半崎美子 老若男女の心に寄り添う歌
、“ショッピングモールの歌姫”はい
かにして誕生したのか

シンガー・ソングライターの半崎美子が2ndミニアルアム『うた弁2』を8月7日にリリースした。2017年にメジャーデビューするまでの間、17年間はどこにも属さずインディーズで活動してきた。そのバイタリティーは生半可なものではない。なぜ歌手になる夢を途中で諦めたりしなかったのか。なぜ“ショッピングモールの歌姫”と呼ばれるようになっていったのか。そうして、デビュー後もなぜその活動を続けるのか。聞きたいことは山ほどあった。ショッピングモールでの出会いが自分を変えたという半崎。ショッピングモールで歌ったあとの即売会&サイン会で何時間もかけて老若男女、多くの人、人生と向き合ってきた半崎は、インタビュー中も、こちらを包み込むような柔らかな雰囲気を醸し出しながら、相手の心をそっと開いていくような真剣な眼差しでこちらの質問に耳を傾け、心地よい声で話しをしてくれる。彼女と話していると、初対面なのになぜか懐かしくてセンチメンタルな気持ちになる。半崎美子の音楽は、一聴しただけでリスナーの心に寄り添う。その秘密が少しだけ分かった気がした。
――最新作『うた弁2』も前作同様、一聴しただけで心にすっと馴染んで入ってくる作品でした。アルバム収録曲は、耳を癒してくれるような半崎さんの柔らかな歌い方、ダウンテンポの穏やかな曲調、転調や半音を極力使わないメロディ構成、具体的なエピソードを織り込まない歌詞の描き方というところが共通している訳ですけど。なのに、一聴しただけでリスナーはそこに各々の人生を重ねて感動してしまう。この人の心をつかむ吸引力、その正体ってなんだろうって思ったんですよね。
へぇ~。私も知りたいです(笑顔)。
――それを解明していきたいと思います。まず、具体的なエピソードを描かなくとも半崎さんの歌詞は圧倒的なノンフィクション感で聴き手の心に届いてくるんですが。これはやはり、ショッピングモールでいろんな方々と対峙してきたからなのかなと想像したんですが。
おっしゃっていただいた通りだと思います。私自身の経験なんて微々たるものなので。ショッピングモールではいつも3~4時間サイン会をさせていただくんですけど。
――いまも、ですか?
はい。いまもやってます。楽しくおしゃべりする会話ではなく、そこではお客様と“心と心の対話”をしている感覚なんです。心を通わせるというのはすごく特別なことではあるんですけど、みなさんが抱えている問題、いま背負っていること、いろんなことを私に打ち明けて下さって。様々な立場の方、年齢の方がいらっしゃるんですけど、みなさん各々生きていく上で感じている切実な想いを打ち明けて下さるんです。私はそういった方々の想いや、お手紙も本当にたくさんいただくんですけど。
――SNSもやってらっしゃいますけど、そこではなくてお手紙が届く訳ですか?
お手紙が多いですね。こういう感じで事務所に届くんです(と、レコード会社に届いていた手紙の山を見せてくれる)。
――封筒が分厚いですね。便箋何枚にも渡って想いを綴ったものが多いってことですよね。
ええ。なので、そういうみなさまの想いが私のなかに留まっていて、それが積み重なっていき、なにかの折に触れて溢れる。それが曲になっているんですよね。だから、もちろん自分で書いてはいるんですけど、自分で書いてる感覚はあまりないんです。
――書かせてもらっているというか?
そうです。私というフィルターを通して誰かの想いを歌にしている。もしかしたら、だからこそ具体性とかがなくても、それぞれの方に響くものを持っているのかもしれないです。分からないですけど。
――自分だけの一方的な想いではないからこそ届くのではないかと。
ええ。誰かの想いというのは他の方にも通づるものがあるのかもしれない。そういうものを、歌で共有していくというか。
――この方とこの方は同じ想いを抱えていると思ったら、そういうものを自分の体を通して音楽に昇華していくのが半崎さんの使命というか。
そこまで考えてなくて、そこはまったく意識してないです。曲を書くときに、意図的に、作為的に“ここはAメロをつけて、サビをこうしよう”とか一切考えてなくて。
半崎美子 撮影=山内洋枝
ショッピングモールで歌うことによって、いろんな方の想いを受け取る“受信力”みたいなものが芽生えていったんです。
――転調や半音を多用しないのも無意識でやっているんですか?
