ヒグチアイ「これ以上見つけるものは
、今は無い気がしています」 ニュー
アルバム『一声讃歌』誕生の背景に迫

今春、ニューアルバム『一声讃歌』の発売と、リリースに伴ったツアーの実施を早々に宣誓したヒグチアイ。そこからはまるでそれらを目指すが如く、完成した新曲たちをライブごとに披露したり、先行で3部作的な新曲をコンスタントに配信したり。さらに、アルバムほぼ全曲をライブで事前に披露する公演を行ったりと、徐々に今作の骨格や輪郭を現わさせ、あわせてそこへの期待を募らせていった。

そんな今作『一声讃歌』は、まさにヒグチアイの履歴や備忘録が詰まった1枚。これまで自身が経験/体験してきたことを基に描かれる、あの日あの時の感情や想いを綴った、もうこれ以上このような歌を生み出さなくても済むようにと、まるで供養や葬るかのような歌たちが、聴き手の近しい想いや願い、誓いや希望も背負い謳われている。
また、今作はプロデューサーを立て、名うてのミュージシャンたちと瞬発力を大事に1曲入魂で制作。結果、歌に演奏に、熱くエモく蒼い炎の如く各曲仕上がっているのも特徴的だ。
彼女は何をこの盤に入魂し、ここまでのこの1年どのようなプロセスを辿ってきたのか? 痛々しく刺さる反面、とても優しく不思議な温かさを擁した今作。そのメカニズムをいま紐解く。
――傍から見ており、今回のアルバム制作がこれまでと決定的に違うのは、曲もほぼ出来ていない中、早々に宣誓するかのように今作のリリースを告知。そこに向けて断片的に様々な片りんを披露していきつつ、結果今回のリリースとツアーへと昇華させていくべく活動をしていたところのように映りました。
それらに関しては、当初はマネージメントの意向だったんです(笑)。「もうちょっと早めからきちんと準備した方がいい」とのアドバイスがあって。とは言え、早め早めが良いことは自分でもずっと感じていたことで。そのあたりも前作の反省点の一つでもあったし、その方が期待感も募れるだろうなと。併せて、「この段階までに絶対にここまでにやる。であれば、その間にこのような動きをしよう」と、いろいろと行動できるので。そのような計画的で継続的なプロセスを踏んだ方が活動自体もより活発に映るし面白いでしょうし。それもあり実施した面もあります。
――それにしても今回は、その告知からリリースやツアーまでがかなりのロングスパンで。何もない段階で早々宣言したのもすごい。
みなさん人気があるんですよ! だからどのタイミングで告知しても、お客さんがついてきてくれる算段も出来る。でも、私はそこまでは至っていないので、その期待感やキテる感、ちゃんとやってる感をまずは煽りたくて。でもそれらって実はこちら側から作り出すものだったりしますからね。
――今春あたりのライブのMCでも、今作発売を匂わすように「先に目標があるのっていいですね」的なことをおっしゃってましたもんね。
それに対しても不安は正直ありました。「実際、私にそれが出来ますかね?」って何度も周りに確認したり(笑)。だけど、締め切りを定めてからは意外にも曲がめっちゃ書けたんです。もちろん苦労はしましたけど、曲としてはいろいろな書き方が出来たんで、そういった意味でも先に期限や目標を設けるって大事だなと改めて気づきましたね。
――ちなみに、どういったことが今回その意向に移させたんでしょう?
基本、“一歩ずつ”を続けていたら、気づいたらその先に行けている。そう行こうと心に決めてずっと活動はしていたんです。だけど意外とその一歩ずつって奥に長かったりもしていて。逆に一歩ずつを続けていたら、時間がかかり上まで辿り着けないんじゃないか……そんな不安に陥ったんです。だったらやり方として、目標という階段をキチンと自分で定めるべきだろうと。逆にその目標があることで信じるものができる。その為には自然と自分でやらなくちゃいけなくなる。そう思えてきたんです。
――そこには、先に約束しているが故の“期待を裏切りたくない=約束を絶対に果たす”といった自分への追い込み感もあったわけですね。
ありました。私、これまでずっと先のことを考えたり目標を定めないタイプだったんです。それを守れなかったり、破ったりする怖さがあったからでもあって。それによって裏切られたと感じる人を作りたくなかったし、それを機に周りから人が去ってしまう。それをずっと怖がっていたんです。基本、「人は裏切るもんだ」との感覚でずっときたので(笑)。今回はまさにその逆で。楽しみにしてくれる方々、期待してくれる方々を裏切りたくない。その期待や想像以上のものを作りたい。そんな考えが芽生え、そこに向かっていった感じはあります。
ヒグチアイ
――あとはアルバムからの新曲を先にライブでバンバンやりまくっていたのも何か戦略的なものを感じます。『FUJI ROCK FESTIVAL '19』出演の際なんてほぼ初見の方を前に全曲新曲で攻めたそうじゃないですか。それには何か理由でも。
