『芸術祭十月大歌舞伎』夜の部レポー
ト 松緑、愛之助と、松也と梅枝のW
キャストによる「三人吉三」、玉三郎
の新作舞踊「二人静」

『芸術祭十月大歌舞伎』が2019年10月2日(水)、東京・歌舞伎座で初日を迎えた。昼の部では、『廓三番叟』、『御摂勧進帳(ごひいきかんじんちょう)』、片岡愛之助が五役勤める『蜘蛛絲梓弦(くものいとあずさのゆみはり)』、そして『江戸育お祭佐七』の4演目が上演される。夜の部は、河竹黙阿弥作『通し狂言 三人吉三巴白浪』(以下、三人吉三)と、坂東玉三郎と中村児太郎による舞踊『二人静』。この記事では夜の部の模様をレポートする。
通しだから面白い! 名作世話物『三人吉三』
「月も朧に白魚の……」の名台詞が登場する序幕だけの上演も多い『三人吉三』。もちろん序幕だけでも七五調の台詞の心地よさや、三人並ぶ見得の格好良さなどを味わうことはできる。しかし通し狂言でみることができれば、親の因果から逃れられないアウトローたちの、悲しくも美しい生きざまに心を打たれることだろう。
“三人吉三”とは、三人の吉三郎のこと。偶然出会った3人の盗賊が、偶然「吉三郎」という名であったことを縁に、義兄弟の契りを結ぶ。一人目は、出家経験のある和尚吉三(おしょうきちさ。松緑)。二人目は、八百屋お七の女装をしたお嬢吉三(おじょうきちさ。梅枝/松也のWキャスト)。そして三人目が、もとは旗本の息子でお坊ちゃん育ちのお坊吉三(おぼうきちさ。愛之助)だ。
こいつぁ春からの名場面
大川端(大川は今の隅田川。そのほとり)を歩く、おとせ(尾上右近)。ござを抱えているので、夜鷹だとわかる。そこにお嬢吉三(梅枝/松也)がやってくる。お嬢の正体を知らないおとせは、道を聞かれ、親切に案内しようとする。おとせの懐には、前日の客が落としていった百両が入っていた。お嬢は盗賊の本性をあらわしてそれを奪い、おとせを川に突き落とす。
それを物陰から見ていた男が、百両を取り上げようと飛び掛かる。お嬢は見た目こそ娘だが、中身は青年。見事にあしらい、男の脇差を奪って返り討ちにする。ここで「月も朧に白魚の……」とはじまる名台詞だ。
この日はちょうど節分。当時は、自分の年の数の豆と一文銭を一緒に包み、厄払いの門付に渡す風習がある。それに対し、お嬢が手に入れたのは百両包。川辺の杭に足を掛け、「こいつは春から縁起がいいわえ」と、気持ちよさそうに言うのだった。
そこに駕籠の中から登場するのが、お坊吉三(愛之助)。話の一部始終を聞いていたことを明かし、お嬢に「百両を貸してほしい」と願い出る。強盗にしては紳士的な態度なのは、お武家出身の育ちの良さゆえ。しかしお嬢も、命をはって手に入れた百両だ。そうやすやすと渡すはずもなく、二人は斬りあいとなる。
そこへ刀も持たずに割って入り、喧嘩をおさめるのが和尚吉三(松緑)だ。和尚は、お坊やお嬢にとっては格上の盗賊。和尚の顔をたてて二人は喧嘩をやめる。さらに三人は、同じ名前であることを縁に、義兄弟の契りを結ぶ。命を落とさずに済んだお礼だといって、お嬢とお坊2人から、百両が和尚に差し出されるのだった。
松也の日も梅枝の日も、お嬢が男の声に戻るところでは、客席が大いに盛り上がった。そして三人並んで見得が決まると、場内に大きな拍手がわいた。
『三人吉三巴白浪』左よりお嬢吉三=中村梅枝、和尚吉三=尾上松緑、お坊吉三=片岡愛之助
※以下、ネタバレを含みますのでご注意ください。

「庚申丸」と百両で動き出した運命の歯車