まったく考えてないです(笑顔)。そのまま出てきたものをCDにしてて。手直しもしないんですよ。だから生まれたままといいますか。
――ここまで音楽人としてキャリアがありながらそれができるのは、凄い才能だと思います。では、半崎さんが作る音楽がどうしてそういうものになっていったのか。最初は自分の想いを歌に託していた訳ですよね。半崎さんも?
はい、そうです。
――それが、人の想いを歌うように変わっていったきっかけは?
ショッピングモールで歌い出してからですね。あそこで歌うことによって、いろんな方の想いを受け取るようになって“受信力”みたいなものが芽生えていったんですよ。それはもちろんサイン会で受け取るお言葉、想いもそうです。それまでの自分は単純に自分だけの主観で物事を見ていたんですが、モールで歌うと自ずと客観性が身についていって。
――自ずとつくものですか?
例えば、モールで歌っていても“聴いて貰えないんだったらいいや”にはならないので。どうやったら聴いてもらえるんだろう? ここを通るときにどこにポスターを貼ったら分かりやすいだろう? とか。座るときにどこに通路があると座りやすいだろう? とか。常にたくさんの人に聴いてほしい、足を止めてほしいということを考えていると、自ずとお客様の立場に立って考えるようになるんです。その積み重ねと、あとは17年個人でやってきたので、チラシ一つにしても自分で作っていたので。例えば自分でそこにプロフィールを書きますよね? そういうところでも、どんなキャッチを入れたらみなさんの目を引くことができるだろう? とか必然的に考えざるを得なくて。それがそのまま、自分自身の心の在り方、活動の仕方に地続きでつながっていったんだと思いますね。

――なるほど。ではショッピングモールで歌ったあと、お客さんと何時間も対話をするようになったきっかけはなんだったんですか?
それも自然な流れで。お客様が1人、2人のときから対話はしてました。
――その頃から心と心での対話をされていたんですか?
はい。曲を聴いたことでなにかが開いて……。
――お客さんのほうがお話をしたくなる。
ええ。そういう方との出会い、そういう方が一人でもいらっしゃると“またあの場所に行きたい”、“あの人に会いたい”と思うんですよね。その積み重ねでモールを回るようになっていったんです。
半崎美子 撮影=山内洋枝
まず、親しい人にもいえない想いを私に打ち明けて下さったことの有難さ。私の歌に出会って下さってありがとう、という想いになります。
――心と心で対話をするとうのは、かなりエネルギーがいることだと思うんです。それを何時間も続けるのは精神的にも肉体的にも大変ではないですか?
大変ではないです。むしろ救われてますね、私の方が。まず、そこで打ち明けて下さったということに対しての有難さというか。すごく大切な想い、なかなか親しい人にもいえない想いを私に打ち明けてくれたという“信頼”みたいなものに対して、まず感謝の気持ちが起こって。よく打ち明けて下さいましたね、私の歌に出会って下さってありがとう、という想いになりますし。打ち明けて下さった方の想いを聞いていると、自分の悩みなんて取るに足らないことだと思えることもありますし。
――そうやっていろんな方々の想いと対話するようになって、ご自身の人生観は変わりました?