「作品より先にライブで新曲たちを聴いてもらいたい」との目的がありました。今回はライブを通し、新曲を早目にみんなに聴いてもらって、大切なものをまずは心に残してもらってからアルバムに入ってほしくて。去年出したアルバム(『日々凛々』)の際は、ライブで先に披露できず、作品で初めて新曲に触れた方々ばかりだったんです。初めて聴く曲が逆にアルバムからになってしまった。そうなると人の想い出の中にその曲が棲まなくなっちゃう。というのも、自分は「ライブで伝えていきたい」と思っているので、まずはそのライブの中で聴いてもらえないと人の想い出に残りにくいし、大切な曲になってもらえないとの懸念があって。なので今回は、先に一度、生の自分の声で聴いてもらいたかったところがあります。
――その方が、聴いて心に残った新曲が作品化された際の答え合わせみたいな楽しみも聴き手には生まれますもんね。
そうなんです。アルバムからだと、それがアルバムだけの点で終わってしまい先に続かない。でも、これだとその前にいろいろなところに点が打てる。そこで打たれた幾つもの点をアルバムで線としてつなげてもらった方が、よりアルバムの印象も強くなってくれるでしょうから。いわゆる心に一度染みついてもらい、その後アルバムを聴いて再度それを確認してもらう。そんな作品にもしたかったんです。
――それってすごくよく分かります。ヒグチさんの代表曲でもある3年前の「備忘録」。あれを発売前にライブで先に聴いた際にすごくショックを受けて。未だにそれが恋しくなり時々CDを引っ張り出して聴いているクチです。
ありがとうございます! 先に聴いて知っている。ライブで聴いたあの曲が入っている。その安心感もアルバムには必要なんでしょうね。ライブで聴いたあの曲がアルバムの中から現れた時のキターってなるあの感じ……それも大事なんだろうなって。
先日、今作の曲と未発表曲だけのライブを行なったんですけど、「どの曲がいいか?」とアンケートをとったんですよ。結果、その日はすでにYouTubeや配信でリリースしていた曲でアルバムに入る曲も歌ったんですが、圧倒的にその発表済の曲たちの人気が高くて。先に伝えておく重要さをそこでも感じましたね。
――そういえば、すでに配信されているアルバム収録曲の3曲って、どれも繋がっていて、どこか三部作感がありました。3曲で起承転結みたいな。
それはあります。それらに限らず、今作の曲たちは前作を作り終えてからの曲ばかりなので、この1年間の私の気持ちや心の機微でしかなくて。となると、どうしても見つかったものも近いものになっちゃうし、似通ってきちゃう。が故に、何を出しても繋がる確信はあったし、あとはその並べる順番だけでした。それらさえしっかりしていれば全て線でつながり、アルバムとしてまとまってくれる。そんな確信はありました。
――最後の「ラブソング」まで聴き、そこで全てが昇華され、ようやく救われた感がありました(笑)。
そこはやはりかなり考えました! 基本、今作も私らしい地味な作品ですから(笑)。そんな中、パッと聴いて耳を惹いたり心に残るものって、「前線」みたいな曲が一番だと思うんです。でも一生私が歌いたかったり、聴いていたい、それから大切にずっと想い続けていられたらいいなって曲は、実は「ラブソング」みたいな内容だったりするんです。他の曲は気持ちが変わったり、移ったりしてくものかもしれないけど、「ラブソング」で歌われているように、「自分が救われたい」とか「優しくいれたらいいな」と思える曲をリードで出せたらいいなと願っていたし、出し続けていきたいと心から思いました。
――その「ラブソング」こそ今作を象徴している感がありました。他に10編様々なタイプやシチュエーションの曲が並んでいる中、結局最後はここに行き着く曲。ここに着地するための紆余曲折した10編だった感とでもいうか。いろいろと歌ってきたけど、結局言いたかったこと伝えたかったことってここなんじゃないの?って。
本当にそう、この曲なんです!! これは「備忘録」の時にも感じたんですが、こんな曲を書いたら、それ以降はもう言うことがないというか。それだけが私は言いたいんだって。「想い出というのは素晴らしいものなんだ」との真理を私は8年ぐらい前に見つけ、それを歌い続けてきたんです。それをこの「ラブソング」では言葉や曲に出来たので、もうこれ以上見つけるものは、今は無い気がしています。
――それは逆に困りますね……これからも歌い続けていってもらわないと(笑)。ところで今作は、間に一作挟んではいますが、各曲、前々作のアルバムに収録の今やヒグチさんの代表曲と称しても過言ではない「備忘録」と直結している気がします。
