長塚圭史×白石加代子が挑む、時代を
超えて語り掛けてくる舞台 KAAT神奈
川芸術劇場プロデュース『常陸坊海尊

蜷川幸雄の演出で知られる『近松心中物語』などの作者で、戦後を代表する劇作家・秋元松代の最高傑作ともいわれる『常陸坊海尊』が、2019年12月にKAAT神奈川芸術劇場で上演される。演出を手掛けるのは、今年4月にKAATの芸術参与に就任した長塚圭史。そして、1997年に蜷川幸雄/釜紹人の共同演出で上演された際におばば役で出演した白石加代子が同じ役で出演する。

第二次大戦中、東京から東北の温泉宿に学童疎開した小学校6年生の伊藤豊と安田啓太は、道に迷った山中で巫女のおばばと美しい孫娘の雪乃と出会う。常陸坊海尊の妻と名乗るおばばと共に暮らす雪乃から海尊のミイラを見せられ、750年も生き延びたという海尊伝説を聞いたことで、啓太の運命は思わぬ方向に転がっていくという、東北の伝説を背景に、過去と現代、戦中戦後の人間の“生”と“死”、罪の懺悔と救済、と様々なテーマが多層的に描かれている戯曲だ。
1964年に書かれ1967年に初演されたこの作品をどのように上演するのか。演出の長塚と、出演の白石に話を聞いた。
現場ではみんな「加代ちゃん」って呼んでいる(長塚)
ーー長塚さんが秋元松代作品を演出すると聞いて、まず秋元さんの師匠である三好十郎を思い出しました。長塚さんは2005年に鈴木勝秀演出の『胎内』に出演、そして2011、12、16年に『浮標』、2013年に『冒した者』をご自身のプロジェクト・葛河思潮社で上演、と三好十郎作品との関わりがあります。今回の企画はKAAT側から提案されたそうですね。
長塚:そうです、「この戯曲を読んで」と言われました。秋元作品を舞台で観たことはありましたが、読む機会はなかったので、こうして出会わせてもらえてありがたい話だと思っています。
ーー『常陸坊海尊』を読んでみて、何か三好十郎作品との共通点など感じる部分はありましたか。
長塚:三好作品は言いたいことをあらゆる角度から、長大なセリフで何度もしつこく繰り返しますが、それに比べると秋元作品はセリフがシンプルだし、扱っているテーマもかなり違うように感じました。だから「三好十郎のお弟子さんだ」という印象はあまりなかったです。秋元さんは秋元さん独自の世界をお持ちだな、と思いました。
長塚圭史 
ーー白石さんはこれまで長塚さんの作品には2007年『ビューティ・クイーン・オブ・リナーン』、2013年『あかいくらやみ〜天狗党幻譚〜』、2014年『鼬』と3作品ご出演されていますが、お互いどのような印象をお持ちでしょうか。
白石:核になってくださる演出家です。それは、稽古場での居方があやふやではなく、しっかりと居てくださる、ということです。作品に携わる人たちはやはり演出家を頼りに集まります。圭史さんはいろいろなことを深く考えていらっしゃる方だから、集まった人間はみんな楽しいと思いますよ。
長塚:白石さんはたくさんの経験を積まれていて、この小さな体には、圧倒的な身体(しんたい)とものすごい情報がいっぱい詰まっているんです。そんな加代ちゃんと共に作品を創っていくのは……しかも僕、今思わず「加代ちゃん」って言っちゃいましたけど、現場ではみんな「加代ちゃん」って呼んでいるんですよ。そう呼びたくなってしまうその人柄も含めて、白石さんと一緒に作品を創るのはすごく豊かなことです。最初にご一緒したのは2007年で、あのときもいろいろあって大変でしたね。
白石:大変でした。出演者が本番直前に降板することになって、代わりに圭史さんが出演することになっちゃったの。楽しかったけど(笑)。
長塚:楽しかったけどね(笑)。他の出演者は、大竹しのぶさんと田中哲司さんと加代ちゃんで、僕と加代ちゃんのシーンを稽古していたら、しのぶさんが「圭史、そこちょっと違うんじゃない?」とか言ってくるんですよ。「今始めたばっかりだから、ちょっと待ってよ」って言うんだけど、加代ちゃんも「なんか今のは面白くないんじゃないか」とか言うんですよ。僕もあと4日しかなくて焦ってるのに、そんなこと言うのはやめてくれ、とまあそんなことがありました。