序幕では、おとせの登場より以前に、二人の男の短いやりとりがある。脇差を巡る一悶着だ。実はこの脇差こそが、お坊の人生を狂わせた「庚申丸」という名刀なのだ。旗本だったお坊の父親は、将軍家から預かった庚申丸を何者かに盗まれ、お家断絶となってしまったのだ。大川のほとりでお嬢に返り討ちにあった男が持っていたものが庚申丸。つまり、庚申丸は今、お嬢がそれと知らずに所持している。
第二幕からは三人の吉三が、親の因果に翻弄されていく。
伝吉(歌六)は、夜鷹たちを仕切る商いをし、自分の娘にも仕事をさせている。年齢を重ねてはいるが、タダものではない風格が漂っている。若い頃には相当な悪だったとみえ、それを戒めるべく首に数珠をかけている。
この日、伝吉は「百両を届けにいった娘が家に帰ってこない」と心配していた。お嬢に大川へ蹴落とされたおとせが、伝吉の娘なのだ。幸いおとせは、八百屋久兵衛(嵐橘三郎)に命を助けられ、家に帰ってきた。行き違いで伝吉は、もともと百両の持ち主だった男、十三郎(巳之助)の命を助け、家にひきとめていた。百両は戻ってこず途方にくれるものの、お互いがお互いの子供を助けたことを、喜び合う二組の親子。
そんな中、久兵衛は息子の十三郎が拾い子であり、本当の息子は誘拐されてしまったと打ち明ける。伝吉は、何やら動揺している様子。
実は伝吉は、かつて旗本の家から「庚申丸」を奪った賊だったのだ。刀を盗みに入った際、吠えてきた身重の犬を切り殺してしまった。その後に、妻は双子の男女を産むのだが、二人には、犬のようなまだら模様のあざがあった。犬の話を知った妻は狂死する。当時、男女の双子は心中した男女の生まれ変わりであるとされ、忌み嫌われていたこともあり、世間の目を憚り、男の子を寺に捨てた。
それが19年前のこと。久兵衛が、十三郎を拾った時と場所を聞く限り、十三郎はかつて自分が捨てた子どもであり、おとせと十三郎は双子の兄弟ということになる。
そうとは知らず、おとせと十三郎はすでに惹かれあっている様子。伝吉は、自分の子どもが近親相姦という畜生道に堕ちていることに気づくも、自身の過去の罪を悔い、二人を止めることが出来ないのだった……。
第二幕は、歌六が屋台骨となり橘三郎が脇をかため、それもあってか第一幕以上に“河竹黙阿弥感”溢れる舞台となっていた。
惹かれあう十三郎とおとせを演じる巳之助と右近は、息のあった演技で双子という設定に説得力をあたえ、儚げな美しさと仲睦まじい姿で、その後の悲しみをより深いものにさせた。伝吉の、百両を追い花道を駆け抜ける姿や、お竹蔵で首からかけた数珠を引きちぎる様からは、凄みと色気が迸っていた。
雪空に、悲しい太鼓がなり響く
伝吉の独白を立ち聞きし、十三郎とおとせの関係にショックを受けていたのが和尚吉三だ。実は和尚は、伝吉の長男であり、おとせと十三郎の兄にあたる。弟妹の真実を知った和尚の元には、その後も、逃れようのない因果としか思えない真実が転がりこんでくる。
時が経ち、お嬢とお坊は、いよいよ江戸にはいられないほど追われる身となっていた。一方で和尚は、捕手頭から「お坊とお嬢を差し出せば和尚の罪は免除」という提案をされる。お坊が出した答えは……。
松緑は、お坊を情深い兄貴分として体現。ニンがあっており親しみやすいキャラクターに仕上げられ、それだけに感情移入もしやすく、弟妹の首を抱えての疾走は、胸に迫るものがあった。
愛之助はニヒルな御家人崩れの盗賊という設定を分かりやすく見せつつ、偶数日/奇数日で個性の異なる二人のお嬢と、それぞれに異なる雰囲気で渡り台詞をこなし、複雑で切ない関係性を支えていた。