でも、あるかもしれないです。前作アルバムはもうちょっと“前に! 前に!!”との気持ちが強かった作品で。いわゆる明るく分かりやすくや、もう少し幅広い人に聴いてもらえる曲。歌の中では「私! 私! 私!!」って歌いまくってはいるけど、実際の私はそこからちょっと距離を置いて歌を伝えているというか。いるじゃないですか、話していても「この人めっちゃ自分のことばかり喋るなぁ……」って感じる人って。自分はそうは思われたくなくて(笑)。あえて自分のことは控えていたんです。でも結局、私が私について話さなくて誰が私の話をしてくれるの?って。「備忘録」も、私は今後このような曲を二度と作らない、そう決心してやってはいけないことをやった感が当時はあって。でもあの時と同じように、今作では自分の話をしつつ他人が「それ分かる!!」ってなる曲をもう一度書きたくなったんです。
ヒグチアイ
――サウンド面に移ると。今作はバンドでせーので録った感じや、歌にしてもワンテイク入魂といった具合に瞬発力や一瞬性に賭けている部分も多分に伺えます。
その「瞬発力」と聞いてパッと思い浮かんだのは、今回プロデューサーで松岡(モトキ)さんも入ったので、それが大きいんじゃないかなって。これまで私、セルフプロデュースだったり、アレンジを考えたりしている割には、最初に聴いた際の印象に対して全く興味が無かったんです。いわゆる音を重ねていくことに面白さを見出してはいたんですが。だけど、そことは違う私の興味のない面を考えて下さる松岡さんという存在が今回はあって。だから、パッと入りやすい作品になっていると思います。
――プロデューサーに松岡さんを起用した件も意外でした。私の中では松岡さんって、わりとキラキラとしたポップス畑の人だとの認識があったもので。
実は10年くらい前に、一度「松岡さんにお世話になるかもしれない」っていう時期があって、その際にお会いしてお話をしたんです。だけど、その頃の私って性格がひねくれていて(笑)。松岡さんはすごく優しい方で、熱心に丁寧に私の話に耳を傾けてくれたんです。でも、その頃の私はそういった優しさは自分が甘えちゃう元凶とさえ感じていて……「やはりここは私の居場所じゃない。ここは居心地が良すぎちゃう」と、お断りをしたんです。でも、それらは少なからず今でも私の中で存在してはいるんですが、あの10年前にお会いした際の私の気持ちや気概を松岡さんが今も大事にしてくださっていて。それが今作にも現れていると自分では捉えています。
――ネイキッドで余計な装飾が一切ない、その潔さにも感心しました。あとベースの宮田'レフティ'リョウさんの人選も意外でした。宮田さんはどちらかと言えばネット発信のクリエーター的な印象があって。
宮田さんと松岡さんとは昔から付き合いも古くて。実は昔に松岡さんとお会いした際にも宮田さんはいらっしゃって。その時、一度一緒にプリプロ(プリプロダクション)に入ったんです。宮田さんがマニュピレートをして下さったんですけど、その打ち込みの手早さが見事で。以来ずっと私、宮田さんをマニュピレーターの方だと勘違いしてたんです(笑)。でも、実際はベーシストだったらしく……すごくいいベースを弾かれるんです、彼。ドラムの柏倉さんも松岡さんの声かけでレコーディングに参加してくれました。
――ポップマエストロのようなプロデューサーに、ポストロック/音響系のドラマー、ネット発のクリエーターのベーシストが集い、こんなその3者からは全く結びつかない作品が生まれたんですから恐れ入ります(笑)。
おかげさまでレコーディングの時もみんなかなり抽象的な表現が飛び交ってましたよ。「ここもうちょっと象みたいな感じにしたいです」とリクエストしたら、きちんとそんな演奏や作品になったり(笑)。
――それから今作は、痛々しくて生々しいんだけど、どこか信憑性や信頼感があり、温かく優しく響く伝え方に気を遣われている印象を受けました。
その感想は嬉しいです。でもそのあたりはこの2年ぐらいで、私が表情の筋トレをしたことも関係してる気がして。
――表情の筋トレ?
顔の筋肉を鍛えたんです。歌の上手い方は、声の出し方もですが、それを出す筋肉の付け方も上手なことを知って。それもありここ最近は喉とか舌とかの筋トレをしています。最近ようやく自分の納得する声が出せ始めていて……だったらもっと歌を生々しく出しても大丈夫だろうと。張りや強さもですが、今作ではより生命力や揺らぎの表現も出来るようになった気がして。
――最近のヒグチさんの歌声で急にぶわっと広がり、包み込まれたり、波にさらわれていくような瞬間があって。きっと、その成果なんでしょうね。
かもしれません。そう言っていただけてすごく嬉しいです。「まだ歌って上手くなるんだなぁ……」っていう発見が嬉しくて。以前よりさらにライブで歌うことも好きになりました。
――ちなみにその顔の筋肉ってどうやって鍛えるんですか?
私の場合は笑顔を作る練習をしています。劇団員さんとかもそういった方が多いらしいんですが、頬のあたりの筋肉、口角を上げる運動みたいな。日常で、人に愛される、誰かに道を聞かれるような顔になるっていうのを理想に(笑)。でも、これが出来るようになったら、歌もちょっと明るく、楽しく歌えるようになった気がしてます。

取材・文=池田スカオ和宏

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