白石:そんなこと言ってた? 意地悪してたんだね。
白石加代子
長塚:みんな事態が事態だけに寧ろ思い切り面白がってその場を乗り越えようとしてたんですよ(笑)。あれからもう10年以上経って、その後もこうして何回も一緒にやらせてもらえるのは僕としても非常に光栄だし、いい出会いをさせてもらったな、と思っています。
「集めちゃったんでしょ?」(白石)「集めちゃった」(長塚)
ーーその出会いが、今回に繋がっているわけですね。
長塚:今回はとにかく大きな作品で、そこに一度立ち向かっていて、なおかつもう一度立ち向かいたい、と思ってくれている加代ちゃんがいる、ということがまず大きな一歩だと思っています。普通、プロデュース公演でできるタイプの芝居じゃないんです。世界を共有しないといけないから。だから語り合うことが必要だし、稽古に入ってからも、きちんと車座になって「これは何だろうね」と解いていくことができれば、実はそんなに難しい作品じゃないと僕は信じているんです。この戯曲は、まるで難しい漢字のような作品ですが、読み解いていくといつの間にかひらがなのようにふっと開かれていくんです。そこにシンプルな意味だけが浮かび上がって、決してややこしいことを語ってるのではないことが見えてくると思います。
ーーおっしゃる通り、戯曲を一回読んだだけではどんな舞台になるのか想像がしにくい難しい作品、という印象を抱きました。
長塚:タイトルからして難しそうな殻をかぶっているけれども、ものすごく人間的なこと、社会の中で追いやられていく弱者たちのことを描いているんです。それを救うという海尊の精神、それがわかると非常に現代性もあります。あなたたちの罪を背負いましょう、という海尊の言葉は時代を超えて響いてくるはずだし、社会を表すものだと僕は感じています。この面白さがきちんと伝わるように、スタッフも個性豊かな人たちが集まっています。
白石:集めちゃったんでしょ?
長塚:集めちゃった。琵琶指導の友吉鶴心さんは、大河ドラマの芸能指導もされている方で、日本の芸能にとても造詣が深くて、家じゅう琵琶だらけという個性的な人です。扮装担当の柘植伊佐夫さんは僕の「大変な時に呼ぶ班」の一人です(笑)。アイディアを豊富に持っているし、この世界をどうやって見せるのが正解なんだろう、ということを共に話し合ってくれる人で、そういう人たちとこの作品は創りたいと思うんです。
長塚圭史 
ーー美術担当が、NODA・MAPや劇団☆新感線といった演劇をはじめ、オペラや歌舞伎など様々なジャンルでご活躍の堀尾幸男さんです。
長塚:堀尾さんは、1回目の打ち合わせでもう模型を持ってくるような、どんどんイメージを広げて行っちゃう方です。だから今回は、まずは僕のプランを聞いて、僕が「いいですよ」と言ってから台本を読んで欲しい、とお願いしました。僕の考えとあまりにも違う方向に行ってしまったら大変ですから。何といいますか、僕は猛獣使いのような気分です(笑)。音楽の田中知之さんは、Fantastic Plastic Machine(ファンタスティック・プラスチック・マシーン)という音楽プロジェクトなどでも活動していて、で、言葉を音楽にするとか、音について様々に考えている、これまた魅力的な人です。でも、やっぱりそういう人たちがうわっと集まっちゃう何かがこの作品にはあるんだと思います。
「求心力がないとね」(白石)「求心力よ俺に来い!」(長塚)
ーーKAATのホールはいろいろな使い方のできる劇場だと思いますが、何か現時点での構想はありますか。
長塚:もちろんあります。それは堀尾さんとも、ムーブメント担当の平原慎太郎とも話しています。約23人の出演者たちのあり方とか登場の仕方も含めて、こうすれば作品そのものが響いてくるんじゃないか、シンプルに届けられるんじゃないか、というホールだからこそのアイディアがあります。明後日くらいに堀尾さんたちと舞台で実験する予定です。
白石:早い! まだ8月だよね。(※取材日は8月中旬)
長塚:早いんですよ。でも堀尾さんはKAATでこれまであまり美術をやったことがなかったので、今回ワクワクしてくださっているし、KAATの技術スタッフたちもみんな好奇心旺盛なので、やっちゃおうと。
