藤井フミヤのデビュー作
『エンジェル』に
ソロシンガーとしての
ビギニングを見出す

サウンドの変化と多彩な作家陣

まず、バンドを離れてソロデビューしたアーティストであればそのほとんどがそうであるように、『エンジェル』にもサウンド面での変化があるようだ(“ようだ”というのはチェッカーズ、藤井フミヤ共に全楽曲を聴き比べているわけでなく、それらを大掴みにしているからで、その辺りはどうかご容赦いただきたい)。明らかな違いはサックスとドゥーワップ的なコーラスがないことであるけれども、それ以上に──バンドっぽくないというか、レコーディングならではの音作りと言える楽曲が散見できる。オープニングであるM1「BIRTH」とエンディングのM10「エンジェル」で聴こえる鼓動やSF的な電子音はもちろんのこと、M3「609」やM5「白い太陽」、M8「落陽」でのサイケデリックロックな音作りがそれである。「Strawberry Fields Forever」風のメロトロン(たぶん)の音であったり、「A Day in the Life」を彷彿とさせるオーケストレーションは、The Beatlesオマージュをそれと分かるようにあしらっているようだ。

また、彼がCAROLに傾倒してバンドを始めたのは有名な話で、2003年には全編CAROLのカバーで構成した『MY CAROL』を発表したほど。The Beatlesも矢沢永吉が憧れた存在として認識し、『With the Beatles』を買ったと聞く(ちなみに『With the Beatles』が、彼が初めて買った洋楽レコードだったそうである)。チェッカーズではリーダーだった武内享がThe Beatlesフリークとして知られていたけれども、(『With the Beatles』と『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』とでは前期と中期との隔たりはあるものの)藤井フミヤにもその影響があったことは疑うまでもなく、本格的なソロデビューにあたって躊躇なくそれらを露呈してきたのであろう。さらに言えば、単なるオマージュではなく、M3「609」であれば、それらのサウンドを渋めのR&Rに併せてそこに電子音も注入したり、M5「白い太陽」ではノイジーなギターサウンドに融合させたりと、懐古的に終わらせなかったのは彼の面目躍如たるところと言えると思う。ドラムレスでギター、ベースに弦楽器と管楽器とが加わった演奏陣で行なった『藤井フミヤ 35周年記念公演 “十音楽団”』や、世界的指揮者である西本智実の指揮の下でのオーケストラと共演する(来年1月に『billboard classics PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2020 藤井フミヤ meets 西本智実』を開催!)など、所謂バンドサウンドに留まることなく、現在もさまざな音楽との融合を試みている彼だが、アルバム『エンジェル』で垣間見ることができるその取り組みを思えば、今の彼の動きにも納得できる。

もう一点、本作の誰の目にも分かる特徴は作曲陣の多彩さであろう。それによって『エンジェル』はバラエティー豊かなメロディーが揃う作品に仕上がり、“ヴォーカリスト・藤井フミヤ”の存在感を示すアルバムになっていると言える。実弟でありバンド時代からの盟友と言えるNAO=藤井尚之以外には、Char(M3「609 」)、桜井和寿(M4「女神 (エロス)」)、 藤原ヒロシ(M5「白い太陽」)、KUDO(M6「告白」)、土屋昌巳(M7「堕天使」)、小倉博和(M10「エンジェル」)らが参加。チェッカーズ時代から考えると意外とも思える面子が集っている。

今回聴いて素直に面白いと感じたのは、案外フミヤ以外の作曲者によるナンバーは、チェッカーズ時代からを踏襲…と言うと語弊があるけれども、多くの人がイメージするであろうフミヤらしい音域と音階であり、その逆に、本人作曲のものはそれまでの(1994年頃までの)フミヤっぽくないヴォーカリゼーションではないだろうかということ。彼の歌声はある音域から“ヤンチャな声”になるような感じがあって、その声が康珍化や売野雅勇が作った、いい意味でステロタイプの歌詞との相性がかなり良く、初期チェッカーズが広く老若男女に愛された要因にはそれも大きいと個人的には思っている。M4「女神 (エロス)」やM7「堕天使」、M10「エンジェル」ではサビでその音域を聴くことができる。その一方で、本人作曲のM2「BODY」では、ショーケン=萩原健一を思い起こさせるようなワイルドでフリーキーな歌いっぷりを披露しており、あえて“らしさ”を取っ払っているように思える。それは彼の最大ヒットシングルであるM9「TRUE LOVE」にしてもそう見える。今や平成を代表する一曲と言える同楽曲だが、冷静に聴いてみると、その“ヤンチャな声”の音域はことさらに強調されていないことに気付く。こういう言い方で合っているのかどうか分からないけれど、必要以上に歌い上げていないのである。「TRUE LOVE」は自身初の作曲ナンバーだという。しかも、本格ソロ活動スタートの第一弾シングルであったわけで(さらにはドラマ主題歌というタイアップもあった)、そこにはその他の楽曲以上に、シンガーとしての新たなる決意があったことは想像するに難くない。気張って歌唱するタイプではなく、かと言って、1番でのサビのファルセットが示すように、決してお気楽なメロディーではない「TRUE LOVE」にはソロシンガー、藤井フミヤのスタンスが過不足なく詰め込まれていたのであろう。ちなみに、彼はのちに、さまざまなアーティストとコラボした、『F's KITCHEN』(2008年)と『F's シネマ』(2009年)という2枚のアルバムを発表しているのだが、『エンジェル』で示した多彩な作家陣との共演は、そのひな形、プロトタイプだったとの見方もできる。ここにも“デビューアルバムならでは…と言える要素がある。

OKMusic編集部

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