お嬢を演じた梅枝と松也は、どちらも美貌。その中でも梅枝(奇数日)は、古風な顔立ちとおっとりとした雰囲気に情緒があり、耽美な世界をつくっていた。男で盗賊という本性を表した時でさえも、仕草は確かに男なのにどこかに可憐さがある。
松也(偶数日)はふだんは立役だが、整った顔立ちは女形にしても健在。男の素性を明かす際のギャップは観客を楽しませ、七五調の台詞回しは、いなせな男前。かとおもえば、お坊の前では弟キャラにも。お坊と背丈が近いせいか、木戸ごしに、すがるように手を取り合うシーンには背徳感があった。
そして両日ともに、火の見櫓の前で繰り広げられるクライマックスは、大いに盛り上がり、同時に多くの観客の涙を誘っていた。上手に浄瑠璃、下手に清元、雪が降りしきる中で、黒い着物のお坊、赤い着物のお嬢の鮮やかな立ち廻り。和尚が加わるとバチっと構図がはまる。その美しさに、見得が決まるたび大きな拍手が沸いた。
お嬢が変われば和尚とお坊の空気感も変わる。ぜひ梅枝と松也の両日を見比べ、ふたつの三人吉三を楽しんでほしい。
玉三郎✕児太郎の『二人静』
『三人吉三』から一転、清らかな雰囲気ではじまるのが「夜の部」『二人静』。お能の同名作品をもとに、坂東玉三郎が補綴を手掛けた新作舞踊だ。出演は玉三郎、児太郎、そして彦三郎。
「二人静」の「静」は、静御前のこと。鎌倉時代の初めに京都に実在した白拍子で、源義経の愛妾として知られる。義経を慕い京の都を脱した義経を追い、一行と道をともにしようとするも、途中で悲しい別れを余儀なくされる。
本作では、玉三郎が静御前の霊を演じ、児太郎が霊がのりうつる若菜摘を演じる。彦三郎は、神職という役どころ。
幕があくと、明るい舞台の正面に長唄囃子連中、上手に竹本連中。背景には大きな松の木がみえるが、「いかにも松羽目!」「能舞台!」という描かれ方でない。後景には吉野の山を臨み、深呼吸をしたくなるような美術だ。朱色に彩られた柱がアクセントとなっている。
『二人静』左より若菜摘=中村児太郎、静御前の霊=坂東玉三郎
花道から、若菜摘が花籠を手に登場する。揚幕のチャリーンという音も、足音もない登場が、かえって観客の注意をひきつけていた。女(玉三郎)は、花道の七三にあるスッポンからの登場。その神々しさに息をのんでか、一瞬遅れて、大きな拍手が沸いた。
女は「自分のために御経を読んで供養してほしい」と菜摘に伝言する。もし自分の存在を信じてもらえないときは、自分が菜摘に憑りつき、その口をかりて説明をするともいう。これが静御前の霊なのだった……。原作にもあるという、女の霊が菜摘に触れる仕草をきっかけにして、霊は菜摘にとりつき、一心同体となる。
二人は、裾がすぼまった装束をまとうが、とりわけ目を引くのは玉三郎の衣装。銀色を基調としたデザインは、格式を失うことなく洗練された印象を与える。研ぎ澄まされた動きと相まって、地面から数センチ浮いているのではないかとさえ思われた。
憑りつかれたことを表現するべく、玉三郎とシンクロした舞踊を求められる児太郎。尋常ではない集中力を発揮しているのであろう。観る者にとっては心地よい緊張感が会場を満たした。背景がとりのぞかれ、長唄連中の後ろに控えていた筝曲連中も加わる。能の静謐さを乱すことなく、歌舞伎の華やかさを自在に織り込む玉三郎と、その世界観と美意識に溶け込む児太郎。新たなジャンルのステージを観たような美しい時間、空間に、大きな拍手がおくられた。
取材・文=塚田 史香 写真=オフィシャル提供

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