確実に自分自身の“心根”は深くなっていったと思います。例えばショッピングモールで歌っていて、家族と楽しそうにお買い物をしてらっしゃった方でたまたま私の歌を立ち止まって聴いて涙して、サイン会に来て下さった人がいたんですね。その方は大切な息子さんを亡くされていて、のちにお手紙を私に書いて下さって。私は「明日へ向かう人」という曲をその方に向けて書いたんです。
――ああ。そうだったんですね。
それも、あのショッピングモールで私の歌を通してああいう形で出会わなければ、その方の人生や抱えている想いには触れることはできなかった訳ですから。人はいろんなものを抱えていても、普段は笑顔でなんともない素振りをして生きていくじゃないですか? 大人だからという理由で、涙を流すことや抑え込んでしまっている想いがあるとしたら、私の歌を通してそれを表に出す。その行為は、私はすごく前向きなことだと思うんです。
――抑えていた涙や感情を言葉にして表に出す行為は。
ええ。想いを文字にして手紙にすることもそうですけど。それは、一歩前に進んだことだと思うんです。私に手紙を書くことも、サイン会に並ぶことも、エネルギーがいることじゃないですか? その行為によくぞたどり着いてくれたと。私にたどり着いてくれたとしても、私にできることはなにもないけれども、そうやって前に進んでくれた喜びというのかな。例えば“大切な人を亡くしてずっと泣けなかったけど私の歌でやっと泣けた”といって下さる方がいらっしゃるんですけど。そういうお話を聞くと、歌い続けてきてよかったなと思います。
――お話を聞くだけ泣けてきます。
涙って、自分自身のなかに共感するものがあって流れるものだと思うんですね。なので、どんな涙であっても私は泣くことは前向きな行為だと思うんです。私自身お客様のお話を聞きながらもらい泣きをしてしまいますし、ショッピングモールはお客様を見渡せるので泣いてる方がいらっしゃると歌いながらこちらも泣いてしまったりするんですけど。だけど、目の前でわーって涙された方も、どこか少しすっきりとした表情になって帰られる方もいらっしゃるんですよね。だから、泣くこととか想いを言葉にすることというのは前向きなことだなというのは実感として私は思っていますね。

――ここからはアルバムの曲を交えながら話していこうと思うんですが。「明日を拓こう」のアイリッシュなイントロは、まさに抑えていた蓋がふわっと開いてノスタルジックな感情が溢れ出す感覚でした。
あぁ~。あれはまさに郷愁ですよね。故郷の北海道の歌なので。
――「母へ」は半崎さんの歌のなかでも具体的なエピソードが描かれた楽曲でした。だけどリスナーは同じ体験をしていなくても、そこに自分の母への懐かしい想いを重ねることができる。このマジックは凄いなと思いました。
なるほど。歌詞のなかで“お母さん”と“母”という言葉は1度も使ってないからですかね。“あなた”という言葉なので。タイトルは「母へ」ですけど、お母さんではない存在をそこにイメージして聴くこともできるので。
――そこまで考えて“あなた”にしたんですか?
なにも考えてないです(笑)。でも、私はお母さんでも子供でも誰でも、一人の人間として向き合って見ているんですよ。例えば「お弁当ばこのうた」も、子供のことを“あなた”といっているので。もしかしたら人を一人の人間として見ているというのが、歌詞に表れているのかもしれないです。
――その誰でも一人の人間として向き合うというところも、ショッピングモールでの活動を通して半崎さんのなかに生まれていった感覚かもしれないですね。
かもしれないです。だから、「母へ」も「お弁当ばこのうた」もすごく年配の方までいろいろ反響を頂くんですけど。年代によって受け取り方が違っていて。私ぐらいの年齢の方だと自分の母親を思い出したり、自分の子供に対して母という立場での思いを重ねたり、その両方があるんだなと思いました。
――そういうことは反響がきて分かるものなんですか?
うんうん。そうですね。

――お弁当のお話が出たので、今作のジャケットについてお伺いしますね。前作に続き、今作もお弁当でしたね。
今回の中身は、鮭、アスパラなど地元である北海道の食材を多く使っていまして。筑前煮は私が母の手料理のなかで一番好きな料理なので「母へ」という曲と、「灰汁」という曲があるので、それに合わせて筑前煮を入れました。「時の葉」は葉っぱの葉脈に人生を重ね合わせた曲なので、それに合わせてシソの葉を入れました。ブックレットの中には、北海道のコーンで天の川を描いたり、スパイスで星空を作ったりしていて。アルバム発売日の8月7日は北海道の七夕なので、北海道の星空を描いてもらいました。
――お弁当は半崎さんの手作りですか?
『うた弁1』は自分で作ったんですけど、今回はプロの方に作っていただきました(笑)。
――今作は、いろんな楽曲がありますが、それらすべてに半崎さんが込めた想いとは?
せつないメロディラインであったとしても、その根底には前向きな気持ちがあると思います。
――その前向きな気持ちがあったからこそ、メジャーデビューまでの17年、歌を諦めることなく活動を続けてきて。そのことを「灰汁」で<そう人生は素晴らしい 無駄なことほど美しい 死ぬまで生きよう>と歌っている歌詞は説得力がありましたね。
あの17年があったからこそ歌える歌詞だと思います。私がすぐにデビューしていたらこんな言葉は絶対に出てこないです。私が過ごしてきた17年、周りの人には下積みとかいわれるんですけど、下積みと感じたことはまったくないんですよ。
――もう歌手はダメかな、他の仕事をしてみようと思ったことは1度もないんですか?
