ勉強中ですが、調べているこの時間が凄く楽しいですね。
基本的に僕は調べたがりなんです(笑)。でもやり過ぎて変な考えに固まるのも良くないですから、ほどほどを心がけています。

橋本淳

ーー調べてみた結果、改めて分かった事などありますか?
もう『カリギュラ』はとっかかりがなかったので、何回戯曲を最初から最後まで読んだか分からないくらいですが、一回読むたびに一つ新しいものが見えてくるんです。
例えば、この台詞ってこの人に向かって言っているんだな、カリギュラに話しているけど、これはセゾニアに話しているのかも、と気づいたり。これは諭すつもりで言っているのかな、と思ったけど、いやこれは自分の懺悔のような気持ちで言っているんだとか。そういった事が見えてくると台詞のニュアンスも変わりますし、その台詞から後に続く他の台詞も変わってしまうこともあるんです。カリギュラへのクーデターも、ケレアは首謀者という立ち位置ではありますが、僕はケレアはカリギュラの親友であり教育係だと考えていて、その視点で見るとクーデターを起こした時の葛藤が見えたりしてすごく面白いんです。​
読むたびに新しい事が見えてくる……まるで宝探しみたいで楽しいですね。
ーー本読みを終えた後の栗山さんの反応はいかがでしたか?
一幕を読んだあと、全体に向けて栗山さんは「おもしろいですね。ただ、ストーリーがある内容ではないので、言葉の重みとか一言発する時の熱量によって時代性が出るので、そこはきっちり演じてほしい」とおっしゃっていました。近親相姦の部分も時代的に許されないし認められないことだから、近親相姦という“ワード”や“音”や“想い”を一音一音感じて欲しいと。大事にして演じたいです。
橋本淳
ーー栗山さんは、この物語を今この時代に上演する意味については語っていらっしゃいましたか?
まだそこまでは話してないですね。でも個人的には少し分かってきたような気がします。今この日本の状態を見ていると「今、考えるべき時だぞ、日本人」という事が明確に打ち出されていて今の時代にピッタリだなと。人間って「慣れる」生き物なので、怖い事も悲しい事も忘れて慣れてしまう。自分の命の終わりが見えないと必死になれない生き物で。そういう事を突き詰め、考えるきっかけをカリギュラは貴族たちに与える。僕らも他人事だと思わずに、自分の人生に関わってくるので考えた末に取捨選択をすべきでは、というのがこの作品が持つメッセージだと思うんです。カリギュラのせいで身内が殺されたり、妻が売春宿に入れられたり、とか自分がダイレクトに恐怖を感じないと他の人たちと一致団結しなかった。それまでは平穏に過ごしていたんでしょうね。
ただ、カリギュラは自分の利益のためにやっているのではないところが凄くて、「自分が犠牲になってやる、自分がペスト(疫病)になってやる」って言うんです。もちろん自分自身も迷いがあり、鏡を前にして独白する場面もあるんですが、迷いながら最後まで突き進めと言う。僕の解釈なんですが、最初にボロボロになったカリギュラと4往復くらい言葉を交わすんですが、カリギュラは本当は狂っているのではなく、“演じて”いるのではないか、その事をケレアはもう分かっているんじゃないかなと思うんです。
ーーケレアを演じる立場ではありますが、カリギュラの言う事も分かりますか?
僕、カリギュラの言う事は全部分かります! ケレアよりずっと分かるかも。もちろん最初は全然分からなかったんです。いきなり銅鑼を叩くし(笑)。一番理解できたのは最愛の妹が死んでカリギュラは3日間悲しみに暮れて姿を消し、また戻ってくる場面。誰もが絶望によって狂ってしまったと思うんですが、カリギュラ自身は3日悲しんでいたのに今その悲しみを忘れてしまっている事に絶望を感じているんです。絶望の淵が見えず、行くところまで行ってもまだ先に暗闇が続いている、そういう意味での絶望をカリギュラは抱えていると思うんです。僕自身も昨年祖父を亡くし、この悲しみを忘れちゃいけないと思うんですが、一方で忘れないと生きていけない、先に進めないとも思うんです。その矛盾を具現化したのがこの舞台だと思うんです。

橋本淳

ーーさて、そのカリギュラ役を演じる菅田将暉さんという役者の印象はいかがですか?
菅田さんとは初めて共演しますが、高い集中力を持った役者さんだなと思います。頭できちんと考えて芝居を組み立て、その一方で感覚が非常に研ぎ澄まされているところもあって。男優と女優の両方を持っている高いスキルの方だと思うんです。また菅田さんは反応がストレートなのですごくわかりますね。表情を見ていれば「あ、今の台詞は悩んでいるな」という時はそういう顔をしていますし、理解出来た時は「腑に落ちた!」と明確にわかる。年下なのですが、すでに尊敬できる存在で、本読みの段階で泣きそうになりました。早く舞台の上で彼を見たいです。​
ーーシピオン役の高杉真宙さんも気になる存在ですね?
彼の舞台は過去に観ていますし、どんな役についても真摯に向き合っていますよね。20代前半でこの役をやることはとても難しい事だと思うんです。本読みの時、隣の席だったんですが「緊張するね!」って話をしました。高杉くんは立ち上がるんじゃないかというくらい気合いが入っていて、本当にいい子なんだろうなと思います。役柄としても弟みたいな立ち位置なので仲良くしていきたいです。
ーー最後に、この作品の見どころ、そしてご自身の役の見どころを教えてください。
シンプルな舞台セットのなかで、人間同士のパワーバランスや、そこでうごめく人間の業や人間ドラマが見どころになると思います。ケレアという人物は、冷静で頭がよいキャラだけどどこか人間くさいところもあるところを見てほしいです。楽しみにしていてください。
橋本淳
取材・文=こむらさき 撮影=池上夢貢

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