円堂都司昭×楠芽瑠×一色萌×高木大
地×成松哲のプログレ強化講座レポー
ト、あるいは、キスエクという現象

“プログレアイドル”の「キスエク」ことXOXO EXTREME(キス・アンド・ハグ エクストリーム)からリーダーの楠芽瑠(くすのき める/めるたん)が、2019年9月16日(月・祝)新宿MARZの「卒業ライブ」を以てグループから身を引く。これにより、キスエクは2016年のグループ結成以来、最も大きな節目を迎えることとなる。翌9月17日からは一色萌(ひいろもえ/萌氏、萌ちゃん)、小嶋りん(こじまりん/りんりん)、研修生の浅水るり(あさみるり/るりちゃん)の三人体制へと移行する。
楠芽瑠(XOXO EXTREME)@渋谷WWW 2019/07/25(撮影:池上夢貢)
いま、多様化・ニッチ化の加速が進む日本のアイドル界において特に注目を集めているのが「楽曲派アイドル」だ。それは、一般的なアイドルポップスとは毛色の異なる音楽ジャンルを、自分たちのレパートリーに、色濃く、高度に、マニアックに反映させ、その筋の“通”を唸らせているアイドルグループたちの総称である。中でも、半世紀近くも前に洋楽界で隆盛を誇っていた「プログレッシヴロック」(プログレ)なる複雑難解なロックミュージックを、この令和の御時世にもなってなおも歌い踊り、マグマやアネクドテンの高度で尖鋭的なナンバーまでもカヴァーしてしまう「キスエク」は、楽曲派の“究極”的存在と目されている。
そう聞けば人はキスエクに対して「なんか、途轍もなくかっこいいアイドルグループ」という印象を抱くかもしれない……のだが、しかし、である。実は、それほどかっこいいとはいえないかもしれない疑惑もあったりして……。
というのも、当のキスエクのメンバーたちはさほどプログレに詳しいわけではないからだ。いや詳しくないどころか、リーダーのめるたんに至っては、2016年のグループ結成以来一貫して「プログレは好きじゃない」と公言して憚らなかった。曰く、プロデューサーに義理があったからキスエクに参加したが、自分の務めはアイドルの王道たる“可愛い”をグループの中で担当することだった、と。だから最初の頃は、一曲の長さが十数分にも及び、転調や変拍子の多いレパートリーを歌うことについて、正統派アイドルの曲調とはかけ離れすぎていて強い違和感を覚えていたという。その後、自分たちの曲を徐々に楽しめるようになり愛着も抱けるようにはなったが、プログレという音楽ジャンル自体には依然として全く関心を注げない……云々。
だが、そんな内部矛盾を抱えているところがまた、ファンにはたまらないキスエクの魅力なのでもあった。もしもキスエクのメンバー全員にプログレという音楽への愛着やこだわりが徹底されていたならば、それはそれでかっこよかったのかもしれない。しかし、実情における緩やかな非徹底ぶりは、むしろ、より一層かっこいいといえるのかもしれない。なんというか、「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」(早川義夫)のならば、「論理をUターン」(唐十郎)させて、「かっこ悪いことはなんてかっこいいんだろう」ということだってできるのだ。ともあれ、かようなキスエク内部の“ゆらぎ”に対して、ファンは複雑な快楽の契機を見出してきた。
おそらくキスエクのファンを自認する人々の多くは、プログレに対する基礎教養はそれなりに積んできたに違いない。それがないとキスエクの音楽を積極的に楽しめないからだ。にもかかわらず、リーダーのめるたんはプログレへの嫌悪感や拒絶感を露わにしてきた。それによってファンは、アクセルとブレーキを同時にかけられたようなダブルバインドに陥り、その結果「プログレマニアの自分をもっと蔑んで」といった被虐の快感に目覚めてしまう。
