サザンオールスターズの最新曲「愛は
スローにちょっとずつ」から見える、
デビュー42年目に突入した今だからこ
そ描けた新境地

配信、そして40周年記念本『SOUTHERN ALL STARS YEARBOOK「40」』に封入されるCDに収録という形でリリースされた新曲「愛はスローにちょっとずつ」は、これまでのサザンオールスターズの曲とは生まれ方も育ち方もちょっと違う。今年3月から6月にかけて行われたサザンオールスターズの全国ツアー『“キミは見てくれが悪いんだから、アホ丸出しでマイクを握ってろ!!”だと!? ふざけるな!!』の各会場で「愛はスローにちょっとずつ」(仮)という仮タイトルで披露されて、観客と共有することによって育ち、完成した曲だからだ。
ツアーファイナルとなる6月16日の東京ドームでも、「実は新曲がありまして、やらせていただいてもよろしいでしょうか? いつかチャンスがあったら、世に出したいと思っています」と桑田佳祐が控え目に切り出した後、コンサート中盤に演奏された。初めて聴いた瞬間、ひと言ひと言を噛みしめ、慈しみ、いとおしむように歌う桑田の歌声を耳にして、胸がいっぱいになったのを覚えている。今回、完成し音源化された作品はその時の形とメロディや歌詞など、基本的な構成はおそらく一緒だろう。だが、ボーカルはもちろん、ストリングスや様々な楽器の微妙なニュアンスや音の質感、ハーモニーなど、細部に渡って、さらに練り込まれていると感じた。ライブで演奏した時の観客の反応、会場の空気をじかに感じたこともおそらく制作になんらかの影響を与えているのは間違いないだろう。
この曲はタイトルにも表れているように、歌で描かれた様々な感情が聴き手の胸の中にじわじわと少しずつ、でも確実に染みてくる。ピアノ、アコギ、ベース、ストリングス、パーカッションなどによるさりげない始まり方も秀逸だ。“するめソング”という言い方があるが、この曲は“するめ”などのつまみではなくて、むしろ酒本体、熟成されたウイスキーに例えたほうが近いだろう。歌詞をストレートに解釈すると、男性の失恋ソングということになりそうだ。だが、<面影しのぶ><夢に訪れる>などのフレーズから判断すると、相手はすでにこの世には存在していないと推測される。聴く人によって、恋愛対象ではなくて、家族など、自分にとって大切だった存在を当てはめて聴くことも可能だ。それくらい、この曲の間口は広くて深い。失恋ソングというよりももっと根源的なラブソングと言いたくなったのは、さりげなくて、何気ないのに、深いメロディと歌詞、桑田の滋味あふれる歌声、曲全体を包み込む温かくて優しくて繊細かつ丹念な演奏ゆえだろう。
せつなさや寂しさ、悲しさも感じ取れるのだが、それだけではない。さよならの思いとともに希望の光のようなものが絶妙に混じり合っているところに、この歌の独特の魅力がある。例えば、サビの表現も曲が進行していく中でその色合いが変化していく。2コーラス目が終わって、ジョージ・ハリスンを思わせるようなジェントリーなギターが入ってきた後に始まる3度目のサビでは、マジカルなハーモニーが入ってくる。曲の後半になって、光が差してくるようなアレンジになっているのだ。つまり愛の儚さだけでなく、永遠性も同時に表現した歌として響いてくる。愛する存在との別れが来たとしても、思い出が胸の中にある限り、その愛はずっと存在し続けていき、糧となっていくこともこの歌は示しているようにも聞こえてくる。
タイトルの「愛はスローにちょっとずつ」に続く言葉はなんなのか。歌詞を見ると、<黄昏(セピア)に染まる>ということになる。これは時間が経過することによって、愛が消えるのではなくて、胸の中で熟成されていくことを表しているのだろう。ウイスキーに例えるならば、年月を経て熟成されて、琥珀色に染まっていくのに近いニュアンスがありそうだ。この曲のジャケットには透明のボトルが描かれていて、光が差し込んで、シルエットが出来ていて、そこに光のきらめきが映り込んでいる。ボトルには「LOVE TURNS SLOWLY SOUL LONG」という文字が描かれている。この文字は「愛はスローにちょっとずつ」の英訳でもありそうだ。“SOUL LONG”はおそらく“SOUL LONG”と“so long”とのダブル・ミーニングなのではないだろうか。つまり“永遠の魂”と“さよなら”。
もうひとつ、「愛はスローにちょっとずつ」という言葉は40年かけて培ってきたサザンオールスターズとリスナーとの絆にも当てはまるものなのではないだろうか。ライブで披露しながら、完成させていったという経緯もそうした解釈を裏付ける。“Oh,Yeah”といったサザンオールスターズの曲ならではのフレーズも入ってきている、彼らの王道のミディアム・バラードであると同時に、デビュー42年目に突入した今の彼らだからこそ描くことの出来た新境地でもあると思うのだ。あっと驚くアレンジや構成があるわけではない。オーソドックスでスタンダード。だが、聴き手のとても深いところに染みてくる。しかも相反する感情が絶妙に融合している。彼らの屈指の名曲、「真夏の果実」が発表されたのは1990年、平成2年のことだった。「愛はスローにちょっとずつ」も令和の彼らを代表する名曲として、愛されていくことになるだろう。継続していくことのかけがえのなさと尊さを、彼らは歌そのものとバンドのあり方によって、示し続けている。
文=長谷川 誠
>>【ライブレポート】サザンオールスターズがなぜ国民的バンドであり続けられるのか? その答えを見た東京ドーム公演を回顧する

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