ーーKAATには、堀尾さんの無茶ぶりが来てもそれに応えられるだけのスタッフが揃っていますよね。
長塚:堀尾さんの無茶ぶりね(笑)。これが大変なんだけど、やっぱり面白いです。堀尾さんと話してるとワクワクするし、他のスタッフ陣ともそうですし、ワクワクする人たちがこれだけ集結していて。でもそうじゃないと、プロデュース公演で上演することは非常に難しい作品だから。
白石:演出家に求心力がないとね。
白石加代子
長塚:それをずっと自分で育ててるんです。「求心力よ、僕に来い!」と(笑)。
「他の人にはやらせたくない」と思った(白石)
ーー白石さんは1997年に蜷川さんの演出でこの作品に出演、約22年ぶりに再びこの作品と向き合うことになります。
白石:こんな大変な作品をもうやることはないだろうな、と思っていましたが、圭史さん演出で上演されるというのを聞いたときに「他の人にはやらせたくない、自分が出たい」と思っちゃったんです。そう思ったのは、97年のときにやり残したことがあるように思ったからかしら。それと、圭史さんという名前でも反応しちゃったんです。何が何でも出たい、と勝手なことばかり言ってなんとか念願かないました。
長塚:僕ね、やっぱりなんだかんだ言っても蜷川さんのことは尊敬しているんですよ。
白石:そうでしょうね。みんないつの間にか、そうなっちゃうのよ。
長塚:僕はホールも演出できる演出家でありたいと思ってるので、あのスケール感で、知性的でありながら、何もかも出してやろうとする凄みは、やっぱり学ぶところが多々あります。一度蜷川さんと対談したことがありますが、そのとき僕は「このままでいいのかな」とかいろいろ悩んでいた時で、蜷川さんが「君は何か迷いが生じたら荒野に立て」と言ってくれたんです。その言葉をもらっていることもあって、何か特別な存在なんです。
「ちょっと芝居見に行こうよ」という時代が来ないかな(長塚)
ーー白石さんは、KAATの舞台に出演されるのは初めてですよね。
白石:そうなんです。こんな素敵な劇場が神奈川にあるって、つい最近まで知らなくて。もっといろいろな方に知っていただきたいですね。今年から圭史さんが芸術参与になって、ますます広がっていくんじゃないかしら。でもパーッと宣伝する、とかそういうタイプじゃないからね。
長塚:そうなんですよ。じわじわと、目の前のあなたを喜ばせる派なので。
長塚圭史 
ーーこの4月に芸術参与に就任されてから数か月が経って、何か変化はありましたか。
長塚:これまでは自分のことしか考えていなかったんだな、ということを実感しています。誰かのために本を読むとか、あの人にこんなことをやってもらったらどうだろうとか、そんなこと考えもしなかったですから。あとは、「映画見に行こうよ」みたいな感覚で「ちょっと芝居観に行こうよ」というような時代が来ないかな、なんて考えます。それにはまだまだ準備が足りないのですが、そういう時代を夢見てやっていけたらいいな、と思いますね。
ーーそれでは最後に、この公演を楽しみにしていらっしゃる方へメッセージをお願いします。
長塚:やはり優れた作品は時代を超えていく、この劇も弱者の存在をベースにおいて、そこに常陸坊海尊という精神が描かれていて、現代性を強くはらんでいるということを日々確信しています。弱者たちはどうしたっていつの時代にもいて、だからこそ常陸坊海尊が750年生き続けるという、このことは僕らの肉体、細胞に絶対に語り掛けてくるはずなんです。そういう舞台にしようと思っていますし、すごいスタッフと、加代ちゃんをはじめ魅力的な俳優も集まっていますので、ぜひ観に来て「こんな作品があるんだ」と体験してもらえたらいいな、と思っています。
白石:少し不思議で怖いおばばだけど、実は色っぽくて、皆様を存分に楽しませると思います。ぜひお出かけください。

白石加代子

取材・文=久田絢子 撮影=iwa

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