一方でキスエクファンの中には、自分の娘や孫のような年齢の、今はまだプログレにさほど詳しくない女の子に知恵や知識を授けて、立派なプログレ・アーティストへと育成してやりたい、と思っている人々もいることだろう。ピグマリオン的な“おせっかい”(Meddle)たちだ。しかも、日頃(めるたんに代表される)一般社会から差別を受けているプログレという負の趣味が、ここでは逆転して尊敬されることさえありうるのだから、得られる満足感も倍増する。
そう考えると、キスエクという現象は、“プログレ”というキーワードをせわしく明滅させながら、その筋のヲタクたちの倒錯的心理を手玉にとった、有機交流電灯のひとつの青い照明といえるのかもしれない。そういえば、その青い電灯に集まる蛾や甲虫たちの宴とでもいうべきひとつのトークイベントが、一ヶ月半ほど前、猛暑の夏に高円寺のライブハウスでおこなわれた。その記憶を少々掘り起こしてみたい。
XOXO EXTREME@渋谷WWW 2019/07/25(撮影:池上夢貢)
文芸・音楽評論家の円堂都司昭(えんどう としあき)が『意味も知らずにプログレを語るなかれ』という書籍を、去る2019年7月11日に刊行した。「難解なのは楽曲構成だけではない… プログレッシブ・ロックの深遠な歌詞の世界へようこそ」と本の帯に記されている通り、プログレの歌詞にスポットを当てるという、今まで意外となかった著作である。そして本の題名を見て自分の弱みを見透かされたと恥じ入る日本人プログレマニアは決して少なくないのではないか。ピンク・フロイド、キング・クリムゾン、イエス、ジェネシス、EL&Pをはじめとするプログレ史上の名作の数々について、その歌詞をわかりやすく解説してくれて、どれほど目から鱗が落ちたことか。巻末に付記された翻訳家・川原真理子へのインタビューも実に面白い。続編も早く出して欲しいと思える、プログレリスナーにとって必読の書といえる。
同書の出版に関連して7月31日には、<夏を制するものはプログレを制する!円堂都司昭『意味も知らずにプログレを語るなかれ』刊行記念~絶対合格!キスエクと学ぶ「夏のプログレッシブロック強化講座」~>という長いタイトルの催しが、高円寺パンディットというトークイベント専門のライブハウスで開かれた。主役はもちろん円堂で、ここにキスエクから二人のメンバー、めるたんこと楠芽瑠、そして萌氏こと一色萌、さらにプログレバンドの金属恵比須からリーダー高木大地がゲストとして招かれた。イベントの司会進行はフリーライターの成松哲が務めた。
教える側の主体はもちろん円堂、学ぶ側の主体はキスエクだった。つまり円堂というヒギンズ教授が、キスエクという名の未熟な娘イライザを、一人前のプログレアイドルに仕立て上げようとする、『マイ・フェア・レディ』的な構図がとられていた。高木と観客および司会の成松も本来の立ち位置としては、キスエクの二人と共に学ぶ側であるはずだったが、彼らの心理状態はイベント開始直後からすぐさま円堂と同サイドへと移行していったように感じられた。
この日、収容人数30人ほどのスペースは、ほぼ満杯状態。内訳としてはキスエク目当てで来た人々が多かったのであろう、男性が9割を占めている。テーマがプログレということで年齢層は高め。その中には還暦をとうに過ぎて古希に迫ろうとしている高木の実父の姿もあった。
ステージに登壇者が並び各々の自己紹介が始まる頃には、背後のスクリーンに高木の率いる金属恵比須のライブ映像が流れていた。そこに映った高木のギターのリフ演奏を見た円堂が嬉々として「レッド・ツェッペリン『カシミール』のジミー・ペイジと同じ動き」と指摘すると、高木も「よくぞおっしゃっていただいた」と大いに喜び、引用元となったアトランティックレコード40周年コンサートの話を始め、早くもロック談義に花を咲かせる。すると、さっそく、めるたん砲の無慈悲な第一撃が放たれた。「9割何を言ってるのかわからない。ずっとこんな感じだったら私もう無理です」。会場内は引きつった笑いに包まれた。