なかったですね。まったく。
――それは一人でも聴いてくれる人がいたから?
まさにそれですね。
半崎美子 撮影=山内洋枝
広く届けることよりも“深く届ける”ことを選択したんだと思います。それが、自然と広がっていったのかもしれないですね。
――その17年間、いつかはこの一人からもっとたくさんの人に届くはずだと思って歌い続けていたんでしょうか。
そうだと思います。でも、私は広く届けることよりも“深く届ける”ことを選択したんだと思います。もちろんたくさんの方に聴いて頂きたい思いはありますけど、一人の人に深く届くことのほうを願っていたかもしれない。それが、自然と広がっていったのかもしれないですね。
―― 一人のリスナーの深いところに歌を届けたいと思うようになった理由は?
それもショッピングモールで出会った方々がいたからだと思います。
――ショッピングモールには人の人生をここまで変えてしまう出会いが。
あります(きっぱり)。ノンフィクションの人生ドラマがそれぞれにあって。そういう方々の人生のほんの一コマにでも自分の音楽を通して触れることができて、私自身がどんどん気持ちが深まっていったんですよね。だから、私の音楽はそういうショッピングモールで出会った方々やお手紙を書いて下さった方々へのお返事なんです。
――お返事を書きたいという想いが、いろんな歌になって。
うんうん。そうですね。ショッピングモールで歌うようになってから、音楽に対する私の心の在り方であったり、書く曲の色合いはどんどんそうなっていったと思います。
――ショッピングモールで歌いながら、いまはホールでのワンマンライブもやられていますが。やはり違いはあるんでしょうか。
環境的なことでいうと、ホールは照明があったり静かな場所でしっかりとした演出とともに歌を届けることができて。モールはある意味にぎやかで自由な場所ではあるんですけど、生活の場、日常の暮らしの場で歌を届けられる。私は人の生活に根付いた歌を書きたいという気持ちが常にあるので、モールはとてもありがたい場所なんですよね。ホールのような非日常の場所は、自分が描きたい2時間半の世界をじっくりと時間をかけてお届けできるので、そちらも大切な場所で。両方、自分にとってはそれぞれに対話ができる場所なので、どちらも続けていきたいです。
半崎美子 撮影=山内洋枝
――今年はこのアルバムを掲げて1年に1度のツアー『半崎美子「うた弁2」発売記念コンサートツアー2019』が大阪、東京で開催されますが。こちらはどんなものになりそうですか?
毎年1年に1回コンサートをやっていて。その1年に自分が何を感じて生きてきたのかを、そのコンサートの中で表現してきているんですね。なので、CDの発売記念なんですけど、単純にそれだけではないテーマを決めたコンサートに今回もなります。
――お姉さんの映像出演はあるんですか?
うふふふ(笑)。一応、前回卒業宣言をしたんですが、まだ分からないです。個人でやっている頃からコンサートも全部自分で考えてやってきたので。単純に2時間半歌いますよという内容ではまったくないので。オープニングから、映像、照明も含めて一つの作品なので、モールで私を観た方にも1度コンサートは体感して欲しいです。
――このツアーの前には東京ニューシティ管弦楽団との初共演で行なう『半崎美子オーケストラコンサート2019with東京ニューシティ管弦楽団』というオーケストラコンサートもありますね。
オーケストラとは、今年3月に宮城の復興コンサートで初めて共演しまして。いままで全く関わったことのないジャンルだったんですけど、そこから今年はたまたオーケストラと共演する活動が続いたんですね。そうして、今回は全曲フルオケで自分の曲を届けるという、とても贅沢なコンサートになります。今年オーケストラとの共演で得たものの集大成を届けたいなと思ってます。
――半崎さんは自分の歌が教科書に載るのが夢だそうですが、それ以外の夢は?
自分の曲が長生きするというのが自分の願いなので、世代や時代を超えても誰かに必要とされる曲を書き続けていくのが夢です。
――ありがとうございました。最後にSPICEの読者にメッセージをお願いします。
この『うた弁2』や、私の曲たちを必要としている方に届いてくれたらうれしいです。
取材・文=東條祥恵 撮影=山内洋枝

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