水樹奈々が
歌のポテンシャルを世に知らしめた
金字塔的アルバム
『ULTIMATE DIAMOND』
バラエティーに富んだサウンド
続く、M5「Mr.Bunny!」ではデジタルを多用しつつ、M6「沈黙の果実」はストリングスをゴージャスにあしらったポップロックで、アコギ(多分ガットギター)が印象的に使われているなど、こちらは生音重視だ。ツインヴォーカル風のポップなR&RのM7「Brand New Tops」。M8「少年」はロックはロックでも、マイナー調のメロディとブリッジのサックスとを含めて、どことなくAORを感じさせる。キャッチーなメロとデジタルが融合した“アニソン・ハウス”とでも言うべきM9「Gimmick Game」。ゴシックロックなM10「Dancing in the velvet moon」。そして、間奏でのスパニッシュなギターソロが象徴するようにアコギ中心のバンドサウンドで迫るM11「ray of change」と、ここまで似たようなサウンドはほぼないと言っていい。M12「深愛」~M13「蒼き光の果て-ULTIMATE MODE-」はロック、M14「Astrogation」はハウスと続き、明らかにテンポが落ち着くのはラスト、M15「夢の続き」という仕様だ。聴き手によっては後半、若干食傷気味になることは否めないが、当時の彼女のアーティストパワー、その勢いを感じさせるに十分な作りである。
『ULTIMATE DIAMOND』収録曲のサウンドのバラエティー豊かさは、即ち作家陣の多彩さに関係しているのだろう。作曲者12名、編曲者13名と、15曲入りのアルバムとしては珍しい感じではある。シングル曲が多く収録されている場合にはこういうことがままあるけれども、発売前に発表されていた楽曲は4曲なので、本作はシングルベスト的なアルバムではない。そう考えると、この作家陣の多さはある種、意図的であったことが想像される。そして、それもまた、水樹奈々というヴォーカリストの才能を世に知らしめるためのものであったことは言うまでもなかろう。
“ハードロック調が好き”“デジタルがいい”とリスナーそれぞれによって好みはあるだろうが、筆者の注目曲を挙げさせてもらうと、シングル曲でもあったM4「Trickster」がすこぶる良かった。この楽曲は若干上モノとギターのオーバーダビングがあるものの、ベーシックはギター、ベース、ドラムスの3ピースで、そのドライブ感が半端ない。一発録りではないと思うので、おそらくミックス具合が絶妙なのだろうが、そのグルービーなサウンドはその辺のロックバンドを軽く凌駕しているようにも思う。全体的にザクっとした音も何ともバンド的だ。『ULTIMATE DIAMOND』発売時はすでにアリーナクラスでの公演も増えていた彼女ではあるが、それ以前はライヴハウス中心の活動であったことを考えると、M4「Trickster」にはそんなライヴアーティストの面目躍如といったものを見出すこともできる(ような気がする)。
さて、冒頭で、水樹奈々は“天から二物以上を授かっている”と書いたが、彼女のファンであれば、その二物にしても三物にしても、たまたま天から彼女の元へ降ってきたのではないことはよくご存知のことと思う。あまり彼女に興味のない人は、水樹奈々というアーティストは、歌が上手い声優、あるいは声優の中で特別に歌がうまいので歌手としても活躍していると思われている人がいるかもしれないが、さにあらず。彼女はもともと歌手志望。しかも、演歌歌手を目指していた。[父の仕事場と両親が経営する自宅のカラオケ教室で、演歌歌手の夢を託され、毎日休まず猛特訓を受ける。他にも、音感を養うためにピアノやエレクトーンを、歌手になった時にサインを求められても困らないように書道を学び、地元では「のど自慢大会荒らし」と呼ばれていた]という([]はWikipediaからの引用)。中学卒業後に上京し、事務所に所属しながらデビューを目指すもなかなか上手くいかず、高2の時、事務所の勧めで代々木アニメーション学院声優タレント科にも入学。在学中に声優としてデビューを果たした。つまり、たまたま(…と言うと語弊があるかもしれないけれど)先に声優として世に出て、その後、歌手として花開いたわけだ。歌手としてデビュー後も決して順風満帆ということではなく、最初の数年はなかなか芽が出なかったばかりか、筆者は半可通なのでここではその詳細は伏せるが、精神的に辛い目にも遭ったと聞く。今やコンサートはアリーナやスタジアムが当たり前、音源をリリースすれば毎回チャート上位に登場する、押しも押されぬ、トップクラスのアーティストである水樹奈々であるが、そのポジションは彼女自身が掴み取ったものなのである。アルバム『ULTIMATE DIAMOND』はそのことを水樹奈々が堂々と天下に示した作品と言ってもいいのかもしれない。
TEXT:帆苅智之
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