「そういえば」と円堂、「めるたんはまずNOから入る人なんですよね(笑)」。7/20付けのSPICEインタビュー記事にそう書いてあったのを読んでくれていたようだ。「NOから入るのはプライベートの時だけで、お仕事中はそうでもないです」と答えるめるたんではあったが、この後、高木が小学生時代からの自身のプログレ遍歴を誇らしげに語り、その流れで自分にプログレの素晴らしさを教えてくれた客席の実父とキング・クリムゾン談義を始めると、すかさずめるたん「親子水いらずの思い出話が素敵ですね。私も客席に移動して聴いていていいですか」と痛烈な皮肉を放ち、爆笑を誘った。
成松が「そもそもプログレとはどんな音楽か」というテーマを振ると、萌氏は「50年前の古くさい音楽だと言われるけれど、平成生まれの自分にとっては一周まわって“新しい”」と高齢者に嬉しいことを言ってくれた。一方めるたんは「プログレは“可愛い”。私がやれば何でも可愛くなる。だから私が踏み入ったことでプログレも可愛くなった」と、めるたん節を炸裂させた。
その後、話題が何故か高齢者のトイレが近い話や、飲み水が硬水より軟水がいいといったような話になると、司会の成松「自分がすごく進行のヘタな人みたいに思われているのではないか」と嘆き、懸命に本筋への軌道修正に努めようとする。するとキスエクの二人から、プログレ楽曲を歌い始めた当初、アイドルイベントで冷たい目で見られて苦悩が絶えなかったこと、しかしファンがいつしか曲に合わせて肩を組んだり、円陣になって回ったりするようになって驚いたことが語られ、会場はちょっとした感動の空気に包まれた。
さらにキスエク萌氏から、金属恵比須の伴奏でカヴァーをした「アネクドテンさん」について、キスエクのSNSをフォローして、チェックを欠かさないなど“いい人”だった事実が明かされると、高木が「ああいう重苦しい音楽を演っているのに意外と“いい人”だったんですね」と、その落差に目を細め、客席全体に心温まる雰囲気が拡がった。もっとも萌氏がバンド名をいちいち「さん」付けで呼ぶことも微笑ましさを形成する要因の一つだと思う。「イエスさん」「マグマさん」といった響きが、バンド本体から神々しさを剥ぎ取り、キスエクの身近な同業者という印象に組み替えられる。そのように、ものの価値を古い秩序から解き放ち、身近で等価値なものへと変換していくことも、キスエクという現象の効用のひとつと見た。
イベント後半、第二部からようやく円堂の著書と連動したプログレ歌詞の講座へと突入していく。めるたんも急に眼鏡をかけて学徒らしさをアピールする。
最初にとりあげられたのはジェネシスの「The Musical Box」。英国の伝承童謡「マザーグース」の猟奇趣味を反映した歌詞世界は、同曲を収録したアルバム『ナーサリー・クライム(怪奇骨董音楽箱)』のレコードジャケットのアートワークとも連動しているという解説が円堂からなされる。すると、その絵を描いたポール・ホワイトヘッドと会ったことがあると高木が自慢する。金属恵比須がメキシコのプログレフェスに出演した際に、ホワイトヘッドは出店で自分の描いた絵を売っていたのだそうだ。
なお、日本には猟奇的な童謡というものがあまりない。そこで探偵小説作家の横溝正史は自ら「悪魔の手毬唄」を拵えて童謡殺人を描いた。その「悪魔の手毬唄」をもじったタイトルをつけたがキスエクの「悪魔の子守唄」なのだと円堂が指摘すると、キスエクの二人「全然知らなかった」と感心。さらに「横溝といえば」と円堂は続ける。「金属恵比須には横溝の小説の題名『真珠郎』をそのまま冠した楽曲がある」と指摘。「こうして僕はキスエクと金属恵比須の双方に気を遣ったのだ」とのこと。
ときに「The Musical Box」が発表された頃のジェネシスは5人体制だったが、やがてピータ・ガブリエルやスティーヴ・ハケットが去り、「そして3人が残った」の状態となった。しかしそこからセールス的な快進撃が始まることとなる。キスエクもまた、9月17日以降は「そして3人が残った」の体制へと移行する。その事態に重ね合わせて、円堂はまずジェネシスを紹介したのだと述べた。すると「めるたんはキスエクのピータ・ガブリエルか?」という議論が起こり、高木はガブリエル得意の被り物のひとつ、“箱”を提供したいと申し出た。
次いで紹介されたのはエマーソン・レイク・アンド・パーマー(EL&P)のアルバム『恐怖の頭脳改革』から「悪の教典#9 第3印象」。元キング・クリムゾンのピート・シンフィールドによる作詞で、人間対コンピュータというSFが描かれている。シンフィールド自身がかつてコンピュータ・プログラマだったことが創作の契機になっているのではないかと円堂。
曲は聴いためるたんはエマーソンのオルガンを「ディズニーぽい」と嬉しがる。彼女は大のディズニー好きなのだ。そして、『恐怖の頭脳改革』は、そのジャケット絵(H.R.ギーガー)をtwitterのアイコンにしているファンの人がいるということで、めるたんもヴィジュアルだけは知っていた。
だがその「頭脳改革」という語句が前述「悪魔の子守唄」の歌詞としても登場することや、EL&P『トリロジー』収録の「ホウダウン」がキスエクの「Progressibe Be-Bop」に強い影響を与えていることも知らされると、キスエクの二人はまたしても自分たちに直結するトリビアに対して「へえ」の連発。『タルカス』の「アルマジロ」の語句も「悪魔の子守唄」の歌詞として組み込まれていて、そこはめるたんが歌うパートとのことだが、「可愛く歌うことにのみ専念していて、アルマジロの出典のことなど気に留めていなかった」そうである。
そして本日最後の紹介楽曲としてキング・クリムゾン「エレファント・トーク」を流すことが円堂から告げられると、すかさずめるたんが「エレファント・トーク」は知らないが、キスエクの「エレファント女子トーク」なら知っていると発言。そして曲のイントロを聴くなり「あ、似てる、似てる」。どうやらクリムゾンがキスエクを真似ていると思い込んでいる。
そろそろ時間だ。本日の感想として萌氏は「円堂さんがキスエクに寄せて今日の選曲をしてくれたことは有難かった。自分は目下プログレを猛勉強中だが、曲を聴きながら円堂さんの本を読むと楽しく理解できる」と話し、めるたん去りし後のキスエクを牽引していく覚悟を仄かに匂わせた。一方のめるたんは「いろいろ勉強になりました。キスエクを去る直前に、プログレを知ることができてよかった」としみじみと語り、成松から「遅すぎだよ」と突っ込まれていた。
キスエクと学ぶ「夏のプログレッシブロック強化講座」はこうして幕を閉じた。参加者は必ずしもプログレビギナーならずともプログレの教養を改めて強化することができただろう。この先の、キスエクへのピグマリオン効果も多少は期待できそうだ。しかし、何よりも、キスエク初代リーダーめるたんの悪魔的な破壊力によってエントロピーが増大し、キスエクという青い電灯に集まった“おせっかい”な蛾や甲虫たちが“混乱”と刻まれた墓碑銘に翻弄されていく様が可笑しくてならなかった。
──そんなめるたんが、9月16日(月・祝)を以てグループから去っていく。彼女のこれまでの功績に感謝し、この卒業を慶び、そして残った3人の新たな船出も心から寿ぎたい。「ああ 本当に/君がここにいてくれたらいいのに」(円堂都司昭『意味も知らずにプログレを語るなかれ』~Pink Floyd「Wish You Were Here」より)なんて思う日が来るかもしれないけれど。
文・写真=安藤光夫

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